第五十筆:10869-11

「チャールズ大統領。戻られていたんですね?」

「一応、手続きとかは先にしておいた方がいいって日本で学んだからね。というわけでレイラ君、手続きの準備はもう出来てる?」

「まぁ、足跡の残らない程度の滞在なら問題ないと思いますけど……。ってまさか、先にちょっと足を運んだりしてませんよね?」


 執務室に突然現れたチャールズは、レイラから視線をゆっくりとそらす。


「そのわざとらしい視線移動。別に大したことなくて許してもらえるだろうって思ってるからできる余裕の表れ、ですよね? 言葉にしなくてもわかるようにやってる辺りが狡いですよね。全く、わざわざおちゃめに報告しなくてもいいんですよ。これ、部下の責任でもなんでもありませんので」

「レイラ君。少し辛辣じゃないかい?」

「それで、どこに行ってたんですか?」

「えっと、日本とオーストラリアにちょっと」


 沈黙。


「レイラ……君?」

「クラークとアイギスの性能確認をするためのオーストラリアへの訪問、ですよね? 向こうにはすでに送ってあります」


 レイラはぶっきらぼうにチャールズに伝えると顔を合わせることもなく仕事に戻っていた。


「えっと……ありがとう」


 特に何か言われるわけでもなく終わってしまった会話と明らかに不機嫌さが治っていないレイラの姿も相まって居心地の悪さを感じるチャールズ。


「レ、レイラ君?」


 とりあえず声をかけようと気の利いた言葉を持たないチャールズはレイラの名を呼ぶ。


「そんなことだろうと思ってましたし、私はチャールズ大統領のこと全面的に信用していますので。何より、もう一度言いますけどこれ、別に私に責任は発生しませんから」

「最後のがなければ涙を流していたかも知れない」

「それは何よりです」


 ニカッと見せるレイラの笑顔にチャールズはため息をつきつつホッと一安心するのだった。


◇◆◇◆


 なぜ、このタイミングでこんな内容のメールが来たのかリデイアは悩まされていた。部隊を地下五階へ誘導した後、アメリカ側から三大兵器の二つ、クラークとアイギスの査察を行いたいという申し出が突然届いたのである。しかも、明日という極めて一方的で身勝手な都合を押し付けてきているのである。ラクランズとは違い、クラークとアイギスはその兵器としての特性上、査察を断ることが基本できない。しかし、国家間の問題を直前に申し込んでくるというのは明らかに査察を言い訳にこちら側に何かアクションを起こそう目論んでいるのは明白だった。そもそもこの連絡がラクランにではなくリディア宛で届き、現在陸を他国の助力無しで片付けようとしている最中であるというのが、タイミング的にすでにアメリカ側には筒抜けの情報であった可能性まで見えてくる。つまり、査察を隠れ蓑にして、アメリカは陸との接触を図ろうとしているのではないだろうかと推察できるのである。

 ではなぜアメリカは陸との接触を図ろうとしているのか。イギリスの時もイギリスの革命と呼ばれる新人類が表層に現れた時で、ロシアの時も合成人という怪物が誕生した一端が顕にされた時で、その事件の中心にいたであろう人間がアメリカへと渡っている。まるで陸によって純の介入を促し、後の利権を全てアメリカが、チャールズが拾っているかのような構図が見えてこないだろうか。そう、リディアにはこれが怪盗が出す予告状の様に見えてならないということであり、接触を図ろうとしている理由だと推察できるのだ。


◇◆◇◆


 ラクランズは機械で出来ているため基本的に人間よりも強度は高く、可動域も広く、何より機械故の最適解を導き出し、機械故の馬力が存在する。しかし、コレットの眼前には兵力差を感じさせない個という力が物量を凌駕する光景が広がっていた。恐らく、理屈ではなく、経験を重ねる人間という種族だからこそできる芸当なのだろうと納得はする。

