第五十九筆:意味のない時間の意味
「一緒に戦争をして欲しい、お願いできませんか?」
チャールズの第一声に空気が凍った水面に亀裂が走るように、パキッっと緊張を一瞬で張りつめらせてながら、お前が言うのかと動揺を溢すのがわかった。
「チャールズ。もう一度、言ってくれないかね? できればより具体的に、もう一度。さんはいっ!」
ただ一人、バシレスクだけがニヤニヤとした表情を崩さぬまま、チャールズの質問に指揮棒を振り出さんばかりの勢いで質問を返す。
「アメリカに、これから始める戦争の戦力として手を貸して欲しいのです」
「なるほど、なるほど。敵対という構図を演じる役者が欲しいという話ではなく、いや、この段階ではまだそう判断するには早計かな? とはいえ、今は言えない誰かとするであろう戦争に協力して欲しい、と? なぜ最も大切なその戦争する相手を明かさずにそうやって遠回りをする? 察して欲しいのか? それとも試しているのか? はたまたここでは言えない深~い事情でもあるのかね? 友なのに」
バシレスクは肘掛けに肘を乗せ、右手の人差指を側頭部に何度も当てながらチャールズを見下ろす。苛立っているわけではなく、真意を汲み取ろうと言葉を並べている様に周囲からは見える。
むしろ、楽しんでいる節すらある。
「どう思うかね、モフセン」
バシレスクはチャールズの提案を集まっていた人間の一人に振る。
振られた男、モフセン・ラティフィは目元が見えないほどに前髪を伸ばしているが、その表情は驚いているとわかるほどに、ビクビク身体を震わせながら、猫背も相まって身体を小さく丸めて怯えており、それでも、ともじもじしながらも意見はしっかりと述べ始めた。
「誰が絡んでいるともわからない以上……ふ、不安しかありません。あぁ、不安です。仕組まれてる、ハメようしてるとしか思いません。国と認められてない俺たちなら使い捨てるにしても、潰すにしても都合がいいと思ってるんじゃないですか? だから、不安の芽は今すぐにきっちり潰してしまうべきではないでしょうか?」
「戦争やろうよ、と国際問題に発展しても不思議ではない恣意的な発言よりも、その内容に絡んでくる人間やそもそもこの発言が国と認められない国に集まる異常者である我々を貶めるための作戦だと宣う。実に臆病者のお前らしい意見だ。だからこそ、一理ある。と、言うかそこは我も気になってるからな。お前が描くその絵には、一体何人の人間が本筋を理解した上で協力してるんだ、チャールズ?」
臆病者の臆病者らしからぬ発言に同調しながら自身も気になっていた点の追求を始めるバシレスク。
「三人……だと思っています」
「随分と曖昧じゃないか? もしかして、裏切り者が出ることを前提としてるのか? それともお前は主催ではなくあくまで協力している側であって全容を把握しているかわからないのか? はたまた、伝えたはいいがそもそも協力関係を築けているかも定かではないお粗末な状況なのか?」
「いや」
補足しようと口を開いたチャールズを問いかけた当人が遮る。
「で、その三人はお前を含めて、他は誰と誰なんだ?」
はぐらかされることを前提とした詰問である。
「……それは協力を約束してくれた際に、バシレスクさん、あなたにだけ伝えてもいいと考えています」
「そこはあなたにだけ伝える、と言い切って欲しかったなぁ。大きなリスクを背負う側が後出し不利なのはわかっているだろう? 卑怯だね、実に卑怯で、正攻法で、正当な駆け引きだ。それにしても約束した際に、か。その確信めいた宣告には、どうも……そう返ってくることがすでに確定したというニュアンスを感じるような気がするのは考えすぎかね?」
「そのためにここに一人、外交ではなく友として来ています。疑いたい気持ちもわかえいますが、得ようとする結果を前提に話を進めるのは、この状況ではそれこそ当然ではありませんか?」
詰問を仕掛けたバシレスクが遠回りをするのに対して、チャールズはここに来て挑発的な返しを見せる。
正攻法で、正当な駆け引きならば当然だろう、と。
「そうだな、当然だな」
ハハハッと笑い声を挟んでバシレスクは続ける。
「しかし、折れる理由も特にないこちらからすれば、これまた当然このままだと話が進展しないこともわかっているだろうに。改めて聞くが、お前と手を組んでどこを、誰を攻めるんだ?」
「改めて聞く……ですか。言葉の割に随分と誘導が乱暴過ぎると思いますが?」
