第7話 クエスト発動
ざわつく教室の生徒たち。この状況下聞き取れないそれらの言葉は、俺を人格から否定する陰口にしか聞こえない。鋭いナイフのように俺の心をえぐってくる。
結局いつもと同じだ。しおりに出会ってから、前向きになれたと思っていたのに。
悲壮感に包まれていると、突然腕をガバっと掴み起こされた。
「ほら、行くよ」
一言だけ放ち、力任せに俺を引っ張り歩くその顔を確認すると、真理だった。その姿はとてもたくましく、りんとして温かい。
これ性別逆だったら、俺おちるな……はぁ。
真理の中に「男らしさ」を感じるとともに、自分の女々しさに嫌気がさしてくる。
「はい、あとは適当によろしく」
体育館前まで連れてこられた。
「ん、適当って?」
「始業式すぐ始まるでしょ。中に入ってなよ。教室よりマシでしょ? あんなシチュ、翼は対処できないだろうしさ」
「――それはどうも」
確かにあの状況を抜け出せたのは助かったが、バカにされているようで俺は少し投げやりに言う。
「でも大胆ね。翼はああいう
「はぁ? 何言ってんの、普通に足がもつれて……事故じゃん!」
「ふ~ん」
「『ふ~ん』てなんだよ」
「消しゴムをさ……」
真理は、何か思いつめたような表情になる。
「ん?」
「わざと弾き飛ばしたように見えたから」
見ていたのか……。焦って言葉に詰まる。
どこから見られていた? スマホの写真? いや、真理の席は俺から2席離れた斜め前。さすがにあれは見られてないだろう。
別に見られてまずいような、やましいものではない。だがそれが非常に厄介な状況になるのは、容易に予想できる。
「ルゥナちゃんだっけ、かわいいもんねあの
真理の目が悲しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
「マリーよ、お主もかわいらしい表情を見せるのだな」
その声に真理が身震いしたのが分かる。
「うっさい、消えろバカはる!」
「どこへ行くマリー」
後ろから、突然話に割り込んできたあおはる。真理は顔を真っ赤にして、離れていった。このときだけは俺は思った。グッジョブ、あおはる。
始業式が終わり、下校のチャイムが鳴る。いつもなら何も考えず、夜までふらふら時間を潰す俺だが、今日は違う。
『脳内クエスト:ルゥナの正体をさぐれ!』
どうしてもルゥナとしおりの同一人物説を振り払えない俺は、それを確認せずにはいられない。ゲームやアニメの影響で、俺の頭の中にはクエストなるものが出来上がっていた。
彼女が席を立ち廊下に出る。心の中で10数える。すぐに追いかけると、尾行がばれてしまう危険が高いからだ。
5――4――3――2――1――ミッションスタートだ。
カウントを終え立ち上がる。作戦は内容こうだ。細心の注意を払いながら、適度な距離を保ち彼女を追いかけ、そして日本語を使う場面を抑えるというもの。
廊下に出るとすぐに、教室の中から視線を感じた。
ドアから中に目をやるが、視線の主は確認できない。気のせいかと思い、そのまま進む。あとから考えると、このときから俺はミスをしていた。
玄関を出ると、最初の難題に遭遇する。彼女の登下校手段である。俺は自転車だが、彼女の移動手段は分からない。
不安は見事的中し、彼女は駐輪場をスルーして、徒歩で校門に向かっていく。
俺は考える。自転車を転がして追いかけるか、自転車を置いて徒歩で行くか。
「?!」
悩んでいると、校舎の窓から視線を感じた。振り向いて見るが、やはり怪しい人物は確認できない。また気のせいだろうと、そのまま徒歩で校門を出た。これが2つ目のミスだ。
今日は始業式で早帰り。昼食は摂っていない。彼女はこのまま、自宅まで帰るのだろうか。
帰宅となれば、家族に「ただいま」と言うだろう。そうなれば、その口から日本語を聞き出すチャンスではある。
だが、そこまでするとさすがに行き過ぎ。それこそストーカーじゃないかとの、自責の念も湧く。そんな葛藤を脳内で繰り広げているうちに、次の事件が起こる。
彼女はバス停で止まった。
完全に想定外である。バス停、ましてや車内の狭い空間では、完全に身バレしてしまう。それではこのクエストは失敗に終わる。
脳をフル稼働させた。いつも自転車なので電車でさえ滅多に使わず、バスなど全くと言っていいほど知識がない。恐らくどんな試験のときよりも、一番頭を回転させただろう。そしてスマホを開き、すぐにバスの時刻表と停留所を調べる。
このバスの終点は駅だ。しかし駅に行くなら、バスではなく電車のほうが都合がいい。同じくここから近い停留所なら徒歩で十分。駅から離れ、学校からも徒歩では遠い距離。それぞれの移動時間を計算し、バスで向かうのが一番効率的な最適解。
郊外のショッピングモールだ。
自分の才能を恐れた。同時に、15分後に来るバスに乗らずに、その停留所に追いつくには、自転車しかないと言う結論も導き出す。駐輪場へ戻るべく俺は振り向いた。
「あ……」
物陰から俺を覗く真理と、思いっきり目が合う。そしてその更に後方に、もう1人見覚えのある顔が見える。あおはるだ。
その瞬間悟る。教室で感じた視線、窓から感じた視線はこいつらだったのだ。
俺がルゥナを尾行し、真理が俺を追いかけ、更にその真理をあおはるがつけるという、とんでもないストーキングのスパイラルが、そこに出来上がっていたのだ。
「しまった」という表情の2人。だが時間との勝負であった俺は2人を無視し、駐輪場まで駆け抜けた。あとにして思えば、ここがこいつらを追い払う、最後のチャンスだった訳だが。
俺は自転車に跨り、全力で目的地へ漕ぎだす。
自分でも驚くほど積極的だ。そうまでして彼女がしおりだと信じたい。君との出会いが、君の言葉が俺の中の何かを動かしている。
空っ風を切り裂いて突き進む。
やっとショッピングモールの停留所に着くと、そこにちょうどバスがやってきた。
少し離れてバスを確認する。
何人かの乗客が降りたあと、彼女が降りてくる。ビンゴ!
そしてそのあとから真理とあおはるも降りてきた。ガッデム……。
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