第四十九筆:8120-10

 地下四階。そこに至るまでにユーイン、ミルドレッド、ケイデンがそれぞれ一回ずつ陸に操られているであろうラクランズと接敵していた。それはまるでこちらの動きが筒抜けであるかのように、丁寧な用意されたと感じさせる迎撃だった。地下三階でケイデンが遭遇し終えた段階で、誰もの脳裏に次の標的がマーキスか友香の部隊だと予測した。敢えて言うならば、陸と友香の関係性を知っている人間からすれば次はほぼ確実にマーキスだろうと予想することが可能だった。故に、友香を除いた人間はみな地下五階への突入が少しだけ不安になっていた。簡単に言えば、ここまで順序立てられたわかりやすい誘導が、考える者に警戒心を植え付けているのである。

 単純に考えれば、次は友香の部隊が襲われるとする。しかし、先程も言った通りマーキスと友香のどちらが狙われるか考えた時に、マーキスの方が確率は高いと判断出来てしまうのである。仮に友香が狙われるならばこの場合初手だったはずだろうと。【雨喜びの幻覚】の力を考慮した時、最も意表をつけるタイミングが開幕の強襲だからである。ここでの活動をする際に少数精鋭にした理由は、地下空間以前に、建物内で入り組んだ構造をしていることがわかっているこの研究室では、大勢で行ったところで通路に阻まれ逆に数の利を生かせない状況になるとわかっていたからである。これは敵からしても同じことだが、普通に考えて陸は現状を追撃の手を遅らせるための時間稼ぎに使いたいと思っているはずである。つまり、陸の取ってくる戦略として通路を埋め尽くすほどの何かを置く、もしくは通路そのものを断つことも視野に入れていいはずなのである。前者は予想されていたラクランズの襲撃で、後者はエレベーターを落としたり、階段を崩落させたりなどである。それの全てがエレベーターという最も危険な道を選んだ友香に最初から降り注がれなかった時点で、何か別の策があるという考えに至っていたのだ。いや、エレベーターという移動手段の選択肢が残っていた時点で、なのかもしれない。

 だからこそ、ここで友香が最後に狙われると思わせていることが不自然極まりないのである。なぜなら、最大限の警戒心の元エレベーターが開くのを待機できるからである。そして、神格呪者である友香の力をラクランズに対して用いることを想定した場合、容易に突破できる。だからこそ、ここで友香以外の部隊が考えなければならないのは、友香以外の部隊に対する攻撃だった。最もありえるパターンで下手をすればここまでスクラップにしてきたラクランズの数を考えれば突入した数にまだまだ到底及ばないため、残りを総動員して全ての部隊に当ててくる可能性も充分に有り得る話だった。むしろ、そうなる可能性が高いと踏んでいる。それは、陸が友香たちだけを相手にしたいと考え、部外者と接敵するのを故意に防ぐため妨害することが狙いだろうと考えられる。央聖から聞く話では、今まで陸は必ず事件の渦中にいて、何かを獲得するまでの間に友香とニアミス以上のことをして逃亡し続けているからだ。

 つまり、今回に限って陸と友香が面と向かうことがないことはありえないと考えているわけで、そのための仕込みをするならばこの妙な対峙の切れ間である今なのである。


「それでは第五階層への進行を始めてください」


 リディアの号令の元、ランダム性のない策略に選択肢を産ませられた面々の前の四箇所の隔壁が上がり、同時にエレベーターも下降を始めるのだった。


◇◆◇◆


「ソフィーさん。順調ですか?」


 茅影はあれから央聖のいるダッシュ社を車で離れ、ソフィーたちの部隊が留守番で待機していたキャンベラに近い港まで足を運んでいた。


「えぇ、作戦が開始されたのと同時にやはり警戒が緩んでいます。だからこそここにも次期に何かしらのアクションがあると思いますが……出来ることならその前に行動に移したいですね」


