第10話 深愛

 俺はあの村でずっと孤独だった。

こんな小さな村で産まれた俺にとって世に溢れる娯楽など月程かけ離れた存在で、おもちゃやゲーム、友達と公園で遊びお菓子を食べジュースを飲む何て言う良くある日常は俺には想像すら不可能な世界であった。

それに引き換え俺の日常は、畑仕事の手伝いや一人山や川で虫と戯れると言った何ともちんけなもので、それもこれもこの村に生まれ落ちた事が原因である。

それに加え子供が俺一人となれば最悪な毎日はどん底まで落ち、五歳にして人生はつまらないなどとため息を漏らしていた。

けれどもそんな村を愛し、そして俺に目一杯の愛情を注ぐ両親には断じて先の思いを口に出す事は無い。

言えば落胆させると分かっていて尚、訴える者などいようか。

けれども日々不満や寂しさは募り、それを紛らわす術も見つけられ無い俺は、両親の為耐えるしかなかった。

一人で寂しく無いのかと聞かれ、平気だと答える奴はただの強がりだ。

もしも胸の内を声に出来るのならば、誰かに届く事を願い俺は一人孤独な毎日が酷く寂しいのだと叫びたい。

『・・・誰か俺を見つけて、下さい。』

しかしそんな俺にも希望はあるのだ。

この村から気が付けば姿が見えない者は良くいたが、同じく村に訪れる者も多くいて、新しい住人が訪れる度に期待を膨らませ必ず皆を出迎えて来た。

いつか子供を連れた家族が来てくれる筈だと、幾度も願いその時を待っているのだ。

その願いは何度も打ち砕かれ時には諦めそうになるも、俺は決して微かな希望を捨てることは無い。

何故ならこうして、願う者には与えられるのだと言うべくして彼女は俺の元へやって来てくれたのだから。

両親に連れられ村にやって来た小さく怯える女の子は正に希望そのものであった。

「・・・え、うわぁっ。え゛っ女の子だ、子供だっ。やっと来てくれたんだ、あははっ俺椿冬真って言うんだ、君は何て名前なの?この村を案内してあげるよっ。」

「・・いやっ、来ないで。・・・お父さん。」

「んー、ごめんね冬真くん。この子ちょっと人見知りなんだよ。時間は掛かるかも知れないけど、良かったら仲良くしてくれる?」

「・・・あぁ、そっか。じゃあ今日は案内はやめておくよっ。来てくれてありがとうっ、また明日来ます。」

人見知りがなんだと言うのだ。

彼女の存在以外は全て取るに足りない事で、怯えた態度をされようとも俺は最初と変わらず上機嫌で浮き足だっている。

何せ今日は俺の誕生日で、彼女はおもちゃやゲーム、お菓子よりも遥上を行く最高のプレゼントなのだ。

彼女を出迎えた場所から駆けて行く足は軽く、いつもの道や家はより一層輝き世界が一変して見え、胸は高鳴り収まりが効かず俺は勢いよく家に入り今までに無い大声をあげた。

「お父さん、お母さんっ。女の子がっ女の子が村に来たよぉっ。ちょっと一緒に来てよっ。あ、でも駄目だ人見知りだ。」

「女の子?人見知り?何なのよぉ。」

「そう、女の子で人見知りっ。人見知りだぁっ、人見知り人見知りっ。女の子で人見知りっあはははっ。」

「冬真、随分といい笑顔じゃ無いかぁ。余程いい事があったんだな。」

「そうなんだお父さんっ。村に新しい家族が来て、女の子も一緒だったんだよ。俺嬉しくって。」

「・・・そうか、じゃあ村を案内してあげなくては。それから、村の掟もしっかり教えてあげるんだよ?」

「あっ・・・・・はい。明日行ってきます。」

今思えば身の毛も弥立よだつこの村の掟を当時は鬱陶しい規則の様にしか考えておらず、両親は度々掟について熱心に話して聞かせたが、俺はこの時間が早く終わらないかと飽き飽きしていた。

そんな話を来たばかりのあの子に聞かせるなど退屈過ぎて真っ平ごめんで、俺は明日も明後日もそのまた次の日も、あの子と仲良くなれるよう、あの子が楽しいと思える何かを見つけられるようにやる事が山積みなのだ。

そんな時間に掟を話す隙間などある筈が無く、俺は六歳の誕生日に初めて両親に嘘をついた。

そうして翌日から彼女との追いかけっこが幕を開け、話し掛けては逃げられる毎日を繰り返していたが、俺はそれでも十分と言って良い程日々が楽しく仕方なかったのだ。

考えれば嫌がる女の子を執拗に追いかけ、一人の時は常に彼女のことを考えているなど、一歩間違えばストーカーの様である。

椿冬真改め、ストーカーによる情報だと、彼女は大抵窓辺で外をぼんやり眺めているか、あるいは家の直ぐ側に出て花を眺めているかのどちらかで、その表情はいつも何処か寂しげであった。

