第二十五筆:不思議も不思議。事態は勝手に歩き続ける!
昨日の今日で旧王立海軍大学の地下にある会議室に再びそれぞれの勢力が、雇われ部隊が顔を合わせていた。最も各勢力の代表者に大きな変化が見られている。イギリスの代表はヘンリーのみ。前回同様お誕生日席に座っている。パーチャサブルピース側は前回と違い社長である央聖が一人参加している。対する日本側は純と瑛の二人だけになっていた。
そして、何も変わっていないのは一人だけで参加していたロシアのタチアナだけだった。
「昨日の襲撃を受けて各自から今回の場を設けるように要請があったから開かせてもらったわ。そして、昨日は救援ありがとうね、タチアナに……ソフィーにも伝えていただけると嬉しいわ」
ヘンリーの礼にタチアナと央聖が軽く頭を下げ、協力する上で当然のことだといった風を装った。そう、近くにいたロシア勢は総勢で、事態を把握したい央聖はソフィーをヘンリーの元へ救援に向かわせていたのである。ただ、現場に駆けつけた二組とも本当にただ駆けつけただけで、ヘンリーは一人で襲撃した新人類十人全てをすでに片付けていたのだ。そして、その死体の中には見覚えのある顔もあった。
故に、ロシア側は敵勢力図の確認を、パーチャサブルピース側は疑惑の追及のためこの会議を要請したのである。
「それじゃぁ、早速だけども今回の本題にあたると考えられるパーチャサブルピース側の疑念を晴らしつつ、敵勢力図の確認をしたいと思うけど、構わないかしら?」
タチアナ、央聖に目配せをし、最後に純の方に顔を向けるヘンリー。
それに対して純は親指を立てて了解の意を示した。
「では、早速、内通者の存在について話したいと思うわ」
誰もが襲撃のタイミングの良さから疑っていたこと。
同時に純と友香が知っていた、ヘンリーと新人類との関係性に対する疑惑。
「残念なことにデニスはすでに他界していたようね……結論から言えば少なくとも二人、デニスに成りすました新人類がいたという話なの」
ヘンリーの救援に駆けつけた者達が見た死体の中にあった見覚えのある顔。床に転がっていたのはデニスの顔だったのだ。そして見た者全員が想像したことは二つ。一つはデニスが内通者であったこと。そしてもう一つはヘンリーが内通者であることだった。つまり、前者なら新人類側のデニスをヘンリーがイギリスのために殺したということである。逆に後者ならヘンリーが新人類側、もしくはすでに成りすましの手に落ちていて、事情がデニスに露見して証拠隠滅のために殺したという解釈になるのだ。もちろん、多くの者は前者であることが前提で後者を最悪の場合と考慮し、事実、ヘンリーの弁明を形式上聞くことにしていた訳である。そして、その答えが先程の成りすましによるデニスに扮した新人類が二人潜入していたという解答だった。二人という点に引っかかりを覚えないのは今回でいうと先日の移動中の襲撃を経験している純たちだけだが、それがかえって信憑性を持たせる。
なぜなら最初から隠し立てをしていないと、その他の陣営からは今後受け取ることが出来るからだ。
「一つ聞きたいんだけどさ」
そこに疑問を投げ込むのが唯一状況を正確に把握できている純だった。そう、純には友香から仕入れた、頭部の傷からデニスがそもそも新人類であり、その本人を昨日この会議室に入る前に純からヘンリーが庇ったという一つの事実を取り敢えず持ち合わせているのだ。
この疑惑を追求することで何か鮮明になることがあるはずだった。
「デニスが成りすましだったという証拠はあるの? 少なくともあんたは昨日の時点ではそれを否定していたわけだろう?」
しかし、純の指摘はそんな疑念ではなかった。
議題に上がっている内容だけでヘンリーに疑いの目を向けたのだ。
「アタシを疑ってるの?」
「いや、単純に昨日の戦いで面白い新人類にあったからそれを伝える前に、余計な情報が邪魔しないように聞いておきたかっただけですよ」
相手を馬鹿にするようないわゆるなめた態度で右手を差し出すようなジェスチャーを入れ、ヘンリーの疑われたことに対する苛立ちの言葉に反応する純。
