マネージャー砂掛(すなかけ) ユキエの心労
チャコールグレーのシックなスーツに包んだスレンダーな長身を
「だいぶ時間が押しちゃったけど。明日はオフだから、ゆっくり休めるわね、
と、
後部シートの背もたれにグッタリと身を預けながら、
「あのまま収録を止めないで押し切っちゃうところが、さすが、
「……ユキエさんって、
と、
「ね、寝てたんじゃなかったの、
「眠気がフキとんじゃったの、ユキエさんのヒトリゴトが聞こえちゃったから」
「…………」
「ねぇ、アタシが二人のキューピッドになってあげようか?」
「バカなこと言わないの! わたしは、純粋に、
「ふぅーん」
これ以上しつこくカラむと、自宅に送ってもらうまでの数十分、延々と続くお説教で報復されるのが目に見えているから、
ふたたびシートに沈みこむと、肩のあたりで切りそろえられた
「ねぇ、マネージャー。腕時計って、クリーニングに出せるのかな?」
「腕時計?」
「うん。
と、キャンバス生地のトートバッグから取り出した腕時計をサイドのウィンドウにかざしながら、流れゆく街の明かりを頼りに眺める。
フロントミラーごしに
「それ、安いモデルでも50万円はする時計よ? そんなの軽々しく受け取るなんて、どうかしてるわ、
貴金属の貿易商として成功している父親を持つわりに、
このマネージャーは、それを良く知っている。
今も
頭のテッペンから足先まで身に着けたものを全部トータルしても、マネージャーの耳元で控えめに光るティファニーのピアスより1ケタおとる。
それでも、身長160センチのメリハリの強い美しい体とスラリと長い首に、華のある可愛らしい顔のせいで、どれほどシンプルな装いをしようとも、どうしても人目を魅きつけずにおかないのが、担当マネージャーとしては自慢でもあり。いささか悩みのタネでもある。
「アタシだって、こんなのもらえないって、何度も断ったのよ。
「C子ちゃんって、アナタが話した怪談の中に出てきた?」
「そう、そのC子ちゃん。蝶が大好きなC子ちゃん。だから、この腕時計をプレゼントしてあげたいってことかしらね? ほら、この時計。文字盤に蝶の羽根がデザインされてるもの」
「その文字盤、たしか、ホンモノの蝶の羽根のカケラを文字盤にコーティングしてるのよ。だから、どの時計も世界にひとつしかない一点モノなんですって」
「えーっ! この羽根、ホンモノなの? じゃあ、なおさらC子ちゃん喜ぶかも」
「なに言ってんのよ。C子なんて現実には存在しないのに。スタジオに入ったときに
そもそも高級腕時計なんぞに興味を示したことなんて、今まで一度もなかったのに……と心の中で首をかしげて、
「でも、なんか、
「口から出まかせの怪談話の登場人物に、思い入れもヘッタクレもないわよ、バカ」
「だいたい、あの
「そうなの? 彼、ちょっとチャラい感じだけどヒトアタリよくて、嫌いじゃないけどなぁ」
「だからアナタは、男を見る目がないのよ」
「へぇー? ユキエさんは男を見る目があるもんねぇ。たしかに、……」
「…………?」
「スタジオの機材が次々に故障しようが、演者がトートツに鼻血を吹き出そうが、おかまいなしに撮影続行しちゃうような
「もうっ、いい加減にしなさいよ、
「こんな話、アナタには聞かせちゃいけないんだけど……。
「ホント?
「鼻からコカインをやってるって、ウワサらしいわ。
「ウソーッ? やだぁ、コワーい!」
「仮にウソでも、そんなウワサをたてられるようなコは、今後は
「はーい、分かりました」
「そういえば、
「ヤダぁ。そんなヘタな演出しないわよ」
「じゃあ、なんだったの?」
「アタシ、あのとき急に思い出しちゃったのよねぇ」
「何を?」
「アタシのパパって、お仕事で宝石とかを扱ってるじゃない? 自宅の書斎にも、貴金属の原石とかをいっぱいコレクションしてるのね。それで、ね……」
「それで、……何?」
「そのコレクションの中に、透きとおった青い
話すうちに
「アタシが子供の頃にパパの書斎に入って、そのケースを持ち上げたら、いつもは優しいパパがすごく怖い顔して怒ったの。それは"カルカンサイト"っていう銅の結晶で、すごく毒性が強いんだって。命にかかわるくらい危険なものだから、絶対に触っちゃダメって」
「まぁ、そうなの? 毒のある鉱石なんてあるんだ。怖いわねぇ」
「だから、アタシ、それ以来その青い石には近づかなかったの。でも、アタシが中学生のときにね、ある日、パパの書斎に入ってみたら、
「えっ?」
――
「パパに聞いても"知らない"って。ビックリしてたわ。不思議でしょ? これこそホントの怪談よねぇ」
くすくすと無邪気に笑う小さな白い顔をミラーごしに眺めて、
「そういえば、
「ううん。やっぱりアタシ、一人暮らしするの、やめる」
「あら、だって、
「いいのいいの。どうせ、あの
と、
そこから
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