第四十七筆:10429-11
部隊編成は揉め事なく驚くほどに早く終わった。それぞれの陣営が混同することなく、ラクランズを連れている、それだけだったからだ。干渉することで生じる貸し借りや摩擦が容易に想像できるからこその対応だった。
つまり、友香、タチアナ、アリス、ラクランズの代表としてポーラの一チームを除くと後は全て央聖率いるパーチャサブルピースの部隊ということでもある。
「よろしくお願いします」
タチアナたちの部隊の中で最も話し合いが、会話を冷静に行える人間がタチアナと判断されているのか、それとも年長者の風格か、パーチャサブルピースの部隊長たちがタチアナの元に来ては軽い挨拶をしていく。一部隊、ラクランズ一体を含めて七人で構成されており、それが四部隊用意されたのがパーチャサブルピース側の部隊だった。それぞれ、マーキス、ミルドレッド、ケイデン、ユーインが率いている。まだまだ人員を余らせている央聖側だが、それは後に合流する他の部隊長クラスに率いらせる予定で待機させているらしい。つまり、央聖は第二陣を投入すべく自身の部下をここオーストラリアに集結させているのである。自身の身動きが早く取れるようにという処置だろうが、傭兵部隊全てがここに集まれば、場合によっては一国の軍隊など相手にならないぐらいの戦力が期待できるだろう。同時に、タチアナ側の力も抑え込ませられることになる。なにせ、こちらの戦闘力は高かったとしても三人である。友香は逃げ切れるだろうが、第二、三陣と投入されたら地下空間で敵軍に囲まれ孤立することは必至だった。だからできるだけ早くタチアナたちは地下研究所を攻略する必要があった。とはいえ、冷え切った階層をある程度温めてからでないと先へ進めないという問題がある。もちろん、無理矢理にでも進むことは出来るだろうが、先へ進めば進むほど恐らく活動限界を早めるだけになってしまうだろう点がネックであった。
五個の部隊に分かれているのは実は偶然ではない。ラクランズは数がいるため本来ならばもっと多くの部隊を投入することも可能であるのだ。それをしないのは中での混戦を防ぐことと、それぞれ階層へつながる移動手段が中央のエレベーターと四隅の階段であるからである。各部隊はそこを中心にかち合わない程度の捜索を繰り返しながら徐々に地下へ下っていくのが本作戦の基本となっていた。
とはいえ人数を制限したことによる弊害として地下研究所はキャンベラという国そのものの下に大きく作られているため時間がかかるため長期戦が予想される内容となった。
「それでは入り口へご案内します」
周囲が落ち着きを見せたのを確認するとラクランがダッシュ社を出ようとする。それに後に続き各部隊は友香を先頭に研究室入り口へと移動を開始するのだった。
◇◆◇◆
「クソ親父がいる……だと」
純からパソコンのメール画面を見せられた紘和の第一声だった。
「これで一安心だろ?」
「一安心? 何がだ」
「だって、ゆーちゃんを止められる手札が増えた訳だろう? お前の親父というかパーチャサブルピースの社員が。それに央聖って名前に条件反射しただけでどうせ最後まで読んでないだろうから言うけど、ラクラン側とも一応共闘してるらしいから、ラクランズも当てにできる状況らしいぞ。つまりみんなで手を取り合ってる状況、言い方を変えるなら三すくみでの監視体制が出来上がってるとも言える」
亮太が見舞いに訪れた翌日の朝から紘和の怒気を孕んだ言葉と純の大したことないと言わんばかりの、むしろおちょくっているともとれる言葉が、ここが病室だということを忘れさせるように飛び交っていた。
「そんなことはどうでもいい。止血をするための包帯があるのにわざわざ焼き塞ごうとするようなことが間違いだって言ってるんだ。そもそもあんな戦争屋みたいなやつの力を借りなきゃならない、いや借りている状況が気に入らないんだ。それにあいつなら絶対神格呪者、合成人、新人類だって兵隊に、兵器に利用できないか考えてるぞ。クソが。今からでも俺が」