「デニスの死体が本人であるか、成りすましであるかの証明はおそらくできないわ。まず、アタシ達イギリスは成りすましの新人類が死んだ時の状態がどうなるのか知らないわ。だからこそ、ここではデニスがデニスとして裏切っていたのか、成りすましの誰かだったのか……アタシが殺したデニスが何なのかはわからないわ」
「じゃぁ、どうして成りすましだと判断したのでしょ~か」
純はヘンリーの意見を煽るように疑問を重ねる。
「デニスは私を裏切るようなことはないと信じているからよ。だから新人類を引き連れて私のところに来た成りすましに聞いてやったわ。デニスはどうしたのかって」
一拍置いてヘンリーは言葉を続けた。
「本物がいたら困ると答えたわ。お陰であのざまよ」
あのざまとは現場の凄惨な光景のことを言っているのであり、それだけ怒りに身を任せたことを強調したかったのだろう。ヘンリーは目を伏せ、悔しそうに下唇をかんでいた。
しかし、瑛以外の人間からヘンリーの姿に同情しているような態度を示す者はいなかった。
「で、話を進めよう。俺達は昨日、幻覚っていうそちらからの情報に載ってない新人類と邂逅したんだよねぇ」
どんどんと言葉が砕け始め、雄弁に語りたい感を出し始める純。
「そこで今度はこの場にいる皆さんに質問なんだけど、本当に昨日遭遇した新人類は、対処できたの?」
その質問が何を言いたいのかはこの場にいる全員が理解した。
その上でヘンリーが皆を代表するように重要な質問をした。
「幻覚って、アタシ達が昨日やった戦いそのものが幻覚だという可能性もあるといいたいの?」
「流石話が早い。まぁ、ヘンリーにはデニスが成りすましではなく幻覚の、幻視の可能性だったか答えて欲しかったけど、広げて答えるならまさにそこだよね」
純は楽しそうに言葉を続ける。
「幻覚をどのレベルで誘発できるやつがいるのかは現状、直接相まみえるか、本人の口から聞くしかないだろうけど、昨日のやつは幻視と幻聴が使えるみたいだった。お陰でいっぱいくわされかけた……なんて話も実はデニスがどうこうも本当はどうでもいいんだよね。今俺達が相手にしている敵は成りすましと幻覚という、最悪の能力を使える集団だってことさ」
誰もが純の言いたいことを理解している。
「つまり、今この場の誰が信用できるだろうか」
しかし、それを言葉にしてしまうということは誰もがためらうものだった。疑心暗鬼。疑う理由を言葉にすることでそれはより他者を疑うことに拍車をかける。純を除いたこの場の誰もが視線を巡らせていた。
そして最後には純にその視線は集まった。
「その情報を共有できたことは確かにありがたい。しかし、この場に広がった疑いの目を創り出したことに、少々の疑問を感じるのだが……そう不安を煽る意味だ」
皆の注目が純に集まっていること。
猜疑心を煽るような言動が、そのまま疑いの眼差しに変わっていると央聖は言いたかったのだ。
「……疑うということはその疑われる人間を信頼していないからだと、世の中はその責任を必ず他人になすりつける。保険をかける、別の方法を考える選択肢がいくらあろうと、疑っていた対象次第でそれすら放棄する。何が言いたいかわかる? 要するに疑ってる時点で己の器の大きさが図れるって話だよ」
「いや、幾瀧。それさっきまでデニスがどうこう言ってたあんたが言うの?」
静寂。
ゆっくりと純は瑛の方へ目線だけではなく顔を向ける。
「いや、篠永さん、それ言っちゃう? 今どう考えても俺気持ちよくなってたじゃん。え? いやいやいやいや、篠永さん以外が言うならまだ応戦の仕様はあったんだけどなぁ……」
後頭部を右手人差し指で掻きながら明らかに毒気が抜かれた様子の純。
「何、私なにか変なこと言ったの?」
「変なことは言ってないよ。むしろ正論パンチってやつだね。つまり、俺が言いたいのは……空気を読んでくださいってこと」