そんな姿を見ていると、きっと踏み出す勇気が無いだけで外の世界を見て回りたいのだろうと思って止まず、彼女自身も意図せず作り上げた人見知りと言う中々高い壁を取り払えずに苦しんでいるのだろう。

そればかりか人見知りは近頃彼女を室内にばかり籠らせ、流石に痺れを切らした俺は気付けば彼女の部屋の窓をノックしていた。

「・・よっ、何してるの?」

「・・・・。」

「あ゛っ、待ってよ、待って待って。怖がらせるつもりはなかったんだ、ごめんね?」

「・・・何か、用事でも・・あるの?」

「・・・え・・え゛っ?あ、あぁいやちょっと。へへっ、初めて会話出来たっ。」

「・・・・そうだっけ?」

「うんっ、今日はいい日だねっ。」

「私と話せて嬉しいの?・・・変なの。」

「勿論だよっ。そうだ、今暇なら俺綺麗な花畑知ってるよっ・・・行く?」

「えっ・・でも。・・・ごめんなさいっ。」

「あっ、あぁ行っちゃったぁ。でも、本当に今日はいい日だっ。しつこいとあれだし帰ろっと。・・・また、明日ねっ。」

俺は宣言通り次の日も外に出ない彼女の部屋の窓をノックしたが、その日は愚かそれから五日間彼女が外に顔を見せる事は無かったのだ。

となると当然ながら俺は自分を責め、あの日の積極的な行動が原因だと考え一人外で五日間、項垂うなだれていたなど言うまでも無いだろう。

そんな絶望的な五日間を送っていたせいか、いつもならば数日前から感じていた月に一度の集会に対する憂鬱は、すっかりどこかへ消えてしまっていたようだ。

何故頻繁に集まるのか全く分からない集会とは、大抵お祖父様が話をしそれを皆んなが黙って聞く様なものである。

しかしただそれだけの筈が、あの場の空気は途轍もなく張り詰め息は詰まり、話はよく分からないが何処か怪しげな集会であるという事は子供ながらに感じ取っていた。

両親はそんな集会にいつも熱心で、俺が万が一掟や集会に興味が無いなど話そうものなら恐らくがっかりさせるに違いないだろう。

その為に俺はあたかも両親と同じく熱心に話を聞く振りをし、例え掟の内容が時に間違っていると分かっていても、自分の意思をひた隠しにし世に言う卑怯者として生きて来たのである。

そしてそれは今日だって同じであった。

「あなた、冬真、今日もいい集会にしましょうね。」

「あぁ、きっと今日もいい集会になるさ。」

「・・・あっ、あの子だっ。」

「静かに。あの方がそろそろ来ますよ。」

「・・・はい。」

「いらっしゃったわ、皆様整列なさって下さい。」

「おはよう、今日もこうして皆の顔を見る事が出来て私は嬉しいよ。さぁ、座って。」

お祖父様が現れた瞬間から張り詰める空気が俺は苦手だった。

相変わらずの柔らかい表情とは裏腹に凍りつくこの雰囲気は、他でもなく村人が作り出している物なのだと思っていた俺は、お祖父様がどれ程恐ろしい人物なのか知らな過ぎたのだ。

「それでは今日の議題は、村の掟にある土地の管理の・・。」

「お祖父様聞いて下さいっ。」

「・・・何かな。私の話を遮る程の要件だと察するに、余程重要な話なのでしょう。・・どうぞ、聞きましょう。」

「私は十年この村であなた様にお迎えして参りました。ですが今日こんにち、私は棄教ききょうしたくここに申し上げます。」

「はははっ、成程。・・・では掟は承知の上かね?」

「・・・・はい。承知しております。」

「しかしお祖父様、この者は重要な役職に就いておりました。棄教など認めかねます。」

「無論、直ぐにとは言わないよ。集会の後私の部屋で話をしないかね。少し考え直してみなさい。決めるのはそれからでも遅くはなかろう。」

「いえ、ですが私は・・。」

「何か。」

「・・後ほどお部屋まで伺います。」

「何で?何でこの人は自分の好きな様にさせて貰えないの?」

「っこら、結糸黙りなさいっ。すいません、お祖父様、失礼を・・」

「よく分からないけど、この人は村を出て行きたいんでしょ?じゃあそうさせてあげたら良いのに。この人の自由だよ。」

「ほう・・・。」

「申し訳ありません、ここ何日も掟については話して聞かせたのですが。っその・・。」

「良い良い、では君達も後で私の部屋にいらっしゃい。納得出来るよう話して差し上げますよ。」

「・・・はい。わかったわね、結糸。っ結糸。」

「うん。」

その場に座る全ての村人が、掟に反する行いに対し否定や沈黙を貫いていたにも関わらず、一人声を上げた彼女はあの怯えた弱々しい女の子では無く、その強く凛々しい姿に気が付けば視線は奪われていた。