 それでも最適の手段を、戦略が戦術、否、戦術と呼ぶにはあまりにも単純な個人の戦闘力差に敗北するのは当然、理解が出来なかった。


「必ず複数人で、連携を崩さず包囲して迎撃してください」


 コレットの指示をあざ笑うように、回転する男の攻撃が周囲のラクランズを全て巻き込みながら叩き斬る。先陣を開くべく船から落ちてきた男を中心に次から次へとラクランズの残骸が積み上げられていく。傍から見れば、恐らく高性能な武器を振り回し一方的にラクランズを蹂躙しているように見えるだろう。しかし、ラクランズにはその男が手にする武器から持て余すほどの技量と力量を兼ね備えていることがわかっていた。多連装ロケットランチャーの様な凹凸を持った側からは火柱が勢いよく噴出している。最初のうちは、ラクランズにヒットするに応じて溶かし潰すように小刻みに火柱が出ていたが、迎撃する数が増えたと見るや否や火柱を持続させ、その勢いに乗りながら自身が回転することでより加速させ、反対側の斧のような部分で勢い任せになるところをキチンと制御しながら、まさに叩き、そして切ったのだ。遠心力は勢いを弱らせず、男の意のままに軌道を変えて襲ってくる。攻守共に優れた攻撃となっているのである。

 当然のことだが、頭部や下半身と言った縦軸から攻撃を差し込むことはもちろん可能である。台風の目を狙うように回転する攻撃の中心を上から攻撃するというのは常套手段なのだから。しかし、それが叶わない。男は上からの攻撃を察すると胸を反らすか腹を曲げ、戦鎚の回転する軸を身体の向きで無理やり変えて対策に対策をぶつけてくるのだ。そう、何よりも驚かされるのは平衡感覚と体幹である。鋼鉄の兵器をたやすく粉砕する遠心力と火柱による推進力を物ともせず踏ん張り、回転を持続させるのである。それも平時ではしないような体制を保ちつつ、その力の伝達を弱らせること無く伝えているのだ。武器に遊ばれていると誰が考えられるだろうか。しかし、これは人間とラクランズとの戦いなのである。


◇◆◇◆


 カーチレは自身の周りにラクランズがいなくなったことを確認して回転をピタッと止める。集団で挑むという戦略のため最適解に弾くという考えがなかったのが救いだったと判断しながら、ラクランズが味方を巻き込まないように行動しているという、人間味溢れる判断に少し驚きを得ていた。今のカーチレから距離をとって遠距離からの攻撃にシフトチェンジしようとする動きも、もちろんカーチレの近接特化に対抗する解決策の一つであることには変わりないのだが、即移行しなかったことが味方を巻き込まないために撤退するまで待っている節があったように思えたのだ。損害を最小限に抑えることを命じられているのか、それともラクランズ間に仲間という意識が存在するのか、はたまた他に狙いがあるのかはもちろんカーチレが判断できるところではない。それでも、犠牲を厭わなければなんとか出来たかもしれない、カーチレの猛攻を止める選択をしなかったのは機械に対する驚きでしかなかったのである。

 それが本当にカーチレの想像するラクランズにとっての最適解だったらの話である。つまり、カーチレは人間の形をした何かという概念に囚われ足元をすくわれる事になったのだ。足元に散らばる残骸がバチバチと音を立てて連結し、ガチャガチャと廃工場に吹き込んだ風に合わせて廃材が揺れるように不気味な音を立てながらカーチレの足に巻き付いたのだ。ラクランズはカーチレの攻撃を弾くのではなく、カーチレという人間が動きを止める瞬間を狙って最大のリターンを取りに来ていたのである。残骸が意思を持った蛇のように足から上へと巻き付きの範囲を伸ばしていく。もちろん、叩きちぎられたその残骸はとぐろを巻いていくほどにカーチレの身体を切り傷で埋め尽くしていく。カーチレは自身が手にする武器を流石に自身に向けることが出来ず、そのスキが拘束をより強固なものに仕上げていく。その気になれば切り刻めるほどに。そうしないのは交渉の余地があるから、つまり人質としての価値が自分にあるからなのかはわからない。

