第二十四筆:ついにぶつかる新人類VS雇われ部隊!

「それで、こいつらは殺して問題ないのか?」

「依頼は殲滅だろ? 殺すことに意味がある言葉だ。殺したくないなら勝手にしなよ」

「じゃぁ、行くぞ」


 紘和は純から出撃許可をもらうと慌てる泰平らを置いて一番近くにた紘和の成りすましの元へ切れ味のない木刀、奇剣を手にして飛びかかる。しかし振り下ろした紘和の一撃は簡単に別の紘和Aによって片手で止められてしまう。紘和は初めて対等な才覚に恵まれた人間と対峙することになったのだ。

 故に、抜きん出るために求められるのは技術に業、となる。


「よろしくな、俺」

「そういうのいいから、とっとと死んでくれ」


 紘和の挑発を気にもとめず、紘和Aがもう片方の腕の動きも奇剣を掴んでいない片手で掴むことで防ぐ。

 そこへ紘和Bが紘和の腹部目掛けて思いきりのいいアッパーを振り抜く。


「くっ」


 カレンからもらった一撃よりも明らかに重く、紘和にとってダメージとして身体にハッキリと蓄積されたと感じる痛み。こういった経験がないわけではない。それでもただの殴打に違いを感じるというあまり経験のない事態に、紘和は自身のスペックの高さを自覚した。同時に、これとは違った強さを持って紘和と対等か、それ以上に戦える人間が存在していることに、己の未熟さを見つめることとなり内心で苛立ちを改めて覚える。だからこそ、この戦いを経ていく上で克服しなければいけない明確な焦点でもあった。

 それに敵は二人だけではない。


「これは……堪えるなぁ」


 泰平と梓が二人がかりで紘和Cを相手取っている。そして、残る十二人が純と友香、そして瑛を取り囲むように距離を詰めていた。この様な配分、今回の敵側に陸がいるのならば頷けるというものだった。確実に紘和を紘和二人がかりで抑え、残った紘和で純以外の戦力を削ぐ。そして、純粋な異能力を持つ人間で純と神格呪者である友香を抑え込む。

 しかし、だとしたら人数が足りなかっただろう。


「まぁ、女性陣は下がってなよ。こういうときこそ男がカッコつけるところでしょ。まぁ、二人は俺を目で追って惚れてなよ……と言いたいけど、ゆーちゃんには実験的に俺の右腕の管理をお願いするよ」

「私だって戦えます」

「ん~、これも練習だと思ってさ」


 陸への手がかりが早速向こうから来たということで友香が少し熱くなっており、ジリジリと包囲網を狭められている状況にも関わらず、純の指示に従わず自らの参戦の意思をアピールしていた。そして、そんな会話で友香をなだめながらも、純はすでにその包囲網から先行した一人の両腕を派手に折り、痛みで気絶させて床に転がしていた。そう、蝋翼物【最果ての無剣】を持つ紘和を圧倒できる純にとってコピーや転移、そして怪力といった異能は全くの驚異になりえないのだ。事実、圧倒的物量や任意の場所への出現は【最果ての無剣】でも再現できることであり、怪力に関しては例え六本腕が現れたとしても紘和に紘和を当てている段階で敵側で格付けが済んでいるということである。そして敵の人数が足りないというのは事実で、その後も銃の弾を装填せず発射する度に複製を繰り返し乱射する男、脹脛が酒樽のように発達した女、純の背後を何度も取ろうとした女などがいたがことごとくありえない方向にどこかしらの骨を曲げ、痛みに耐えられず気絶していく者が後を絶たなかった。そう、紘和が紘和の身体を使いこなしきれていない紘和Aの拘束を無理やり抜け出し、紘和Bを投げ飛ばすべく腰を、身を低くして腹部へ押し付け背負投の体勢に入った所へ紘和Aが紘和Bを巻き込みながら紘和をタックルで押しつぶすわずか一分弱の間に新人類側の立っている人数は半分にまで減っていた。