質問側が内容を具体的にすることで、無理やり解答側の選択肢を浮き彫りにする。現段階ではぐらかさなければならない以上、質問を中断させる、興味を逸らすしか、チャールズがその探りを回避する手段はなくなっていた。無論、嘘を並べることも可能ではあるが、バシレスクという人間を知っているならば、そんなつまらないことをして拗ねさせてしまえる訳がない。
自身の歩む道を王道と疑わず、不思議と人を惹きつける人間が牙を向けるということが、どれだけ世界に影響するかは、チャールズ自身が身を持って見て体験してきたのだから。
「それは……これ以上引き出しがない、ということかね?」
引き出しはある。
「今回の戦争にあたり、こちらの戦力はラクランズを筆頭に新人類と合成人、加えてUFの投入までは確定しています。そして、あなた方を加えた上で一週間後に開かれる八角柱会議で各国に事情を説明し、戦争の協力を要請するつもりです」
「ふむ、我々はアメリカの味方をするのは、ほとんど確定のようだな。戦力についてはいろいろ尋ねておきたいことがあるが……やはり、この話はそもそもおかしい」
バシレスクは手のひらを上にして、両肘を曲げたまま左右に広げ、疑問を訴えかけるジェスチャーを取りながら続ける。
「八角柱会議で八角柱、つまりアメリカ、カナダ、ブラジルにオーストラリア、ロシア、イギリス、エジプト、そして日本にまで協力を要請して行う戦争をする相手が、それ相当の危険を孕む国家が存在しない、いや、我の耳に入っていないというのがおかしな話じゃないか? 仮に、列挙した国がこの戦争の全容を知らないことを抜きにしてもおかしな話、と言いたいわけだ。そう、何処と、誰と、戦争をしようというのかね?」
チャールズはその質問には当然一切答えない。
そんな堂々巡りの末の沈黙に、募った怒りが爆発したように一人の男が声を荒げる。
「さっきから話を聞いてりゃ何だよ。お前の言葉をずっとバシレスクが推測しているだけだ。そして、答えに近づこうとするたびに拒絶する。いや、友として来たと言ったくせに、まるで政治のやりとりじゃねぇか。一体何様なんだよ、大統領様。話する気がねぇなら帰れよ」
明らかに周囲の中で最も身長が高く、隆起した筋肉が服の上からもわかる男。何よりも、謁見の間に入ってきた時からすでに殺気を隠すことなくチャールズに浴びせ続けていた男。
そして、今も明らかにシリンダーが通常のものとは桁違いに大きいリボルバーを片手にして吠えているのだ。
「それともこの場で今すぐ殺してやるか、戦争相手に味方してやんぞ、なぁ」
しかし、これを制したのは意外にも雲に撒かれているバシレスクだった。
「誰の許可を得て発言しているのかね、カッター。我の面子を潰してまでこの話に終止符をうつことにどんなメリットがあるか説明できるか? 忠誠心は安くても構わないが、仮にも我はこの国の王だ。勝手をするのは結果を出せる時にしろ」
王の制止。
しかし、当の部下はその安い忠誠心からか荒げる声を収めようとはしなかった。
「面子? あんたの面子が俺のこの発言だけで潰れるほど安くはないのはわかってんだろ。当然そんなことはお相手もよくわかってる。そもそも俺はあんたを立てようなんて一ミリも思っちゃいない。そのぐらいわかんだろ? わかった上で常套句を言ってみただけなんだろう? 俺もよぉ、やりたいだけなんだよ」
バーナード・カッターはそう言うとゾルトを指差す。
「ずるいだろう? こいつだけ楽しそうなことやって、ストレス発散して、ずるいじゃんか。俺だってやりてぇんだよ。やれるからここにいるんだよ。やれないならここでやってもいいんだぜ」
「おい、それ以上はやめとけや。お前がどれだけ強かろうと……一方的やから止めておけ」
ゾルトの凄みを利かした煽りと同時に取り出したボウガンに続くように、その場にいたチャールズとバシレスク以外の人間が自らの獲物を構えて、バーナードに何の躊躇もなく殺意を向けたのがわかった。
それが暴れる人間を止めようとするためのものでなく、自分が襲われてもいいように、という理由で忠義のカケラもない自分本意な理由であるところがこの部下たちの恐ろしいところでもある。
「どいつもこいつも、俺を殺してやろうだなんて上から目線の殺意向けやがって。イライラすんなぁ。するよなぁ、イライラ!」
癇癪を起こした子どものように、右足で何度も何度も床を踏みつける。その回数が増す毎に音が大きくなる。
そして、床に亀裂が入り始めたところでピタリと音が止む。
「チッ、俺は帰らせてもらうぞ。……結果、楽しみにしてるぜ、バシレスク」
物にあたって怒りが収まったのか、急に冷静さを取り戻したような、情緒不安定で不気味な雰囲気のバーナードはその言葉通り、バシレスクの言葉を待たぬ内に列を外れる。
