第六章:ついに始まる彼女の物語 ~八角柱会議編~

第五十七筆:出会うべくして出会った不自然な出会い

 アメリカのペンシルベニア州には特別な区画がある。特別と言っても中と外で文明レベルが違う、という話ではない。区画の中には建物や賑わいの様子からも判断できる範疇で、首都や大都市と差し違いない、都会をイメージした時にできる街そのものが収まっている。だからこそ、区画という表現が文字通り行われていることがここが特別だと評され、異質さを際立たせていた。何せ、その区画が外部と接触している場所は一箇所しかなく、大きな城門から伸びる一本道だけだった。そう、区画は全て高い高い城壁に囲まれている城塞都市であり、そこかしこに外部からの侵入を阻むように監視カメラや機銃が外に向けられているのである。

 そして、チャールズは今、そんな区画の唯一の入口である城門の前に立っていた。


「チャールズ・アンダーソンだ。通してもらえる?」


 城門には門というだけあって警備員と思われる人間が複数人在中している。

 ただし、城門の警備員という厳格で重要そうな職を全うしているのか怪しい、着ている服に制服といった統一性のない、普段着を各々がまとっている。


「ここがどういうところかご理解いただいてる上で……どういったご用件で?」


 良く言えば、大統領であろうと怯まずに、冷静に、むしろ敵対心を見せるような語気で、疑うから入る職務に忠実気な質問を返す。

 悪く言えば、チンピラに絡まれる前フリのような質問。


「バシレスク・バトラーさんに会いに来た」


 その人物の名前を聞いた途端、周囲の人間の警戒レベルがハネ上がるのがわかった。そして、それ以上、質問をしてくることはなく、ゆっくりと引き金に手をかけられた銃口が周囲の人間から一斉にチャールズへ向けられる。

 チャールズの応対をしていた警備員はその間に奥の方へ消えていった。


「しつけが行き届いているのは良いことだが……不快だな。相手は選ぶべきだとは教えられなかったのか?」


 挑発するように相手を適度に刺激し、言葉通りしつけ、をするわけでもなくチャールズは身じろぎ一つしないかった。ここで問題を起こすのが得策ではないと理解しているからである。

 あくまで、強行策を取るのは最終手段なのだから。


「そうそう、その人の言う通りや。どうして最凶さんが取ってつけたように下手に出てるんかよ~わからんけど、少なくとも争う気はないよってアピってんねん。こっちも少しは気ぃ遣ってやらなあかんでしょ」


 やたら馴れ馴れしい言葉遣いと共に城門の影からにゅっと顔を出す男が一人。その男の言葉だけで周囲の警備員がみな銃を下ろす。顔を出すと表現はしたが、その顔は上半分が深くかぶったパーカーによって見えないようになっていた。

 それ故、ニヤニヤとした口元が不気味さを際立たせる。


「ムーアさんですか。どうですか、今一度こちらで働くことを検討してみませんか?」

「いや、ムリムリ。絶対ムリ。ちゃんとした仕事っていうのがムリっすわ。だから、ここにいるんすよ。腕を買ってくれるのは嬉しいんですけどね、今のあんたの下につくのが無理って言ってるの。日本語わかってます?」


 半笑いで幾度となく交わされたことが推察されるチャールズの提案を即決で拒否する男、ゾルト・ムーア。

 お互いに面識がある程度ではなく既知の存在であることが伺える。


「そう……ですか。あなたほどの腕前ならいつでも歓迎するのですが、残念です。気が向いたらご連絡ください」

「あなたほどの腕前って言うけど、買ってくれてるのは嬉しい言っても、そもそもや。あんたの下についてる人間を考えたら俺の腕前なんてあってないようなもんでしょ。ということで、ヘッドハンティングなら他を当たってくれや」


 パンッと拍手が一拍入る。

 この話は終わり、と始めたチャールズが話題を変えるために行ったことだ。


「それで、あなたほどの方が迎えに出て来たわけだ。俺は中に入れてもらえるということかな?」

「いや、俺は強そうなやつの気配を感じて見に来ただけやで。つか、許可いるんかい? ぶっちゃけ、入ってええんちゃう? 俺等下々まであいつがあんたと会うこと通達してるとは思わんし。現に俺、知らんかったし」