 ただ、身動きの取れない物体に成り果てたカーチレは勝負を諦める。


「すまない」


◇◆◇◆


 コレットはラクランズという機械である特性を最大限に生かしてカーチレを捕獲する。人という理を外れているからこそ成り立つ意識外からの、非常識な一手。これで少なくとも戦いの主導権を握り返すことができると判断し、勢いそのままに残りのパーチャサブルピースの社員を捉えようと動き出す。そこで誤算が生じる。コレットは確かにラクランズという特性を最大限に利用して、攻撃をした。しかし、パーチャサブルピース側が対ラクランズ戦を想定した動きをとる可能性を考慮してはいなかったのだ。そう、人間だって最適解を選択できる。稲妻が地を走ったのだ。


◇◆◇◆


「ふぅ」


 カレンの身体から高熱が出ていることが、彼女の体表付近が陽炎のように揺らめいて見えることからわかる。カレンの筋肉があるからこそ耐えられる専用の装備をつけているからである。イギリスの革命時は、純や紘和に情報を渡したくないという央聖の一存でカレンの装備のみ外された状態で戦いに赴かされていたのだ。カレンも紘和と同じ体質だからこそ実践での成績に少し興味があったため央聖の指示を素直に従っていた。当たり前だが、単純な力比べでは身長差が大きく影響する。それでも同じ人間が対戦するわけではなく、同じ体質の人間が同じ戦場でどれだけの戦果を挙げられるかの勝負であるため何か比べられることがあると思っていたのだ。しかし、紘和はどこで何をしていたのかわからず、比較することは叶わなかった。

 つまり、これこそカレンが本来戦場に立つ姿なのである。身体の至るところにつけられた装甲に咥え、両肩に射出口のようなものを生やしている謎の管の集合体。前者はカレンの誇る質量を体表から熱エネルギーとして感知して、電気エネルギーに変換し備蓄する。その電気が再び身体に熱を帯びさせることで半永久的にエネルギーを循環させ続ける。その結果、体温は上昇し、循環器が異常な速度で酸素を流し続け、身体能力を本来では引き出せない領域まで向上させる。さらに備蓄した電気は射出することも、電気信号として体内に還元することも出来る。並の人間では機械に潰されかねないが、それを可能にする人間がカレンなのだ。故に、普段より格段に跳ね上がった身体能力で敵陣を突っ切り、カーチレを締め上げるラクランズのようなものに通電し、一時的な電磁力でその拘束を緩めさせたのである。

 もちろん、カーチレ自身にも電気によるダメージはあったようだが、気合で一瞬行動を制限されたラクランズのようなものを引きちぎり脱出したのだ。


「まだいける?」

「あぁ……ちょっと休めば」

「頑張って」


 カレンはそれだけ言葉を交わすとカーチレと交代するように戦場に参戦する。拳を振り下ろし、轟音と共に地面を砕き、その破片に紛れるように跳躍しラクランズを処理するために前進した。


◇◆◇◆


 待機を命じられたコニーは船上から化け物たちが自身の生み出した兵器を利用する所を観察していた。理論上は可能であるが身体が負荷に耐えられない。よくある技術の前に立ちはだかる壁である。それを可能にするのは央聖が連れてきたカーチレやカレンといった優秀な実験体である。特にカレンに装備させているそれは本来、実子である紘和でやろうとしていたが、我が強いために半ば諦めていたところに孤児という形でカレンを拾ってくることが出来たのだという。コニーからすれば願ってもいない素体が来たわけで、その成果は今の彼女の立場が証明している。そんな兵器を作り、人体実験のように試行錯誤させた人間自身が、作った兵器を巧みに操るカレンを見て、化け物と思うのである。