「楽しみにしてるなら最初から荒らしてくれるな。なぁ、オズワルド」
今のが何かの合図なのか、オズワルドがスッとどこからともなくサバイバルナイフを一本取り出すとそのままバシレスクに手渡した。
「さて」
手癖のようにサバイバルナイフを手元で宙を回転させながら投げ、タイミングよく柄の部分を掴む行動を繰り返し始めるバシレスク。そんな姿を見向きもせずにバーナードはそのまま謁見の間を後にした足を止めず背を向けている。次の瞬間、バシレスクなんのためらいもなくサバイバルナイフをバーナードへと投擲した。しかし、チャールズはこの一連の行動に介入はしなかった。
キンッという音と共に結果が返ってくる。
「これで満足か、バシレスク」
先程投げられたナイフの刃の部分を口で咥えて、正面を向いているバーナードがいた。
両の口の端からはじんわりと血がにじみ出ていた。
「客人の手前、お前にはこれを受け入れてもらわなくてならない。せっかくならそれを咥えて依頼でもこなして頭を冷やしてこい。許可する」
「ハッ、だったら余分な鉄分はいらねぇな。ったく、いつか絶対、俺の餌にしてやる。それも楽しみにしてろよ」
プッとバーナードはナイフを吐き捨てながら再び玉座に背を向け、大きな音をたてながら扉を閉めて部屋を出ていった。
「まったく……とまぁ、血気盛んな奴らが多いのでな、戦争、自体には興味がある。それは今更否定しないさ。これが、今の非礼に対するこちらが出来る最大限の譲歩だ。受け取ってくれ」
先程までのことを軽く流すバシレスク。あくまでバーナードへのしつけを、ではなく戦争に興味があるという情報の開示を謝罪として、だ。しかし、そのおかげで今まで積極的にチャールズの言葉の真意を探るだけで、明確な返事をしてこなかったバシレスクがここで初めて、今までの内容に興味があると意思を示したのは、宣言させたのには大きな意味がある。興味があるという事実は、このやり取りに意味があるという裏付けである。いや、チャールズが最初からそんなことは前提で話を始めているにしても、だ。では、なぜ興味があるにも関わらず、頑なに参加の意思を示さないのか。それは、チャールズがどこと戦争をするか伝えていないことが理由ではない。そう断言できるのはバシレスクという人間だからというひどく曖昧でそれでいて絶対的に自信がある理由だった。
バシレスクは王である故に、自分の歩む道を民に歩かせる。そして、それは民のためではなく、あくまで自身がそうしたいからであり、それに賛同する人間が同じ方向を見つめられるようにするためでもある。だからこそ、最終的にはバシレスクという人間の真髄を理解している必要がある。そして、この男もまた純の様に楽しいを基準に動く。損得ではなく、自身にとって愉快であるか、この一点に全ての行動が集約される。その楽しいの軸にあるのが闘争や戦争である点が厄介者に拍車をかけてはいるのだが。とにかく、見た目に反して中身は自身を全能とでも思っている、ワガママを通せることに疑問を抱かない子供なのである。
だから興味が逸れない様に言葉を選び釘付けにする。
「まだ、戦争の相手は明かせません。それでも、戦争をするにあたって先程伝えた戦力をそちらに加えることも可能です。そして、この一戦は世界を変えてしまう、とこちらは考えています」
「世界を変えてしまう……か? 随分と大きく出たな。それはつまり、世界を変えてしまうほどの何かと一戦交えるということか? それはつまり……」
バシレスクはそこで口を紡ぐ。
そして、何かを察したように自身の持ちうる情報を繋ぎ始め、勝手に己が望む楽しい戦争を想像する。
「なるほど、確かにあれは異質であり、公にしたくない配慮も分かる。それに世界に何らかの関わりを、悪影響をもたらしていても何ら不思議はない。だが、それは蝋翼物も似たようなものだと思うが……目的は危険の排除、いや、権力の維持、それとも均衡という身勝手かはたまた単なる異物の排除か? いやいや、それとも、世界を変えるのではなく変えてしまうということは何か仮説を持った上でそれを立証するために戦争をする、ということか。ハハハッ。それだとまるで戦争への冒涜ではないか。ん~、それならそれでまた新しい戦争を楽しめるのか、ん?」
妄想で興奮が収まらないバシレスクにチャールズは言葉をただ添える。
あながち間違えでもないそれを肯定も否定もせず、ただ付け足す。
「こちらからは協力を得られたら、あなたにのみさらにその先を話す準備は最初から出来ています」
「トムから聞かされていたことを前提に、我にその摩訶不思議を信じろということか? 我もそちら側に行けということか? なぁ、チャールズ。お前がその箱を開けさせてくれるのか」