 そう言って、いつの間にか抜いていた二丁の拳銃を、引き金部分に人差し指をかけてクルクルと回し始めていたゾルト。


「お電話です」


 そこには奥に消えた警備員が戻ってきており、その電話を渡してくる。チャールズは安くないな、とこれから起こるであろうことを想像し、内心ため息をつきながら電話を受け取る。

 電話に応答すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「もしもし、チャールズです」

「やぁ、やぁ久しぶり、大統領のチャールズ君」


 生き生きとした年配の声である。


「さっそくだけど、今日は大統領として? それとも友として来たのかね?」

「友として話がしたく来ました」

「そうかそうか。なら帰って欲しいんだけど」


 パンッという銃声が通行禁止の宣言と同時に響き渡る。

 チャールズが音のした方向へ視線をズラすと、こめかみを狙っているであろう起動上、額まで約五センチの距離に弾丸が固定されていた。


「うっわ、ずっるっ。こいつ最初から【夢想の勝握】展開してるやん。せこいわぁ」


 ゾルトが舌打ちしながら姿を隠すのが見えた。しかも、手元で回していた銃は回しっぱなしである。

 つまりゾルトは回転させたままタイミングよく引き金を引いてチャールズのこめかみに銃弾を放ったことを意味していた。


「銃声が聞こえたが、どうかしたかね?」

「ゾルトが撃ってきた。そんな気がしていたので防げましたが」

「だって、今帰れって言ってなかった、バッシー?」


 遠くで言い訳の声が聞こえる。


「あなたが帰れと言ったからぶっ放したと言ってます」

「ハッハッハッ。あいつ賢いな。友達の面かぶってお願いしてくる、情に訴えかけてくるとかいう金の足しにもやらねぇ、恩を知らねぇなやつは殺して正解だもんな。ハッハッハッ」


 チャールズからすればゾルトが刺客として送り込まれたと思っていたからこそ防げた局面だったにも関わらず、独断だったことがわかり、彼らの異常性を再確認することになる。


「話だけでも聞いてもらえませんか?」

「だったら【夢想の勝握】使えば解決するだろう? 偽善者ぶるなよ。手段があるのに行使しないのは、余裕の表れっていう慢心か、頭の足りないバカって相場は決まってるんだぞ。だいたい、わざわざ正面から素直に来るとかドエムか何かなの、君?」

