第4話 星空の演奏会
カラオケを満喫して家に帰ると、かばんを無造作に部屋に置いて、例のサックスケースを引っ張り出す。
『*******い』
家を出るときに、また風の泣く声が聞こえて振り返る。
改めて辺りを見るともう薄暗いが、まだ17時前だった。
自転車に跨ると、駅に向けて漕ぎだした。
しっかしOKしたものの、いざ人前で演奏となると変に緊張するな……。
昼間の調子に多少の陰りが出てくる。
カラオケでの俺は正常性バイアスを欠いていたようだ。時間が経つにつれどんどんと、あんな提案をしてしまった自分への後悔の念に、押しつぶされそうになる。
普段ぼっちを貫く俺にとって、そのハードルは高いのだ。
今でこそこんなだが、昔はたくさん同級生たちが集まってきた。ところが兄さんが亡くなると、みんな波が引くようにいなくなった。
小さな街の中で、全国的に有名な兄さんはヒーローだった。みんなそれ目当てなのも分かっていた。
特にいじめがあったとか、意地悪されたとかはない。
ただ、それがあまりにもあからさまだったので、自分という存在価値が分からなくなった。俺は結局、有名人の弟ってことだ。
友達が集まってくるのは嬉しい。だけど、離れていくのは寂しい。なら、最初から1人でいたほうが悲しまなくて済む。
そう考えていたら、いつの間にか学校で浮いていた。それはそうだろう、話しかけられても気のない反応しかしないのだから。
どんどん孤立する中でも、なぜか真理とあおはるだけは離れなかった。
不思議ではあるけど、こいつらならちゃんと俺を見てくれる。
考えながら進んでいると、駅に着いた。駐輪場に自転車を止め、冷えた手を擦りながら改札へ向かう。
街では一番大きな駅だが、正面の商店街は昔のような活気はない。駅舎は2階建てになり立派になったが、車社会の群馬では学生くらいしか、電車を使わないだろう。
そのラッシュの時間でなければ人はまばらだ。今も駅構内のコンビニ前に、女子高生たちが数人たむろしているくらい。
改札が見えると、そこにはすでにあおはるがいた。
1人そこに佇んでいる姿はどこか哀愁を漂わせ、それが魅力的に映るのか、周囲にいた他校の女子生徒たちの視線を、ひたすら集めている。そう、容姿は端麗なのである。しゃべらなければ普通にイケメンなのだ。
が、次の瞬間あおはるに見つかってしまう。俺と目が合うと、ズカズカと寄ってきて言う。
「遅いぞ漆黒卿、人を呼び出しておいていかほど待たせるのか! 危うく魔界の使者との交信が、途絶えるところであったぞ!」
夜が近付くにつれ、こいつの病気が悪化してきている。そして声がでかい。
大声で言いながら、辺りを警戒するように見回すあおはる。それを見た、コンビニ前の女子生徒たちの表情が、変わっていくのが見て取れる。
それまでの、こいつへの
「――いいからこっち来てろ」
その視線に耐えられない俺は、駅舎の外にあおはるを引っぱり、彼女たちの視界から逃れた。
「お待たせー」
やっと真理が来た。
「遅いぞマリー! 某は悪魔と――」
「うっさい、女子は準備に時間がかかるんだってば!」
あおはるの言葉を待たずに、真理は言う。
「ほう、某の気を引くためにオメカシしてきたのか」
「死ねアホカス」
「フフ、これは手痛いな……」
真理の直球にあおはるの顔は一瞬ひきつるが、すぐさま立て直して言葉を返す。
痛いのはお前だし、「オメカシ」とかリアルで初めて聞いたわ。そう思ったが、ド直球の罵倒にも臆することのないあおはるを見て、流石の打たれ強さだとそこだけは感心せざるを得なかった。
「あれ、真理それは?」
真理が大きめのリュックを持ってきたことに気付いて、聞いてみる。
「あぁ言ったでしょ? 女子は準備に時間かかるって」
軽くはぐらかされ、俺たちは電車に乗りこんだ。
20分程電車に揺られ、さらに歩くこと30分でやっと小高い丘の上の目的地に到着する。
「さすがに息が……」