明らかに興味のベクトルが傾き始める。
最低限のラインでここまで察せさせるまでに何度か試行させられたが、これならば誘い込める、チャールズはそう確信する。
「ただ……な。王として配下についてこい、というのは実に簡単だろう。しかし、その先に何があるのか見せられないのは、ついてくるものに疑念を残す。とはいえ、唐突に答えをちらつかせられて、更に裏があるとわかっている状況で我が舵を百八十度切り返すのは流石に無粋だとも思うわけでもある」
「でもあなたは王、なのでしょう? でしたら」
「おう、導く必要はない。我の行いに、ついてきたものが勝手に導かれるだけであるべきだ」
どう説得を行おうともバシレスクがこのスタンスを崩すことはない。
意地でもチャールズを困らせるべく、堂々と劇場の上に引きずりあげようとしているのである。
「我は最大の弱点となる背中を見せながら、語り、背負うのだ。だから自由なのだ。その自由意志を少しでも尊重するために、チャールズ、お前は我の部下に示さねばならない。王たる我が一歩に追従するのが真に面白いかを」
ほぼ条件をクリアしたに等しいが、それでもほぼ、である。万に一つがなかったわけではないのだから。
それでもどれだけ数を重ねようと本質は変わらないのだろうかと、未来に向かっている自身の姿に不安を抱かされる瞬間でもある。
「わかりました」
チャールズは了承した後、後ろを振り返る。そして、視線を左右にやり、敵意を顕にした周囲をしっかりと見回してから深呼吸するのだった。
◇◆◇◆
一人、宿泊先のホテルのベッドに仰向けになり天井を眺める純。一人なのは決して男だからという理由ではなく、その証拠に皆個室で宿泊している。これは、純が各々のプライベートを尊重して、という名目で決めた、宿泊費や相互に警戒するなど度外視した決定だった。だが、このメンバーではそれに対して誰も異を唱えることはなかった。当然といえば当然であるが、冷静に考えれば、本来各々が何をしでかすかわからない状況で誰の目も届かない状況に置くことは不自然なことであり、つまりこれは故意に作られた、監視を外れた上での各自の行動を確認するためのもの、ということである。
特に、純からしてみれば新人類に合成人、そして神格呪者という存在に目を光らせない理由はないはずなのだからそれぞれが気づくべきなのだが、好都合であるという自分本意な理由がその罠を見抜けさせない。
「さてさて」
純は頬を若干緩ませる。それは先程あげた逃げられるリスクを犯してでもやりたいことがあるからである。それが実際のところ純にとってリスク足り得るのかはわからないのだが。そもそも目を光らせているが故なのかもしれないが。
純の目論見は至極単純で宝物庫かプロタガネス王国のどちらかに自身が行かざるを得ない状況を作ることであった。そのために飛行機を降りてすぐに、誰かの関心を惹ければいいという思いで今後の目的、もといジェフとアンナがいると結びつけることができる宝物庫、そして陸が逃げたとしても国際的に存在しない場所、隠れ蓑として最適だと一考できるプロタガネス王国を挙げたのだ。そして、彼女たちであれば理由があれば、行動に移すことは容易であることは明白である。力があり、淡白な利害関係でそれぞれ別の目的達成で組んでいるメンバーの欠点であり、今回の長所というわけである。
後は監視の目が緩めば自然と事が起こると純は考えているのである。
「あぁ~、でもどのタイミングであいつらが本当にどこいったか、これじゃぁわからないのか」
純は煩わしいところは誰かにやらせ、美味しいところをかっさらうという自身のスタイルの欠点、行動を起こす人間をいつもなら監視させているであろう紘和がいないということにふと気づき、追跡することが面倒だとモチベーションの波を作る。
「まぁ、なんとかなるか」
ベッドから上半身を起こすと、手にしたリモコンでチャンネルを操作し、アメリカのテレビ番組を適当に回し始めるのだった。
◇◆◇◆
「それで、率直にこの案件に賛成できないのはどなだでしょうか?」
必ずこの状況で挙手する人間が三人いる。一人はバシレスクの側近の様な位置づけにあるオズワルド。そして、真っ先にバシレスクにこの案件を振られた時に否定したモフセン。最後に床に突き立てた両端に刃のついた棒により掛かる女性、エノーラ・オールポートである。そして、残りはほとんどが中立であり、全面的にバシレスクの意向に賛成しているのはさらに少ない状況である。
当然だが、それだがチャールズの提案は怪しいもちかけ、ということである。
