ごきげんようキリングフィールド

 太陽は山向こうの地平線に沈み、空には輝く半月が煌々と昇っていた。

 見下ろせば、小高い丘に建てられた廃墟の如き塔は薄く投げかけられた陰を周囲に広がる森の上に伸ばしている。

 そんな中で、塔からめいめいに灯りを手に出てきた集団がいた。どれもこれも、うらぶれて汗じみた革のチョッキや胸当てをして、帽子の縁取り毛皮は剥がれかけ。荒縄で縛ったズボンには分厚いナイフやマサカリをひっかけているわね。

 そんな男ばかりを八人も率いている「大将」は、一人だけもう少しましな格好をしていた。すくなくとも帽子の飾り毛皮は残っているし、鈍く反射するバックルのはいったベルトを締め、年季が入って毛羽立ちかかってはいるけれど、しっかりとした作りの革鎧を着込んでいる。そして腰にはマサカリと一緒に一振りの剣を差していた。

「いいか、お前ら。俺の勘では、おそらく女は川向こうまではいっちゃいない。いいところ登り勾配の端にある窪地辺りで足を取られて立ち往生してるって所だろう。ともかく、森の端から端まで、木の根草の根分けても探し出せ。でないと今度は、俺たちが雇い主から追っ手をかけられちまう」

「へい」

「へぇい」

「よし、いくぞ・・・・・・」

 人攫いたちはかくして、細い道からさらに森の奥へと分け入っていった。

 私、ウラーラ・スプリングガルドはそれを木の上からしっかりと観察する。陽が沈むまでのわずかな時間に必要な準備を終え、塔から男たちが出てくるのをじっと待っていたわ。

 すでにこれまでの時間で、私はこの森の樹上に「道」をつけている。丈夫で、跳躍に適した枝を伝うルートで、連中がどこへ進もうと追跡できる。

 あいつらは丘の中腹にあった窪地をひとまずの目標に進んでいるらしい。勿論、地表の観察も抜かりがないわ。樹林とはニンジャにとって最適のバトルフィールド、とは、私の先生だったアヤメの談だ。


「いいですかお嬢さま。ニンジャの戦闘にとってもっとも必要なことは、対象を攪乱することです」

「相手の目と耳を奪うのは当然ですが、それ以上に未知な状況を相手に与えることが効果的です」

「人は知らないものを警戒します。同時に無意識のうちに知ろうとします。警戒させることは一見して相手の集中を招くことに見えますが、同時に視野を狭くさせることでもあります」

「ニンジャはそのバトルフィールドにおいて、相手の視野を操作する事を第一に行動します。さすれば、たとえ指呼の間に向き合っていても相手はこちらを認識せず、絶えず攻撃の危機に曝される不安に心身をすり減らし、自滅していくでしょう」


 夜の森ほど、相手の目と耳を奪うのに最適な場所はないでしょう。

 私の足下で男たちが輪になって進んでいる。もうすぐ、目標だった窪地にさしかかるから、全員が注意深く足下を調べながら歩いていた。

 リボンを解いて、先を輪になるように結ぶと、私はそれを隊列の最後尾を歩いていた男が、周りの視線から外れる瞬間に投げた。

「ぐっ!?」

 男の首にかかったら、すかさず枝から飛んで地面に降りる。リボンは枝にかかって相手を持ち上げる。男は宙でジタバタと手足でもがきながら、やがて動かなくなった。

 男たちは仲間の一人がいなくなったことにまだ気づいていない。私はあらかじめ木の陰にかくしておいたものを取り出す。落ちていた枝を鋭く切り出して作った、即席の投げナイフよ。