 そう、純はあっという間に友香の介入する余地を与えずに九人をのしてしまったのだ。


「で、ここからが本番だ。さっき言ったように助力を請うよ、ゆーちゃん」


 純は成りすましにより存在している紘和三人には一切目もくれず、準備運動を終えたような顔で肩を回しながら残る三人の新人類と距離を詰める。そんな純を見て紘和は自身の体たらく感じさせられる。ここで何かを得なければ意味がないと。

 そう己の鍛錬に勤しんでいたからこそ、紘和は気づくことが出来ていなかった。それは敵側に陸がいると推察できた時点で、紘和の成りすましが存在しているという時点で、本来であれば気づくべきだったのだ。そう、この戦いは純という男を知っていればいるほど、配分を間違えていることになる。そう、なぜ成りすまし三人が純ではなかったのかということに。紘和という存在がそもそも強いので違和感はないのかもしれない。それでも、これは偶然なのかはたまた誰かが故意にやっていることなのか。この時点で気付いてすらいない紘和にはわかりようのないことではあるのだが。


◇◆◇◆


「こんなところでしょうか?」


 ソフィーが転移とコピーの異能を持つ二人の新人類を気絶させ、残る三人を殺し終え央聖に次の指示を伺う。


「よくやった」


 央聖はそう言うと血溜まりを歩き、気絶してるだけの新人類二人のそばに近寄る。

 そして、見下ろしながらこの勝利を宣誓するような立ち振舞で敵の襲撃の意図を言葉にした。


「この転移は人ではなくモノを対象に移動させるところを見ると、どうやらこの人数で物資の盗難、いや補給を目論んだわけか……。ここの情報が物資を含めて筒抜けなところを見ると、あの場にすでに内通者が潜り込んでいたと考えるのが自然だが……まぁ、その辺は目覚めたこいつらからおいおい聞けばいいか。となれば、取り敢えずヘンリーと合流しておきたいところだな」


 央聖はそう言いながら茅影に疑いの眼差しをむける。

 茅影もそれに気づいて口を開き始める。


「一応ここに雇われている情報屋としては、裏切るなら確実に安全な状況ができなきゃしません。だから、央聖さんの不利益になることは私の解釈の範囲ではしておりません」

「解釈の範囲とはまた便利な言い回しだ。それで、他の連中はどうしている? 特にこの場だとロシアとイギリスには恩を売れるだけ売りたい」


 央聖は質問するだけはぐらかされると気づき、使えるだけ使うだけだと己に言い聞かせて、戦況を把握するため茅影に情報を求める。


「ロシアは……タチアナを中心に五人の新人類と交戦中です。恐らくそこまで損害を出すことなく、物量で押し切ってしまうでしょう。イギリスはロシアと同じく旧王立海軍大学の地下でヘンリーが一人で……応戦中だと思います」

「珍しいな、思いますなんて曖昧な言い方をするなんて」


 この時点で央聖は茅影に嘘をつかれているという認識はない。そのぐらいもたらす情報に対しては信頼しているのだ。だからこそ、知らない情報、というカテゴライズがされた時のお前でもそういうことがあるのかという驚きがあったのである。


◇◆◇◆

 

 央聖にとっての茅影は大抵のことは知っている気味の悪い情報屋だった。初めて出会ったのは今から三年前、とあるライバル企業を買収しようとしていた時のことだった。茅影から突然に社長室にいた央聖の元へ直接電話がかかってきたのだ。内線だと疑わず受話器を耳に当てたため第一声からライバル社の情報を売る代わりに自分を雇えと言ってきた時には度肝を抜かされた。もちろん最初はすぐに受話器を置き、相手にすらしなかった。