純はため息をつきつつも場の空気が幾分緩んだことを察していた。それは脱線しかけていた話をしっかりレールの上に戻すにはいいタイミングでもあった。それがわかっていたのだろう。やれやれと言った顔で勢いのそがれた顔を純はヘンリーに向けて話の主導権を譲ることを目配せする。それを受けてヘンリーは周りに視線を向ける。
タチアナも央聖も何も言わず進行を優先することを沈黙で答えた。
「それでは、少し話はそれたけど、要するに敵はこちらの内情を、昨日時点までのことを詳しく把握しているわ。一方の我々はどこかに隠れ潜んでいるジェフの行方、新人類の本拠地すらろくにわかっていない。正直、全てが後手に回っているのが現状だわ。新しい能力を備えた新人類も登場して、下手をすればこちらの劣勢すら伺えるのが現状よ。だからこそ、アタシ達も昨夜の襲撃を受けて少し手を取り合って行くべきだと思ったわ」
ヘンリーの意見にうなずくのはタチアナ一人だった。つまり、央聖と純は何の反応も示さなかったのだ。ヘンリーはそれをイギリス側に対する不信感からくるものでも、ましてや日本という立場からの嫌がらせでもないことはわかっていた。それは今日この場に集っている人間に戦力を感じないことが原因だろう。
それは自分たちの手札だけを信じて、周りには興味が無いということ。
「心配には及びませんよ。そろそろ私の部隊が社の威信をかけた報復を始める頃でしょう」
協力的でないということは最初からわかっていた。
だからこの会議では多少の確認さえ済んでしまえば後は開戦を宣言するだけのものだったということを。
「当初よりも全力でサービスさせていただきますよ、ヘンリーさん」
「彼らの所在がわかったのですか?」
「だから動いた。そういうことですよね」
央聖が言葉を向けたのはヘンリーにではなく、純にだった。
「早いもの勝ちですからねぇ。どっちが多くを殺せるかって。まぁ、こっちは大物狙いなんでそちらとかち合うことはないでしょうけど」
央聖の挑戦的な言葉に純は受けて立つと言った態度を見せつける。そしてその言葉を裏付けるように地鳴りがする。イギリス側の攻撃が、パーチャサブルピースの兵力と紘和達の襲撃が始まったのだった。
◇◆◇◆
「さぁ、仕事の時間だ。販売促進、頑張るぞ」
昨日の紘和にやられたことを感じさせない回復力で戦線に復帰していたマーキスの鼓舞に大勢の声が続く。マーキスは部下を十人と百体のラクランズを従えて央聖に指示された場所、何の変哲もないオフィスビルの前に到着していた。
あたり前のことだが周囲はその異様な集団の出現にこれから起こるであろう事件に色めき立ちカメラや携帯を構えたりしている。
「ちょっと、困りますよ。今すぐやめていただかないと警察を呼びますよ」
さらに当然のようにビル勤務の警備員が出てきて集団の先頭に立つマーキスの元へと注意喚起をするために動き出した。
しかし、それを無視してマーキスは歩きだす。
「旦那の命令に忠実な我々はパーチャサブルピース。誰かの平和を守るためのその兵力を売っています」
パーチャサブルピースという言葉を聞いて警備員の足が止まった。警備員だけではない、野次馬の色めきだった雰囲気も一気に熱が冷めたのがわかった。パーチャサブルピースという会社名を聞いて誰もが脳裏をよぎるのが、勝利という平和をもたらす雇われ戦争屋である。こんな商売が成り立つ世の中もおかしいが、何より今まで恨みを買ってもそれすら一蹴してきたという会社の歩みが、戦争屋としての存在感を際立たせていた。だからこそ、マーキスたちが対象にしたオフィスビルへの不信感もその瞬間募る。
とはいえ、みな蜘蛛の子を散らすようにその場から退避するほうが早かったのだが。
「皆様も平和が欲しければお金で買ってみませんか?」
その言葉を合図にマーキスの後ろからラクランズが飛び出した。
◇◆◇◆
「イライラするわ」
ミルドレッドはマーキス同様十人の部下と百体のラクランズを従え、マーキスとは違うオフィスビルの前にいた。鼓舞するわけでもなく昨日の敗北を愚痴りながら正面きって堂々と歩き続けていた。警備員の制止を無視して、止めに向かってくればこれを足を挫くことで行動不能に追い込んでいた。