「それはダメだ。俺が許さない。この言い分がお前のワガママとは違うことぐらい、察せられるよな」
次の瞬間、ベッドで上半身を起こしていた純が両手を軽く上げているのに対し、紘和が右腕を純の首元めがけて付き出していた。【最果ての無剣】を握り、純の首筋に立てているのが容易に想像できる構図だった。
目をこれ見よがしに見開き、唇を固く結び、まさに鬼の形相で純の返答を待つ紘和。
「どうした、お前の野望はここで俺を殺しちまっても構わないのか、紘和。クソ親父が癇に障るって理由だけで潰えてもいいものなのか」
純は目を細め、それでいて挑発するように紘和の沈黙に答える。
ここで紘和に殺されることはないとわかった上で話していることが傍から見てもわかる余裕がそこにあった。
「良くないから、我慢している。だが、それ相応の理由が欲しい。この気持ちだってわかるだろ、純」
喉から絞り出すように、受け入れがたい事実に抗うように、殺意に満ちた言葉が紘和の口から溢れる。
「理由は三つ。一つはお前のその顔が見たかったから。一つは俺たちがいると事態の収束が早すぎて成長ができないから。そして、一つ、何よりお前を仕上げるため、だ」
紘和に理解できるのは二つだった。一つは純がただ単純にいつものように嫌がらせをしたかったということ。そしてもう一つは紘和と純がいては今回の一件が、つまり陸の元にたどり着くことが容易であり、友香、タチアナ、アリスの三人が戦闘やそれに準ずる現場での経験を得ることができないということだ。では、唯一わからない紘和を仕上げるとは一体どういう意味なのか。正確には紘和を仕上げるために必要な、用意されるべきものとは何なのか。
言葉通りだとすれば紘和自身がオーストラリアでの一件を終えると完成するような言い回しではあるが何によってどう達成されるかは検討もつかない。
「お前のことだからどうせ自分のことしか考えてないだろうっていう観点から教えといてやる。ここで言うお前を仕上げるは、俺とお前との約束に関係することじゃなくて、俺とお前ん所のクソ爺との約束に関係することだ」
「……俺を一人前にするとか言ってたやつか」
紘和は一瞬怪訝な顔をしてから答える。
自分のことしか考えていないという言葉通り、紘和は目的が達せられないとわかった瞬間、先程までの央聖に手を打たない選択を思い出し、いらだちを見せたのだ。
「そう、お前が八角柱の七つの大罪の席に座るってことだ」
「……そういえば、俺が一人前になるってどうやって判断するか聞いて無かったな。奇人、お前あの日、あの人を結局どうやって説得させたんだよ」
紘和は質問しながらその答えがすでにわかっていた。八角柱の七つの大罪、つまり、蝋翼物を所持した最強の称号の他に、国の代表、ひいては世界の代表の一角に席を置くということはその席が空席でなければならない。
加えて、武人である一樹の望みである。
「言ってなかったか? お前が伝説に引導を渡すんだよ。譲り受けるんじゃない、勝ち取るんだ。そうすればお前の正義も手の届くところまで来るんじゃないのか? 少なくとも俺の描いた未来予想図ではそうなってるんだけどな」
紘和は純が一樹を殺せと命じていると理解する。いや、殺させるように一樹が純に命じたのだ。わかってはいたが、実際に言葉にされて紘和は鼓動が速くなる自分がいるのに気づく。緊張しているのではない。昂ぶっているのだ。肉親を手にかけることを心待ちにしているのだ。それは紘和が一樹の最後を看取りたいなどという理由ではなく、単純に一人の武人として生死を分ける戦いをしたかった、そして紘和の描く正義を掴み取るために邪魔だった存在を消すことが正当な理由でできると知ったからである。
それは紘和が純と交わした約束が明確に一歩前進したことを意味した。
「あぁ、もちろん、死合で蝋翼物なんて無粋なもんは使うなよ。正々堂々、奪ってこい。まぁ、それもこれもオーストラリアでの一件をお前が治めることが出来ればだけどな」
純は自分に刃物が突きつけられていない状態になっていることに満足しながら話を続ける。