周囲の刺さる視線を一挙に集めても尚自分の正義を貫くそんな彼女に、きっとこの瞬間恋焦がれていたのかもしれない。

「・・・・結糸って言うのか。」

その後の集会はまるで何事もなかったようにいつも通り進み、終了後皆は逃げるように出て行ったが、結糸は母に手を引かれお祖父様の家へと向かって行った。

それから約一時間程だっただろうか。

お祖父様の部屋から母に手を強く引かれ出て来た結糸の頬は赤く腫れ、その表情は感情を失っていた。

俺はそんな結糸の姿に酷く動揺し呆然と立ち尽くしていたのだ。

恐らく結糸と同じ考えの村人は山程いて、俺だってその一人である。

しかし同じ思いを抱え勇気を出し声を上げた結糸は酷い仕打ちを受けたのだ。

そんな彼女を見て俺の心に芽生えた感情は罪悪感で、それに気付いた時には既に足は動き彼女を母の手から引き離し抱き寄せていた。

「結糸っ、結糸ごめん。本当にごめんね。」

「・・・・何で君が、冬真くんが謝るの?」

「そ、そうよ。お母さん・・お母さんは別に、ほらっ行くわよ結糸っ。」

「ご・・めん。ごめんね。あっ・・・待って・・また直ぐ来るからっ。」

抱き寄せた筈の小さく細い体は強引に引き離され、まるで地獄にでも連れて行かれるように見えた俺は居ても立っても居られず、又もや駆け出していた。

何とかしてあげたい、笑わせたいとそんな思いだけが俺の足を、心を動かしたのである。

そして俺は自分の部屋へと飛び込み、以前湖畔で見つけ宝物にしていた綺麗な石を取り出すと父の工具でそれに穴を開け、彼女を守ってくれるよう願い紐を通した。

俺は自分の無力さも、罪悪感から逃れようとこんな行動に出たのだと言う事もわかっている。

それでも同じ位強く胸を締め付けるこの感情も、純粋に彼女を守りたいと願う思いにも、気付かない振りなど出来なかったのだ。

数時間掛け漸く出来上がったお守りを強く握りしめ、俺は息を切らし結糸の元へ走って行く。

早く、もっと早くと気ばかり焦り、時折縺もつれ転けそうになる足を強く踏み締め、ただ前へ進む事だけ考えていた。

結糸は恐らく他が為に強く、自己は薄いガラスのようにもろい。

それを表すように叱られ暴力を受けた結糸は、未だ庭でうつむいている。

彼女が他人を守るならば、彼女自身は一体誰が守ってあげられると言うのだろうか。

少し離れた場所で結糸の姿を見つけた俺の胸には、今まで芽生える事のなかった強さが生まれようとしていた。

「結糸っ・・はぁ、はぁっ・・・来たよっ。」

「冬真くん。」

「結糸・・ほらこれっ。結糸を守ってってお願いしたんだ・・お守りだよ。」

「・・・お守り?」

「俺まだ子供で弱いけど、きっと強くなるから。・・だからそれまでこれを持ってて。」

「・・・ふふっ、綺麗。ありがとうっ。」

俺はあの日の笑顔を絶対に忘れはしない。

そしてその笑顔に固く誓う決意は、結糸が笑顔でい続ける為ならば決して揺るぐ事は無いのだ。

それからというもの俺は、日々宝物を大事に守るように、結糸を外へ連れ出しては様々な景色を見せて回りその笑顔を独り占めして来た。

その甲斐あってか人見知りはいつの間にか何処へ消え、結糸は良く笑い良く喋る様になり、時々怒る時だってあったような。

結糸は思っていたよりもずっと天真爛漫で、虫は平気だが爬虫類が少し苦手だ。

それを知ってるからと言って、隠し持っていたトカゲを結糸の目の前に差し出し激怒されるなど、男の子なら良くある茶々である。

それも全て結糸が可愛いが故で、怒った後も決まって満面の笑顔を浮かべるのだ。

これがやめられなかったなどと話せば、結糸は怒るだろうか。

俺達は共に過ごす時間により互いを深く知り合い、大事に育んできた。

しかし本当の絆とは、互いの弱さを見せ合い受け入れる事でのみ手に入れる事が出来るのだ。

結糸がどうだったかなど今となっては確かめようの無いことだが、あの日あの瞬間俺は確かに絆を感じていた。

それは大雨に降られ道に迷ったとんでも無い日だった。

「結糸急いでっ、このままじゃ風邪ひいちゃうよっ。」

「うんっ。・・・・暗くなって来たね。」

「近道しようっ、こっち。」

「・・結糸、ここちょっと急だけど登れる?ほら、手を・・・・。結糸?」

この出来事を思い出す度に、男としてらしからぬ行動だったといつも落胆してしまう。

結糸に風邪を引かせてはいけない、帰りが遅いと親に怒られてしまうかもしれないと焦り前しか見えておらず、結糸が後をついて来ていない事に俺は気が付かなかったのだ。

これが自責の念に駆られない訳がなく、来た道を引き返そうと焦った結果盛大に足を纏らせ、逆に心配されるのではと思う程泥塗れとなる始末。

しかし俺が薄汚れていると気が付いたのは泣き叫ぶ結糸の元へ戻って来た時で、彼女も同じく地べたに座り込み泥塗れであった。

「結糸ごめんっ、どうしたの?何処か痛いの?」

「冬真・・・膝が痛いよぉ。」

「うわぁ、血が出てるじゃんかっ。待ってね。」

俺は焦りからTシャツの中に着る肌着を脱ぎ血が滲む膝に巻き付けたのだが、思えば汚れた膝に汚れた服を傷に巻き付けられるなどバイ菌の宝庫で、過去の自分に言葉が届くのならば『頼むから膝を洗ってくれ』と言いたい。