 当たり前の話だが、高熱状態の人間が満足に身体を行使できるかと言われれば、病人が寝たきりになるのを知っていれば分かる通り、ほとんど不可能である。現在は心拍数を無理やり上げた結果、体温が上昇しているので平たく言えば過激な運動をしている状態を維持し続けているに等しい。大量の筋繊維と生成される電気を生体電位として体内に擬似信号として取り込んでいるからこそできるだけだが、それが出来ることが本来であれば信じられない話なのである。

 もちろん、気休めとして冷却装置を背中に付けてはいる。それがあの管の集合体であり、熱音響冷却である。戦闘における様々な音を管が広い、それがカレンの出す熱によって膨張し続ける。それを狭い管に押し通すことで気化熱を生み出すのである。そして、本来ならばカレンの活動限界が来れば、背中の噴出口から氷点下の冷気を出すことで、カレンの身体の最低限の保証と相手を氷漬けにすることによる撤退の保証を設けているのだが、それがカレン自身の為に使用されたことをコニーは一度も見たことがない。つまり、カレンはミオスタチン関連筋肉肥大以上に熱に対する耐性を持った常軌を逸した存在なのである。それは同時に、このカレン専用の兵器がカレンにとって不要であることも意味する。

 そう、彼女は時間をかければ、この兵器に頼らなくても恐らく紘和を越えるだけの戦闘能力を

獲得することが出来る可能性を秘めているということである。


「まぁ、結局は蝋翼物の差で勝てないんだけどね」


 コニーは自身の心境の整理を口に出す。もちろん、実際にステゴロで戦わせなければそんなことはわかるわけもない。それでも目下暴れまわるカレンが負けるところは想像できなかった。少なくとも恵まれた者がより恵まれた者であるというケースは早々にないのだから。


◇◆◇◆


 カレンはラクランズの攻撃が緩んでいることに気づいていた。最適解が戦闘の無意味さに到達した、と彼女が気づくことはこの戦闘の最中ではない。だが、誰が見ても氷漬けのラクランズ、粉々に粉砕されたラクランズ、溶けて変質したラクランズ、その全てのラクランズが為す術もなく地に伏せられている光景を見て絶望せずにいられるだろうか。銃弾は電撃の一閃で弾かれ、数的有利は言葉の意味をなさない。出来てしまう結果がラクランズを蹂躙してしまうのである。技術や業ではない。一方的なただの力の行使。その勢い故に生まれた攻撃の緩みに好機という感情でカレンは攻撃を続けていた。

 しかし、最適解の収束に気づけなかったのは突然目の前に現れたラクランズの影響も実のところは大きかった。


「もしも、私たちが憧れる人間がいるとすれば、あなたのような規格外、なのでしょうね」


 カレンの前進を止める存在はコレットだった。指揮官自らの前線投下。しかし、ラクランズを機械という概念で捉えているカレンにとってその見た目だけで先程までに壊してきたラクランズと区別をつけることは不可能だった。だから、ためらわずに先程までの要領で重い一撃を振り下ろす。しかし、それはたやすく受け止められる。そして、受け止められるだけでなく削られた。一瞬の痛みではあったがそれに今までにない危険を感じ取ったカレンは距離を取ることに成功する。痛みを感じた右手甲側の拳を作った指の表層が研磨されたようにきれいにえぐれていた。それはコレットと接触した部分である。

 ラクランズはラクランによって生み出された三大兵器の一つで量産できる均一化された兵器であることが売りの一つだった。最適解を導く、人型であると言った点はあくまで他の兵器との差別化であり、根幹は均一化された戦闘能力、そこにある。故に、どういったカスタムをするか、つまり、ラクランズを指揮するか、武器をもたせるかによって現場の色が反映される存在であった。しかし、当然、開発者からすれば量産型以外のシリーズを作ろうとしていてもおかしくはない。そして、その一体が、今カレンが相手をしているコレットだった。

