第10話 パーティはチョコの味

 ダンスパーティの有志枠の演目は、演者の構成を伝えた上で、主催者側から曲をリストアップ、またはリクエストされるというものだった。

 参加申請したあと、代表としてあおはるがホテルに面談に行った。

 本番まで3週間ほど。その中で練習するわけなのでなるべく簡単で、それでいてしおりがなるべく足を使わず踊れる楽曲。つまりゆったりとした曲を選ぶように、皆あおはるに口を酸っぱくして伝えていた。




「ばっかもぉぉぉぉん!」


 波平のような真理の怒号が、音楽室に響き渡る。


「なんでルピン3世のテーマなのよ! なんでダンスに、フラメンコ調でとか指示があんのよ!」


 どちらかと言えば波平というより、とっつぁんだったのかもしれない。


「いぁまぁノリというか、成り行きというか。『いけますよね』と言われ、受けて立たぬ訳にはいかぬだろう。戦士とし――」

「あぁもう、ぜんぜんゆったりでもないし。フラメンコなんてどれだけ足に負担がかかるか分かってんの?!」

「まぁまぁ真理ちゃん。大丈夫、私少しかじったことあるし、何とかなるよ」

「そうであろう、敵は強大なほうが――」

「しーちゃん、こいつに甘い顔見せるとなことにならないよ」


 相変わらず、あおはるの言葉を最後まで待たない。可哀そうなので、俺も助け船を出す。


「とりあえず、決まった以上やるだけやってみよう。やらないで後悔するよりは、やって後悔したほうがいいじゃん」

「まぁ2人がそう言うなら……なんか翼、昔と変わったね」


 真理がニコっと微笑む。昔と違う? まぁ確かに。まさかこれが、自分の口から出た言葉だとは思えない気はする。

 そんなこんなで、その中でもなるべくしおりには、足を激しく動かさない振り付けでやってもらい、本番までに形を作ることはできた。




 そして本番当日。


 電車で一緒になった、荷台を運ぶあおはると一緒に改札を出ると、正面のロータリーの横にそびえる、大きな建物が目に入る。

 今日の会場のホテルだ。ロータリーの奥には渡良瀬川が広がっているだけなので、より一層ホテルが大きく見える。


「あ~、こっちこっち」


 真理としおりが、俺とあおはるに手を振る。

 2人ともまるで、コンサートの舞台に立つような華やかなドレスだ。

 まぁ田舎の小さななパーティといえど、演者だしそうなるだろう。比べて俺は、あおはるに借りた七五三のようなスーツ。演奏さえ出来れば気にしないけど。


 全員合流して、主催者からいくつか説明を受けたあと、自分たちの出番まで、控室の廊下で心を落ち着かせていた。

 特に俺には出番が近付くにつれ、緊張という波が襲ってきたのだ。大きな大会やコンクールでもないのに、人前で演奏するのって、こんなに追い詰められるものなのか。兄さんはいつも、こんな中で演奏してたのか……。


「あれ、お前ひょっとして黒井丈志くろいたけしの弟?」

「はい……」


 突然、見知らぬ人に話しかけられる。


「あ~、やっぱりな。あの天才の弟か」

「どちら様――ですか?」

「あ、そうか自己紹介してなかったな。俺は椎名優しいなゆう。お前の兄貴と同じサクソニアンさ。丈志君と違って『天才』なんて呼ばれたことはないけどな」


 少々皮肉交じりであるが、兄さんの知り合いなのか?