そして、自動ドアを抜けると声を張り上げた。
「私達はパーチャサブルピース。誰かの平和を守るためのその兵力を売っています」
全身を飛び道具で武装したミルドレッドはマーキス同様の売り文句で開戦を宣言する。
「皆様も平和が欲しければお金で買ってみませんか?」
ミルドレッドのダッシュを合図に部下とラクランズが続いた。
◇◆◇◆
「おぉせいのぉ、息子ぉ、ここに来るぅ?」
「運が良ければ会えるかもしれませんが、それよりもお仕事を頑張ってくださいね」
「皆殺しぃ、証拠隠滅ぅ、世界が平和ぁ」
「生け捕りにして欲しい人は私が言いますので、それだけ護ってくださいね」
「わかったぁ」
マーキスとミルドレッドがオフィスビルを襲撃する中、カレンとソフィー率いるラクランズ三十体の部隊は町外れでひっそりと可動している大きな工場プラントの前にいた。こちらの部隊編成が少ない理由は至極単純で戦闘能力だけで言えば他の二部隊をカレンとソフィーだけで圧倒しているからである。
しかし、制圧を目的としているならばある程度の人手が必要ということでこの人数となっていた。
「私達はパーチャサブルピース。誰かの平和を守るためのその兵力を売っています」
工場の正門が音を立てて開いてる最中にソフィーは戦闘開始の前口上を始めた。
「皆様も……」
「平和ぁ、お金でぇ、買ってねぇ」
カレンの大声に合わせて一斉に散開していくラクランズ。
カレンも負けないぞといった顔をしながら素早く工場内部へ一直線に駆け抜けていく。
「平和が欲しければお金で買ってみませんか」
小声で早口に棒読みしセリフを取られたことに少し拗ねるソフィーであった。
◇◆◇◆
「一つ、重要だと思うことを聞いてもいいっすか?」
「構いませんよ」
「どうしてここにジェフがいることを幾瀧くんは知っていたのですか?」
梓の当然の疑問が今回の目的である廃工場を少し遠巻きに見ている友香、泰平そして受け答えようとした紘和の思考を硬直させる。なぜならこの疑問に正確に答えられる人間はこの場にいないのだ。
泰平はまだしも紘和と友香が答えるとしても純だからという漠然とした根拠もなにもない返答しか出来ないだろう。
「ん?」
「申し訳ありません、今野さん。詳しくは知らないのです」
キョトンとした顔の梓に申し訳なさそうにしか答えることのできない紘和。
「しかし、情報の真偽を知る人間がこの場にいない、ましてや知っている人間が幾瀧さんだけとなると、今更ながら不安にならなくもないですね」
泰平はそうつぶやきながら明らかに誰もいなそうな廃墟に目を向ける。その行為自体が泰平やしいては梓が純の情報にいまだ不信感を持っていることの表れでもあった。公安に所属している人間に限らず、会って間もない人間のことを完全に信用できる人間などほとんどいないだろう。
ましてや新人類の親玉がいるかも知れないという場所に、命の危険が伴う情報となればなおのことだった。
「気持ちはわかります。どこにも属さない一般市民というカテゴリーの純のあらゆる異常性に不信感を募らせるのは古賀さんたちだけではありません。私達ですら、純は食って掛かりたくなるほどいいやつではありませんから」
紘和は肩を回しながら三人の先頭に立つ。
「だから純の言葉を信じることは自己責任です。そして、私達なら仮に嘘だったとしてもこれから待ち受ける脅威に対処できるでしょう」
紘和は純のいないところで皮肉にも器の大きさを披露することになった。
「取り敢えず、一仕事やっちゃいましょう」
その言葉でスイッチが入ったのか、皆の顔が引き締まった。
◇◆◇◆
話は昨日の襲撃後まで戻る。
「いやはや、ヘンリー様々だね」
襲撃されてしばらく、紘和がヘンリーに連絡を入れると即座に今いるホテルの別室が用意され、事後処理が被害者を置いてトントン拍子で済まされていった。本来であれば、次の襲撃をかわすために拠点を今いるホテルとは別のところに変えるのが無難な考えであるが、返り討ちに出来るという傲慢さと探す手間が省けるという理由でそういう処置をするようにヘンリーに依頼していたのだ。