 カレンは即座に近接戦を、肉弾戦を避けるべくバチバチと蓄電させていた電気を横に走る雷のように飛ばす。出力を今まで以上に上げたため、まさに雷鳴を、轟音を置き去りに光が駆け抜けた。しかし、その一撃がコレットに届くことはなかった。ここで重要なのは届かなかったという事実である。それは避雷針のように地中に流したわけでもなく、反射させて周囲に被害を拡散させるわけでもない。ただ単純にコレットを目前にして消えたのだ。故に届かなかった。攻防が一転した機を逃さない様に、カレンの驚きに気を使わず、距離を詰めてくるコレット。だが、カレンはそれに反応し、肩から冷気をほぼゼロ距離で当てる。結果、突然の意識外の氷の壁がカレンに激突し、焼け石を水につけたような音を立てながらコレットは押し返させられるのだった。


◇◆◇◆


 人に出来ること、さらに出来ないことを代理できる所が機械の長所である。目の前の全ての事象から導き出される未来を的確に、事実だけを選択できることはその筆頭である。

 さらに可動域や出力、強度、様々なものが人間を模したラクランズは人間を比較した時、当然のように超越していた。


「その中にロビンソンのためだけに作られた量産目的ではないラクランズ、力としての個性を付与されたバーストシリーズというのがある」

「突然、何を言い始めているんですか、大統領」

「クラークとアイギスの性能確認に行くでしょ、これから。だから、優秀なレイラ君にはそろそろ教えておいてもいいかと思ってね」


 荷物をまとめながら片手間に話すチャールズに対して突然知らされた知らない事実に書類を整理する手を思わず止めてしまうレイラ。


「えっと」


 どうして今まで知らされていなかったのか、そもそもなぜ秘匿されている情報なのか、ラクランが作ったとされるラクランズですら高性能であるわけだからその規格外となれば戦闘能力は想像もできず、同時に世界の戦力バランスが崩れてしまうのではないかと様々な考えが一瞬でレイラの頭を駆け巡る。


「ラクランズを商品としていかなる国家にも売買することで、バーストシリーズの生産が八体まで許されているんだ。俺が知る限りでは上限に達したのはつい最近だった気がする。ちなみに破棄する場合も八角柱に報告する義務がある。技術とは財産である。だからこそ秘匿性が求められる一方で用いて進化させ続けなければならない。その脅威ともなりうる技術力を唯一人の人間が持っているんだ。管理した上でおこぼれに預かりたいのは当然だろう? だからラクランズで共有し、その進化のために上限をつけてバーストシリーズを製作させ、技術力を高めさせる。これがレイラ君の疑問の答えにならないだろうか?」


 もちろん、答えになる。同時にレイラは首をじわりと真綿で締め付けられるような圧迫感に襲われる。あっけからんとチャールズは話しているが、これは恐らくチャールズの元にいる人間の中でも限られた人間にしか伝えられていないということが、今までの内容から嫌というほどに伝わってきた。もちろん、チャールズからしたら悪気はなく、むしろ信頼の証として話しているつもりなのだろうが、レイラにはそれを汲み取るだけの余裕がなくなっていた。当然、秘密に押しつぶされるほどレイラも子供ではないが、それでもじわりと首筋に汗がにじむのがわかった。

 それほどまでに機密性を重要視しなければならない情報なのだ。


「ちなみに八体いるということはそれぞれが八角柱に匹敵したりするのでしょうか?」

「どうだろう。ただ蝋翼物には勝らないにしろ、ラクランズがそもそも人間じゃないから、中にはいてもおかしくないんじゃないかな」

「それって」

「まぁ、安心してよ。アメリカには俺がいる。少なくともオーストラリアが俺に勝てる日は来ないよ」


 レイラの不安を一蹴するチャールズ。その言葉にはそれに見合うだけの重みがあった。

だからレイラは言及しない。


「それじゃぁ、行ってくるよ」

「い、いってらっしゃい」


 レイラの目の前からチャールズがサッと消えるのだった。


◇◆◇◆


 波を一つのテーマとして完成させられたラクランズのバーストシリーズが一体、それがコレットだった。一般的に想像される海の表面を撫でるような高低運動とは少し異なり、波長といった振動を中心に考えられた、後手に回ってなお有利を取れる兵器として製造されている。言葉にしてみるとどれだけコレットが常軌を逸しているかが際立つ。つまるところ、相手の出方を見た上で相手の行動に中和以上の波を自身の身体で再現し放つだけの最適理解が出来ているということを意味する。唯一の欠点があるとすれば、自身の力をフルで使う際、処理する範囲が限られるため通う常時よりも視野が狭くなる点である。しかし、それは目の前の敵に対処する上では特に支障がないのだった。