「関係をこじらせたくないだけですよ」

「なるほどねぇ。じゃぁ、あれだな、そこにいるゾルトに【夢想の勝握】なしで勝ってよ。我々と話がしたいなら暴力という言語でわからせる、それが鉄板だろう?」


 そして、バシレスクから一方的に電話が切られる。

 それは同時に有無を言わさぬ開戦の合図となる。


「いや~、さすがバッシー、俺のことよくわかってんなぁ。取り敢えず、場所はこの区画全域でいこうや。お前ら、死にたくなければ逃げとけよ」

「ちょ、ゾルトさん」


 城門の警備員の抗議を聞く間もなく、成立していない避難勧告をするようにカンカンと音を立てて跳ねてくる手榴弾。


「どうやって俺は【夢想の勝握】を使用してないことを証明すればいいんだろうな」


 ゾルトとの距離的に自身を巻き込むほどの規模の爆発はないだろうと踏んで、チャールズは城壁を壁にするため駆け出す。

 そして、身を潜めたと同時にそれなりの爆音と爆風が壁を襲う。


「いいよ、信じてやるから、はよやろーぜ」


 すでに始めてるだろうというツッコミをする間もなく、姿をくらましたゾルトの声が移動しているのが分かる。

 チャールズから隠れて何かを企んでいる、いや仕組んでいると予想ができた。


「はぁ」


 チャールズは隠す必要もないか、と盛大にため息を吐くと装備していた拳銃とナイフを抜き出し、爆炎の中に突っ込み、戦いに身を投じるのだった。


◇◆◇◆


「相変わらずですね、バシレスク」

「何がだよ」


 質問の意図はわかっているくせに、という十分な間を挟んだ後、その何、を具体的にした質問が返ってくる。


「大統領として来た、と答えていたらどう返していたのですか?」

「そりゃ、もちろん。国家権力を持ち出して、脅迫してくるとはうちと戦争でもしたいんか? って因縁つけながら丁重にお帰り願ったさ」


 ため息を挟み。


「まぁ、それがあなたの良いところですが、一般的には嫌われると思いますよ、それ」

「お前の言う一般的もここじゃ、一般的じゃないんだよ。あの坊っちゃんが不純物なんだ。そうだろう」

「まぁ、それに関しては相違ないですけど」

「だろう? でもまぁ……トムも面倒なもん残していったなぁ」


 玉座。それも様々な武器が装飾にあしらわれた大きな大きな玉座。そこに右足を左足の太ももの上に乗せ、右足に右肘を立ててふんぞり返る様に座る男がいる。玉座に座っているにも関わらず、服装は軍服にペリーヌを羽織るという、いかにもといった、現在ではコスプレ感すら漂うものである。

 そんな葉巻を咥えた老齢の男こそが、バシレスクである。


「では、皆を集めておきますか?」

「ん~、その辺はオズワルド、お前に一任する」

「わかりました」


 オズワルド・マクギガン。先程からバシレスクが座る玉座の真横に立って会話をしていた中年の男。

 緋色の聖職者服に身を包んでいることや丁寧な言葉遣いから、聖職者なのかと考えてしまうが、バシレスクに同調できる点に加え、そもそもここにいるという時点で聖職者であるのかは疑わしい人間である。


「それでは、一旦失礼します」

「おう」


 バシレスクの返事に軽く会釈して玉座から離れていくオズワルド。謁見の間には彼の足音だけがカツコツと刻みよく響き渡るのだった。


◇◆◇◆


 キンッと刃物と刃物が鋭く交差する音が響き渡る。


「やるねぇ、最凶ちゃん」


 爆煙からの煙幕、砂煙と煙が次々とが立ち込める視界を狭めていく中、ゾルトの声が小さくなって距離が取られるのがわかったら、ムリにでも早く追いつくために、何より見失わないために視界の悪いところであろうと無理矢理に突っ込んでいくチャールズ。すると、狙いすましたように即座に視界の悪い中からチャールズを狙った一振りが前もって置かれていたように伸びて来る。

 だが、当然のように経験、その賜物の予測、そして何より並外れた動体視力でチャールズはゾルトの一撃を軽々と受け止めてみせたのだった。


「まぁ、あなたとやりあうのも初めて、というわけではありませんからね。大方のことは予想できますよ」


 幾度となく刃を交えたとらえられないチャールズの言葉に、ゾルトは悔しさを隠さずに文句を垂れた。


「ゆーて二、三回やろ。ったく、この奇襲はうまくいく思ったんやけどな。自信なくしてまうわぁ」


 そのままゾルトは後退しながら迅速に再び煙の中に身を潜める。チャールズも死角からの剣戟、銃撃を回避するため即座にゾルトに合わせて動き出す。目標はゾルトへの勝利でもあるが、城門内部、つまり、ひとまずは区画内に突入することでもある。普通に考えれば地の利を与える結果となるのだが、チャールズにとっては勝手知りたる庭みたいな内部故にあまり関係のない話であるため、少しでも展開を早めるために行う処置であった。チャールズは頭の中にある地図を広げながら走り、少し光が差し込んでいる場所を見つけてはそこへ軽く跳ねるように渡り、視覚を確保しながら自分の居場所を大々的に晒して、かかってこいと挑発的に煙の中を駆け抜けていく。そして、城門の向こうに都市部と変わらぬ市街地を正面に見据えた所で、煙が周囲に漂うことも相まって普通では発見困難な、張り詰めたワイヤーが足元に一本ピント張っている。チャールズはしっかりとそのブービートラップを回避した後、足元に落ちていた小石を思いっきりそのワイヤーに投げて切断する。すると、ピンッという聞き慣れた物のピンが引き抜かれる音と共に小規模な爆発が引き起こる。それに合わせて城門の上から発砲音がパンパンと響いてくる。チャールズは発砲音から銃撃の方向を予測し、即座に発射方向と先程爆発した爆煙が重ならない位置へと転がりながら回避移動する。そうした理由はこの手榴弾の目的ゾルトにとってが当たればそれでよし、当たらなかったら、ワイヤーにかかった先で、爆煙を盾にして銃を当てるための目くらましにするためだと推察し、いや判断したからだ。結果としてチャールズは銃弾の回避に成功している。そして、移動した先で体勢を立て直すべく膝からゆっくり立ち上がろうとした時、チャールズを影が覆う。パッと見上げた瞬間、ゾルトが先程まで来ていたパーカーというわかりやすいシルエットが確認できる。重要なのはそこに本人が不在であるという事実だった。銃声も上から。奇襲となるゾルトと一瞬認識でいるものも上から。