とは言え面白いのは結糸もかなり無頓着のようで、そんな俺の考えなしの行動にもありがとと、笑っていたのだ。

この笑顔一つで結糸よりも大慌てな俺の気持ちは落ち着きを取り戻すことが出来るなど、まるで魔法のようである。

俺は今度は絶対に離すまいと彼女を背負うと、多少遠回りしても歩き易い道を選び帰る事にしたのだが、やはり暗く視界も悪い為きっと何処かで道を誤ったのだろう、気付けば見た事のない場所を途方もなく歩いていたのだ。

俺は意気消沈する結糸にこれ以上心配をかけまいと何も告げず一人必死に村を探し続けたが、不思議と先ほどの様な焦りは消え、必ずや無事に家に届けるのだと意識は前を強く向いていた。

俺に力を与えるのはいつだって結糸で、救いの手を差し伸べるのも安らぎを与えるのも全て彼女なのだ。

これを何と呼ぶのか、俺はまだその名を知らない。

知っていたならば、伝えられていたのならば今は何処か違っていたのだろうかと考えては、手遅れだと後悔する。

そうとは知らずただその瞬間を純粋に生きる俺達には、重すぎる未来など想像出来る筈が無いと言うのに、そう考えずにはいられないなど情け無い話である。

「冬真見てあれっ、洞窟があるよ。あそこで雨宿りしようよ。」

「本当だっ。・・・初めて見たなぁ、行ってみる?」

「行こうっ。」

突如現れた洞窟はひっそりと佇み、不思議と不気味さは感じなかった事を覚えている。

例え不気味さを感じていたとしても、早く雨宿りしなくてはと必死でそれどころでは無いのだが、言うなればそこは神秘的と言う言葉がぴったりな場所だった。

「うわぁ、凄いねここ。椿が沢山咲いてる。」

「違うよ冬真、これは山茶花だよっ。似てるけど違うの。」

「山茶花?」

「そうだよ。何か、冬真みたいだよねっ。」

「っえぇ?俺?」

「うんっ。冬真は優しいから、自分が嫌な事も我慢して何とも無いって振りをいつもしてるから。」

「・・・・。」

「本当は村の掟も、冬真のお父さんとお母さんのいいつけも嫌なんじゃ無いかなって時々思うんだ。冬真はこの村の人達と全然違うように私には見えるよ。」

「・・・そりゃあ、まぁ。」

「大丈夫だよ、私がいるから。一緒にこの村を変えて行こうよ。大きくなったらもっと明るい村にしようっ。」

「うん・・・うん、そうしたい。俺もそんな村がいいっ。」

「ふふっ、私が冬真は優しいってちゃんと分かってるからね。そんな優しい冬真は、私の支えだよ。冬真がいてくれるから、こうして毎日笑えるんだ。・・いつもありがとうっ。」

「な・・に、急にどうしたんだよ。俺だって、俺だって結糸がすっごく大事だよ。結糸がいなきゃ、俺だって笑えてない。・・・お礼を言うのは俺の方だよ。この村に来てくれて、う、産まれて来てくれてありがとうっ。」

「ぷっ、あはははっ。」

「ふふっ、あははっあはははっ。」

唐突に結糸が言い放った言葉は、長い間胸を締め付けていた鎖を解いてくれるような感覚にさせ、本当は泣きそうになっていた事は秘密にしてある。

二人で大人になったら村を変えて行こうと、共に思い描いた明るい未来は間違いなく俺の生きる糧となり、何よりもこの先も結糸と歩んで行けるのだという未来が嬉しく心は温かかった。

だから俺には分からなかったのだ。

何故こんな事になってしまったのか、幾度も考えたが答えは出せず俺はもがき苦しみ、裏切りだと憎しみを抱く他なかった。

それはあの何とか帰宅する事の出来た大雨のの翌日、雨は止んだもの依然空はよどみ日の光が差し込む隙間の無い程厚い雲が覆っている。

この日は集会の日でこの天気だ、いつもに増して気分は憂鬱であったが特段変わった事はなく、何か違いがあったとすれば、集会後俺の両親と結糸の両親がお祖父様の部屋を訪ね、ほんの数分滞在し出て来たと言う事だけだ。

