第13話 スマホデビュー

「みんな、本当にごめんなさい、パチェムー。私、大丈夫だと思ったのに……うまくやれると思ったのに……」


 ある日の昼休み。最後に音楽室に入って来たしおりが、早々にみなの前で謝罪を始めた。


「しおり、どうした?」

「しーちゃん?」

「まさか悪魔の使いに!?」

「しおり先輩?」


 その思いつめた表情に、心配になってみなが気遣う。


「私……私、もうだめ。ニリズャー」


 しおりはそう言い残し、音楽室を去った。


「――なぜ某を見る……」


 俺と真理、そして夜野やのさんの視線は、一気にあおはるに集まる。


「あんた、しーちゃんに何したん!?」

「正直に言え、あおはる」

「ボス、信じていたのに……」


 原因はまったく分からないが、とりあえずあおはるが犯人ということで、3人は一致している。


「リカーニャよ、ここ数日の某のアリバイを立証せよ」

「かしこまりました、ボス」


 リカーニャとは、夜野さんのコードネームらしい。やのあかり→「りかあのや」をもじって、リカーニャとあおはるが名付けた。非常にややこしい。


「この数日、しおり先輩とボスは、2人きりになる状況は存在しておりません」


 そして自分のことは、「ボス」と呼ばせている。


「分かったかお主たち、だから――」

「うーん、じゃあしーちゃんどうしたんだろう……」


 相変わらずあおはるの言葉をさえぎり、真理は心配そうに考える。


「みんなで手分けして探すか」


 原因不明なまま放っておけるはずもなく、俺はみんなに提案する。


「オーケー。今日は午後の授業ないし、大事な友達のため、みんなで協力しよう」

「ふ、ついに某の封じられし力を……」

「ボス、右手を出しておりますよ」

「はっ?!」


 封印された手を間違えたらしい。


「じゃあ、あたしは校舎の中を探すわ。あおはるは校庭、あかりちゃんはこの部屋で情報伝達係」

「承知した」

「かしこまりました」

「真理、俺は?」


 俺の名前がなかったので、焦って聞く。


「あ、えーと……そうね、じゃあ校外で」

「すげー果てしないな……」

「まぁまぁ、期待してるよ、翼」


 うまく言いくるめられ、しぶしぶ校門を出た。




 しっかし、校外なんて範囲がとんでもないぞ。だいたい、なんでこの時代にしおりはスマホ持ってないかな。そういえば、家も知らないな……。

 そう、かれこれ数か月の付き合いではあるが、未だにしおりのことはほとんど知らない。


「はぁ……」


 少しくらい脈があるかと思っていた俺の期待は、どんどん海の底へ沈んでいく。

 それでも心と体は別物で、ぐ~っと腹の虫が鳴くのが聞こえる。そういえば昼飯食べてないや……。

 いつもの500円でパンを買おうと、コンビニに入りレジに並んだ。


「あれ……」


 ふと道の向こうを見ると、見慣れた金髪の後ろ姿が目に入る。

 しおりだ!


 見失う訳にはいかないと、パンを握りしめたままあとを追う。

 そのまま声をかけてもよいのだが、もしかしたら彼女の家が分かるかもしれないと、若干の期待があるのも事実だ。

 適切な距離を保ち、気配を悟られないように尾行する。しばらく進むと、彼女は脇道に入っていった。

 あれ、これなんか既視感が……。


「翼くん、まだストーカーしてるの?」


 脇道に入ると、待ち受けていたしおりが目の前にいる。


「ち、違う! だいたい、しおりがあんな表情で……」

「あははは。ごめんごめん。心配させちゃったね。でも嬉しい」


 え? 今、嬉しいって……?


「話、聞いてくれる?」

「もちろん!」


 俺たちは建物裏の配管に腰を落ち着け、さっき買ったパンを2人で分けて食べながら、しおりの言葉を待つ。


「――2つあるの」

「2つ?」

「うん」


 しばらく黙っていたしおりが、せきを切ったように話し始める。


「私、同級生の子と普通に話ししちゃった。ほら、今まで日本語できない設定だったでしょ?」

「あ、あぁ」




 その日の午前中の教室内。


「ねぇねぇ、新入生、入ってくれそうな人いた?」

「うーん、何人か体験で来たけど、うちはキャプテン厳しいから、何人残るかなって」

「いいじゃん、来てくれるだけさぁ。うちなんてまだ誰も来ないよ、とほほ」


 新入生の体験入部の話で盛り上がる、クラスの女子たち。


(部活かぁ、私こういう雰囲気初めてだな。軽音楽同好会、私ダンスしかできないけど大丈夫かなぁ。でもみんないい人だし、私も何ができるのかちょっと楽しみ)


「そうそう、しおりちゃんは部活まだでしょ? どう? テニス部とか」

「いや、ありがとう。ごめんね、私軽音楽同好会に入れてもらったんだ。でも誘ってもらえてすごく嬉しいよ」

「あ、そっかぁ。あおはるが会長だもんね、あそこ」

「ねぇ! うちの後輩も軽音に体験行って、あおはると話して嫌気さしたって、うちに入ってくれた子いるけど、しおりちゃんがいたら逆に引き抜かれちゃいそう」

「しおりちゃんみたいな、きれいな娘がいたらえるもんねぇ」

「あはは、ごめんねぇ……」

(え、え? バエ? バレ、エ? え、何それ……バレエやってたこと知られてるの?)