 しかし、翌日にその洗礼を受けることになった。央聖が買収しようとしていた会社が何故か交渉の場を優位に進め始めたのだ。当然、國本財閥が負けるビジョンはない。それでも買収後のポジション、買収される額が目に見えてふっかけられてると感じ始めていたのだ。嫌らしいのがその手段がコチラの弱みを握り押し付けるのではなく、自社の営業成績の飛躍的な向上による付加価値の増加をセールスポイントにしてということにあった。つまり、限りなく対等に近づくことで飲み込まれたから内側から食い殺す、そういったマウントポジションを取ろうとする動きになっていたのだ。しかもそれが出来るポテンシャルであると訴えかけられることが、央聖に吸収するという選択をさせずらくしていた。

 央聖にだってすぐさまこれが交渉を無視した報復であることはわかった。しかし、それを咎める手段がなかったのは事実だった。結果として、交渉相手に買収という選択を見送らざるを得なかった。それぐらいに相手会社は半年で大きく成長も遂げ始めていたのだ。

 そして、まるでタイミングを図ったかのようにその電話は再びかかってきた。


「お久しぶりです。どうです、手土産はお気に召しましたか?」


 手土産。企業を大きくしたということが國本財閥にとって厄介であったと同時に傘下に収めた時に価値のあるものになったことを意味する言葉。

 電話相手であった茅影はそれが出来る手腕がある情報屋であるということがわかった。


「それだけの力があって、なぜ私の下につきたがるのかね」


 当然の疑問だった。裏があると感じるのは至極全うで最悪、情報屋を使うのではなく情報屋に使われる側になることまで想像する央聖。

 とはいえ、最初から突っ返すわけにいかない、それがライバル社を大きくされたことによって生じた相手に対する評価の改めであり、先程の疑問で様子を見るという話の落とし所だった。


「ごもっともな質問ですね。正直に言えばあなたの商売にはそこまで興味はありません。ただ単純に足が欲しいんです。世界進出をしていくであろうあなたの元ならばそれができる。だから、あなたの会社を私の足にして欲しいんです。その見返りはあなたが求めた情報に対して私の知る限りの情報の提供。悪くはない話だと思いますが」

「足りない」


 即座に交渉の上乗せを要求する央聖。これは商人としての勘だった。これは押せると。まだ他に相手に何かをさせた上で条件を飲むことが出来るという、商人に大切な、欲の見せ所だと央聖の直感が告げていたのだ。だから、交渉の主導権を取り戻す。

 そして、決定的な質問を投げかける。


「お前の素性を話せるか」

「それで、足が手に入るのなら」


 当時の央聖からすればまるで悪魔と契約するような感覚だった。

 両者がそれぞれの思惑を飲み込みながら利用し合う、そんな関係。


「じゃぁ、話してみろ」

「聞いたら後戻りはできませんよ」

「使いこなすだけだ」


 悪意に満ちているとわかっていながら、甘すぎる蜜を、選ばれた自分ならきっとうまく扱えると錯覚するとしたら、まさに今だろうと央聖は思った。それでも金に溺れるためなら今が使いどきだと判断したのだ。故に央聖は話を促す。そして、央聖は茅影という合成人を手に入れたのだった。


◇◆◇◆


「こればっかりは万能じゃないとしか言えません。ちなみに、日本側は……どうやら紘和三人を相手にご子息とこれは公安ですかね。が奮闘しているようです」

「幾瀧、はどうしてる」


 茅影は央聖が紘和に対する憎悪や嫌味などの感想よりも先に純を気にかけたことに多少の驚きを覚えながらも、あの得体のしれない人間に出会ったのなら何かあっても不思議ではないかと思い報告する。


「彼の周りで複数の新人類が気絶しているようです。いっそのこと買いますか」

「それよりも幾瀧純という男の情報が欲しい」


 央聖はその要求を言ってからゾクリと身体を震わせることとなる。


「全て、というわけにはいきません」


 茅影がこのセリフを言うということは、どちらにもいい顔をしたいという意思表示であり、それは過去にも何度かあった。きっと全てを話せと言えば全てを話すのだろう。それが央聖と茅影との取り決めなのだから。だからこそ、これは忠告と解釈できた。