 全て上からという印象を与えた先の一撃。


「くっそ」


 パーカーの後ろに何かあるかもしれない。そもそもこのパーカーが再び囮の可能すらある。だからチャールズは経験にかけることにして前者の択を頭の中から排除する。もちろん、排除しつつも影の下からはしっかりとジャンプして後退の姿勢をとっていた。そして、チャールズは正面、先程自分が抜けてきた城門内の爆煙が薄っすらと落ち着きかけているところを凝視する。ふわっと煙が回転する気流に巻き込まれ若干の空気の道を、即ち煙の向こうを見通させる。その道を通ってきたのは矢だった。

 銃との決定的な違いは音の有無にある。発射にしても着弾にしても何を使ったかに関わらず銃弾よりも静かであるということである。何より、これみよがしに見せつけてきた二丁の拳銃という武器にそれに付随する卓越した技術の披露、そこに一昔ぐらい退行した時代錯誤のような兵器が飛んでくる、というのは意表を付かれるものがあった。もしも、チャールズが体験したことがならば無傷では済まなかったろう。だから、チャールズはその矢に向けて火力では絶対に引けを取らない弾丸を打ち込む。これで決着をつけてくれと願い込めて。バンッという音と共に銃弾は矢を捉え、矢尻から真っ二つにして矢の発射方向へカウンターのように飛んでいく。薄っすらとした爆煙に道を作りながらまっすぐに。だが、それとすれ違うように地面を這って走ってくる影が一つ。

 バッと煙から出て来た下からの奇襲を仕掛けたそいつは恍惚の笑みをチャールズに向けていた。


「仕込み全部、全部、突破するとか、ワクワクするよなぁ」


 後ろにジャンプした直後というのもあり、チャールズの重心は後方に傾いている。距離は確実にあったはずなのに、ゾルトとチャールズまでの距離は軽自動車一台分もない。正面に銃とナイフを構え、どちらでも攻撃出来る体勢で接近してくる。安直に銃を撃ってこないのは、チャールズという人間を評価した上で、確実に仕留められる弾数を温存するためだと予想ができる。事実、撃たれていたら最小限のダメージで抑えられた自信はあった。だからこそ、ここで体幹だけで体勢を無理やり前傾姿勢に戻すチャールズ。

 傍から見ればグニャリと、人間の想像を超えた動きに、眼を見張るものがあったろう。


「マジか」


 それは二、三度手合わせしたことのあるゾルトからしても驚きに値するものだったらしく、しかし、声とは裏腹に口角はより鋭利に釣り上がる。同時に温存という選択肢を捨てたのか、互いが引き寄せられるように近づく中でゾルトは引き金を引く。チャールズもそれに合わせるように引き金を引く。三発、発射の音とその弾同士が弾き合う音が辺りに響く。それは、どちらかの入射角が鋭角であることを指している。すれ違うわけでもなく、どちらかが、いな、チャールズが弾くこと意識していたのだ。そして、三発目を撃ったのと同時にチャールズは銃をゾルトの銃の射線を潰すように投げる。故に跳弾を恐れて四発目の発射音は聞こえてこない。代わりに鋭く風を切る音がチャールズの下から迫る。チャールズはそのゾルトのナイフを切り上げる動作を右足で右腕を踏み抜いて阻止する。