日中は結糸と変わらず楽しい時間を過ごし、夕方になり互いに帰宅すると、いつも通りに晩御飯を食べ、いつも通りお風呂へ入った。

そしていつもと同じように布団へと入り眠りへついたのだ。

俺は妙に静まり返る深夜に突如広間の辺りから物音が響くその瞬間まで、明日はどんな一日が始まるのだろうかと胸を弾ませていたのである。

「何だ?・・・うぅっ寒い。お母さん?起きてるなら湯たんぽ作ってよ、今日は凄く寒い・・・・・・・え?」

悪夢だと思った。

悪夢だと思いたかった。

扉を開いたその先には一面血だらけの部屋に倒れる母と、父にまたがり包丁を何度も何度も振りかざす結糸が目の前にただ、いた。

そんな光景を目にし抜け殻のように呆然と立ち尽くす俺の頭は真っ白で、結糸が何も言わず立ち去ったと同時に何故だか頭は彼女との幸せな記憶が次々と物凄いスピードで巡り、この悲劇を否定せんとしている。

もし両親に何か伝える事が出来るのならば、こんな親不孝な息子をどうか許して欲しいと伝えたい。

石のように固まり動けない俺の耳に、結糸の母の金切り声が飛び込むと、体は彼女を追いかけていたなど、どうしてなのか分からない。

あれは俺の両親じゃなかった、そして刺し殺した人物も結糸では無く良く似た女の子だと現実から逃れたい一心だったのか、両親を殺されても尚結糸が大事で仕方なかったのか。

確かなのは、あの瞬間結糸に激しい憎しみなどまだ感じてはいなかったと言う事だ。

一心不乱に駆ける俺は結糸の家へと向かい、何の断りもなく足を踏み入れるや否や中を見て回ったが、そこには生きた人間は誰一人いなかった。

勿論文字通りの意味で、広間で首を吊り動かない結糸の父親以外には誰もいない。

俺は結糸の父親の遺体を見た辺りから、本当に悪夢を見ているだけでは無いだろうかと錯覚すらしていた。

そうでなければ、こんな地獄絵図が現実で繰り広げられているなど果たしてあり得るのだろうか。

『こんなの夢だっ夢だっ、早く覚めろっ覚めてくれっ』

心の中で何度もそう唱え走る他、俺に崩壊しそうな精神を保つ方法は無かったように思う。

「おばさんっ、どうなってるの・・・結糸はっ、結糸は・・どこ?」

「あぁんの子めぇ、逃さない・・逃さないっ。」

「・・・お、おばさん?何、やめてよ。何なの・・・おばさんっ。」

地べたを這いつくばる結糸の母はまるで悪魔のようで、俺の両親を殺した娘を責め立て追いかけている様子とはかけ離れているように見えた。

俺は去って行く結糸とその母を眺め、もうここには思い描く明るい未来は無いのだと、恐らくそう思ったのだろう。

途端涙は止め処なく溢れ出し、崩れ落ちた。

希望、決意、そんな物は無意味だったのだ。

全てが何の意味も無かった。

「結糸・・だ、だめだよそんな所に登っちゃ・・・ははっ・・・本当お転婆だなぁ・・。お母さんお腹すいちゃった・・・今日は、あれが食べたいなぁ・・・うぅう゛っ、あの・・あ゛、ぁあの、俺の大好きな・・・うぅ・・ぐすっ、お母さんの・・・うぅう・・う゛ぅあわぁっ・・うぅ・・。」

それからの記憶など殆ど無く、思い出せるといえば結糸と未来を語り合ったあの洞窟で一人膝を抱え座り、幸福な記憶にすがっては現実に引き戻され涙する毎日。

気付けば俺の両親や結糸の父の遺体はいつの間にか処理され、消えた結糸とその母の事を語る者はいなかった。

俺の人生は言うまでも無く何もかも変わってしまい、歩んだ人生は人格までも歪ませると、何に対しても前向きだった自分は何処かへ消えてしまったようだ。

あれから数ヶ月後、お祖父様の言いつけにより村を降りた場所にある小さな小学校へと通う事になったのだが、子供の世界とは酷く残酷で壊れた心に追い討ちを掛けるよう、周囲の人間は俺に目鯨を立てたのである。