 コレットはまだ体勢を整えきれず、ふらつくカレンに容赦なく追撃を仕掛けるべく動く。


「ヒヒッ」


 しかし、ふらつきながらも真っ直ぐな芯の入った打撃がコレットを後ろへと吹き飛ばした。もちろん、コレットはカレンの右拳が自身の人間でいう胸部に当たる部分にヒットしたのを認識し、カレンとの接触部を削ぎ落とすように振動させた。当然、カレンは血を撒き散らせながらビクンと身体を震わせていた。あの距離ならば手短なラクランズの残骸でも片手に殴打したほうが被害も少なく、同様のことが出来たかもしれないのに、自らの拳を結果的に奮ったカレンをコレットは理解できなかった。故に理解する、これが人間のいうところの最適解ではなく、直感とでもいうべき論理的でないが、何かをもたらす非効率的な一撃であると。そんな思案を遮るように戦場に轟音が響く。それは癇癪を起こした子供のように、手短なものに当たり散らかすカレンから発せられる音で、床が残骸が恐らくありったけの力で粉砕され、生成された電気が所狭しに走り続けている音だった。その音に呼応するようにカレンの体表付近が揺らめき、両肩の噴出口付近には空気中の水分が凍っては溶けてを繰り返しつららが形成されていた。

 誰が見ても危ない状況だが、コレットが見ればそれはより極まって危険であることが可視化されていた。


「ぶっ壊してやる」


 ボソリとつぶやかれた言葉にしてはあまりにも、その少女の見た目から出たとは考えられない凄みの効いた声はコレットの性能をよりフルパワーに危機感として近い状態に引き上げる。コレット自身が押し切られてしまう可能性以上に、もし、敵意が自身の生みの親に向いたらと思った時の損害の大きさの方に危機を感じたからである。

 文字通り空気が揺れる。二人の戦闘範囲に入ってしまえば身体が壊されてしまうことが反射的に理解できてしまうぐらいに、ピリピリとした空気が音を立てて揺れている。コレットが、カレンが、同時に一歩を踏み出した。


◇◆◇◆


「あぁ、もしもしコニーです。カーチレさんは命に別状はありませんでした。カレンの方は久しぶりに全力を出していると思います。それでもどちらが勝つと思うかって聞かれると、肩でも持たない限りわかりかねますね。何せ相手は人間じゃないわけですから。それで、ソフィーさんたちは無事に包囲網を脱出できたんですか?」


 コニーはこの状況ならドサクサに紛れて突破するのは容易だろうと思いながら状況の確認と報告をする。今のカレンを目の前にしてまともに相手ができる人間が果たして存在するのだろうかと思うぐらいの殺気に満ち満ちている。いくら機械で万能なラクランズとはいえ、意識の範囲外、否対象をカレンに絞ってしまうのは当然のことだと思えた。だから、不具合でもない。化け物と肩を並べようというのだ、誰が責められるだろうか。それにデータを取る上でも注目の一戦ではある。

 通話を終えたコニーは下で繰り広げられる激闘に酔いしれる。


「あぁ、どれも素晴らしい。残骸になっても死んでも、絶対に無駄にはしませんからね」


 口元に右手人差し指を当てながら恍惚とした表情で発せられた言葉。コニーの部下からすればそんな言葉が彼女の口から飛び出ることはわかりきっていた。それでも若干ゾクゾクとするのはそれが彼らの持つ倫理観から理解できても納得のできない範疇にあるからなのだろう。それに比べれば、まだ下で繰り広げられる戦闘を特撮シーンの何かかと思って眺めている方が勝敗に関わらず気が楽であるというものだった。