 そう言いながら待機中に集めたであろう膨大な紙の資料とデータが映し出されているであろうパソコンの画面を見せてくるソフィー。


「しかし、ソフィーさんがここまで情報関係に強いとは知りませんでした」


 茅影は若干ソフィーに噛み付くように、まるでソフィーがそういう事ができることを最初から知っていたかのように発言し、マウントを取るような態度を示す。


「別に今ここには私たちしかいないのでお気遣いしていただかなくても結構ですよ。あなたは情報でやり取りしている。時にそれが武器になることもあるでしょう。故に多くの者から狙われて然るべきなのにそれを合成人としての能力の他に、一定の強者の庇護下に入ることで回避している。いえ、結局はそこを超えた情報戦で管理している。だから、もしあなたが社長の不信感による依頼以外の、自らの意思で告げ口をされた所で私には問題はありません。社長に対しては、いえ、あなた以外には細心の注意を払っていますから。それでバレても、あなたのおもちゃにされようともその時が潮時なだけですから」


 茅影は表情から感情を消し、不愉快な目で顔を合わせないソフィーを見下ろす。


「それに知っている人はあなたじゃなくても知っています。つまり、社長の器はそこに達していないのです。所詮は一介の武器商人であって、八角柱の脅威にはなりえない。もちろん、私も仕事ですから最大限の警戒はしていますが、社長がもし気づいて告げてしまうのなら、ヘンリーのように知っていて敢えて告げないという、大きな貸しを与える姿勢を見せる方とは大きく異なると言えてしまうでしょう。それだけの差が社長には存在する、と私は考えていますよ」


 まるで虎の威を借りるようにソフィーは自身のバックの存在の大きさを敢えて口に出さないことで、より印象づける様な発言をする。加えて茅影の人間としての器を試すように、選択を押し付ける。

 茅影はこのままでは面白くないと自身の面目を保つために捨て台詞を決める。


「それは、失礼しました。首なしデュラハンのホロウちゃん」

「あら、ファンだったなんて意外です。お役に立てているってことでしょうか?」


 変化球のつもりだったのに、茅影はソフィーに動揺が見られなかっただけに諦めがつき、露骨なため息をついてみせた。


「それでは、お互いにパーチャサブルサービスの社員、としてお話を進めましょうか」


 ソフィーの表情に時間経過による変化は結局見られない。

それが逆に油断せずに動揺を見せないという点でプロなのだと茅影は改めて思い知らされながらも先程までの詰め寄って優位性を確保しようとして墓穴を掘っている様な醜態の流れを切るためにソフィーの進行に素直に身を任せることにするのだった。


◇◆◇◆


「こちらが、茅影さんがダッシュ社内の機器に接続してくれたおかげで確保に成功した首都キャンベラの住民票とラクランズの登録個体数です」


 ソフィーは内心で茅影が触れた内容が気がかりで仕方がなかった。仕事のことではなく、趣味でやっていることに対する評価をダイレクトに聞いたことがないからだ。面と向かって聞ける内容ではないと自身で判断している訳ではないが、そもそもソフィーがそういったものを配信していると知っている人間が少ない。何なら周囲にはバレないように故意に隠していた。一方で売上や再生数といった数字以外の評価で自身の作品がどうなのかをしっかりと確認することが出来ず、先のように感じていたため感想を聞くことに奥手になっていたので一度は聞いてみたいと思っていたのである。もちろん、ネット上の掲示板やSNSを通じてエゴサーチのようなものをしたりするが、そこに書き込まれているものでは味わうことの出来ない生の声に触れたいという思いがあったのだ。

 首なしデュラハン@ホロウとはソフィーが趣味の活動をする時の所謂ハンドルネームであり、現代では少し特殊な趣味を、ある種的確に表現したものであった。ここまでで想像できた人もいれば、想像できない人もいる。むしろ後者が圧倒的だろう。つまりはそういうことである。ソフィーの趣味は一言で言ってしまえばコスプレである。そして言及すれば包含されているであろう項目、着ぐるみである。つまり、着ぐるみ用のマスクに肌タイツを用いた上で衣装を着飾るのである。故に首がないデュラハンなのである。茅影が何のお役に立てているかを議論するのはまた別の話だが、成り切りとしてこのジャンルを選んでいるソフィーからすれば仕上がりなどが気になるのである。