「では、一応、なぜ反対されるのか教えていただけませんか?」
チャールズはそう言うと、どうぞといわんばかりに返した右手をそっとオズワルドの方へ向ける。
「無償で行う、これほど信頼を必要とし、そして最も信頼できないことはないと思いませんか? ぜひ協力して得られるこちらのメリットをお聞かせ願いたい」
オズワルト。悪のカリスマとしてその名を知らない人間はいないほど、世界に名を馳せる悪党である。その特徴は大規模なテロや内乱、強烈なインパクトを与える殺人などを裏で糸を引いている人間ということにある。要するに、悪党であることは確かなのだが、主犯として捕らえることが出来ない、言ってしまえばデザイナーなのである。だから、その求心力は手掛けた悪事の成功に比例するように高まる。
加えてプロタガネス王国の庇護下に入ったことも相まって、より強力な影響力として今もなお世の中の誰かの悪意を黒く、黒く染め上げている大物犯罪者である。
「最初に言いましたが、か、絡んでいる人間がわからなければ、じ、自分でなんとかできなかったら困ります」
流れるようにチャールズから近い人間が順に自身の主張を述べていく。次はモフセンであった。神出鬼没な元フリーの殺人鬼。おどおどとした口調、表情とは裏腹に殺し屋で役者としての活動でも有名である。殺し屋であるにも関わらず、殺人鬼として名を馳せている理由は本人の殺し方にある。殺せる依頼をきっちり実力の範疇で選び、徹底的に死ぬまで殺す、それこそ頭を潰し、心臓を取り除き、四肢を切り分ける殺し方である。ちなみにここで言う殺せる相手というのは自分よりも実力が下であり、それは依頼者も該当する時である。故に依頼をほとんど断ったことがないという実績がモフセンの実力を表していることにもなる。それはまるで弱いものを猟奇的にイジメような恐怖がある。なぜそこまでするのかと言われれば、全てが心配性の裏返しである。
逆に言えばモフセンができると判断したということは周囲に絶対的な成功という安心を与えるほどである。
「オズワルドくんと一緒かはわからないけど、戦争させられるわけだから報酬が気になるわ?」
エノーラ。八角柱が一人、ブラジルの勇気であるイザベラから手ほどきを受けていた経歴を持つ武芸の申し子と言われた鬼才。前述の通りステゴロではなくあくまで武芸の才が際立っていたため、ステゴロ最強の異名を持つイザベラとは相容れないと悟り、戦争屋、殺し屋として戦地に単身赴きその身を実践で鍛え上げた。修行時代の倹約な生活の反動か報酬によって豪遊を覚えてからは報酬を一つの基準に仕事を請け負うようになる。
ちなみにイザベラのもとに妹弟子がいる。
「報酬に関しては、前払いでオズワルド以外の、カッターを含むこの場の全員に五十万ドルずつ参加する場合は約束しましょう。達成後は成功報酬として同額、お支払します」
「……いいわ、受けましょう」
エノーラはチャールズの言い値で考えを即座に改める。あまりに法外な値段に逆に怪しさが滲み出るが、戦争までに未払いならば参加しなくてもいいからという至極単純な理由が考えを改めた最大の理由だった。怪しさを差し引いても、金額から明らかにこの戦争が常軌を逸したものとなるのは明白だともわかる。最悪の場合は当日に行かないという選択肢もあるが、そこは引き受けた以上バシレスクの面を汚さないために、できることではない。最も、武人としてそれだけの危険な戦地で力を思う存分発揮したいという気持ちがエノーラにはあった。
チャールズからすればここは最も簡単な関門だった。なにせ一世一代のことをやるのだ、金で解決するとわかっていることほど簡単なことは大統領という立場上、ありえないと行っても過言ではない。
だからこそ、次の相手にどうやって折れてもらうか、を考えながらチャールズは話し始めた。
「あなたが知りたいと思う絡んでいる人間に関しては先程も言ったと通り、恐らくという人数でしか答えられません。そもそも本当に絡んでいるのか、そして、絡んでいるならばそこに秘匿性があって初めて今回の戦争には意味があるのです。だから、答えることが出来ません」
「この戦争をどことやるかも答えてもらえず、だ、誰が味方かもわからない。あ、あまつさえこの戦争に勝利できるかもわからない。なぜ、これだけの不安材料だけを目の前に了承することができるでしょうか。不安でしかない」
モフセンはそう答えながら右手の親指の爪をかじり始めた。
端から切断を目的としたものではなく、中央の一点を何度も震えるようなリズムで小刻みにかじり続ける。