 だからこそ央聖は前言撤回する。


「なら構わない。ヘンリーと合流させろ」


 紘和に向ける憎悪ではなく、何をされるかわからないという得体の知れない、関わったら百害あって一利なし故の恐怖に近い何かを純に感じ、自身の商売が暗礁に乗り上げているのではないだろうかという焦燥にかられ始める央聖。

 ビジネスパートナーという考えが以下に浅はかだったかが今になって浮き彫りなる気持ちでもあった。


「絶対に稼いでやる」


 央聖は悪寒を振り払うように自身に言い聞かせる。


「社長、社長」


 そんな央聖を気遣って声を掛けるソフィー。


「なんだ」


 言葉から苛立ちと焦燥が伺える央聖に気づき、汚れた拳を拭いながらソフィーが近づいて来ていた。


「物理的な被害でしたら私が身を挺してお守りします。ですから、もう少し余裕をお持ちください。私だって少しは役に立つのですから」


 要するにソフィーは落ち着くように央聖を優しく諭したのだ。社長として常にトップとしての余裕を見せるべきだと。

 央聖もその言葉に思うところがあったのか眉間にシワを寄せると、息を深く吐き、そして吸い込む。


「ふぅ……いくぞ」


 平常心を取り戻したように落ち着いた声が太く響く。事実、ソフィーの言葉には央聖を落ち着かせるだけの意味があった。社長としての振る舞いどうこうではなく、ソフィー自身が央聖にとっての秘密兵器であり、その戦闘力は新人類を凌駕したという実績が積まれていたからだ。

 つまり、手元に強者がいる、それが央聖を社長としてなど関係なく落ち着かせたのだ。


「しかし、敵に紘和がいるのは……好都合だな」


 そして、思い出したかのように成りすましできる人間のバリエーションに注目した央聖は、明らかに悪いことを考えている顔をしながら次の行動に移すべく歩みを進めたのだった。


◇◆◇◆


 孤児として集められた人間に訓練されたロシアの生物兵器が人数差で勝っている段階で負ける道理はない。それこそ経験値が違うのだ。

 その異能が成りすましや怪力、未来視ならまだしも複製や転移ではその能力の特徴を最大限に理解し利用されない限りは苦戦を強いられるはずがなかった。


「このままヘンリーの援護に向かいます。問題ありませんか?」


 タチアナの質問に皆がほぼ無傷で首を縦に振る。転移と複製、さらに怪力で構成された新人類側は異形に刃が立たなかった。もし仮に彼らの中に何かしらの武術を嗜むものがいれば話は別だったかもしれない。それゆえにほとんど一方的な虐殺の現場はあまり気持ちのいいものではなかった。だがタチアナには一つ引っかかる点があった。

 なぜ相手はロシアの合成人を相手にこれだけあっさり負けるだけの戦力で挑んできたのかだ。もちろん単純に情報不足だったという可能性もあるだろう。しかし、ヘンリーの報告にあった現在彼が対峙している新人類の人数から察するに、相手側には力量に合わせた戦力の動員をしようとするだけの人間がいる可能性は十分にあった。加えて元々はヘンリーやロシア側と共同で新人類計画を実施していた上、ぶつける際に多少の力量はわかるはずである。少なくとも人数差は埋めるべきであった。それに今回現れたのは本当に孤児であって、子供だったのだ。タチアナは知っている。ジェフのもとには孤児から一人の大人になってもその恩を返すべく動く人間がいたことを。事実、実験体の中にはそういった成人も数多くいたことを記憶していた。その兵力をヘンリーや紘和といった重要人物の元に割いた可能性もあるが、これだけでは合成人の足止めすらろくに出来ていない気がした。もちろん采配を見誤ったとも考えることはできる。しかし、ここまで内部への侵入のタイミングを図った相手である。間違いなくロシアやヘンリー以外の戦力、央聖や紘和のところも襲撃していると考えれば、それゆえにずさんな計画が目立つのだ。

