日陰縁童 ―べらんだわらし―

柿月籠野(カキヅキコモノ)

ふつう

 カーテンが開く。

 家の中から覗いたのは、女の人だった。

 硝子越しに声は聞こえないけれど、小さな口が、驚きの形に開いているのが見えた。

「わ、ねえ、カノジョかなぁ?」

 本に夢中のりつ君の肩を、ばしばしと引っぱたく。

「そうとは限らないだろ」

 引っぱたかれてぐらぐらと揺れながら、律君は、本から目を離さない。

「ねえ! ねえってば!」

「そんなことをされなくても分かる」

「分かってないでしょ!」

「はい、はい……」

 律君は、やっと顔を上げると、ぼくと女の人の顔を、交互にちらりと見る。

「そうか」

 そう言ったきり、律君は再び本を読むのに戻っていく。

「ねーえぇ!」

「何だ」

 律君が、本に齧りついたまま答える。

「カノジョかなあ!」

 女の人はまだ、怪訝な、困りきった顔をして、硝子の向こうで固まっている。

「ねえ! ねえねえねえ!」

「指差すな」

「あぁ、ん……」

 急いで、手を引っ込める。

「でも、でもさ……」

「彼女とは限らないと言っているんだ。まだ付き合っていないか、何かの用事で来ただけの可能性もある」

「でも、すっごくかわいいし、きれーな人だよ!」

 するする、きゅるきゅる、と音がして、ゆっくりと窓が開く。

「驚かせてごめんね。ずっと、一緒にいるんだ……」

 朔斗さくと君が、女の人に説明しているらしい。

「はあ……」

 女の人の声は、柔らかくて、とても綺麗だった。

「二人とも、自己紹介してくれる?」

 彼女か彼女でないかの言い合いを続けているぼくたちの上から、朔斗君の声が降ってくる。

「あっ、はい、えと、真穂まほ君って呼んでください」

「律です」

「よろしくね」

「よろしく」

 律君と一緒に、頭を下げる。

「あ、よろしく、ね……」

 まだよく分かっていないのか、女の人は挨拶を返してくれたけれど、自分が挨拶をしたことには気が付いていないみたいだった。

「こちらは、衣澄いすみさん。仲良くしてね」

「分かった! ねえ、衣澄ちゃん、朔斗君のこ」

 律君に、後ろから口を塞がれる。

「……何するのっ!」

 必死に暴れて拘束から逃れ、やっと解放された口で言う。

「よく考えてから喋れ」

「だってぇ……」

「だってじゃない。二人とも、困ってるだろ」

 見ると、朔斗君も衣澄ちゃんも、どうしたらいいのか分からないといった様子で、少し、ほっぺたを赤くして……

「ね、やっぱり」

 再び、口を塞がれる。

「あの、兄弟、なの……?」

 じれったい沈黙を破り、衣澄ちゃんが声を出す。

「そうだよ! 律君がお兄ちゃんで、ぼくが弟!」

「どうして、外に……ベランダに、いるの……?」

「お外が好きなの! お部屋なんか、息苦しくって大っきらい!」

「俺は、どっちでもいいけど」

玩具おもちゃと小説だけあればいいんだって」

 朔斗君が、狭いベランダに、うず高く積み上げられた玩具箱を指差す。

「ちゃんと、お片付けするんだよ」

「はぁい」

「え、じゃあ、暑かったり、寒かったり、雨とか……。ご飯とか、飲み物とかは……?」

「大丈夫なんだって」

「うん。何にもいらないの!」

「暇潰しができればいい」

 律君が、さっきまで読んでいた、分厚い小説の本を振って見せる。

「まあ、そういうことだから、気にしなくていいよ」

「あ、そう……」

 また、するする、きゅるきゅる、と音がして、びっくりして困った顔の衣澄ちゃんと、いつもの顔の朔斗君が、硝子の向こうに行ってしまう。

 カーテンが閉まり、背の高い影が、遅れて、背の低い影が、奥へと消えていく。

「ゆっくりやらせてやれ」

 目を塞がれて、カーテンの隙間から覗くことはできなくなってしまった。

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