「最終的な決定権はバシリスク様にあるけど、不安で不安で仕方がない。答えろよ、納得させろよ、クソッ。話が進まない。っつ」
そして爪をかじり続けた結果皮膚を噛んだのか、一瞬怯んだような反応をする。しかし、それでもやめようとはせずかじり続ける。
クチュクチュと垂れ始める、滲むように皮膚を伝い始めた血液ごとかみ続けているということがわかる不気味な音が、周囲の恐怖と不安をより煽るようである。
「死にたくないくせに、報いを受けて然るべき愚行を、殺しをしてるやつが美学を語るなよ。そういうのが許されるのは、誰が見ても善人であろうとしてる誠実な人間だけだ」
その場の誰もが今まで温厚に接してきた男が口にしたとは思えないほどにドスの利いた声を聞いて、その男、チャールズに注目が集まる。
「それをお前が語るのかと言うだろう。お前は人を殺したことがないのかと。そう、それを俺だから語るんだ。全ての不幸を背負うわけじゃない。ただ、帳尻を合わせるための必要悪は背負おうと思ってる」
チャールズはそこで一度大きく息を吸い、そして吐いた。
「だから俺はここで遺族のために、死者のために傾いた天秤を水平にすることもやぶさかではない。それが利用価値のない人間にできる、俺からのせめてもの慈悲だ」
そして、最後に優しい口調で、消え入るような声でそっと付け加える。
「それでも俺はお前たちだって救いたいんだ」
誰から、何から……?
◇◆◇◆
バシレスクは口を挟みたい気持ちを抑えながら、チャールズの抱える禍々しくも光沢のある、触れる者を溺死させてしまいそうな甘美な湖沼を満足気に眺める。根幹は善人で人の良かった先代大統領にして父でもあるトムの面影を見る。禍々しくなる前にしっかりと身を清め、差し伸べた者を導く男だった。そして、親友ではなく悪友として付き合いの長かったバシレスクはそんな彼が第三次世界大戦、蝋翼物を使った戦果を上げて以降、そのあり方にひどく苦しんでいたのを知っていた。
そんな男との会話を、バシレスクは思い出していた。
「この兵器は人の命を軽くし、有能故に人を戦いに駆り立てる。これが自分の意志だったと考えたくないほどに、結果として殺人をしてしまうんだ。あの戦いを経て、俺はここに立っていいのかと、常に考えるようになったよ」
大戦の英雄が吐露した苦悩は嘘偽りなく、日が経つにつれてやつれていくのが容易にわかるほど心身ともに参っている状態だった。
「それはお前が王の器として足りない善人止まりだからだ。責任感だけで国のトップに立つのは地獄だし、いつかお前を導とする国民も不幸にする。子は親の背中を見て育つなんて言うが、人間、いつになっても先頭を行く人間の背中を見続ける。お前の地獄は、そのまま感染するぞ。だから早々にやめるか、我の配下を貸してやるからお前の善性を悪性で補うんだな」
「そうやって俺の立場を乗っ取ってくれるつもりか?」
「……」
その言い方は、と悪友は言葉を詰まらせてしまった。
「お前は、優しいな」
それがバシレスクが最後に見たトムの生きた姿と記憶している。そんな父の姿を見て育ったチャールズが前述の様な善人が報われるように願うのは当然のことだとも考えられる。しかし、その考えに深みを、歳不相応な煮詰まりを感じるのがバシレスクにとっては興味深かったのだ。それこそ蛙の子は蛙であるはずが、トムという親の背を見て育ったはずが、妙に悪性を孕んだいるのだ。出来ることならば配下にしてその姿を眺めていたいと思うほどに、ピカピカと真っ黒に輝いているのだ。それほどまでに一連の言動にチャールズの言動の一端、善性に心血を注ぎ続けて燃やした、そう、燃やし続けてコゲた善性の匂いを嗅いだような気がしたのだった。
◇◆◇◆
チャールズの先程の言葉に嘘偽りはない。自身の決意を言葉にするのは気恥ずかしいものがあるが、この言葉がモフセンとの会話に一つの区切りをつけるターニングポイントになることは数秒間のやり直しで判明している。
だから手段の一つとして口にしたのだ。
「俺たちのことも本当は救いたいだと? 直前に吐いた言葉からは、俺たちのことを切り捨てても構わないとも受け取れる、つまりは裏切られてもおかしくない印象を与えておきながらそ、そんなことを言うのか、あなたは」
「嘘よりも本心を伝えたかった、それだけのことです。それに、この戦争のためにあなた方に協力を求めるのです。アメリカ大統領であるこの俺が。バシレスクさんの言葉を借りるならばメンツというものがあります。アメリカはあなたを裏切りませんよ」
本心という言葉は、使う人間に応じてその価値を大きく変動させる。築き上げてきたその人間の人徳が嘘であるという可能性を、ただの言葉であるにも関わらず他人を信頼させる魔法にかけてしまうのだ。