 だから、タチアナはヘンリーと合流すべく移動しながら自身の上司と連携の取れるその場にいた一人の諜報員に状況の説明を仰ぐ。


「リュ……ヤーコフ。他はどうなっていますか?」

「……ヘンリーはわかりませんが、パーチャサブルピースが新人類を二人生け捕りにしています。日本側は……どうやら成りすましによる紘和三人を相手に紘和といつ合流したのか公安の二人が奮闘しているようです。すでに何人かのびているようですが、これはおそらく近くにいる人物から推測するに……純がやったものだと思われます」

「……ヘンリーはわからないのですか?」

「我々の監視の外にいるのかと」

「そう」


 タチアナは監視の外にいるという事実が意図的なのか偶然なのか思案する程度には違和感を覚える状況ではあった。なぜならそういう監視の目があることをヘンリーは知っているからだ。つまり、緊急時の対応として一定の取り決めがあり、その一つにヤーコフらによる情報の共有がされる、というのがあったのである。となれば、前者ならば今後の動きに確実に疑心という影響が出る。

 一方で、タチアナにすら極秘で動いていた結果の可能性もあるが、その場合は味方であっても知らぬ事実な上、用心ないし問い詰めなければならないと判断する。


「ややこしいな」


 ボソリと苛立ちを口にタチアナは狭い通路を俊敏に翔ぶ。白い翼を美しく羽ばたかせながら巧みに部隊の先頭に立ちヘンリーの元へと急ぐのだった。ヘンリー周辺で起きている事実だけを確認しておきたい、それだけのために。


◇◆◇◆


「彼、本当に何者なんだ」


 新人類をあっさりと戦闘不能へ追い込んでしまった純を見た泰平はごく普通な強者に驚く反応を見せた。

 それほどまでに泰平の想像を上回った実力だったのだ。


「よそ見してていいのかな」


 その声と同時に頭部へ振り下ろされていた紘和Cの手刀を右へ軽く軸をずらすだけで交わす泰平。そして泰平の左後ろから出てきた梓がその手刀が戻る前に両手で掴み、軽く後ろへ押してから離して紘和Cに距離を取らせた。

 そう、悪夢を見ているようだと言った割に泰平の行動には余裕があり、梓の立ち回りにも積極性がなかったのだ。


「いいと思うぞ。紘和くんやお友達がどういうつもりかは、まぁ紘和くんは殺すつもりのようだが、私達はそこまでヤケになる必要はない。最悪、君たちから逃げ切るだけでも構わなかった」


 紘和Cは指を鳴らし、肩を回しながら泰平の言葉に耳を貸す。

 それは紘和Cにとって敵に自身の余裕を見せつけるチャンスだと思っていたからだ。


「しかし、手合わせしてわかった。たしかに君たち成りすましは容姿や身体的特性を再現できるのだろう。だが、赤子に銃を持たせたところで人が殺せるかと言われれば何とも言えない。引き金は引けるかもしれない。当たれば殺せるかもしれない。しかし、その銃というものを理解していない……つまり、自分のほうが私達より強いと錯覚している君はそのぶんよっぽど弱いという話だ」

「ろくに反撃もできないのにそんな事言っても説得力にかけるな」


 ズンと沈む音が数回。

 重い一歩から出る加速は泰平の視界から外れるには充分で、紘和Cは即座に泰平の背後を取った。


「ちなみに」


 泰平の言葉の先を聞くよりも早く紘和Cの身体が宙に浮く。

 それは右から回り込んだ紘和Cを追うように勢いよく迫っていた泰平の左脚が紘和Cの回り込む勢いと合わさったからだった。


「くっ」


 苦痛の声を上げるが、大したダメージはない。紘和Cの勢いが泰平に合わせられた攻撃でバランスを崩された結果、勢いに流されて宙に浮いただけというのもあるが紘和の身体がそもそも頑強なのである。

