不思議な少女
駅中は新しく、里香が思うほど目新しいものがないなんてことはなく、どちらかと言えば旬なもののほうが大半を占めているだろう。
しかし里香は広く一般に流通しているものより、ここでしか味わえないと言った希少価値のあるものに心を惹かれるのだ。
エスカレーターを下って大宮駅の外に出てみると、駅にくっつくようにいくつかの店が並んでいた。ちょうどその一つに目を引かれた里香は、その店先まで歩みを進める。どうやらそこは和食系の店のようだった。
「かき揚げ… お、ざるそばあるじゃん! いいね」
夏の暑さもあり、丁度つるっと喉を通る食べ物が欲しかった。
ガラガラと店の扉を開き、店内に入る。
中はさほど広くなく、いくつかテーブル席がある。里香は一番奥の席を選んで座った。
シックな雰囲気で落ち着いている。中途半端な時間に入ったので、他に客はいなかった。
迷うことなくざるそばを注文して、逆光で眩しい店のガラスドアからぼうっと外の景色を眺めていた。
ガラガラ
しばらく入口を眺めていると、ひとりの少女が店の中に入ってきた。
小学生くらいだろうか? 細身で背は小さく、紺のスカートに白シャツを着て、その上にグレーのセーターを羽織っている。この夏に暑くないのかとつい突っ込みたくなってしまうほど季節外れの格好である。
しかし、その顔には汗ひとつ流れていない。さらりとした艶のある長髪に、真っ白なキャンバスのように白い肌は、里香が少女を神聖視するのに十分な条件だった。
少女はそのまま窓際の席に座り、私と同じようにざるそばを注文した。彼女もまたやる事がないのか、ぼうっと窓の外を眺めている。
ふと視線に気付いたのか、一瞬少女の目が、こちらのほうを向いた。里香は視線を逸らすタイミングを失って、少女の顔をただただ凝視してしまっていた。
しかし改めて見ても整った容姿である。自分が男なら放ってはおかないだろう。病的なまでに自分のものにしたい、誰かに取られたくないと思えるほど、少女には人を惹きつける魅力のようなものがあるように思えた。
しかし少女の表情はぴくりとも動かなかった。しばらく見つめていたと思うが、何も反応もない。あまりの容姿端麗な少女の姿に、自分の体内時計が狂ってしまったのかと錯覚してしまうほど、一切の反応がない。完全無反応である。
普通は、どうしてこちらを見つめているのか疑問に思ったり、見つめないでほしい、恥ずかしいといった感情が沸き起こり、眉を顰めたり、口角が下がったり、そっぽを向いたり、顔が赤くなったりするはずだ。しかし、少女の顔はその何にも当てはまらない。
強いて言うなら、無、虚無といったところだろうか。
「お待たせしました」
気づかないうちに店員が現れて、目の前にざるそばを差し出してきた。
ようやく少女から目線を外すことができる。そう安堵した里香は、全神経をそばに集中させることにした。
「あ、更科そば!」
そうかここは更科そばなのか。食べるのはいつぶりだっけ。
箸を割り、少しそばを取って、三分の一ほどつゆにつける。食べ始めはそばの香りを楽しみたいのだ。
箸で取ると、きらきらと光沢を帯びている。艶やかでみずみずしいそばからは、仄かにそば特有の優雅な香りが漂っている。食指がぐんと動く。
つるるるっ。
つるつる喉を通っていく。あまりの繊細さに、今自分はそばを食べたのか食べてないのか、何回食べたのか、もう分からない。
お腹が空いているせいもあってか、あっという間にそばを平らげてしまった。
一しきりそばを食べたあと、ふと自分に向けられた一つの視線に気が付く。それは先ほど自分が向いていた、あの少女の方向からだった。
もしかして、今の今まで見られていた!?
恐る恐る窓際の席のほうを向いてみると、予想通り、少女が今もずっとこちらのほうを虚無的な顔でじっと見つめていた。里香は顔が熱くなるのを感じた。
なんでずっと見ているんだこの子は! そんなに私が気になったか? 食べるのがあまりにも早かったか? 美味しそうに食べていたか?
分からない……。あの少女の考えていることが全く分からない。少女のこちらを見つめるあの顔に、美しさに隠された何か恐ろしい雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
食後で血糖値が上がり、体温も上がろうかというときに、里香は背筋がぞっとした。だんだん寒気がしてきて、なんだかこのままこの場所にいたら風邪でも引いてしまいそうだ。
会計を済ませ、早々に店を後にしよう。
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