「丈志君はずっと俺の目標だったのによ、お前のせいで目標失っちまった。まぁおかげで、俺の名前は売れてきたけどな。そういう意味じゃ感謝してるぜ」


 俺はこぶしをぎゅっと握る。でもすぐにに、全身の力が抜けていくのが分かる。

 そうだ、兄さん……俺のせいで。なのになんで、俺サックスなんかやってるんだ。なに楽しんじゃってるんだよ、俺……。


「お主、誰に向かって――」


 あおはるが椎名に文句を言いかけたとき、後ろからぐいっと俺は誰かに腕を引っ張られた。


「いこ、翼」


 振り向くとそれは真理だった。そして次の瞬間、後ろで「パチン」と乾いた音が響く。


「いて……おま……なんだよ、いきなり?!」


 しおりがさっきの椎名というやつの頬をひっぱたいたのだ。そのまましおりは無言で椎名を睨みつける。


「あの、申し訳ありませんが……」


 騒ぎを聞きつけ、係員がやってきた。




「ったく、最悪ねあいつ」


 真理の言葉にみんな頷く。結局俺たちは帰らされた。

 でも全く後悔はしていない。むしろ手を差し伸べてくれた真理、椎名に一撃お見舞いしてくれたしおりには、感謝でいっぱいである。一応あおはるにも。


「さて、このまま帰る訳にはいかないな」


 あおはるが言う。まさかやばいこと考えてないよなと、一抹いちまつの不安がよぎる。


「では行こうか、我らの舞台へ」


 あおはるは恥ずかしい台詞をいとも簡単に言う。

 一生懸命みんな練習した。みんな素敵に着飾った。あおはるなんてドラムセットを運ぶため荷台まで用意した。あんな言葉でも行先は分かってしまう。




 俺たちは坂を上り、境内までやってきた。


「あ、ここ来たことある!」


 しおりが言う。やはり正月に見たのは、しおりだったのだ。


「ごめんね、私が手を出したから……」


 しおりは声を震わし泣き出す。


「イズビニーチェ、みんな必死に頑張ってくれたのに。私台無しにしちゃって……」


 そのまましおりは泣き崩れる。今まで涙を我慢していたのだろう。


「ううん、俺、感謝してる。しおりがやってなかったら、きっと俺が殴ってた」

「何言ってるん、意気地なしのくせに。しーちゃん気にしないで。あたしならきっと、あいつを突き落としてたわ」


 真理の目が本気で少し怖い。


「某もあと少しでこの左手を解放し、禁断の――」

「みんな……ありがとう」


 ついにしおりも、あおはるの話をさえぎる。


「じゃあ、練習の成果を出すよ」


 そう言って、真理は背負っていた大きなリュックを置くと、中から簡易キーボードを取り出す。


「うむ。某はこのときのために、ビデオカメラを持ってきたぞ」

「あおはる、準備よすぎ。あのままパーティ出てたら、誰が撮るんよ?」

「あはは、真理ちゃんだって人のこと言えないよ。キーボード持ってきたなんて」


 しおりは笑った。あおはる、真理、グッジョブ。

 一通りチューニングを終えると、荷台の上にカメラをセットして星空の下、観客のいないダンスパーティは幕を開ける。




「――またさ、出ようよ」


 演奏を終えると、星空を見上げながら真理が言った。


「私が言えた義理じゃないけど、みんなでまた出たい」


 しおりも続く。


「あぁ、次の舞台を探さなきゃな」


 俺も本心だ。


「次こそこの封じられし――」

「よし、そろそろ行こうか。ねぇ翼、キーボード重いから下まで運んでよ」


 あおはるもいつもの調子で口を開くと、真理がよく分からないことを言ってきた。


「はぁ? こんなの自分で――」

「いいじゃん、お願い」

「ち、仕方ねーな」


 しぶしぶ引き受けると、真理はにこっとして坂を駆け下りる。


「翼、早くー」

「ちょっと、おい待てって」


 慌てて真理を追いかける。


 通りに突き当たると、そこに真理が待っていた。


「今日は寒いから、あたし一足先に走って帰るわ。みんなによろしく言っておいて」

「なんだ、少し待てば2人ともすぐ来るぞ」

「いいからいいから。あ、鍵盤ハーモニカありがと」


 そう言って真理はリュックを受け取ると、ゴソゴソとそこから何かを取り出す。


「これは、キーボード運んでもらったお礼」


 そして小さな四角い包みを渡してきた。


「ん、なんだこれ」

「知らないし、自分で確かめな。いい? これはただのお礼だからね」


 真理は手を振って、駅のほうへ駆けていった。




「あれぇ、真理ちゃんは?」


 しおりと、荷台を運びながらひどい顔になっているあおはるが追いつく。


「寒いから走って駅に行くってさ。みんなによろしくって」

「え~、私も寒いから走ろうかな」

「し、しばし待たれよ……」

「あ、冗談冗談」


 死にそうな表情のあおはるを見て、しおりは申し訳なさそうに言った。




 3人で電車に乗り、駅で降りる。ここからはみんな別々だ。


「そうだこれ、翼くんと春人くんに。真理ちゃんには渡しそびれちゃったな」


 しおりはカードを渡してきた。


「ん、なにこれ」

「ジエーン スヴァトーヴァ ヴァレンチーナ」

「?」

「あれ、日本は……あ、そっかキリスト教じゃないのかー」


 しまったといったしおりの表情は、すごくかわいい。おかげで今日の嫌なこと、全部忘れそうだ。


「いや、日本もバレンタインの文化はあるよ。菓子業界の戦略で、女が男にチョコを渡すんだけど」

「な~んだ、失敗したなぁ。私の住んでたとこは、バレンタインを祝わなかったから、少し憧れてたの」


 キリスト教という言葉と時期的に、バレンタイン関連だろうと思った俺の推測は当たった。


「本当は花を用意したかったんだけど、どんな花がいいのか分からなかったから、代わりにメッセージカード。ごめんね、こんなので」


 いや、すげー嬉しい。死ぬほど嬉しい。


「あ、いや。ぜんぜん。来年はぜひ日本式で」

「――うん」


 そのときのしおりの表情は、すごく寂しそうだった気がした。


「じゃあ、また明日ね」

「では某も戻ろう。我が城へ」


 2人は手を振って去っていく。

 1人になって、ドキドキしながらしおりのメッセージカードを見る。


 с днем ​​Святого Валентина!


 ――――ロシア語だった――――


 ポケットにカードをしまおうとして手を入れると、真理に渡された包みを思い出す。一体真理は何を……小型爆弾じゃねーよな……。

 恐る恐る包装を開くと、ハート型のチョコと「ハッピーバレンタイン」の文字が見える。お礼とか言って、思い切りバレンタインて書いてあるじゃん。


 笑いながら食べたチョコは、ほんのり苦くて甘かった。

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