 さらにすかさず自身の手にしていたナイフをゾルトの銃口に差し込む。


「完敗やわ」


 ゾルトの敗北宣言。チャールズは右手でゾルトの後頭部を鷲掴み地面めがけて振り抜いた。いつだって勝つのは実力と、初見殺しという結果的な創意工夫の運の賜である。

 即ち、この戦いは【夢想の勝握】がなくともきっと勝っていた戦いだ、ということである。


「奇襲仕掛けるなら昂ってても黙っていたほうが良いよ。勧誘ついでの俺からのアドバイスだ」


 チャールズの忠告が何か聞こえる、そんなあやふやな感じでゾルトの意識は途切れるのだった。


◇◆◇◆


「はぁ」


 アメリカに到着、ジョン・エフ・ケネディ国際空港を出てすぐの純が大きなため息をついている。


「どうしたのですか? 飛行機内でもいつもの元気がありませんでしたが」


 タチアナの質問に純はタチアナ、アリス、そして友香の順に顔を順に見終えてからこう言った。


「いじりやすいやつが一人もいない。こういう時、両手に華とか言うんだろうけど……何が楽しいんだろうと思ってね」


 女性陣たちは紘和がいないということがこれほどまでに純にとって退屈なものだと思うわけではなく、普段からどれだけ紘和という男が純に振り回されているか考えさせられ、気の毒にと思わせるのだった。そもそも人をいじるな、という話ではないだろうし、そこに女という性別は関係ないだろうという無言の抗議も飛ばしながら。

 しかし、そんな抗議が通じるような男であるはずもないので、タチアナが話を進展させるためにここへ来た目的をやんわりと聞く。


「それで、これからどちらに向かうのですか?」

「ほら、俺の言ったこと、全スルー。せっかく答えてあげたのに、めんどくさそうに抗議の視線だけはいっちょ前にしておいてスルー。棚に上げて目的直行ですよ。委員長かってんだよ。話せば分かる、好きな言葉だろう」


 仕切ろうとしたタチアナの出鼻を挫くには見事なヤジだった。話せば分かるは話せば分かりそうな人間に用意された歩み寄りの姿勢から生まれる言葉であり、話せばどうにかできると上から来るような人間には適応外である。だから、無言の圧力で純をにらみつける当初のやり方に戻るタチアナ。

 アリスもそれに同調して無言で純を見つめる。


「……消息不明の九十九を探す観光がメイン。観光先で何するかは、ぶっちゃけまだ決めてない」


 罰が悪そうに、悪いと感じるのか、という驚きはさておき、しぶしぶと目的を話す純。

 そこに九十九という単語にピクリと明確に反応する友香を尻目に純は話を続ける。


「まぁ、今後のことを考えるなら俺の名前を売るためにどっかに喧嘩を売りに行くのもありなんだがな」

「どっかって?」


 アリスの素直な質問に純はあっさりと、戦慄する場所を挙げる。


「大統領管轄の研究施設各所、通称宝物庫とか国際連合非加盟国プロタガネス王国とか足を伸ばすならお隣のカナダの節制、マイケルさんでも……いや流石に国内で済ませたいからチャールズお抱えの特殊部隊、アンダーソン・フォースことUFにカチコミのほうがコスパはいいかなぁ~」


 宝物庫というのはそのままの比喩で、そこに貯蔵された成果はラクランが残した叡智に引けを取らないというチャールズの主体的な評価の元に宝のような物がある場所で、アメリカに点在する様々な研究施設の総称を指す。一方、プロタガネス王国とはアメリカにあるバシレスクを国王とした特殊な国家で、そもそも国として認められていないにも関わらず、国として機能し、世界的に手の出しようがない権力をもった区画の中に設けられた特別自治区のことである。そして、マイケルは言葉通り八角柱の一角であるカナダの節制を指す。

