第5話 新年。おみくじ。待ち人は。
大晦日の晩。今日もいつもと同じ河川敷に来ている。
毎日通っているが、あれ以来しおりに会うことはなかった。
2時間くらいだろうか。1人だらだらと、サックスを吹いていた。結局今日もしおりと会うことは叶わず、冷えた体を震わせ家へと引き返す。
もう会えないのだろうか……。
「ほら、もう昼だよ! 起きろー!」
急に寒さを感じると、布団を剝がされている。
重い瞼を開くと、真理の顔がある。
なんで真理が……?
「翼、起きてよ!」
すぐさま布団を奪い返し、頭から被ろうとすると、またもや布団を剥がされる。
眠気と寒さで、俺の機嫌は駄々下がりだ。
「今日が何の日か分からないの?」
この眠いのに、人を見下ろして言いやがる。今日は冬休みに決まってるだろ。だから、俺の睡眠を邪魔するなっての。
再度布団を奪い返して言う。
「おやすみなさい、さようなら」
「――じゃないでしょ! 今日の挨拶は『あけおめ』でしょー?!」
そう言いながら、またもや布団をは剥がす。
「あぁもう! お前な、人ん
そう、どういう訳か俺の部屋に真理がいるのだ。
「勝手じゃないし。ちゃんとおばさんに挨拶して、どうぞって言われたし」
「はぁ? 幽霊でも見たのか?」
「まったく、失礼なことを。おばさん、寂しそうにしてたんだから」
母さん、俺とは話さないくせに、真理には挨拶までして家に上げるのか。なんだよそれ。
「『寂しそう』って、話しでもしたのか?」
「うん。ちょっとだけね」
俺のことを心配してるとか、学校での様子を聞かれたとか、真理は言う。加えて、俺のことをよろしく言われたとか。
あの母さんが、そんなこと言うはずないだろうが。
「頼られたからには、あたしもしっかり翼を面倒見てやらないとね」
「余計なお世話だ」
さらに最近の俺のことを話すと、母さんから笑みがこぼれ、安心した表情になったと。
まさか、俺を気にしてるとでも言うのか? そんなはずはない。あのとき俺が何度呼び続けても……いや、もういい。終わったことだ。
「で、一体なんの用だよ?」
「バカなの? お正月に、振袖姿の乙女を見て分からないの?」
一言余計だ。腹立つな。
いつもと違うくらいは、分かってたっつうの。
「
「違うもん。初詣に……」
真理は晴れ着に身を包んでいる。雰囲気が違うと感じたのは、化粧のせいか。不覚にも、少しかわいいと思ってしまった。本当に少し。こんな感情になるなんて……俺はまだ寝ぼけてるのかな。
「人混みはごめんだ。俺は外に出ないぞ」
「う、ぅ……」
真理が
「あたし、翼が喜ぶと思って、頑張って……う、ぅ……」
「ちょ、待て分かった、泣くな。行く、行くから」
真理の急な変貌ぶりに、さすがの俺も慌てる。
「う……ほんと?」
「あぁ、だから泣き止――」
「っしゃー、引っかかったな!」
真理はそう言いながら、両脇を引き締めガッツポーズしやがる。
「お前、インチキだ! 卑怯だぞ!」
「騙されるほうが悪いし~。ほら早く着替えて」
「ち、外で待ってろ……」
部屋を出る真理の横顔を見ると、目元に光るものが。
涙? まさかほんとに泣いてたのか。まぁ本人に聞いても認める訳ないだろうし、気にしないことにした。
だいだい真理だって友達多いんだから、俺なんかじゃなく別のやつと行けばいいのに。って言っても、真理とあおはるがいなかったら、俺は本当に孤独だったろうな。
みんな兄さんばかり見てたけど、あいつらは俺を見てくれている。
兄さんを亡くしてから引っ込み思案になったけど、どうして離れずにいてくれたのだろうか。まぁ、おかげで無理難題を言われることもあるが。
そんなことを考えながら、服を着替え階段を降りた。
「遅い! 男のくせにこんなに待たせて」
急な誘いに乗ってやってるのに、その言いぐさか。俺は諭すように言う。
「あのなぁ、今のご時世、男のくせにだとかよくないぞ。そもそも10分も経ってないだろうが」
「外に1人で待つのは寒いんだよ」
「ん、なんか言ったか?」
「ううん、なんにも。ほら行こう」
言われるがまま真理に続いて自転車を漕ぎ、電車に乗って目的地に到着する。
「お前わざわざここまで……」
ものすごい人混みの中、坂道を上ってやっと着いた
「ここ、恋愛成就の神様なんだよ。翼は女っ気ないから、いい人に出会えるよう、わざわざ連れてきてあげたんだ。ありがたく思いなよ」
なぜそんなに恩着せがましい……。
お前は知らないだろうが、クリスマス前にワンチャンあったんだからな。まぁチャンスのままで終わったけど。
「それは俺の問題じゃない。男を見る目がない女の問題だ」
なんか悔しいので反論してみる。
「はいはい」
もっとひどい言葉が返ってくると思ったが、特にそれはなかった。気のせいか真理の口元は緩んでいるように見える。
それから俺たちは賽銭をして、おみくじを引く。
「うーん、中吉か。まぁいっか。翼はどうだった?」
「あぁ、俺は――」
真理に促されおみくじを開こうとしたとき、横目にすれ違った女性の姿が映った。透き通るような白い肌、金髪に
「?!」
すぐさま振り返るも人混みで前がよく見えない。だけど、それは確かに彼女だった。
「ちょっと待ってて」
「え、翼?」
真理にそう言って、彼女の向かった方を追う。必死に人混みをかき分ける。なんでこんな必死なのか、自分でも分からない。スマホに写真が残っていなければ、幻で終わりそうなほど、俺にとっては幻想的で、浮世離れした出来事だった。
その後もほぼ毎晩、あの河川敷に通い詰めるも、彼女には再会できず仕舞い。毎日のルーティンなのは間違いないが、少なからず彼女に会いたい気持ちがあったのも確かだ。
それが叶わぬまま、もう会うことはないのだろうと諦めていたのに。ところが今、現実として眼前を横切る。どこか使命感を持って追い続けた。
境内を端から端まで探し回って、気が付くと真理の元に戻っていた。
「うっさい、しゃべるなバカ」
「何を言っている。新年早々某に会いに来るとは、マリーの気持ちは確かに受け取ったぞ」
あおはるもそこに居て、いつものように真理に絡んで、余計な一言を放ちヘッドロックをされてる。
「声がでかいんだよ、あおはる。二度としゃべれない体にしてやろうか?」
「すみません……でした……」
いつの間にか、真理は暗殺者のような目をしていた。さすがのあおはるも、蛇に睨まれた蛙のようにその視線に怯えている。
「ほらほら、声がでかいのはお互い様だし、もうそのへんで……」
さすがのあおはるも可哀そうに思えて、俺は仲裁に入る。
暗殺者の目がギロっとこっちを向く。
「どこ行ってた、バカ翼ー!」
な、お前も声でかいだろ……? なんだかんだ、結局いつもの3人が揃った正月になった。
大吉 待ち人 すでに来たれし
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