「だらしないよ、あおはる。普段運動してないからじゃん」
ぜぇぜぇと息切れするあおはるに真理が言う。
「うつけ者め、こんなところで本気を見せるはずなかろうが。まだ魔界の扉は――」
「はいはい」
真理は軽く受け流すが、俺は誰かにこの会話を聞かれてはいないかと、ヒヤヒヤしながら辺りを見回した。当然魔界とか悪魔とかにではなく、他の人からあおはると同種に見られる、と羞恥心を抱いて。
「でも翼、なんでわざわざこんなとこまで?」
真理が聞いてくる。もっともな質問だろう。
「まぁなんだ。せっかくだし、クリスマス感をだな……ほれ、見てみろ」
自分の言おうとする台詞が途中で恥ずかしくなり、説明を切り上げ体を
「わぁ~」
そこには田舎ながら、街の明かりがまるでツリーのイルミネーションのように輝く、幻想的な光景が広がっていた。
「翼……」
真理が俺を見つめて名前を口にする。面倒くさいこと言いそうだ。こんな状況を作り出した自分の認識の甘さを再度後悔する。
「あんた意外とロマンティストなのね」
真理の顔が今日一番にニヤつき始める。嫌な予感しかしない。
「ほう、卿にこんな趣味があったとはな。だがこんな
「100ドル程度の夜景だけど翼だし、大目に見るけど。たださぁ……」
いつも通りあおはるの話をさえぎり真理が言葉を続ける。
「クリスマス感を出すんに、神社に連れてくるって――翼らしいや。あはは」
もうやめてくれ。すでに俺の羞恥心は限界だ。
「余計なお世話だ」
「卿よ。お主、バカだな」
今度はあおはるが完全に人を馬鹿にした表情で言ってきやがる。
「おめぇにだけはバカにされたかねーよ」
「なんだと、人が
調子にも乗ってないし、こいつ下手って意味分かってるのか。
「はいはい、2人ともそこまで。帰りも時間かかるんだから始めるよ」
そう言って真理はリュックを下ろし、何かを取り出す。
「翼も早く」
「あぁ、それは?」
「あんた知らないの? 簡易キーボード」
「それは知ってる。お前弾くの?」
「ピアノは持ち歩けないからね、代用品。あたしだって元天才ピアニストなんだから、かわいそうな翼の伴奏をしてあげまーす」
「すげーな自称天才……」
「うるさい黙れ、光栄に思え」
真理は自分で言っておいて、結局恥ずかしくなったらしい。
「おい、お主たち、某は……」
「ほい」
1人だけ混ざれないと焦ったのか、あおはるが言いかけると真理が何かを渡した。
「マリー、これはなんだ?」
「あんた軽音学同好会でまがりなりにも会長やってるんだから、リズムくらいならとれるでしょ」
「まさかこれは、例のエンダーズシェル……」
「そうそう」
否定すると余計面倒になるだろうと真理は流したが、あおはるが手のしたのはカスタネットだ。
「じゃあ、クリスマスメドレーはじめま~す!」
「ちょっと待て、なんだそれ」
「あたしブランクがあるから簡単なやつね」
俺の質問を無視して、真理がキーボードを弾き始める。いきなりではあったが昼間のお礼をしなければと思い、音出しもままならぬまま、真理の伴奏に合わせ慌ててサックスを吹く。そしてあおはるもリズムを刻む。
赤鼻のトナカイ、ジングルベル、etc――――。みんなキラキラしていた。言葉に出すのは恥ずかしいので無理だけど、「キラキラ」と言うのが一番しっくりくる。
「今はこんなにがらんとしてるけど、来週は人混みでごった返してるんだろうね」
そうか、来週はもう新年か。
「ではラスト。きよしこの夜で締めます~」
まるで小学生の発表会のようなレパートリーだったけど、こいつらこんな楽しそうな笑顔見せるんだな。
2人を見てそう思ったが、きっと俺も同じ笑顔になっていたのだろう。
人前で演奏なんて、それまでの俺からは考えられない行動だった。これもこの2人と、俺を認めてくれた、言葉をくれたしおりのおかげなんだろうな。
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