 そして、アンダーソン・フォースは言ってしまえば日本の剣の様に、あらゆる面で特に戦闘に優れた人材をチャールズが自ら集めた部隊である。


「えっと……」


 タチアナはまさかの気になる場所に加え、この発言がどこまで本気なのか聞こうとしてどこまでも本気であると察して言葉に詰まった。

 真意はどうであれ、今までを振り返れば、この男はやりかねないのだから。


「まぁ、そうは言っても、まずは九十九なんだよねぇ。今だとアメリカのどこにいるのだろうなぁ?」


 陸がアメリカにいるのは確定なのか、なんで知っているというツッコミは今更誰もしない。一方で、純は二人、宝物庫という単語に確かに反応を示した人間がいたのに気づいていた。もちろん、、名前を売るという目的で列挙したことに変わりはないが、この二人の反応を伺ってみたいという意地の悪い部分が出ていたのも間違いなかった。ジェフがいるかもしれないと察したアリスの顔と、アンナがどこかで働いていると思っているタチアナの顔は、前者は乗り込もうと意気込んでいたり、後者はどうしているだろうか、と思いを馳せていたりと見ていて面白いものがあった。特にアリスに関しては、タチアナと違い新人類を置き去りにしていった理由を知らず、その理由を直接聞くことを目的としている。

 故に探し回るという紐をつけて連れ回せているわけだが、もしここで行動を起こすようならば、乗りかかる船としては丁度いいと純は思っている。


「あぁ~、暇だねぇ」


 言葉にするのは火種を見守る昂揚感とは違い、実に純らしい天の邪鬼なものだった。


◇◆◇◆


「お見事ですね、チャールズさん。ようこそ」


 戦闘の音に若干の野次馬が集まりつつあった中、一人の男がチャールズに声をかける。

 ちなみに、これだけの戦闘であったにも関わらず、警察や軍隊などは一切出てこず、住民も興味以外の視線を向けていなかった。


「これで、バシレスクさんには満足していもらえるかな、オズワルドさん」


 チャールズが城門を越えたとも、ゾルトを無力化したことに対するとも取れる歓迎の言葉のする方を振り返ると聖職者の様な服に身を包んだ糸目で細身の男、オズワルドがいた。


「満足、しているかはわかりませんが、取り敢えずの、ゾルトに【夢想の勝握】未使用で勝つという条件は満たしている、とこちらは思ってます」

「そこだが、どうやってその未使用を俺は証明すればいいだ?」


 その発言にオズワルドは何を言っているのかわからないと言った顔で見つめ返してくる。そして、しばらくもっともらしい理由を考えるように右手で顎を撫でる。

 しかし、出てきた言葉は拍子抜けの言葉だった。


「使ったのですか?」


 拍子抜けで毎度、背筋が凍る言葉の類。


「いや……使っていないけど……」

「ならば信じましょう」


 バシレスクとオズワルドは必ずこう応えると最初から思っていはいた。それは裏を返せばチャールズという存在を認め、絶大な信頼を寄せているという証拠でもある。友情といった感情の問題ではなく、そういう人間だからという自らの決めつけを一方的に、狂信的に、絶対的に信じているのだ。それだけの、嘘をつかない、規約を護るという評価を受けていることに悪い気もしないが、一方で押し付けられる像に居心地の悪い、窮屈な思いもさせられるのである。

 信じるということの難しさを教わった人間たちであり、自分には現在も出来ない、正確には疑いつつも信じようとしている自分には理解も出来ない立ち振舞いにチャールズは信じられないものを見た気分にさせられるのだ。


「……では、これからどうするんですか?」

「謁見の間までお連れ致しますよ」


 そう言って、オズワルドが右手を向けた先には乗ってきたであろう一台のリムジンが停車していた。


「わかった」


 チャールズはオズワルドの指示に従い、素直に車の方へ歩き出す。

 すると、ふいに肩を叩かれる。


「なんですか?」


 チャールズが振り返る先のオズワルドは気絶したゾルトを指差していた。


「あれ、運んでください」

「……かしこまりました」


 アメリカの大統領を足蹴に使う度量も、傍から見れば背筋が凍りそうなものであるが、チャールズは何食わぬ顔で、不遜なやつだと怒りを顕にするわけでもなくご機嫌取りのつもりで淡々と従うのだった。