そして、そんな襲撃にあった被害者にして当事者である純が別室で言い放った清々しい一言が先程のそれだった。
「どうやらほとんど同じタイミングで今回の関係者たちが襲われていたらしい」
「関係者で済ませない。報告は正確にお願いしますよ、紘和くん」
紘和は眉をひそめ横目でチラリと純を睨みつけると関係者の詳細を口にした。
「パーチャサブルピースはソフィーが一人で新人類五人と応戦。ロシア側も同様に五人。そしてヘンリーが一人で十人を殲滅したらしい」
紘和の言葉に純は何かを考えているようだった。
「紘和くん。成りすましや幻覚の新人類は彼らが戦った中にはいたのかい?」
泰平の質問に紘和は聞いた情報を素直に話す。
「いえ、資料にあった人が何人か見受けられたようですが、成りすまし、幻覚に該当する新人類がいたのはこちらだけだとヘンリーは言ってました」
「それって……違和感がないかい?」
「違和感、と言いますと?」
紘和には泰平の言う違和感の正体がわからない。
しかし、紘和の質問に答えたのは梓だった。
「戦力バランスがおかしくないっすか?」
「まぁ、俺の強さや公安が追加されたことを知っていれば妥当だよな。そう、公安のお二人の疑問は当然、というわけだ。戦力のバランスが整いすぎている。相手がこちら側の戦力を把握しすぎている。もっと言えば、イギリス側の内通者よりも俺のことを知った人間が相手側にいる……ってところですかね、古賀さん」
公安組は純の、心を読み取ったかのように正確な洞察力に驚かされていた。しかし、それ以上に驚いていたのは他でもない友香だった。純の強さを知った上で行動ができる人間に心当たりがあるからだ。それに昨日殺せるかどうか聞かれたばかりであったことも考えが即座にできた要因でもあった。
そう、陸が確実に敵にいる。
「まぁ、その通りなんですよ。お二人も聞いたことぐらいはあるでしょう、剣の舞計画」
剣の舞計画。その言葉を聞いた瞬間、公安組の警戒レベルが上昇したことがわかった。数週間前にあった国会議事堂付近が陥没する事件。公にできない内容を、公安も詳しく内容を聞かされずに隠蔽に助力した事件の発端でもあったとされる計画。日本が世界と戦うための極秘研究だと耳に挟んでいたが、内容に不満のあった日本の剣の一人である紘和が反旗を翻したため闇に葬られることになったとされている。蝋翼物を持っているため一人でもその戦力に疑いの予知がなかったため単独犯だとばかり思っていたが、公安組の二人にとってはここで初めて剣の舞計画崩壊に協力者がいたことを知ることになる。
もっとも、今までの行動を見ていた分、驚きというよりかはやはりという感覚の方が強かった。
「アレの協力者がおそらくここでの実験にも関与している。だから旧知の仲でもある俺達のことは筒抜けってこと。まぁ、後は誰にでも平等なつもりの情報屋が絡んでいるから、かな」
「野呂さんがここに?」
「いや、九十九陸がここにいる」
「……誰だい?」
「俺たちを知ってて、この騒ぎを持ち込んだ、日本の剣計画に一枚噛んでいた化物だよ。まぁ、それ以上は知らなくてもいいと思うよ。そちらも上からは教えてもらってないわけだし、何より今回のそちらの紘和監視の任務に関係がない」
気になりだす様に情報を喋りながら核心に迫るところでバッサリと終わらせる純。加えて組織に属する人間に教えてもらっていない、任務に関係ないという文言は実に効果的で泰平がそれ以上質問してくることはなかった。
しかし、目で訴えるようにその場にいる面々を睨みつけてはいたが、何やら公安組と似たように詳しく知らなかった側のようだった瑛が楽しそうに内容をメモするだけで、誰も泰平に詳細を教えようとするものはこの場にいなかった。
「それじゃぁ、俺と篠永さん以外は明日ここに行ってね。新人類を倒してイギリスに恩をうってやろうぜぇ」
地図を広げて目的地を指さしながら純は心にもないことを棒読みで言った。
◇◆◇◆
泰平と梓、瑛が部屋を出ていき、純と紘和、友香が部屋に残った。解散は宣言したが、自然とこの三人が一緒に残ることとなった。