それは紘和があれだけ目の敵にしていた央聖の一件に目を瞑ってもいいと思えたという証拠でもあった。
「お前は今、戦闘経験を積んで技術、業、そして判断力を培ってきた。後はその復習だ。期待してろよ」
「あぁ」
紘和が発した言葉は短い。それでも今まで以上に確実に前に進めると理解した紘和の顔は薄っすらと笑みを浮かべているのだった。
◇◆◇◆
純は紘和にもっともらしい嘘をついていた。一つは周囲の成長を望む声である。正直に言ってしまえば、純にとって誰かの成長を促すつもりは約束でもしていない限りない。理由はその場、その時々に手元にあるものでなんとかすることに面白さがあると思っているというのが半分、そしてもう半分は、純が自分自身の力をうぬぼれでもなく過信でもなく、絶対的に信じているところにある。つまり、現状、純は自分の力があれば、周囲の成長が望めなくても問題がないと判断しているのだ。より正確に言えば成長を予定している人物たちが計画通りに事を成しているからというところも大きい。つまり、タチアナ、アリス、ましてや友香の成長すら今は十分と判断しているのだ。逆に敵となりうる人間の成長に期待していると言えば、嘘ではないが、ここでそれを口にするのは野暮というものだった。一応怪我人である。全力で紘和の相手が出来なければそれこそ面白くはないのだ。
そして、もう一つは早期決着である。純はロビンソンが敵対する勢力に応じてその真価を発揮できる人間だということを知っている。故に純や紘和といった人間が直接関与した場合、その対応はより厳重なものとなり、純の望むシナリオへもっていくことに手間がかかると判断したのだ。もちろん、関与しているのは必至だからこそ、ロビンソンもそれ相当の対策をすでにしているはずだが、姿をギリギリまで見せないことで現場における抵抗は大幅に減少すると純は目論んでいた。現物を知らないというのはそれだけで不利益であることを戦いを知る人間なら誰でも理解できるだろう。だが、一番は純自身が参加しないことで事態がどの様に変化していくか見守りたいという好奇心の方が強かった。そう、先も言った通り純はうぬぼれでも家臣でもなく自身で全て何とかできると思っているのだ。
だから紘和が苦労をしないようにというための配慮と、どこまでいっても自分のため、面白くなればいいという愉快への貪欲な姿勢故の行為ではあるのだ。
「そういえば、さっきのメールは誰からなんだ?」
紘和の突然の至極真っ当な質問に純は軽く笑ってから答える。
「なんだよ、最後どころか最初から読んでないのかよ。どんだけ自分の気になるところしか読んでないんだ。ていうかそこが普通一番気になるだろう、信憑性という意味も込めて、さ」
「で、どうなんだよ」
純はノートパソコンに向かって先程の情報提供者にメールを返信している最中だった。
「まぁ、アレだな。俺もお前がそこまで見る、いや興味を持つとは思わなかったから見せた訳だし、ここはモヤモヤしてもらうとするわ」
「聞いといてなんだが、リュドミーナ以外にいるのか」
純は紘和の核心をついてやったぞという返事にただただほくそ笑むのだった。
◇◆◇◆
「ふん、前回こっちに来た時は勝手やってた挙げ句、顔も見せなかったくせにどういう風の吹き回しだ。ここ最近は無理にでも避けられていると思ったが……。何用だ、アメリカの坊っちゃん」
「最後にあなたの顔を見ておきたかった。それだけです」
天堂家の一室、一樹が落ち着いて過ごすために作られた離の居間の縁側で一服していると庭の池にかけられた橋の上に突然人影が現れたのだ。
「最後だと? まるでこれからお前かワシが死んじまうみたいな言い方じゃねぇか? それともそういうことかい? だったら……」
一樹はそう言ってキセルを置いて立ち上がろうとする。
「いえ、さすがにここで殺し合いを始めるほど俺は軽率な、いや気が利く人間ではありませんよ」
「……そうか」
一樹は少し残念そうに言うと再び腰を下ろしキセルを口に戻す。普通に考えれば国のトップが、しかもチャールズの方がアポイントなしの接触を図ってきた局面。