「そうだよね~、しおりちゃんすごく綺麗だもんね」

「お前たちが一緒に並ぶと、いい引き立て役になるぞ」


 男子生徒が話に横やりを入れてくる。


「なんだとぉ、クソ男!」


(あれ、みんな私の話してる? ……しおりって呼んでる?! パチェムー?!)


「じゃあしおりちゃん、もし軽音やめたらすぐに言ってね」

「う、うん……あはは……」

(チュチュッ! 待って私! 普通にしゃべっちゃってる……)


「あ、そうだしおりちゃん、ライン交換しない?」


(え? ラインてなに? ボディライン? デッドライン? ヤ ニ パニマーユ!)


「スマホ、持ってきてない?」


(スマホ?! ブリン! そう、みんな持ってるよね。私だけ生きた化石みたいに……)

「あ、ごめん、そろそろ同好会行かないと。また今度ね、あはは……」

「あ、うん。今度交換しようね~」


(何してるの私。あれだけみんなに言っておいて、自分から日本語使っちゃってるじゃない?! スマホ? トーチナ! そうよ、何か連絡するとき、私みんなに迷惑かけてるじゃない……)




「――――とまぁ、そんな感じでして……」

「みんなにバレちゃったのか……」

「でもいいの。最初はね、仲良くなるほど、いつか別れが来るのが辛いって思ってたけど。軽音のみんなと一緒にいるとすごく楽しくて、すごく幸せで。」

「うん」

「だからそれを気にして、今を大事にしないのはもったいないって、ほんとこれは思う。みんなのおかげだよ」

「そっか……よかった」


 本当に幸せそうに言うしおりを見て、俺も幸せな気持ちになる。


「問題はね」

「うん」

「スマホ。それがないから連絡するのに、みんなに迷惑かけてるって思ったらすごく悪い気がして、そしたらあのとき、あんな風にしか言葉が出なくて」

「そうだったのか、でも誰も気にしてないって。まぁ連絡なら学校でできるし、そりゃあると便利だけどさ」

「翼くんは優しいね」


 そう言われ、俺は照れ隠しに鼻をかく。


「さっき、おじいちゃんに許可もらったの」

「え?」

「今まで必要ないと思ってたから、特に相談しなかったんだけど、今日あのまま家に帰っておじいちゃんに頼んだら、買っていいって」


 そう言いながらしおりは、署名された委任状を見せる。


「マジか?!」

「うん、お金もらって。それで早速買いにきたの。でも私初めてだから勝手がよくわからなくて――翼くん、迷惑じゃなかったら、一緒に来てくれると嬉しいかなって」

「もちろん! 予算は?!」




 俺は意気揚々と、しおりと一緒にスマホショップに入る。


「機種とか、どういうのがいいとかある?」


 選ぶのに必要な情報だろうと、普通に聞く。


「翼くんと同じのがいい……」


 心臓が爆発しそうになる。

 え、ナニコレ……ペア? 普通に傍から見たらカップルですよね?! お揃いのスマホ。神様俺は明日死ぬのでしょうか? いいんです。何も悔いはありません……。


「――ばさくん、翼くん?」

「はっ?!」


 飛んでいた俺の意識が戻る。


「翼くんと一緒のやつのほうが、色々教えてもらえるかなって。私スマホ初めてだから」


 最初会ったときに、テキパキとスマホ操作された気はしたけど、そんなことどうでもいい。いいんだね? 君の初めてを奪っても……。


「――さま、お客様?」

「ぁはい」


 再び現実に戻される。

 俺は平静を取り戻し、予算と相談しながらプランを選ぶ。機種は全く同じものがなかったので、同じメーカーのものにした。

 そしてラインなど、いくつかのアプリを入れてあげた。


「ん?」


 振動したスマホを手に取ると、しおりからメッセージが届いている。


『しおりです。翼くん今日はありがとう。初メールしてみました』


 そっとそれを保護したのは内緒。


「あれ?」


 同時に、いくつもメッセージがきているのに気付く。


『翼どこなんー? 連絡してよー!』

『卿よ、お主どこに消えた?!』

『翼先輩、応答願います』


 ――ごめん、みんな。


 すぐにみんなに連絡して、事情を説明した。そしてめでたく、軽音楽同好会のグループラインも発足した。

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