 ただ、こんなソフィーの気持はもちろん茅影には伝わっている訳もなく、茅影も別に嗜んでいるわけではなく情報として知っている、ちょっとしたゆすりのネタだったという話であり、ここではさほど大きな問題ではないのである。つまり、単に顔に出ないだけだったのである。

 そして、ここでは関係のない、深掘りするまでもなかったかもしれない裏事情でもある。蛇足なのかもしれない。


◇◆◇◆


「後はこの情報の互いの数が一致するかどうかを確認するだけですが、そちらの仕込みはどうですか?」

「バレてるかどうかはあちら次第です。現状は誰一人として負傷したという報告は来ていないので成功していると言っていいのかもしれませんが、一方でここはラクランの庭。であれば泳がされているだけなのかもしれないので正直なんとも言えませんね。とはいえ、他の部隊を待機させてるなんて、どう考えてもハッタリにしか、警戒している側からすれば聞こえるでしょう。どれだけ精鋭を並べても基本は数で勝敗は決まるのですから」

「それじゃぁ、始めてしまいましょう。こちらもいつ襲撃されるか……」


 そう言いながらソフィーが外の状況を映し出しているパソコンの画面を見て、言葉を止める。


「数は?」


 ソフィーの画面へ食い入りながら眉間に皺を寄せている表情に茅影は即座に敵の襲撃を察し、状況を確認する。

 恐らく、情報がソフィーによってコピーされたどこかのタイミングで綿密な確認もすることなく外敵に仕掛けられたと判断したラクランが、残されたパーチャサブルサービスの部隊の足止めをしにラクランズは仕向けたのだろうと想像した。


「これは、確認するまでもなく、黒の可能性がありますね」


 ソフィーの言葉を聞いて、茅影の方に向けられた画面には、数えることをためらわせるぐらいに画面を覆い尽くすラクランズが映し出されていた。


「通信機器もジャミングされているようです」


 央聖の安否を確認すべくソフィーが直ちに確認の連絡を入れようとしたのだろう。茅影の予想では人質としての価値があるため殺されるようなことはないと思っている。

 そもそも残った部下がある程度の警護をしているので血の海になっている可能性も少ないと推測できる。


「取り敢えず、他の部隊や社長と合流するよりもここにいる部隊で殲滅して後方からの援軍を断ち切る方が得策だと考えますが、どう思いますか? そちらの方が調べる際に邪魔はされないでしょうし」


 茅影の提案に一瞬だけ眉をひそめたソフィーだったが、その後すぐにアイコンタクトをかわしながら頷いた。

 それを確認し、茅影は即座に館内放送のスイッチをオンにしたマイクを握る。


「まだ何もされていなければ、要求もされていない。それでも敵意を剥き出しにしたラクランズが外で構えている。こちらはこれからここを放棄した後、与えられた任務を実行する。故に全面対決の用意を各自準備しておくように」


 茅影の指示が終わると館内のいたるところから了承の掛け声が響き渡る。しかし、その声もすぐに轟音でかき消される。外のラクランズは一切動いていない。つまり、館内のどこかが爆発した、ということである。


◇◆◇◆


「ダッシュ社からラクランの代理並びにラクランズの代表としてこちらに伺いました」


 数ある貿易船の一隻の一部が爆発し、狼煙とも言える黒い煙を上げ始めたのをきっかけにコレットは喋り始めた。それは初めから内部に潜入していたラクランズが予定通り破壊工作を企てたことを意味するからだ。故に先制攻撃の成功、有利状況からの交渉を始めたのである。戦いになればラクランズ側も多くの損害をきたす。