 だから紘和Cは宙で身体を捻りながら即座に着地の体勢を整えようとする。


「私一人でも問題はないのだが」


 そんな空中故に、体勢を整えることしか出来ない紘和Cの視界を大きな手のひらが視界を奪う。


「二人でやれば確実だろう。少なくとも私よりも力という点では強い今野と一緒ならな」

「古賀先輩、それ女性に向ける言葉っすか?」


 容赦なく紘和Cは床に吸い寄せられるように頭から叩きつけられる。


「すげぇ、重たいからめっちゃ振り抜きやすかったっす」

「油断するなよ、ただの頭蓋損傷だ。脳震盪だろうがお前の怪力じゃ、あの身体を攻略するにはまだ足りないはずだ」


 スッとバク宙を決めながら泰平の元まで戻る梓。そして言葉通り紘和Cは即座に起き上がる。

 頭から血を垂れ流しながらも平然と起き上がったのだ。


「ってぇ。この身体じゃなかったらただじゃすまなかったぞ」

「だろうな」


 血で視界が制限された紘和Cへ容赦なく長身の梓で死角を生み出し接近していた泰平の低い姿勢からのかち上げが紘和Cの顎を捉える。しかし、顔はわずかに上を向くだけで明らかに狙ってくることをわかった上で受け止めたような対応だった。故に顎に着いた泰平の右手が紘和Cの左手に掴まれる。その握力だけで骨がきしむような錯覚を覚える激痛が泰平を襲う。

 さらに泰平は紘和Cの右腕が肩より上に上がり勢いをつけているのを目視する。


「これでおしまいだ」


 紘和Cの振り抜いた拳は泰平の軽く押し上げにきた左肘に当たると二の腕を滑るように逃された。そして泰平の首後ろをギリギリのところで通過する。その先には梓が待ち構えていた。紘和Cの右拳は吸い込まれるように梓の両手に収まり、梓は紘和の右腕を中心に身体を半回転させ身体を一歩、泰平を挟んだまま距離を詰める。

 その間に泰平は少しでも梓の攻撃を成功させるために紘和Cに向かって右側へ逃げようとする。


「このままだと上司も巻き込ませるぞ」


 紘和Cのそんな言葉にも躊躇なく梓は背負投を決める。背中を支点としない力技の背負投。女性が投げるにはあまりにも重いように伺える百八十キロを足の踏ん張りと鍛え抜かれた上腕二頭筋、背筋、腹直筋と自身の持つ数々の自慢の筋肉だけで投げたのだ。再び宙を舞うことになる紘和C。しかし、今度はその勢いと掴んだ手を振り下ろす力で泰平を道連れにしようと企む。だがその企みは紘和Cの左腕に足を絡めていた泰平の対処で一変する。

 左腕を無理やり捻られることで紘和Cの体勢がよじれたのだ。


「まぁ、死にはしないだろう」


 右肩から落ちた紘和C。更にそのまま右腕が泰平の体重と重力と一緒に落ちてくる。ブチリと筋肉が剥離し、バキっと多数の骨が砕ける音ともに顔面を悲痛に歪める紘和Cの姿がそこにはあった。声を上げるまでもなくその激痛から意識を失う。