◇◆◇◆


「どうやら、向こうで引きつけてもらえているようです。カレンが全力を出しているという報告が少しアクシデントといえばそれですが、問題はないでしょう」

「では予定通りにさっさと終わらせましょうか」


 茅影もソフィーも最初は戦闘に紛れていた。そして、ある程度片付き戦局が傾いた所で部下に戦闘を任せて貨物船に隠れるように止めておいたゴムボートまで移動し、それで海上を移動した先に用意していた車に乗り換え、今こうして目的地に向けて走行しているのである。目的はハッキリとしていて、住民票とラクランズの登録個体数の確認である。これで何の確認をするのかと言われれば、文字通り記載されている内容が間違っていないかを確認するだけである。しかし、そもそもこの情報がダッシュ社の管轄のもと厳重なセキュリティで守られているというのが普通はおかしな話である。いくらラクランが八角柱とはいえ、個人情報を役所ではなく自社で一人で管理していたという事実は、何か裏を想像させるには十二分な案件である。

 そのきな臭さと央聖の嗅覚が金の匂いがするというのがここに至るまでの経緯である。


「まずは一軒目」


 そう言って茅影とソフィーは資料にあったラクランから仕事をお金で買い取られた人たちが住む住宅地が密集する中の一軒家の前に車を止めた。一番近かった場所という無作為に選んだ場所ではあるが、ここで予想が当たる可能性も十分ありえる。二人は気を引き締めて車から降りるとインターフォンを鳴らした。今にして思えばこの段階で気づくべきだったのかもしれない。それでもあまりにもかけ離れた前提にそんなことはないだろうと高を括っていたというのが正直なところだった。すぐ近くでちょっとしたボヤ騒ぎが起こっているにも関わらず、それ以前に真っ昼間であるにも関わらず、人が誰一人外を歩いていないという事実に。二回目のインターフォンを鳴らすが反応はない。

 同時に誰かの視線を感じる不気味さを周囲から感じ取り始める二人。


「最初に断っておきますけど、私、そこまで戦闘経験はないのでソフィーさん、よろしくお願いしますね」

「……そういうの、フラグを立てるって言うんですよ」


 次の瞬間、思いっきりドアが開き、一人の男性がいきなり襲いかかってきた。


「お前ら、今ニュースで流れている指名手配犯だな……」


 パンッと乾いた銃声と共に出てきた男の動きが止まる。

 茅影が放った銃弾が男の右肩を貫通しないで音を立てて玄関に落ちたのだ。


「あなたは……ジャック・ウィルソンさん、でしたね?」


 玄関の奥に見える妻と息子が銃声に怯える姿が見える。恐らく、知らなかったのだろう。

 もちろんそれが、夫がラクランズという事実であることが、自分たちがラクランズにされているかは、まだ茅影とソフィー、それにこの人間に成り代わっていると仮設を立てた央聖ですら知りもしないことなのだが。


「いえ、私がジャック・ウィルソンです」


 服と人工的に作られた皮膚がズルむけ、金属が覗く肩を隠そうともせず、ジャックと名乗ったそれはゆっくりと玄関から出て扉を閉める。妻の呼び止める声を気にもとめず、そして、何かを悟ったような落ち着きを払いながら。そして、ドアが閉まる音同時に、そこかしこからドアの開く音がする。普通に考えれば銃声の発生源を確認するために出てきた民間人である。

 老若男女関係性はないように見えるが、この場において確かなのは、今出てきた人間は、みな戸籍上は人間であり、実際はラクランズであるということである。


「ビンゴです」


 ソフィーはジリジリと迫ってくる人間を注視しながらすでにつないであった央聖に連絡を入れる。理由まではわからない。しかし、これで何らかの人体実験の末にこの巨額の富が流れているという可能性は強固なものになった瞬間だった。

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