 それを最小限にしつつパーチャサブルサービスに損害を与えようという算段なのである。


「茅影様、並びにソフィー様には今後も戦力として確保しておきたいという意図から手を出さないよう言われております。ですので……」


 コレットはここまで喋った所で一つの違和感に気づいた。それは損害を最小限にしようとしていた点に反する事案が発生したかもしれないからだ。コレット達の到着と同時にパーチャサブルサービス側の全てのラクランズの主導権はコレットを介してダッシュ社の管理下に入れることで内側からパーチャサブルサービスに損害を出す手はずだった。この過程で、手っ取り早いであろう自爆は命じておらず、丁寧に破壊工作並びにパーチャサブルサービスの社員を殲滅しつつ合流する手はずだった。この過程で機能を停止するラクランズがいることは敵の抵抗も考えて想定済みだったが、爆発を確認した直後から一切館内にいるラクランズから応答がないのである。自爆をさせていないかつ、殲滅されるにしてもあまりにも早すぎる対応に、状況が飲み込めず言葉が続かなかったというわけである。

 よくよく考えれば、一箇所からしか火の手が上がっていないというのも妙な話であった。


「全員、戦闘準備」


 そして、不測の事態を考慮してコレットはその場の全ラクランズに戦闘態勢に移行するように司令を伝達する。様々な武器、身体を構える音が同時に鳴り、ガシャガシャと大きな音を奏でるのだった。


◇◆◇◆


「もしもし、ソフィーさん? タイミング大丈夫でしたか? 言われた通り一箇所に集めておいたラクランズが勝手に作動したので館内放送のことからも即座に爆破しておきました。それでも処分しきれなかったラクランズはカレンとカーチレが現在潰して回ってます」

「ありがとうございます。そのまま見える範囲のラクランズは各自部隊を率いて殲滅してください。そしてらそのまま正面で合流しましょう。そして、出来るだけ早く、資料との照合をするためこの場を脱出します」


 ソフィーは館内の電話から状況を聞いて次の指示を飛ばす。これは全て央聖の指示でもある。央聖は、自身の首を差し出すと決めたその時から、それに見合う以上の利益を生み出そうとしていた。それがこの街に潜む陰謀だった。根拠は何一つないが、商人としての嗅覚が、戦場を歩いてきた傭兵を束ねる長の嗅覚が、ラクランズの支配するオーストラリアには必ず何か闇があると勘ぐったのだ。先日の陸の依頼の際にもカマかけをしたが、十二分な収穫があったわけではない。それでも、これだけの人間らしい機械が、人間という悪意の塊の施しなくして出来上がるはずはないと確信しているのだ。だから央聖はラクラン側の商品、全てを訝しんだ。半分裏切るような行為があるのだ、当然の処置とも言えた。つまり、このラクランズが暴走することは読めていたのである。

 読めていた上で、ソフィーにはこう言ってあった。


「仮に商品の主導権が全て買い手ではなく、ラクランにあったとすれば、その時点で国家転覆、ひいては人権などホコリを叩くには充分な根拠になる。それに、なぜ国から出ることのないラクランが情報戦において強みがあるのかも証明できる。要するに、俺たちは運び屋だったわけさ」


そして、言いように使われていたにも関わらず央聖は笑顔で付け加える。


「そうだったらいいよな。稼いだ上で、さらにぶんどれる。商人舐めるなよ。稼がせてもらうからな」


 長い間、央聖の傍らで仕事を手伝ってきたソフィーですらお金が絡んだ時に見せる央聖の狂気はいつ見ても慣れるものではなかった。

 人としての尊厳すら、央聖にとっては等しく金なのだ。


「何をボーッとしてるんですか? 行きますよ、ソフィーさん」

「えぇ」


 ソフィーは茅影の問いかけでふと我に返りその場を走り出す。ラクランの治める国の実態を確かめるべく、オーストラリアに招集し、この事態に間に合った部隊長たちと合流するために。


◇◆◇◆


「あ~あ、もったいないですよねぇ」


 爆破で積み上げられたラクランズの残骸の中を未だに可動していないか虱潰しに探すカレンとカーチレを見ながらコニー・ゴードンはぼやく。ラクランズそのものや、破壊したことによる損失の話ではなく、彼女が作る兵器に利用できる箇所があるにも関わらず、壊さなければならないことをもったいないと思っての発言だった。コニーの作る兵器は爆発を軸にしたものが多い。