なぜなら、紘和にも友香にも純に聞きたいことが山ほどあったからだ。
「先に言っておくけど、俺だって知らないこと、教えたくないことはあるからね。そして、現地で何をするのも自由だよ。今回の俺はスロースタートだから。あぁ、でも紘和、公安の二人は殺すなよ。ていうか、さっきみたいに自分に酔ってハイになるのは勘弁してくれよ。お前の強みだけど、それをコントロールして初めて強みになるんだからな」
「あぁ」
紘和は純の忠告に短い声で答える。それは友香が知りたいであろう内容に紘和も興味が向いていたからだ。だから、紘和は自身の手番を友香に早く移そうとしていたのだ。
そして案の定、友香はタイミングが来たと言わんばかりに純に詰め寄り質問を始めた。
「会えるの?」
誰に、とは聞かない友香。
「それで、しっかりと九十九を殺して過去の精算を払ってこれるの?」
「それは……話して決める」
「どうも含みのある言い方だよね。俺みたいな人間が言うんだ、間違いない」
純は友香のハッキリとしない態度に違和感を持ち、事実挑発するような問いに返事を返さないことから何かを考えていると直感していた。
「まぁ、いいや。取り敢えずあってきなよ」
それでも純にとっては些細なことと判断されたのかそれ以上友香を探るような真似はしなかった。友香も無言でうなずくとそれきり口を開かなくなる。
しかし、代わりに紘和が純への追求が不十分だと言わんばかりに口を開いた。
「どこまで知ってるんだ?」
「そういう、わかっていることを前提にした問答はすれ違いを生む。今、俺とお前の間でそれをやる意味があるのか?」
純は紘和の質問に質問で返す。先程は友香との会話では見せなかった突き放しようであった。しかし、紘和にも陸と優紀のどちらのことを指していたとしても後に対応できるように友香の質問に純は質問で返し、暗黙を駆け引きとしていたことを理解しているためその点に食いかかることは出来なかった。
だが、またはぐらかされると思っていた内容は、意外にも純の口からスラスラと語られ始めるのだった。
「今回もだが、お前に都合が良すぎるほど展開がスムーズだと思う。だから、お前はジェフやヘンリー、九十九を含めてどこまで今回の騒動を把握していたのか、殲滅が終わる前に聞いておきたいと思った」
「昨日の会議の段階でジェフとヘンリーがグルだということはなんとなくわかってた。正確には友香が見つけたデニスが俺たちが車内で襲われたデニスであった証拠からの邪推でしかないけどな」
一度突き放された上での突然の解答に戸惑いつつも、どうしてそれを昨日の段階で言わなかったのかという顔をした紘和を尻目に純は話し続ける。
「つまり今やってるのは、どちらかが提案した何かしらの策略で、新人類を殺せる力を持ち且つ国家間で絶妙な線引が出来る兵力を戦わせてるんだろうな。黒い粉は、まぁ、九十九からしたらかくまってもらうための手土産か何かだったって簡単に予想できるだろう? 剣の舞計画でも使ってたんだから。まさか、本来は人のトラウマを呼び覚まして能力を発現させるためのもので、蝋翼物、いや、【最果ての無剣】の抽象的な部分の、物語内の悲劇とかには大して効果を発揮できずに、中途半端にまがい物が出来ただけになったみたいだけどな」
純は顔をニヤつかせるわけでもなくつまらなそうに事後報告のように話を続ける。
「九十九の目的が本当にイギリスへの亡命なのか、そもそもイギリスはこの新人類を使って何をしたいのかまではわからないとしても、情報収集のスペシャリストが二人もいれば嫌でもわかることは多い。まぁ、俺を含めれば今回は三人いるわけだしな」
「誰だよ、その二人って。そいつらは仲間だと思っていいのか?」
「一人は敵でも味方でもない真の情報屋を気取ってる。だからやつを使ったという情報はどこかで取引されてるだろうな。もうひとりは……今回は味方でいてくれる予定だ」
「で、誰なんだよ」
「それは教えられない。なぜならお前にこの劇薬を処方するわけにはいかないからだ。言いたいことわかるよな」
