第3話

 Side ライン


 両側を雑草に挟まれた山道を登る。思い付きで登ってみたものの、想定していたよりも息が上がる。こんなことなら学校に行っておけばよかっただろうか。

 二週間前に転校してきた僕はクラスメイトと容姿が少し異なっているためか、距離を置かれクラスに馴染めていなかった。

 クラスメイトと今日こそは話すことができるだろうかと期待と不安を持ち、昨日までは登校していたが、ついに今日学校をサボタージュしてしまった。

 通学路から見える緑色の山に、心と足がフラフラと引き寄せられた。

 山なら誰もいない。周りの目に怯えることもない。

 そんな理由で現在、丸太が等間隔に並ぶ山道を登っている。すれ違う人などいるはずもなく、自分の乱れた呼吸音がよく聞こえる。

 もうクラスメイト達は登校を終えて、授業を受けているだろうか。

 山の中にいる僕には関係のない、益体もないことを考えていた。

 代り映えのしない山道の景色に飽きてきた時、休憩所のような開けた場所に出た。これ以上進む道もないようで、景色を一望できる展望台もないようだ。

 帰ろうかと思い踵を返した時、地面に落ちているノートが視界に入った。

 なんでこんなところにノートが落ちているんだ。

 ノートは無造作に地面に落ちており裏側が土で汚れていたが、雨で濡れていないし変色もしていない。長い時間ここに放置されているわけではないようだ。

 誰のかわからないけど、ちょっとぐらい中身を見てもいいだろう。

 僕は土の汚れを手で払いのけ、ノートを開いた。

「はじめまして。僕は奏。あなたの名前はなんですか?」と書いてある。

 奏って名前の人がこの文字を書いたのだろうか。自分のクラスに奏って名前の人はいなかったなと、クラスメイトの顔をぼんやりと思い出す。

 それにこれは誰に向けてのメッセージだろう。相手の返事はないようだし、人気のない山奥に誰か住んでいるのだろうか。

 そう考えていると誰かに見られている気がして、体を一回転させるも当然誰もいない。気のせいか。

 誰の返事もないのなら、僕が返事を書いてみようかな。

 鼓動が速くなっている。未知なるものへの恐怖からか興奮からか分からないが、こんなにドキドキするのは転校初日以来だ。

 僕はノートと一緒に置いてあった鉛筆を握る。

「僕はライン。よろしくね奏くん。」と返事を書いた。

 名前の他になにか書いたほうがいいのかと思ったが、交換ノートのようなものに慣れていないので何を書けばいいのか分からなかった。

 奏が僕の書き込みに返事をしてくれるかな。明日もここに来ようかな。

 自然とノートを持つ手の力が強くなっている。

 僕は反応がありますようにと一念、願いを込めてノートを地面に置き、辺りを再び見渡した。

 ノートの他に人為的なものは何もないようだし、今日は帰るとしよう。

 帰り道の下りは上りより体力を使うこともなく、足取りが軽かった。


 翌日の早朝。僕は昨日と同じ山道を登っている。

 早朝から登っているのは、ノートに反応があるのか楽しみで待ちきれないというのもあるけれど、主な理由は別にある。昨日の午前中に学校をサボタージュしていたことが親にばれて、めちゃめちゃ怒られたからである。

 山を下りた後、時間が正午前だったので仕方なく学校に行き、当然先生に遅刻したことを怒られた。それが先生から親に伝わり、二度と心配させるような行動をしないことを約束させられた。なので登校前のばれない時間にノートを見に行く算段だ。

 朝日の木漏れ日が先に進む山道を明るく照らしてくれる。

 ノートがある開けた場所に着く。昨日と何も変わっていないように感じるが。ノートは昨日と同じ位置に鎮座している。

 はやる気持ちでノートを手に取り、メッセージを書いたページを開く。

 開いたページには僕のメッセージの後に

「ライン!よろしく!こっちの文化はまだ分からないだろうから、僕が教えてあげる。代わりに君のことも教えてよ」

と書いてあり、奏の学校の話がその後も続いている。

 口角が上がるのを抑えきれない。ノートを持つ手が興奮で震えている。

 奏が僕に対して返事を書いてくれた。顔は分からない、ノートだけで繋がっているこの関係を友達と言えるのかわからない。けれど僕はこの繋がりがすごく嬉しかった。

 僕はしばらく喜びに浸っていたが、奏の学校という話から僕にも学校があるという現実を思い出した。始業時間に遅れないように急いで返事を書き、山を下りて学校に向かった。

 奏は次にどんなことを書いてくれるかな。楽しみで仕方がなかった。

 その日から僕の日課は登校前に山道を登り、奏との交換ノートを楽しむことになった。

 主な交換ノートの内容は、奏が学校の出来事を話して僕の生活はどうか質問する。僕は奏の質問に返答する。奏の楽しそうな文章を読むだけで、僕の心も伝染したように軽やかになった。

 そんな日々が続いた。

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