山形上陸!
「まもなく……赤湯……赤湯に停まります」
軽快なメロディの後に車掌がそうアナウンスした。あれから二時間、新幹線に揺られたが、里香の三半規管は一度も狂うことはなかった。ただ、長時間同じ姿勢で座っていたためか、体には少し疲労感があった。
そろそろ降りる準備をしなければと立ち上がり、上の棚に置いてあったリュックを取って背負いそのまま席を後にする。
赤湯駅に入り、ゆっくりと新幹線が停止する。ドアが開くと、心地よい空気が里香の髪をなびかせる。自然に満ちたようなその空気は、都会のものとはまるで違っていた。
ホームへ降り立ち、改札口がある向かいのホームに通じる連絡橋を渡るため長い階段を上る。上りきると連絡橋に出た。左右のどちらにも行けそうだが、大きな改札口が右側に見えたので、そのままそちらのほうに向かう。
向かいのホームに降りてそのまま進むと、出口が見えてきた。そのままそこに新幹線用の緑の改札口があったので、無事に通過することができた。
しかし、ここからフラワー長井線に出るにはどうしたら良いのだろう。
「駅員に聞いてみるしかないか」
そう考え、駅員がいるみどりの窓口へ向かう。
駅員に聞くと、連絡橋から行けるということが分かった。なんだ、一回改札通らなくても行けたんじゃないのか? と疑問に思ったが、ICで新幹線の改札を通過した乗客は、一度この改札に携帯をかざさなければいけないらしい。なんと二度手間なことか。
ついでに切符の買い方を聞いて、フラワー長井線用の切符を待合所のところで買えること、ローカル線なので電車の中で清算することもできることを知った。なるほど、普段フラワー長井線を使う住人や新幹線から来た観光客はそのまま現金で清算するのか。
ちょうど新幹線の時間に合わせているらしく、今ならまだフラワー長井線が停車しているらしいので、急いで向かうことにした。
それは一両しかない、小さなローカル線だった。
鮮やかな塗装が施された外観は一見すると田舎の風景には似つかわしくないが、おそらく観光客向けだろう。
内装は横に長く一本で続いている椅子が向かい合っている。こんな電車あるんだ。
夏の日差しが差し込んでいる。眩い光に当たる床とそうでないところの陰影の対比は、まるで美術の教科書に載っていたフェルメールの絵画のようだ。なんてキザな台詞は私には似合わないか。
「たしか私が下りる駅は……南長井駅だったよね」
平日の昼間に乗ったためか、中はがらっとしていた。一眼レフカメラでも持ってくれば良かったかなと後悔したが、手元のスマホで一枚車内を撮影した。
発射時間になり、電車の扉が閉まる。
ガタンゴトンと徐にレールが走りはじめる。レールが動いているのが分かるくらい、振動が伝わってくる。なんだかそのリズムが妙にくすぐったくてソワソワした。
お祖母ちゃんってどんな人かな?
里香は未だかつて会ったことのない、母の母はいったいどんな人物なのだろうかと、揺れる車内の中で窓の外の景色を眺めながら考えていた。
『佐賀のがばいばあちゃん』みたいなのは、少し苦手かもしれない。『千と千尋の神隠し』の湯婆婆みたいな人だったら、ちょっと面白いかもね。
「次は、南長井、南長井に停まります」
運転席側の壁の上部に位置する掲示板に表示された金額を財布から取り出す。
「この夏はボクにいったいどんな思い出を残してくれるんだろう…」とは『僕のなつやすみ』の主人公だけど…。そうだな、虫とりとか魚釣りとか出来たら面白そうだな!
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