◇◆◇◆


「相変わらずですね、チャールズさん」

「なんだ、バトラーさんの隣で聞いてたのか? いや、迎えに来てるんだ、ある程度は聞かされてるか」

「はい」

「まぁ、友として来た方が、互いに都合がいいだろう」

「いえ、渡来の目的ではありませんよ。その腕輪……【夢想の勝握】を使えば、という話ですよ」


 三つある蝋翼物の内の一つ、統率兵器【夢想の勝握】。様々な刻印の施された左右一対のガントレット。一度装着すると所有者が死ぬまで外す事ができない。そして、そのサイズは腕に収まる範囲で様々に変化させることが可能である。話をオズワルドの真意に戻すと、なぜ【夢想の勝握】を使えば容易いという認識があるのか。それは、【夢想の勝握】をある程度知っている者ならば、当然知っているこの蝋翼物の能力にある。一般的に、知られているの能力は三つ。

 一つは勝握。【夢想の勝握】が持つ基本的な能力で、刃物で何かを切る、というそのものが持つ機能をそのまま発揮するニュアンスに近い性質で、触れられるもの何でも掌握、即ち握る事ができるという能力である。触れられるという点が重要で、形のあるものにも関わらず、空気や振動といった接触できるもの全般がその対象になるのが機能としての特殊性を如実にしている。

 次に、左腕のガントレットの力に二次元勝握の能力がある。文字の通り二次元に干渉できる力である。この表記を当てにするならば、基本的な能力である勝握は対象を一次元に定めているとも受け取れるということになり、それが触れられるに対応する特殊技能に結びついている節がある。話を戻し、二次元勝握は具体的に座標やコードを支配下に置くことが出来る。ここでいう支配下は自由にできるという意味であり、瞬間移動のように見える様な指定した位置の入れ替えを始め、機械を理解していなくてもその機械に出来ることを思いのままに行使することができるという力である。

 そして、三つ目は、右腕のガントレットの力に三次元勝握がある。三次元に干渉できる力で、具体的には空間や人間を支配下に置くことができる。空間を支配することで、本来ならば触れていなければ発動しない様々な【夢想の勝握】を触れているとした上で扱うことが出来る上に、様々な空間を固定してしまうことで物体の干渉を強制的に、物理的に阻止することも出来る。今までに攻撃を微動だにせず止めてきたのが、この力によるものである。そして、チャールズが使用することをためらう一方で、バシレスクやオズワルドが示唆するこの人間を支配下に置くことが出来るという力の正体でもある。言ってしまえばチャールズはこの力を使えば全人類を意のままに操ることが可能である。

 中には例外的に干渉を許さない、強い個を持つ人間もいるが、そんなのは片手で数えるほどもいない。


「捻じ曲げるのが好きじゃない……というのは本当の話だが、支配した時点で個が失われるのは実に不都合なものなんだよ」

「不都合……ですか? まるで失敗談のような言い草ですね」


◇◆◇◆


「捻じ曲げるのが好きじゃない……ってだけではダメだろうか?」

「一時でもその力は充分にも強いでしょうから、使い方次第、いや、使い手次第なのではないでしょうか、ね」

 直前の良い答えが都合の良いようにねじ曲がった、というわけではない。そう、この四つ目の力を知る者は、【夢想の勝握】を手にした者しか基本はいない。勘のいい人間が想像の範疇で口にすることはあったとしても、存在すると理解しているのは当の本人だけだった。それが、両腕のガントレットを同期させることで発動する四次元勝握である。名の通り四次元、時間に干渉できる力で、自身が記憶している時間の区間自在に巻き戻せる力である。ここでネックになるのは記憶している時間という点である。つまり、少しでも鮮明でなく、欠けた情報、余分な情報が存在した場合、掌握した記憶ではないと判断され、戻れない仕様になっている。それは戻る時間までの全てを覚えているということであり、人間に出来る遡行には限界があるということを意味する。

 しかし、これが奥の手というわけではないのだが、それは奥の手過ぎて使い道が限られていて、きっと今回は使うこともないだろうと、いや使ってはいるのかもしれないが、敢えて使うっていないとし、その実感へ妙な期待をしているわけだが、それはまた別の話である。


「そうかもしれませんね」

「……」


 チャールズをオズワルドがじっと見つめる。


「それは、使った人にこそ言える言葉なのでしょうね」


 どうしようともオズワルドはやはり核心に迫るだけの嫌味が言えるのだなとチャールズは理解する。だから、それ以上言葉をかわすことをチャールズは放棄する。オズワルドもそれを察したのか、フフッと少し笑うとそれ以上は何も話さず、顔を外の方へと向けるのだった。

