第2話

 山道は薄暗く足下が見えにくいが、誰かが整備したみたいに歩きやすい。

 もしかしたら、みかん星人がこの道を整備したのかも。やっぱりこの先にいるんだ。

 十五分ほど山道を登ると学校の教室ぐらい開けた場所に出た。木漏れ日が少なく、明るさは道中と変わらず暗いが。

 登ってきた道の反対側に下る道はあったけど、ここより上に登る道はないようで、周囲は背の高い雑草に囲まれている。

 みかん星人の姿は見えないけれど、きっとここを拠点にしていると思う。

 僕は事前に考えてきた、みかん星人とコミュニケーションを取る作戦を実行する。

 第一、みかん星人とお話ししよう作戦。みかん星人に言葉が伝わるかわからないけど。

 カバンからノートと鉛筆を取り出す。みかん星人と直接会えないことも想定して書き置き用のノートを持ってきた。

 こんな山の中に机やいすはないので、落ち葉だらけの地面にノートと鉛筆を置いた。

 ノートのはじめにはこう記した。

「はじめまして。僕は奏。あなたの名前はなんですか?」

 第二、みかん星人の生活を支えよう作戦。

 みかん星人が地球の生活に困らないように助けてあげる。たぶんみかん星人はお金を持ってないから。

 ポケットからお金を取り出し、ノートと鉛筆の横にお小遣いを置いた。

 ひとまずこれで今日は帰ろうかな。みかん星人からなにか反応があればいいな。

 頭上にある木々が秋風に揺らされ、ざわざわと音を立てていた。


 翌日、みかん星人の拠点に行くと。ノートに僕が書いた字ではない書き込みがあった。

「僕はライン。よろしくね奏くん。」

 みかん星人とお話しできた。僕は飛び跳ねて喜んだ。

 飛び跳ねた勢いで。足下の落ち葉が宙を舞う。

 横に置いたお小遣いはなくなっていた。ラインはお金を使えたかな。少なかったかな。お小遣いをもらったら、また持ってこよう。

 その日から僕は毎日この拠点を訪れるようになった。開成君とかクラスメイトも誘おうと思ったけど、ラインがびっくりしちゃうかもしれないし、ラインを他の子に取られる気がして、紹介したくないなと思った。


 ラインとのコミュニケーションが楽しくなり忘れていたが、僕は小学生で小学生の本分は学業である。すなわち学業が疎かになってしまった。その結果、親に怒られ外出禁止令が発令されてしまった。

 少しの時間でいいから外に出たいと言ったが許してもらえなかった。勝手に抜け出そうとも思ったが、もっと制限が厳しくなるかもしれないから行動できなかった。

 それに、ちょっと拠点に顔を出さなくても、ラインは許してくれる。

 僕は余裕の安心感を持っていたが、事実ラインとの交換ノートは途絶えてしまった。


 幾日か経過後、外出許可が下りたので拠点を訪れた。ラインは僕が不在の間、寂しくなったかな。僕に何かあったのか心配させたかな。興奮と不安が綯い交ぜの状態で足を進めた。

 久しぶりの拠点は前と雰囲気が変わっている気がする。いつも僕しかいないけど、今日は特にそう感じる。

 なぜそう感じたかは交換ノートを開いてわかった。

 交換ノートは僕が書いた後は真っ白で、ラインが更新した形跡はない。

 静寂が訪れる。木の葉が揺れる音も動物の声も聞こえない。

 拠点の空間は時が止まったように感じた。まるで最初から何者もいなかったように。


 家に帰った。絶望した。落胆した。

 交換ノートはビリビリに破いて部屋のゴミ箱に投げ捨てた。

 ゴミ箱の側には、この前に観たSF映画のパッケージが乱雑に転がっている。

 どっと疲れが押し寄せてくる。

 ラインはみかん星人は最初から存在しなかったのか。

 じゃああの交換ノートの文字は誰が書いたのだろうか。

 でも、もうそんなのどうでもいい。

 あの拠点には今は誰もいないのだから。

 ベッドに突っ伏して、みかん星人のことを走馬灯のように振り返っていた。


 ふと誰かに呼ばれたような気がして目を開ける。時計を確認すると短針が指す数字が五つも進んでいる。

 僕はいつのまにか眠っていたようだ。

 ふとカーテンの隙間から光が入ってくるのが見えた。

 カーテンを開けると、夜空に無数のオレンジ色の星が宝石を散りばめたかのように広がっていた。

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