一触即発の空気になって、いや確かになりはしたものの、結局騒ぎ立てることなく互いがありふれた日常の一幕のように穏やかな空気を纏いながら相対していた。
「で?」
「いえ、だから先程要件は言い終えましたが」
「そうか」
しかし、要件が終ったにしても両者動こうとはしなかった。
「これはお前からのささやかなプレゼント、だとでも言いたいのか、チャールズ? この死にゆく年寄に少しでもそこら辺の年寄同様の余生を、いや、分相応の行いをさせてやるってぇよぉ」
先に口を開いたのは一樹だった。
「聞きますよ」
「随分上からじゃねぇか。やっぱりここで最後にしてやったほうがいいんじゃないのかねぇ? というよりもワシに相応しいかはお前にどうこう言われるまでもない。だから顔を見に来たんじゃないのか? ん?」
「気分を悪くしないでください。お互い、こんなくだらないことで死ねるほど安くないと自負しているはずですが。それともお孫さんよりも自分を買っていただけている、ということでしょうか」
一樹は返事をせず、煙を吐きながら目を細めてチャールズを睨みつける。
水面を鯉が跳ねるが、チャールズの方は出現した時から姿勢を変えることもなく佇んでいた。
「まぁ、よしとするか」
その言葉に今度はチャールズが若干残念そうな顔をしたが、一樹は敢えて気に留めず言葉を続けた。
「それじゃぁ、お前がワシの話を聞いた上でどうするか知りたいという興味本位で話すとしよう。それこそ長生きした人間らしい年季のこもった小言をご所望なら、のぉ」
一樹はそのまま横においてあった湯呑を一口つける。
「お前が、正義のために、いや、誰かの、何かのために善行を積み続けていることは知っている。そんなお前が今、自分が最も嫌う手段を使おうとしていることをワシに告白した。いや、告白したはおかしな話か。ワシが勝手に決めつけてるだけだからなぁ。だがそうだと決めつけて話を進める、そう決めたから続けると、お前はワシなら何か助言ができると踏んでわざわざリスクを犯してまでここに来たということになるのだろう。それもそうだ、お前は父親から教わるべきことを何一つ教わっていないにも関わらず、ここまで自分の力だけでやってきた、いやこれてしまったのだから。逆にワシから言えば、よくここまで誰にも頼らずできたものだと正気を疑うものだがな」
一樹はチャールズの顔色を伺うが特に変化はない。
「だからこそ、ようやくスタートラインに立てたのではないかと思っている。汚い手を使うことを覚え、それでいて葛藤を続け、そして、ここに来た。だから、このワシを選んだことに敬意を評して教えてやろう。いや、互いに孝行できない存在の代理を演じよう」
一樹はそこでわざとらしく間を空ける。
そして、ゆっくりと、はっきりとチャールズに伝える。
「お前は間違ってない。信じろ」
鯉は跳ねていないが水面が波紋を描く。
「あなたに会うことを選んで、よかった」
一樹の前からそれだけ言い残し姿かたちを消してしまうチャールズ。そして一樹は思うのである。
どうして、敵と見定めている存在に結局檄を飛ばしてしまったのかと。
「やっぱり歳……かのぉ」
一樹はチャールズにかけた言葉が間違いでなかったと理解していた。しかし、その言葉を投げかける義理はなかった。では、なぜそんなことをしたのか。その答えは一樹自身が己の死期が近いことを悟ってしまったことと、かつて八角柱を、第一線を共にしたトムに対する敬意に近いものだった。無論、死ぬつもりがあるわけではない。加えて、トムと仲が良かったわけでもライバルだと思って過ごしていた時期があったわけでもない。ただ、第三次世界大戦を経て個の力を認める存在ではあった。一樹よりも若くして武を極めた天才にして、一樹よりも若くして病に勝てなかった永遠の最凶。そう、八角柱の性質上、戦渦でもなければ決して全力で戦うことはない。第三次世界大戦では残念なことにサシで戦う機会はなかった。それでもトムが強者であることは刃を交えればわかることだった。故に、最も戦いに焦がれ、本気で競うことすら叶わなかった存在。先に死なれたことで白黒つける機会を失ってしまった存在。