切り出したタイミングで、状況で相手の気持ちの針を僅かでも傾けてしまうのだ。
「それでも、俺は反対であることに変わりない。そんな不透明で不安なことに自分から手を突っ込みたいだなんて、お前がどう言葉を尽くそうが、変わるわけがない。ただ、この同盟みたいな関係が締結されれば協力はする。平行線なら、これでいいだろう」
モフセンは自身が言ったことに変化を感じていないだろう。あくまで、反対であると。突然投げかけられた根本的な解答とは的外れとも受け取れる大きな思想が、本質を霧の中に隠しつつ、ことが終わるのを見図るように本質だけを置いて霧を晴らす。平行線でもなければ、大きな変化すらある妥協という、他者に行動の起因の責任をなすりつけつつも協力するという明言は、モフセンが信頼という言葉の魔性に、チャールズという男の何かに感化されたことの証明に他ならないのであるのだ。
だからこそ、次がいつだって最も難しい。質問に答え、協議を解決するのは難しい話ではない。
難しいのは、こちら側の心象をどこまで崩されずに、そして損傷を抑えて離脱できるかである。
「随分と、慣れていますね」
この場でチャールズの嘘偽りない、本心の一部を武器として行使したことに皮肉を返す男、オズワルドはそういった駆け引きという点で厄介者である。
「交渉は、俺みたいな立場の人間には必修科目ですから」
「そうでしょう。そして、今は個として協議を進める場。あれこれ言う前に、取り敢えずは、最後に私の意見に解答をお願いしますよ」
情に訴えるという手段が選択肢に入らない人間、オズワルドが改めて質問する。
「この戦争を引き受けた後の、私たちのメリットを教えて下さい」
◇◆◇◆
「アリスちゃんがいない?」
就寝中に突然鳴った訪問者を告げるチャイムに、ゆっくりとベッドから出て、純はタチアナを部屋に招き入れていた。時計は深夜三時を指していて、自身が寝てからまだ二時間も経過していないことを確認する。
ゆっくりと備え付けのソファーに座って何事かと尋ねると、緊急事態であるにも関わらず、意外と落ち着いてタチアナは先程の、アリスが部屋からいなくなっていることを報告したのだ。
「それで、どうしますか?」
「どうするって、そりゃこんな時間にどうしていなくなったか気になるし、追うんじゃないの?」
「……」
至極真っ当な反応であるにも関わらず、同意しようとしない、むしろその言動を怪しんでいる節さえある顔を無言で向けるタチアナに、純は寝ぼけた声で抗議した。
「え? おかしなこと言った?」
「単純にあてがあるというか、これ自体があなたの想定の範囲内の事件だと思ってたので。というか、こうなって欲しかったのかなと」
「で、チープ過ぎて、タチアナさんは見抜いてしまったと?」
「まぁ、いろいろと露骨な導入を経ての宿泊でしたから。意気消沈している友香さんはわからないけど、アリスさんもこの状況を理解した上で、脱走を企てたのだと思うわよ?」
はっきりとこちらの魂胆がバレているとタチアナに宣言された純は、近くに転がっていた飲みかけのペットボトルを手に取った。
「つまり、アリスちゃんはタチアナさんが俺に報告することを前提に動いている可能性があると? マジかよ。有能すぎんだろ? てか、それなら普通にそれっぽく見せる感じで荒らしたほうがよかったのかな?」
「それはわからないけど、結局どうするの?」
「正直ノープランだよ。だって暇つぶしのつもりだったのは事実だし」
「……え?」
「大筋の計画にはなかったことだからどうしたものかと。正直、この状況でどう遊ぼうか、まさに今考えてる」
タチアナは子供のように目を輝かせながらペットボトルの蓋をコインに見立てトスして遊ぶ純をみて、適当にやりたいことをやってしまえばよかったと、鼻を明かそうと計画に乗ったふりをしたことを少し後悔するのだった。
◇◆◇◆
「私たちは戦争をする。戦争をするということは、何かが対立しているということ以上に、勝者には何かしらの大きな利益があるものでなければならない。それは莫大な資源や富であれば、宗教や尊厳、それこそ人という労働力ということもあるでしょう。その何かしらの大きな利益を奪えると考えた時、これだけの連合を組んで戦う相手です。何を、いかなるメリットを享受できるのでしょうか?」
結局の所、話の大筋は戦争の内容を言葉を変えて問うている様なものである一方で、しっかりと戦後のプランを聞いているという、指導者、上に立つものとしての姿勢がしっかりと表れた言い回しの質問だった。