紘和は自分が彼らを知った時どの様に利用するか自分のこと故に容易に想像できた。純が利用するほどの人間である。紘和の知りたいことには何でも答えて来られるだろう。故に、その行動が全て自分の足かせを縛る情報となって今後の紘和の正義を達成できなくなると純は言いたいのだろう。
だから、紘和は煮えきれない知りたいという気持ちを押さえ込みそれ以上の質問を止めた。
「あれ、新人類の計画に対しては怒らないの?」
純は以前の紘和なら自分の正義を悪事に利用されたと怒る局面だと思っていただけに拍子抜けだったのだ。
「あぁ、別に構わないだろう。その悪事はどうせお前が茶々を入れるだろうし、俺はこの新人類との戦いで先のステージに行けそうな気がするからな」
紘和のセリフに純は目を見開く。
そしてため息混じりに純は嫌味を言った。
「頼むから、普通に強くなってくれよ」
これで話は終わり、そんな雰囲気が漂う。しかし、紘和はこの純が素直に現状知っている手札を話した違和感を一人考えていた。木を隠すなら森というように、きっと純は話すことで何かを隠しているのだと。それを想像した上で行動する必要があると考えるのだった。
◇◆◇◆
「どうやってあなた達はジェフの居場所がわかったっていうの?」
ヘンリーはイギリスを治めている身だからこそ、央聖や純に遅れを取った事実に驚きのリアクションを示した。しかし、二人はその質問に対して答えようとはしなかった。
そして央聖は席を立つとそのまま会議室を後にしようと歩き出す。
「待ちなさい。まだ作戦は、お互いの戦略を共有しあえていないわ」
央聖はヘンリーの呼び止める言葉に出口を前に足を止めた。
「安心してください。きっと今日で終わります。いや、終わらせてしまうでしょう。我々も忙しい身ですし、何より金にならない平和に興味がない」
央聖の興味の無さが抑揚のない声に込められる。
「だから金のなる戦場にしたら早々に引き上げさせて頂く予定です」
央聖は振り返り、ヘンリーを睨み次に純に視線を向けると憎たらしそうに口元に力を入れてから部屋を後にした。
「覚えておけよ、いつか儲けて仕返す」
そう言い残して。残された四人は互いに顔を見合わせる。
すると純がしびれを切らしてように喋りだした。
「ヘンリーさんも情報、手に入れてるんでしょう? だったらその行為が伝わっている可能性もあるわけです。まぁ、どこまで互いの深淵を覗きあえているのかはわかりませんが、社長さんのあの態度は大方、表面上の理解は得たというところでしょう」
タチアナと瑛だけが理解の追いつかない顔をする。
「この一件が終わったら俺はあんたにもう一度会いに来るよ。話しておきたいことがあるからね。まぁ、新人類の殲滅は叶うから安心しな。俺は殺しはやらないけどね」
舌を出し挑発的な態度を向ける純。そして椅子から飛び起きると央聖を追うように部屋を後にした。
瑛も慌てて純の後を追って出ていったので会議室にはヘンリーとタチアナだけが残ることになった。
「何を企んでいたのか知りませんが、幾瀧純を関わらせたのは失敗ですよ」
二人きりになったところでタチアナはヘンリーにアドバイスを始める。
「ロシアにも内密に何かをしていてもお互い利用しているだけでしょうからとやかくいうことは出来ません。ただ、関わらせたのか、関わるように仕向けられたのかは知りませんが、彼は劇薬です。望む結果を得ても、その過程が理想と程遠くさせるのが彼です。ただ」
タチアナは最後に慰めのつもりか、補足をする。
「それでも望む結果を得られるならいいほうだと思いますけどね。つまり、失敗しないことを祈っててください」
経験談からくるその言葉の重みはヘンリーにも伝わった。そして遅すぎるアドバイスを聞いた悔しさはもう少しロシアを巻き込んでおけばよかったという後悔にもつながった。なにせ、ジェフとヘンリーの目的はとても異質なもので世間に公表されてて気持ちのいいものではないからだ。
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