そんなトムに少しでも貸しを作るように、一樹はチャールズの背中を押したのだ。
「よっと」
一樹は縁側を離れ、居間の掛け軸の下に飾ってある愛刀、骨刀破軍星を手に取る。そして、ゆっくりと先程までいた場所に戻り、庭に出るために置いてあった外靴を履き、先程までチャールズがいた池の橋の上まで歩いていった。そして、無音が支配する空間を鹿威しの音が響き渡る。しかし、その音を聞いたのはこの瞬間、一樹だけだった。それはいつの間にか抜かれていた骨刀破軍星が描く音速を越えた鹿威しを包む軌跡によるものだった。生じた風圧は外壁を切り裂き、地面に爪痕を残す。
周囲に響く風の轟音だけが天堂家に何か異変があったことを周囲に伝える。
「ワシを差し置いて楽しく寄り道しているようじゃが、ワシだってまだまだやれることはある」
夜空を仰ぎ、一樹はつぶやく。
「昂ぶるのぉ」
来るであろう焦がれた戦いに一樹は一人、思いを馳せるのだった。
◇◆◇◆
「彼女は僕の娘でリディアと言います。僕の研究を手伝ってくれる優秀な助手であり、この研究施設の管理人の一人としてここで働いています。妻なき今、僕を精神的にも支えてくれる最愛の家族の一人です」
「初めまして、リディア・ロビンソンです。全力でサポートしますので、今日はよろしくお願いします」
地下研究室に繋がる地上の研究棟の一室。一回り小さく見える女性がモニターから顔を離して立ち上がるとその場でペコリと挨拶をする。
外見に若干驚きを見せる者もいるが、よろしくと挨拶を返すとそのまま皆興味関心は残しつつもラクランの方に向きを戻す。
「別の場所に僕の息子でリディアの兄であるカレブがいます。主に研究の成果を拡散、周知するために尽力してくれているもう一人の大切な家族です」
ラクランの家族構成は秘匿性が高いものではない。家族ぐるみで研究を支え合っていることはもちろん、リディアを産んで二年後に発明の母と実際に呼ばれていた妻、マデリーン。ロビンソンを亡くしている。当時、ラクランとマデリーンが結婚した時はマデリーンの方が女性であるということ以上に、様々な機械の飛躍に必要な基礎に対する論文を次々と発表していたことで有名だった。ラクランも匹敵するぐらいの実力はあり、その二人が結婚したので世界的なニュースになったのである。加えて、彼らの功績をたたえてオーストラリアは多大な出資をしていた。故にマデリーンの突然の病死は世界中を、そしてオーストラリア国民に涙を流させたほどの出来事だった。そして、それを機にラクランの才能が開花し、三大兵器を始め、約百年の文明の、機械の繁栄を手繰り寄せたのだ。
故にラクランが妻の紹介をしないことに疑問を抱く者はいなかった。
そして、口にはしないがマデリーンという存在が、ラクランにとってどれだけ大切な存在だったのかはその功績から伺い知れるものがあり、誰もが他人事で触れていい内容ではないことを把握していた、ということである。
「それでは地下一階から気温などの調整を行っていくので、各自、早速配置に着いてください」
何か綿密な打ち合わせがあったわけではない。しかし、個々の力を信じた上での臨機応変にある種の信頼をおいて、そしてそれぞれの思惑を胸に陸掃討作戦が開始された。
◇◆◇◆
「マーキスさんはどう思います? 例のラクランズから反応が、応答がなくなってるって話」
「九十九ってやつが破壊した結果……だと思いたいなぁ」
「やっぱり、そうなりますよねぇ」
マーキスとケイデンは入り口よりも奥の隅の階段を中心に行動をするため、中央のエレベーターを過ぎてから二人の部隊だけになっていた。そして、先程の言動は部隊の構成決めをしている時にラクランが伝えた、事実だった。聞いた言葉をそのまま言えば、回数を分けてラクランズを奇襲に向かわせているが、一体も帰ってきていないということだった。ラクランズから発信される信号、映像も途絶え恐らく返り討ちにあったと推測されていた。しかし、二人の予想ではそんな生易しいものではないと判断していた。