「お前あの気味の悪い村から来たんだろうっ。」

「お母さんがあの村の人とは関わるなって言ってたんだ。」

「出て行けっ、気持ち悪いんだよっ。」

ただ笑って生きたいと願っていただけのはずが、両親は死に大事な人には裏切られ、周囲の人間は俺を知ろうとする事もなく忌み嫌うこの世界に生きる価値などあるのだろうか。

何が楽しくて生きているのだ。

何を楽しみに生きているのだ。

一体誰が俺を必要とするのだろうか。

そんな疑問は人生を投げ出すには十分だった。

唯一俺を人として見ていたのはお祖父様であったが、それは断じて俺を息子のように育ててくれたなんて幸福な話でも無ければ、お祖父様が唯一の家族だった何て話でも無い。

お祖父様との暮らしは苦痛そのもので、起床時間と就寝時間は正確に決められ、学校の送り迎えに必ず村人を一人つけた。

帰れば掟について数時間話をされ、何か粗相があればあの笑顔のまま殴られる毎日であったが、幼い俺は従う以外に生きる術は無かったのだ。

人間は弱い。

辛いと必ず他人を責め、その辛さから逃げようと目論む。

そして俺も勿論その一人で、結糸が両親を刺し殺さなければといつも考え憎しみを募らせてはまたあの笑顔を思い出し、彼女に憎しみを向けた自分を責めている。

「結糸・・・・。」

「冬真さん、掟の書き取りはすんだのかな。・・ん?今隠した物は何でしょうか?ネックレス?」

「いえ、何も隠してなどいません。・・・書き取りも既に終わりました、晩御飯を頂いても良いでしょうか?」

「・・・良いでしょう。本日で中学校も卒業した事ですし、これからは村の為尽力して頂きますよ。」

「・・・はい。」

長きに渡りる苦悩な人生はまるで開けっ放しの玄関のように心に隙を作り、誰でも入れ何でも盗め、誰でも住めた。

こんな無価値な俺を何故お祖父様はわざわざ育てていたのか疑問であったが、それはきっとこの時の為だったのだろう。

すさんだ俺の心を好都合だと利用し、この機会を今か今かと待ちび利用する為だけに生かしていたのだと大人になり気付くなどつくづく間抜けだと思い知らされる。

「冬真さん。そう言えばあの子を覚えているかな?・・確か名前は環結糸、と言ったね。」

あの出来事以来、聞く事はないと思っていた名がまさかお祖父様の口から発せられるなど想像もしない俺の体は、硬直し声を震わせ鼓動を早めた。

「・・・・・はい、覚えています。」

「そうであろう。本当に残虐な事件だったねあれは。・・君の両親を刺し殺したあの少女だよ。あの時君に遺体は見せない方が良いと思って、皆で急いで片付けたがあれは・・本当に酷かった。幾つもの刺し傷が・・。」

「やめて下さいっ。・・・もうやめて下さい。」

「・・・憎いかね?」

「・・・・はい?」

「彼女が憎いかと聞いているのだよ。」

「それは・・・そう思う時も・・あります。でもっ・・・。」

「そりゃあ憎いですよね。仲の良かった冬真さんの両親をあんな風になるまで刺し殺すなど到底出来るはずがないですものね。・・・きっと君が嫌いだったんですよ。仲睦まじく見せていたのも演技だ。・・・心の底では両親に愛されていた君を憎んでいたんだよ。」

「え?・・・いえ、そんなはずは。」

「そうだとも、彼女は母親から虐待を受けていたのだよ?それなのに親に愛される子供が目の前にいて、憎いと思わぬ訳がなかろう。・・・だから自分を責めることは無いのですよ冬真さん。彼女を酷く憎む事は決して悪い事などでは無いのです。・・当然ですよ。」