 最近だとミルドレッドの愛用する脚部に仕込むバリスタの改良やカーチレが扱う大型の武器の改良など、要するにパーチャサブルサービスの社員が扱う武器に破壊力と耐衝撃に関する改良を行っていたのである。


「それじゃぁ、後でこのゴミ山を漁ればいい。機能を停止はさせるけど、そこから先は特に何も言われてないだろう?」


 カーチレ・クーリバリはコニーの眼の前でウォーハンマー、戦鎚をベースにした独特の重量感あふれる武器をそのラクランズに振り下ろし続け、音を立てながら破壊していた。打撃面には九つの穴が空いており、まるで多連装ロケットランチャーを彷彿とさせた。どうしてそんな穴があるのかは分からないが、その穴がある面で叩けば叩いたものが詰まってしまいそうであった。逆を言えば叩いた際に本人の力技次第では部位をえぐりとれるということでもある。一方で反対側はツルハシのようになっておらず、完全に斧を模した形状をして、打撃と斬撃を兼ね備えたハイブリッド感あふれる趣向の武器となっていた。そして、そんな武器を軽々と振る男である。パーチャサブルサービス随一の巨体と、二番目の怪力が売りでもある。

 ちなみにカレンと違いその筋力は特異体質というわけではなく、磨き抜かれた後天的な努力の賜物である。


「わかってないなぁ。まだこれは社長のだよ? 許可もなく使ってみ? 絶対金取られるよ。あの人は誰にだって等しく金だからな、後で漁る前に、社長と相談だよ」

「それ、想像できますね」


 バキッとラクランズを握りつぶすカレンが同意する。


「じゃぁ、今日の仕事でしっかり稼いでおきましょうよっと。終わりましたぁ~」


 ゴンゴンっと槌を床に叩きつけ打撃面に詰まった金属片を振り落とすとカーチレが右手の親指を背面に向け、次の現場に行こうと合図する。


「じゃぁ、部隊を編成したら正面でソフィーさんと茅影さんと合流ね。以上、一時解散」

「は~い」


 間延びした返事を残し、三人はそれぞれの部下を集めに散開するのだった。


◇◆◇◆


「ラクラン様、予想よりも対象の対応が早いです。現在、パーチャサブルサービス社に流したラクランズの内、こちらの港に停泊している船の中の者全てから信号が途絶えました。恐らく、そちらの九十九の排除の契約が成立した段階で動き出していたものだと推察されます。これから抜き取られたデータから対象の市街地及び民間人との接触を防ぐための包囲戦を続行しますが、激しい抵抗が予想されます。全力で応戦しても構いませんか? それともそちらの人質を使いますか?」

「九十九を追い出すという最優先事項をするためにすでに心臓部である研究室へ招いてしまっている。つまり、こちらで動いているパーチャサブルサービス社員を盾にしても達成すべき事案に支障が出てしまう。恐らく、向こうからしてもこちらの情報を、ダッシュ社から戸籍を盗った段階で、横槍が入らないことを前提でこの戦闘を想定していたのだろう。それに僕からすれば、最悪こうなった上で情報がパーチャサブルサービス側にバレたとしても処分できてしまうと判断しているから交渉を持ちかけている。だから、全力で迎え撃つかどうかは君が判断するといい。一応、今回の指揮権を君に委ねているんだ。人質の確認はありがたかった。ただ、そこから先は考えてくれ。尻拭いは僕がどうとでもしてあげるから安心して自己判断してくれ」

「ありがとうございます、ラクラン様」


 コレットはそう伝えると通信を終える。当たり前のことだが、描いた通りの絵図ができるのはキャンバスの上だけだとコレットは改めて人間という存在を注視した。否、キャンバスに描く絵図ですら、満足な美学を追求する上で片っ端から禁忌の蓋を開け続けてもなお完璧というものに巡り会えない存在なのである。つまり、ラクランズという正確な判断を下せるように情報処理を行う存在でさえも、人間はその上の思考で盤上の駒を動かしているのである。