後ろからついてくる部下たちも二人の予想に、顔を曇らせる。
「事実だけを述べていたから間違いはない。ただ、新人類、合成人の力ですでに人間のできる範疇のことを越えている。そこにきて今度の相手は神格呪者だ。別格も別格で想像を軽く越えてくるのは当然だろう」
「あの戦闘経験のなさそうなお嬢ちゃんにブルっちゃいましたもん。アレはヤバイです」
「お前のそういう正直なところ、悪くはないと思うがプロとして雇われてる以上、できるだけ弱気な発言はするな。ただ、プロだからこそ仕事はこなせ。そして報酬は受け取れよ」
ケイデンはマーキスなりの檄だと判断し、親指を立てる。
「そして、今回のターゲットである九十九の神格呪者としての力は、旦那が言うには思い描いたものを現実化できる上に不老不死……って言葉にするだけでもヤバイが前者にはなんだか制限があってよっぽどのことはできないって言ってたけど」
「絶対、ラクランズ、乗っ取られてますよね? 正直、不老不死が可愛く見えるぐらいにヤヴァいですよね、その妄想実体化能力。制限があるっていわれても実際勝ち目、いや、足止めできるんですかね?」
「やるしかない。それにあくまで最悪を想定しての出来事だし、遭遇する確率は五分の一だ。そこは祈れ」
「だ、そうだ。今日はボーナスに期待せず、順当に稼ぐぞ、お前ら」
今度はケイデンなりの気配りで部下を鼓舞する。
それをわかってか少し気のない返事がおぉと施設に反響する。
「それじゃ、ご武運を、マーキスさん」
「お前もな」
こうして二人の部隊はそれぞれの定位置へと移動するため二手に分かれたのだった。
◇◆◇◆
「さっきから考え込んでどうしたんですか、タチアナさん」
中央エレベーターにスタンバイした友香たち。待機時間を団欒で過ごすほど仲が深いわけではない。だが、仲間であるという意識が強かったわけでもなく、ましてや作戦を決行する前だからその無言でいる時間に居心地の悪さを感じていたわけではない。だから手持ち無沙汰にブラブラその場を行き来したり、準備運動のように手首の関節を回しているだけのことに関心は引かれない。
つまり、友香はなんとなくその動作をしつつも、違うことを考えているようなタチアナが気になって話しかけたのである。
「そう、見えますか?」
タチアナは少し驚いた様な顔をして友香の方へ振り返った。
「なんとなく、ですけど」
友香の言いたくなければ言わなくてもいいという気遣いを感じつつ、タチアナは言うべきか悩んでいた。今、タチアナが考えているこれは口にしたところで根拠はなく、解決しないからである。ただ、知っていたはずなのにラクランの口から出てきた言葉からにじみ出る何かが、タチアナの中で確実に嫌な予感へ結びつけたのである。それはタチアナが結果として今までこの物語が始まってずっと全ての事件に関わってきたからと言っても過言ではなかった。
経験が培う予想、それが未来予知のように変わったのがここで言うところの嫌な予感である。
「みなさんは、今回の一件、どうなると思いますか?」
タチアナは友香の質問を若干濁しつつ、それでいて自身の疑問を吟味するためにその場にいるメンツに答えを見つけるキッカケが得られればと問いかける。今回の一件についてどう思うかではなく、どうなるか、と。
まず始めに口を開いたのは意外なことに、ラクランズのポーラだった。
「みなさんのご活躍を考えれば、経緯はどうあれ今回の一件は無事に解決すると思います。つまり、九十九陸をオーストラリアから追い出すことができると思っています」
タチアナは至極当然の結果を口にしたと思った。それが最適解を導き出すラクランズとしての単刀直入な意見なのか、それともラクランに指示された、もっと嫌な言い方をすれば経緯はどうあれと言う保守的な言い回しがラクランを守るように動いているかのように見えた。
そう、戦いが劣勢になるのかどうかではなく、どんな結果がこようともラクランの内に秘めた作戦が成功すると言っているかのように聞こえたのだ。