「・・・・・。」

「自分の心に正直になりなさい。さすれば君は救われます。なので私は冬真さんに救いの手を差し伸べようとある提案を思いついたのです。」

「提案?」

「環結糸とその母を見つけここに連れて来なさい。そうすれば君は必ずやこの苦しみから救われるでしょう。」

「何を・・そ、そんな事出来るわけないでしょう。だって・・だって何処にいるかなんて検討もつかないです。」

「探しなさい。冬真さんは自分をみくびっているのですよ。君になら出来ます。・・・その憎しみを糧にし、解放しなさい。救われたいのでしょう?」

「・・・・・・・・・・はい。しかし連れて来てどうするおつもりですか。」

「裁きですよ。冬真さんの為、村の為裁きを与えるのです。勿論我慢出来なければ見つけ次第冬真さんが結糸さんに裁きを下しても構いませんよ。・・・当然の権利ですから。」

「・・・裁き。」

目の前で話している筈のお祖父様の声はまるで耳元で囁かれているようで、その言葉一つ一つは心に入り込み呪縛のように俺を支配した。

まるで心底俺が結糸を憎んでいるかのように思わせ、俺もそうであると信じきっていたのだ。

それは夜も朝日を浴びる瞬間も、飢えてゴミ漁りむさぼり食べるその時だって俺に囁き続ける。

そして十九歳の夏、暑さと空腹で朦朧もうろうとする中、懐かしい声に胸が潰れそうなその時もそうだった。

「結糸ちゃんっ、見てあったわよ。」

「本当だ・・・凄いね。なんか恥ずかしいよ。」

「何言ってるのよ。結糸ちゃんの小説が表彰されて新聞に載るなんておばあちゃん誇らしいわぁ。」

「そんな大袈裟だよ。」

「今日はご馳走にしなくちゃっ。ちょっとお肉屋さんに・・あっ、その前にこの書店の人物を全部買い占めてるわよ。」

「やめてよおばあちゃんっ。ふふっ、一個だけにしよう。それにご飯なんていつも通りでいいからさ。」

「ダメダメ、ほら結糸ちゃんも何冊か持って。」

「はいはい。・・あっ、すいませんそれ買います?おばあちゃんが全部買えってうるさくて・・・・ん?どうかしました?」

「・・・・・・ゆ・・い?」

「ん?何ですか?」

「結糸ちゃん早く持って来てっ。ほら早くっ。」

「分かったってば。・・・あ、それどうぞ持って行って下さい。私まとめてお金払っておきますからっそれじゃあっ。」

予期せぬ出会いが与えた感情は憎しみでは無く悲しみだった。

何せ結糸は俺の事など覚えてすらいなかったのだ。

余りに汚く変わり果てた姿に気付かなかった何て思考は頭によぎる事は無く、長年苦しんで来た思いがまるで道に落ちているゴミのように踏み潰されて行くそんな感覚だった。

『ほぉら、だから言っただろう。彼女は恨まれて当然なんだよ。』

「・・うるさい。」

『冬真さん何てもう過去の記憶ですら無いのですよ。』

「うるさいっ。」

『彼女を・・・手に掛けてもいいのですよ。』

「うるさいうるさいうるさいっ。・・黙れっ。」

「大丈夫かい?」

「うるさっ・・・あ、すいません。何でも。」

ふと気が付いた時俺は何処かも分からない河原で座り込んでおり、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

それにも関わらず軽蔑の眼差しなど一切見せる事なく話掛けるお爺さんに対し、一瞬にして気を許していた事を覚えている。

そのお爺さんは淡々と自身の皆内話を続け、俺の事など興味も見せない様子がこんなにも気持ちを楽にしてくれるのだと知った瞬間であった。

それは恐らく、俺に嫌悪感を抱いていないからでは無いだろうか。

その感覚を久しく感じていなかった俺は、お爺さんとのこの時間が安らぎだった。

「誰かを憎むって辛いですか?」

「そうだなぁ、確かに辛いね。しかし憎しみも愛も表裏一体、いつだって愛に変えられるのだよ。自分自身が強くそう願えばね。」

「憎しみも愛も表裏一体・・ですか。」 

「そうじゃそうじゃ。・・・ん?何だお前さんそのなりは。金に困っているのかね?おいで、名前は何と言うのかな?」

「椿です。椿冬真。」

「そうかそうかぁ。綺麗な名前だねぇ。ついておいで、息子が運送会社を経営しているから、働けるか聞いてみよう。」

俺はこの日の恩を決して忘れはしない。

けれども未だ憎しみを愛に変える事は不可能で、憎しみに縋るしか生きる理由が見つからず、幾ら人から愛を与えられようとも心は壊れたままだった。

しかしそれはもうどうでも良い事なのだ。

結糸は俺の事など忘れ幸せな人生を送り、俺はこうして憎しみを払拭出来ぬままナイフを持ち彼女の目の前に立っているのだから。

「・・ではご両親は殺人を犯そうとしている事実を知った時、どう考えると思いますか。やっぱり悲しむかしら?」

「・・・・そうだな・・喜ぶさ。」

神は何故こうして俺と結糸を再び巡り合わせたのだろう。

お祖父様の言うように憎しみをぶつけ俺を救う為だと言うのか。

そうだとするならば、俺の憎しみで溢れている筈の心が、目の前に倒れる彼女を救いたいとこいねがってる理由わけを教えてはくれないだろうか。

「結糸・・・結糸っ。駄目だ、死ぬなっ死んじゃ駄目だっ。救急車、救急車だっ早く・・早く。」

『何故助ける?』

「分からない。」

『彼女は両親を刺し殺した憎き女なのだぞ。』

「知ってるよ。」

『じゃあ何故助ける。』

「こっちですっ、ここです彼女を助けて下さいっ。どうか・・どうか彼女を・・・助けて。まだ死なれちゃ困るんです・・俺、俺はまだ、本当は・・生きていて欲しいんです。ただ幸せに生きてて・・欲しい。」