 ならば、とコレットはラクランに言われた通り自分で判断する。


「総員、全力で目標を抑えます」


 上を行く者に出し惜しみをして勝てるわけがないとわかっているからだ。コレットの指示にみなが武器を威嚇とは違い再度攻撃の意志を見せる様に展開し、それぞれの役割を担うべく陣形を生み出す。そして、船内の状況が当初の予定と違い把握できていないため、接見するための部隊が船に近付こうとする。そこへ巨体が降ってきた。


◇◆◇◆


 ガチャガチャと大きな音を立てながら走ってくるコニー率いる最後の部隊が合流する。


「随分と大荷物ですね、コニーさん」

「いやぁ、私だけぶっちゃけ部隊長クラスって見た時に自力の戦闘力は皆無に等しいからねぇ。私の部下もどちらかというと工作員って感じだからさ、技術力が要なんだよ。察して」


 ソフィーの言葉に舌を出しながらウィンクを添えて茶目っ気をアピールしながら返事をするコニー。


「いえ、別にその荷物に見覚えがないので新作の試験運用にまた巻き込まれるのかと思いまして。勘違いなら問題ないのですが……」


 ゆっくりとみなの視線がコニーへと集まる。コニーはその注目から逃れるように視線を泳がせる。

 少なくともソフィーとは絶対に目を合わせようとしない。


「え? また器物破損で借金作って稼ぎをパーにするの?」

「うるさいなぁ、そうだよ、自分で借金返済するんだからいいじゃん。兵器なんて実戦投入してなんぼだろ? 臨床実験が戦場みたいなもんだからさぁ、大目に見てよ」


 カーチレの嫌味に開き直るように弁明を開始するコニー。


「で、その新兵器を使うとどうなる予定なのでしょうか?」


 茅影の質問には正確に答えろという凄みがあった。実際にコニーの実験が失敗して地図から高低差を書き換えなければならない紛争地なども過去には存在したほどだった。パーチャサブルサービスに今の所、直接的な被害は出ていないが、有能な兵器が必ずしも利益を与えるとは限らない。それこそ、ただ恐怖だけを植え付ける兵器は憎悪しか買わないのである。

 コニーは顔の表情を若干引きつらせながら申し訳なさそうに喋り出す。


「えっと……対ラクランズを想定した……」

「で、爆発するんですか?」


 コニーは遮る茅影の圧力に言葉を詰まらせる。

 誰もが茅影同様に視線だけで同じ質問をしていることがわかる。


「……します」

「それじゃぁ、取り敢えず俺が前線をこじ開けますんで、後はソフィーさんと茅影さんを包囲網の外に送るように俺とカレンちゃんの部隊が援護します。で、いつもの感じでいいですかね?」


 コニーの返事に間髪入れずカーチレの作戦案が出される。

 みなが頷くのを確認するとソフィーがため息をつきながらコニーに向き直る。


「お留守番、よろしく」

「えっ、嘘、だって。待ってよ、みんなぁ~」


 コニーを置いてそれぞれが改めて配置へ走り出す。そして、カーチレが船上から戦鎚を掲げながら飛び降りていった。後に続くようにカーチレの部隊が降下していく。鈍い打撃音と高い破壊音が金属を粉々にしていくのを全員に理解させる。ラクランズとパーチャサブルサービスの戦いが始まったのだった。


◇◆◇◆


 地下五階。施設的にも折り返し地点。逐一一定数のラクランズと衝突はしたものの、誰もが予想していた大規模戦闘は全くなかった。これには拍子抜けであり、当初の予定通り、ここまでを一日の最後の探索とし、休憩に入ることになる。