「私は、九十九を殺す」
殺すという二文字が発せられた低い声が殺意と憎悪のこもったことを明確にし、聞くまでもない問いだったとタチアナに後悔させる。少しだけ期待はしたが、それでも今となっては昔の影を見るまでもなく、復讐に囚われている様に感じた。
最後に、もっともタチアナが解答に期待を寄せているアリスが質問に答える。
「私は……そもそもこの戦いにいろんな人の思惑が複雑に絡んでいるのではないかと思ってしまい、素直にどうなるかと聞かれてもわからないと答えざるを得ないです」
皆の視線を一身に浴びながらアリスは続ける。
「ただ、それはどんな場面でもありふれているというか……でもこう前にも似たようなと言うんでしょうか、そんな気がする、展開が待っているような気がするんです」
タチアナはこの場にいる誰よりもアリスの言いたいことをなんとなく理解していた。何となくというのは何がどう既視感を感じているのか明確に言葉にできないが、確実に似たような再現をさせられているという感覚があるということである。手のひらの上で転がされているわけではなく、用意された舞台で役割を与えられ、再現性を求められているような感覚。
あまり差のない表現だとしてもタチアナにとって納得のいく表現が後者である。
「それで、結局、タチアナさんは何を考えて、どうなると思っているのですか?」
全員がそれぞれの考えを口にしたところで、話を促させた友香が再度、タチアナの考えを聞こうと促す。
「私もアリスさんと同じようなことをもう少し具体的に言葉に出来ないかと考えていました。なんだか、また一癖ありそうなドラマの中に放り込まれているような感覚というのでしょうか。先程、ラクランさんの家族構成を聞いた辺りから不穏な、何かモノローグのようなものに触れてしまったような感覚になったのです」
タチアナはできるだけ言葉にしようと心がける。
それでもふわっとした表現だと感じているだけに説得力にかけていることは重々承知だった。
「それはいつものように幾瀧さんが裏で糸を引いているような不安が、悪意が肌に感じられるという意味ですか? それとも九十九がまたここで何かを奪って私たちから逃げてしまうという意味ですか?」
実際、そうともとれる言い回しに若干苛立ちを見せた友香が突っかかるように質問する。
「そう、ではないのです。何かはわかりませんが、条件が満たされ、これから私たちがその条件により発生する何かに意味を持って関わらさせられる感覚といいますか……少なくともこの嫌な予感は九十九さんや幾瀧さんは関係ないと思うんです。じゃぁ、誰が筋書きを立てているのかと言うと、誰でもないと言いますか」
「その予感が経験則からくるものだということはわかりますが、これ以上は話が進展しないと思います。何より、経験則や実例を前に予測し、予知したものとは違い、ひどく曖昧なものであるため、ここは一旦、そういうものがあるかもしれないと留めておくことで解決としませんか?」
ポーラはもっていた懐中時計を見せながら、じき作戦が始まることを示唆させ、議論の中断を、友香とタチアナの仲裁に入った。
二人とも意図するところがわかるのか、懐中時計を見た瞬間に顔つきが引き締まったものに変わる。
「そう……ね。杞憂であることのほうが確率としては高いだろうし、今は作戦の成功を、九十九さんを捕まえることだけを考えましょう」
「えぇ、今度は邪魔者の幾瀧さんもいませんからね」
タチアナとアリスはやはり根に持っているのかという視線を向け、このしこりが改善されないことを考えながらエレベーターに向き直る。そして、作戦開始、地下一階への一回目のアタック時刻ぴったりにエレベーターが開く。
大きめの機材を運ぶ役割も兼ねているため内部は広い。
「行くわよ」
友香の号令に全員が頷き、エレベーターに乗り込むのだった。
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