遠くからサイレンが響き渡る中、頭の中の声は俺の行動を否定し続けたが、気が付けば無我夢中で音に向かい結糸を抱えて走っていた。

そして到着した救急車に乗せられ去って行く結糸を泣き崩れながら見送っている。

「・・・俺は、俺は結糸を本当に憎んでいるのですか。これじゃあ余りに・・。」

『ならばあの惨劇を忘れたと言うのかね?』

「いいえ。」

『では冬真さんの目的は何かな?』

「二人を村へ連れて行き、裁きを受けさせる事です。」

『そう、よく出来たね。でも今回の行いは私に背く行為だ。それ相応の裁きを君にも受けてもらうよ。』

「・・はい。」

初めは膝をつき泣き崩れていた俺であったが、次第に体は実体の無いお祖父様の前にひざまずいていた。

物凄い形相で俺を見下すお祖父様は言いつけに反いた罰に、過去に粗相を犯し何度も殴られた時の映像を永遠と頭の中で流し続けたのだ。

それは警察署へ自主に向かう夜道、判決を待つ留置所内、刑務所に収容された時まで続き、時には結糸が父を刺し殺す瞬間の映像までも流し込んで来た。

そうして俺が心身共に力尽きると、又もや耳元で二人を連れて来いと囁くのだ。

無論俺に抵抗する術も力も残されておらず、苦しみから逃れたく言いつけ通り結糸に村や母の存在を思い出させようと痛ぶり続けた。

それなのにどうして彼女は俺を突き離そうとしないのだろうか。

俺の事など忘れているのだろう。

結糸にとっては、自分を殺そうとし未だ苦しめ続けるただの男なのだろう。

なのに何故今日もまた、俺に手紙を送るのだ。

「おい、手紙だぞ。」

「・・・・あぁ。」

「嬉しくないのか?」

「・・ふっ、いっそ俺の事なんて忘れてくれた方が楽ですよ。俺ももう本当は、忘れたいんです。」

口から咄嗟に出た言葉は、俺の本心そのままだった。

憎む事も、苦しむ事も、愛する事すらも、もう疲れ果て、いっそ俺が死んで仕舞えば全て楽になれるとそう思うのである。

『冬真がいてくれるから、こうして毎日笑えるんだ。・・いつもありがとうっ。』

「・・・・・へ?」

もう過去の事など、結糸の笑顔など忘れたはずだった。

結糸の笑顔で温まる心など、捨て去ったはずだった。

なのにどうして彼女が最後だと記した手紙の中に溢れる愛に涙が止まらないのだろう。

本当は会いたくて堪らなくて、俺を忘れないでと、思い出して欲しいと願っていたんだ。

本当は今でも二人の思い描いた未来を夢見ていたんだ。

本当は全て分かっていたのだ。

あの時苦しみを抱えていたのなら、何故それを分かち合わせてくれなかったのか。

結糸は誰かの為に生きる人で、両親の事も何か理由があったのだろう。

そして今もそれを物語る如く、自分が幾ら傷つこうとも孤独な俺を決して見捨てないのである。

ならば俺が出来る事など単純で、あの時と変わらず結糸の笑顔を守る為に生きるだけだ。

もしまた笑顔に出来たのならば、幼さから気付くなかったこの気持ちを伝えさせてくれるだろうか。

「面会だ、立ちなさい。」

「・・・・・。」

「・・ふふっ、あ゛ぁっはっはっ、惨めよ惨め。・・・冬真くん、大きくなったねぇ。元気にしてた?私の事覚えているかしら?」

「当たり前ですよ、回りくどい言い方やめて下さい。」

「怖い怖いっ、ふふっ。所で面会、許可してくれてありがとう。どうしても貴方と話したかったのよ。あのね・・何故結糸を刺し殺そうと思ったのか聞いてもいい?」

「理由?そんなもの、もうどうでも良いですよ。」

「本当に?でも・・・あなた何も知らないんじゃない?」

「どうゆう事ですか?」

「私が何故ここに来たのか、それは貴方の絶望する顔をこの目に焼き付けたかったのよ。だから来た、わざわざ真実を語りにね。」

「・・・何言ってるんだ。」

「明日結糸を村へと連れて行くわ。思う存分後悔しなさい。そして己の無能さに絶望し、深い苦しみを味わうといいわ、ふふっあはははっ、あははっあはははっ。」

「結糸に何するつもりだ。」

「あの子を天に召してあげるのよ。あなたもその為に刺したんでしょ?」

「・・・村に行っちゃ駄目だ。結糸も貴方も危ないです。」

「私?あははっ笑わせないでよ。はぁ、もう面倒だから教えてあげる。結糸は冬真くんのの命を救う為にあなたの両親を殺したのよ。・・・子供狩りって知ってる?」

「な・・んて、今何て言いましたか。」

「だぁかぁらっ、宗教に染まらない子供は排除される掟があの村にはあるのよ。あなたの両親はあの村で生まれ大人まで宗教にどっぷり浸かった、正真正銘の信者よ。なのに息子が突然現れた少女にほだされ信仰に背き出す何て、本当に可哀想。」

「・・・・そんなの、あの村は皆んなっ。・・皆んなそうだろう。」

「あなたと結糸はこの宗教に対抗したと見なされた。それ即ち子供狩りの対象。あの日あの夜、あなたは両親から殺される筈だった。それを結糸が自分の手を汚してでも、あなたを助ける為に両親を殺したの。」

「・・・・・そんなの知らない。何でそんな事したんだっ。・・・俺はなんて、馬鹿なんだ。」

「あの時丁度私もあの子を殺そうとしてたんだけど、ちょっとおしゃべりが過ぎちゃってね。冬真くんも今殺される所だと話しちゃったのよ。そしたら走って家まで行くんだもの。自分も殺されそうになってるんだから、そのまま逃げれば良いものを・・驚きよね。」

「・・結糸をどうするつもりだ。彼女はもう子供じゃない。貴方も母親なら分かってるだろう。」

「母親だからっ。・・・母親、だからよ。もう行くわ。」

「ま、て・・・待って、結糸と話を・・結糸っ結糸行くなっ、結糸っ。」

「こらぁっ暴れるなっ。」

「さようなら。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る