 冷たく静かな時間が車内に緊張感を満たし、チャールズのこれからに気合を入れ直すのだった。


◇◆◇◆


 大きな城の前に止まったのを確認した後、自動で開いたドアから車を降りるチャールズ。そして、ゾルトを担いでオズワルドの後を歩いて城内に入る。そこから広いエントランス中央から伸びる大きな階段を昇り、ひときわ大きな扉の前に立つ。ギギィと軋む音を立てながら左右に押し出される形で開く扉の先は、チャールズもよく知るプロタガネス王国の謁見の間だった。

 プロタガネス王国。世界長者番付でここ百年不動の一位を獲得し続けていたバトラー家のバシレスクが建国した、自称国家である。ペンシルベニア州の四分の一を買い占め、突如国を宣言したその日から、この王国は続いている。どういった根回しをしたのか、軍事力や医療機関、農作物などの食品事情もこの時点では全て自称国の中で機能しており、バシレスクの独裁で確かに国家が脈動していた。もちろん、周囲から、特にアメリカ国内では大きな問題となったが、莫大な金とそれに群がる人脈が全ての問題をねじ伏せることとなり、放置されているのが現状である。ただし、アメリカは、チャールズはプロタガネス王国を国と認めていないため国際連合などに加盟することは出来ず、故に敵対心を強く持っているということになっている。故に特別自治区。

 つまり、チャールズはそんな敵地へ一人赴いていたのである。


「よく来た、友チャールズ。安心して、死んでくれても構わないぞ。その代わり、その蝋翼物を我によこせ。ハハハッ」


 扉の先、遠くで玉座にふんぞり返るバシレスクがチャールズと視線を合わせるなり、ぶっそうなことを言い出す。だが、そんな安い挨拶のような売り言葉に返事をすることはなく、チャールズはオズワルドに続いて歩みを進める。赤い絨毯の上を歩いていくと、両端に人が各々楽な格好、体勢で配置されている。

 そのため玉座に近づく前にとチャールズは担いでいたゾルトを床に放り投げる。


「一人で楽しんで負けるとか……ないわぁ。三流でちゅねぇ、ムーア君は」


 ごろんと床に転がったゾルトに、一番近くにいた男が皮肉を言う。


「……じゃぁ、お前なら勝てたんかよ、あぁ?」

「俺は脳筋じゃないので、それとこれとは別問題ですぅ~。土俵次第ですぅ~」


 途中からゾルトが意識を覚醒させていたことにはチャールズも気づいていたが、安い挑発にゾルトは簡単に乗り、飛び起き上がりながら口論を始める。そのフィジカルはやはり謙遜する以上の実力の持ち主を意味していた。そんな二人を横目にチャールズは再び玉座まで続く絨毯の上を歩き始める。すでにオズワルドはバシレスクの隣に立ち、チャールズの到着を待っている。そして、注目を集めながら歩くチャールズは、その視線を向ける者たちを両目に捉える。いつ来てもそのメンツはチャールズにとって脅威を感じさせる人間ばかりである。もちろん、それは戦闘力に限った話ではない。バシレスクという王の元に集っているのだから当然一癖も二癖もあるということである、際物揃いという点で、である。

 そして、玉座の前、数段の段差を挟んでチャールズは止まる。


「挨拶なんて堅苦しいのは省こう。そういう格式張ったのは上下関係以外好きじゃないんだ。だから早速、本題に入ろうじゃないか? 友として何を頼みに来た、トム・アンダーソンの息子」


 仰々しく、まるで魔王の様にアメリカの大統領に上から質問を投げかけ始めるバシレスク。互いに礼もないことが対等の証と見せつつ、段差の差が見えない力の差だと言わんばかりの態度である。これが敵陣真っ只中、バシレスクを前に始められる問答までの道のりなのである。そんなことは百も承知のチャールズは覚悟を決め、己が立ててきたチャートを実行する。その結果が少しでも良い結びになると願って、無理矢理に、無理矢理に望む結果を泥臭く掴むために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る