湯浮(ゆうき) タモツの回想
17才だった、あの頃。オヤジに朝から晩まで怒鳴られながら旅館の雑用にコキ使われる日々に、オレはウンザリしてた。
なんでもいいから、とにかく実家を飛び出て一人暮らしをしたいと。四六時中おもってた。
そのために、どうしても、ある程度まとまった金が欲しかったんだ。
客室の
当時の客室の金庫は、利用者が任意の4ケタの数字をパスワードとして設定する、いわゆるダイヤルロック式の手提げ金庫で。
実はこのテの金庫って、とある同じ数字を4ケタ入力すると、設定したパスワードに関係なく必ず開けることができた。
もともとの仕様だったのか、メーカーも把握してなかったバグだったのか、分からないが。
ネットに転がってたライフハックのまとめブログで、たまたまオレはそのネタを見かけて知っていた。
あの朝も、ちょうど部屋を出て行こうとするオッサンと宿泊棟の廊下でバッタリ出くわし、直に客室の
飾りけのない二つ折りの黒財布がひとつに、青い蝶の標本がひとつと、いかにも高そうな化粧箱入りの腕時計がひとつ。
それと、輪ゴムで無造作に
あとで数えたら、
どれも、使い古されたシワだらけの
1枚1枚ちょっとづつ、長い時間をかけて貯め込んできたんだろうなと。パッと見ただけで想像がついた。
連泊している間、オッサンは毎朝、早朝に散歩に出ていた。
露天風呂の裏手の林に、
オッサンは、若い頃に会社経営に失敗して借金まみれになり、奥サンと小さい娘とを残して家を出たんだそうだ。
それから、
ある晩、
娘は、蝶が大好きなんだそうだ。
オッサンがまだ家族と一緒に暮らしてた当時、大きな青いアゲハ蝶がサナギから羽化するところを、小さかった娘と観察した思い出があった。
だから、オッサンは、露天風呂にめったに客のいない早朝を狙って、より大きくて元気そうなアゲハ蝶のサナギを探し回ってたんだ。
それを娘へのミヤゲにするんだって。サナギが美しい蝶に羽化する瞬間を一緒に観察するんだって。昔みたいに。
そう言ってたっけ。
オレは、壁の時計をサッと横目で見上げた。オッサンが散歩に出かけてから、まだそれほど時間は経ってない。
つぎの瞬間オレは、金庫の中の
このまま旅館を飛び出して、なるべく遠くへ家出しよう。これだけの金があれば、手ブラでも、どうとでもなる。
ジャージの上に旅館の従業員用の
オッサンやウチのオヤジに見つかる前に。
今すぐ逃げなきゃ……。
ヘタクソなドラムみたいにブッ壊れた心臓のリズムが、高速でバクバク耳に届いた。
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