「未来だ」
チャールズはいい切った。
「未来?」
オズワルトだけではない、周囲の誰もがその発言に訝しそうな視線を送る。先のオズワルトの発言から連想すれば、それはまるで地球外生命体の地球侵略を阻止するような大規模で現実味のない存続をかけた戦いを想像させてしまう。
仮にそうでないとすればより一層、ピンとこない漠然とした単語として受け取れてしまう。
「そうですか……あなたほどの人間がその言葉をわざわざ選択したことに、こちらは意味を見つけなければならないと」
オズワルドは顔を下に向けながらゆっくりと歩き出す。玉座へ至る階段を降りる音がカツコツと響き渡る。もったいぶるようなその立ち振舞は、悪のカリスマにふさわしい黒幕の登場のような重圧を演出する。
そして、チャールズと同じ場所に立つと漏れ出す笑い声が誰の耳にも聞き取れるようになる。
「み……っ、ら……っ、いっ」
そしてチャールズに向けた顔は震えた小馬鹿にしたような声とは裏腹に糸目がパッチリと開いた臨戦体制をとっている表情をしていた。
「つまり、この戦争をしなければ私たちに未来はない、ということでしょうか?」
そんなことがあり得るのか、馬鹿にするのも大概にしろ、そんな言葉が見え隠れするオズワルド確認にチャールズは真撃に応える。
「敗戦国に、未来、つまり利益を掴む可能性はほとんどありません。では、戦勝国が必ず利益を、未来を獲得できるのかと問われればそれもまた確実ではない。なぜなら奪うという行為はその対象があっての行為であるからです」
「それは、私たちの間で説明する必要のあることでしょうか? 私が一般的な戦争の目的や戦後処理を理解していないとでも? 先を見据えた上で駆け引きを行う。戦争の価値はどこかの平和を謳うビジネス会社よりは深く理解しているつもりです。それに、私がどういう人間か知らないわけではありませんよね?」
とにかくやりづらい。様々な可能性を何度施行しても、短時間を行き来したところでオズワルドとの会話を乗り越えるのは難しい。話という点で比較すれば純の次に相手をしたくないと思える人間である。
しかし、その最悪を想定した時に、まだましだと思えるのがチャールズにとってのある種支えになっているのは皮肉であった。
「私はこの未来という表現を、あなたという人間を考えた上でそのままの意味と捉えました。そう、ここの未来は私たちが生きる時間、明日という道を歩むための未来であると。そう考えた時、バトラーが例の件を踏まえてあなたの条件を飲むに至ったことにも説明が行くのです。世界を変える……いや、未来を掴むために世界を変えなければならないのでしょう?」
そう、オズワルドは知らないのだ。オズワルドに関わらず、この世界が何を目的に動いているのか、という疑問を持つはずがない故に知らない。なぜならば、普通の人間がたどり着く必要のない考えであるからだ。だから、オズワルドは才があっても真実にたどり着くことは決してない。むしろ、気づいてはいけないのだ。
ラクランがそうであったように、オズワルドもそこまでに収められた人間なのだ。
「風の噂で聞いたことが事実ならば、バトラーが知るその存在は、現在の八角柱というパワーバランスを崩しかねないのでしょう。では、その未来を手にして私たちが得られるメリットは何か、そういう話になってくるわけです」
チャールズはようやく、話が動き出すところまで分岐したと確信した。結局、オズワルドでなければここまで連れてくることは出来なかっただろう。
ついに、戦争の発端の一部を誰かが、オズワルドが解釈したことになったのだ。
「あくまで手に入れるのは未来という漠然としたものではなく、未来にある何か、と。先を、しっかり見続けられるのですね」
【夢想の勝握】の四次元勝握で積み重ねてきた今こそが、チャールズが求めていた、問題を解決させたと思わせるための会話だった。
オズワルドの言葉を否定せず、されど肯定もせずこのまま進む。
「その未来で生きるために必要な、人生の洗浄を始め……」
チャールズは戦争後の最大限の報酬を、メリットを出来る限り列挙していく。その報酬が口頭無益であろうとも失われなければ手に入れることができるであろう、チャールズの知る、いや想像できる範疇の、未来があることへの幸福を伝えていくのだ。それはこれで、プロタガネス王国が戦力となり、戦争がより戦火に飲まれることが決定したということでもある。あぁ、なんとも救いしかない絶望なことか……。
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