 リディアからの連絡である。


「お疲れ様でした。下へ続く隔壁に何か異常があれば即座に連絡します。次の作戦行動までその場で六時間、ゆっくりとお休みください」


 食事や睡眠を含めての六時間である。全てのフロアに移動する際に隔壁や階下の温度や監視の調整で約一時間の休息時間はあったが、この六時間で満足な回復が見込めるものではない。とはいえ、ないよりはあった方がいいのは間違いない。

 問題があるとすれば、地上に帰還することなくこの場で待機ということである。ラクランズが食料と寝袋を用意していたので問題はないが、パーチャサブルサービスの社員からすれば、これは上でも別の思惑の作戦が実行されているのではないだろうかという憶測をするに足る内容でもあった。つまり、陸を追い出すまでは逃さないという意味もあるだろうが、それ以上に、別働隊が仮にその任務を遂行、成功させたとしてもこの密室空間から逃さないと捉えるべきだということである。

 それに対してパーチャサブルサービス側もこうなった時に自力でなんとかできる可能性が高い、戦力としては社内随一の人材を送り込んではいる。


「うまくいくんかねぇ」


 そんな中でただ一人、マーキスはこの作戦の行く末に自身の手持ちとなる報酬の心配をしていた。潮時だとはまだ考えていない。しかし、今回上げる利益が本当に自分たちの懐に全て入るのかがわからないのである。そんなわからないというのはある意味当然のことだが、マーキスは入隊してこの中でも古参であること、何より年長者としての経験者がある故に今回の展開が蚊帳の外のような気がしてならないため不安を抱えているのである。

 蚊帳の外であることそのものは問題ではないのだが、どう蚊帳の外だったのか知らないことが問題なのである。


「さぁ、見張り交代で睡眠とるぞ」


 不安な空気を感じさせまいと、そして自身の気を紛らわせる意味も兼ねてマーキスは部下に声をかけるのだった。


◇◆◇◆


「随分と娘さんを信頼されているのですね。本題の現場の指揮権を任せてしまうとは」

「そちらこそ、僕が想定しうる最悪の事態を実行されるとは、正直驚いています」


 央聖が茅影を見送った応接室には現在、央聖とラクランの二人がテーブルを挟んで座っていた。

 つまり、つい先程のコレットとの会話もこの場で堂々と行っていたのである。


「お金のためです。このぐらいの橋は渡ってみせますよ」


 央聖の状況が理解できていないと言わんばかりの言葉にラクランはうっすらと笑いながら質問する。


「それにしても、随分とハッキングに長けた方がそちらにはいらっしゃるんですね? ぜひ、その方から授業料を今度いただきたいのですが、ご紹介いただけますか?」

「ハハハッ。私も最近まで彼女がそこまでハイスペックなことを知らなくてですね。戦闘能力や事務処理と言った面で重宝していたのですが、正直、ここまでできるなら今後も活躍の幅を広げたいと思っているほどですよ」


 そう、この地上での抗争が勃発する最大の原因はパーチャサブルサービス側がダッシュ社のサーバーに侵入し、そこから個人情報を即座に盗んでしまったことにある。そして、これができるということに対する認識の差が二人の考えの違いを生んでいる。央聖からしてみれば茅影の他にも優秀な情報収集者がいたという程度のことである。しかし、ラクランからしてみれば過去の一度も侵入を、情報の漏洩を許したことのないダッシュ社からデータを奪ったことが問題であり、更に言うならば、それができるならば、すでに央聖側が勝利条件を満たしていると言っても過言ではないのに、煩わしく確認作業を行うために街に出ようとしているのである。そのぐらいここでは戸籍の情報は機密性の高い情報であり、オーストラリアの裏の部分をさらけ出す問題なのである。ラクランがここへ来たのもその確認であり、最悪の場合は下手に出ざるを得ない状況だと判断してのことだったが、なぜか事態が進展していない、杞憂の状態なのである。

 だからこそ、互いに何もすることがなくこうして拮抗した状態が、気まずい状態が続いていたのである。


「その時は、ぜひこちらにもお願いします」


 ラクランは自分が何を見落としているのか、必死に考えるのであった。

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