 リボンのエッジで切り出したそれを、私は慎重に構える。明かりが複数ある場所だから、身じろぎで相手の視線をとらえたりしないように。

 そして、投擲。狙うのは男たちが持っている明かりの角灯や松明だ。

「あっ!」

「うわっ!」

 間抜けな声を上げて明かりを取り落とす声に先頭を歩いていた大将が振り返った。

「どうした」

「何かが飛んできて・・・・・・ぐわっ!」

 私はさらなる投擲で男の目を潰す。宵闇でキラキラする瞳は狙うのは容易い。

「ああっ、目が、目がぁ!」

「なんだ、しっかりしろ・・・・・・うおぉっ!?」

 目を潰された仲間に近寄ろうと、明かりから離れた男の目を同じように狙う。そうして俯いたところを、藪に隠れながら近づく。混乱してる相手の足を掬い上げて転倒させる。

「がぁ!  なんだぁっ!?」

「キエェイ!」

 心臓の位置に貫き手。柔な胸当てごと相手の心臓を潰す。

「うぅ、目、目が・・・・・・大将、俺、どうなって・・・・・・ひぃ!」

「キエェイ!」

 目を潰され地面を這っていた相手の頭部を掴んで膝蹴りニー・キック。膝先で相手の顔面が陥没して血しぶきが上がった。

「おい! どうした! 返事をしろ!」

 動揺が男たちの足下を捕らえているのを認めた私は、倒した二人からナイフとマサカリを抜いて投擲する。

「キエェイ!」

「ぐわっ!」

「ぎゃっ!」

 ナイフが一人の額に深々と突きたち、マサカリがもう一人のチョッキを破って腹に埋まった。

 これで五人。

「うおぉぉぉ! なんだ、誰だ、どいつがやりやがった!」

「落ち着け! もしかしたら、領主の密偵かなにかが・・・・・・」

 残った手下三人は一斉に武器を抜いて警戒をはじめたけど、私は彼らの視界が残された光の中という限定的な場所に向けられていることを利用して、彼らの視界の外に回る。

 このとき、私はさっきまでつり上げられていた最初の標的を地面に降ろしてリボンを回収する。その音に男たちの視線が一気に集まるけど、私は向けられた光から逃れた。 

 さっきまで多少はマシだった隊列も、今では崩れてバラバラになっているので、背後に回っても誰も気づかれないわ。

 私はリボンの輪を解き、端を掴んで投げた。リボンのするどいエッジが一人の襟足に食い込み、頸椎を粉砕する。

 かすかなうめきを上げて倒れる仲間に緊張が深まる生き残りたちの動揺を後目に、私は近くの樹木に昇る。この木の上にはあらかじめ、あるものを用意しておいたのよ。

 それはこの森に生えている下草を潰して作った目潰し。ニンジャにとって植物学は農学者なみの実践学問なの。これを口に含み、よく噛んで唾液と混ぜる。

「た、大将! これは、こいつぁ・・・・・・!」

「くそがぁ! 一体何者だ! 姿を出しやがれ卑怯者が!」

 あら、悪党がもっともらしいことを言っているわ。でもまったく気にならない。鉄心は私を目的に徹させる。卑怯だろうがなんだろうが、報復は受けてもらうわ。

 私は口の中の目潰しが十分に咀嚼できたのを舌先で確認して、リボンを枝に結んで飛び降りる。落下地点は残る三人の手下が固まっている、その手前だ。

 闇の中に落下した私の気配に、手下たちが気づく。

「何だ・・・・・・」

 手下の一人と目があった、と思った瞬間に、私は目潰しを吹き出す。

「あぎゃあああ!」

 口の中で唾液と混ぜられた薬は、吐き出され空気と混ぜ合わされると激しい酸に変わって、手下の顔を焼く。

 残りの二人は目の前の事態に理解が追いつかないのでしょう、すっかり動きが固まってしまったわ。

 私は両手を手刀に構え、二人の鳩尾を突く。

「キエェイ!」

「がっ!」

「はあっ!」

 一人が喉を潰すように、もう一人が肺の空気を吐き出すように呻くと、その場に前のめりに倒れて動かなくなった。

 大将と呼ばれた男の持っていた角灯が倒れた手下の前に立っている全裸の私を闇の中に映し出す。

「てめぇ・・・・・・」

「あとはあなただけね、ミスター人攫いさん」

 大将は私をしっかりと睨みつけたまま、油断なく角灯を近くの枝に掛けながら、もう一方の手に握っていた剣を構えた。

「逃げ出したんじゃなかったのかよ」

「あなたに聞きたいことがあって。私を捕らえるように頼んだのは一体誰? ここはどこで、王都からどれくらい離れているのかしら。是非答えてもらいたいわ」

「答えると思ってるのか、このアマ・・・・・・ただの貴族の娘じゃねぇだろとは思ってたが」

 大将は剣を構えているけど、その業前はいかがかしら。少なくとも、きっちりと剣士の元で基礎を学んだのはわかるわ。

「てめぇを生かして捕まえてろとは言われたが、傷つけるなとは言われてねぇ。足一本腕一本、無くなったって構わねぇんだ。覚悟しやがれ」

「残念だけど、たぶん無理よ。こんなところで盗賊してくすぶっているような殿方じゃ、ね」

「言ってくれるじゃねぇか。すっぱだかでこの段平を受けられるって言うのかよ!」

 大将が飛びかかった。なかなかの速さで、振りかぶった剣の切っ先が私の肩口に向けて振り下ろされようと迫る。

 だけど、全裸の私の方が早いわ。

 毛筋一つ分の隙間を残して斬撃をかわした私は、手の形を手刀から握り拳に変える。鉄心の技が利いた私の体は心もろとも鉄と化し、拳は文字通りの鉄拳アイアン・フィストとなる。

「キエェイ!」

 カウンターの形となった私の拳は、大将の振り下ろした剣を砕き、返す動きで出した突きにて脇腹を穿つ。

「ごはっ」

 大将の口から血反吐が漏れて硬直する。痙攣を起こしたまま、大将はその場にどうっと倒れたわ。そのとき、大将が懐にしまっていたらしい袋から、金貨や銀貨がバラバラと地面に溢れてた。

「こ、こんな、ふ、ふざけた奴に、俺が・・・・・・」

「まだ息が止まるまで時間はあるわ。今際の善行に私の疑問に答えてくれるかしら」

 大将は私をじっと見ていたわ。その目は、まるでこれまでの人生を振り返っているような逡巡があったわ。

 私は彼が未だ握っている剣の握りを見た。立派な作りで、さぞ値の張る逸品だったでしょう。今は擦り切れてボロボロ、折れ砕けたそれを握り続けているのは、何か未練があるからかしら。

「・・・・・・けっ」

 ついに大将は、折れた剣を手放して、自分の懐から一個のメダルを出して私に見せた。

「これが、お前を浚って隠せと言った奴が、持っていた、もんだ・・・・・・こいつを売って、やり直せるかと、思ったが・・・・・・遅かったみてぇ、だな・・・・・・」

「そのようね。ミスター、あなたの名は」

「・・・・・・もう、忘れたさ。なぁ、おめぇさん、あんたぁ・・・・・・」

 なに、と聞き返そうとした時、既に大将が事切れているのがわかった。

 名も無き盗賊の頭として死ぬのは、どういう気持ちなのかしら。哀れとは思わないけど。

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