 左手から開放された泰平はゆっくりと立ち上がった。


「まぁ、自在に身体を把握して操れれば振り回すだけで私達は負けてたよ」


 大きく息を吐き、未だに二人の成りすまし紘和と応戦する紘和を見ながらさらに言葉を続ける。


「まぁ、身体に振り回されてるのは本人も、なんだろうけどね」

「そうなんすか?」

「あぁ、私達常人のスペックではおそらく考えられないことだろう」


 そして泰平は言葉にしないが、同時にこう思う。紘和の意識改革をここまでしたのはやはり後ろで楽しそうに新人類を気絶させている純という男の手によるものなのかと。


◇◆◇◆


 紘和は紘和Cが泰平と梓の前に沈むのをチラリと視界に捉えた。純からすれば、今の紘和はあれに等しいのだろう。もちろん紘和自身は今対峙している紘和AにもBにも劣ってはいない。それはこの身体を共にしてきた年月が最も長いというアドバンテージがあるからだ。しかし、倒すには決定打がかけていた。逆に言えばそれが紘和と成りすましとの差であり、埋められれば勝機はないに等しかった。とはいえ、助けを期待するわけにはいかない。純はもちろん紘和一人での解決を望んでいるだろうからこの対戦カードにしたはずで、つまり助けに入ることはないだろう。そして、連携が取れないことによる弱体化を嫌ってなのか、紘和の実力を信頼してなのか公安組は意識を失った紘和Cを拘束した後、それぞれの戦いを静観する姿勢を見せていた。おそらく不測の事態と判断されなければ二人は介入してこないだろう。

 何より、この状況を打破できなければ紘和はチャンスを見逃すことになる。


「ったく、慣れない身体で無理するから」

「無理しなくても普通にやってればこの身体なら負けるわけないのに。どうする?」

「手分けするかぁ」


 他の仲間が倒され、紘和Cが拘束されているのを確認した紘和AとBは作戦の変更を口に出して確認していた。


「それは困る」


 そんな戦局を有利に運べる状況へ変わることを紘和は拒否する。


「何、そっちにも良い提案でしょ? サシで対決したほうが勝率は上がるだろうに」


 紘和Bがまさに理にかなったことを言う。


「俺が強くあるために、お前らは必要だ」

「やっぱり頭がおかしいな、お前」

「だったら」


 低い姿勢で距離を詰めてきた紘和の右肘が紘和Aの顎を掠る。当たっていれば体勢を大きく崩し追撃を許していただろう一撃。避けられたのは紘和の動体視力があったからこそであり紘和Aはそれに感謝しつつ急激な攻撃の変化に警戒の色を濃くする。

 それは紘和Bも隣で流れるように右肘が自身の顎すら捉えようとしていた状況から同様の反応を示した。


「俺を倒した後なら他は楽勝だろ?」


 相手の身体的弱点を狙うような精密な動き。紘和が意識して相手を崩すため目的を持ってとった行動。

 やらなければ、やるんだという心構えが確かに紘和の攻撃に変化を加えようとしていた。


「まぁ、そんなことは無理だけどな」


 二人の拳を後退して距離を取るように交わした紘和の顔はいつになく考えた顔をしていた。


◇◆◇◆


「君たちはおそらく未来視と……そこの君は何だ?」


 二人を指差し未来視だと言い切った純は残る一人に疑問の声を投げかける。

 しかし、その質問に答える人間はこの場にはいなかった。


「まぁ、殺すつもりはないんだけど能力の精度を見極めるから」


 一人が右側に避ける。その少年がいた位置は純の脚が少年の頭を確実に捉えた場所になっていた。

 つまり、来るとわかっていたから初撃に対して回避を合わせられたのだ。


「頑張ってよ」


 しかし、攻撃をかわした少年は地面に押し付けられていた。

 簡単な話で避けた方向でなぜか首元を掴まれた感覚に陥ったかと思うとそのまま地面に背中を付けていたからだ。


「はい、感想。文字制限はないからできるだけ細かくお願い。はい、頑張って」


 捕まっていない二人も助けに入りたい気持ちでいっぱいだった。しかし、それを寄せ付けないオーラが純から感じ取れていた。おそらく純が疑問に感じた少女の力があれば捕まっている少年を助けることはできるだろう。しかし、タネがわかれば次は通用しないと本能で察した少女は純の殺す意思のなさにかけることにした。

 最も幼い子どもたちに死より恐ろしい恐怖というものがあることなどわかるはずもなく、この静観という選択を取ったことはなんら間違いではなかった。


「言わないとどうなるの?」


 少年は抵抗する意思を見せるべく、純を煽るように質問を投げかける。


「本当は蹴りを回避した後、その蹴りが腰を捻られることへ頭上へ移動して振り下ろされることで頭部が損傷して死ぬかもしれなかったからそれを受け止めるべく手を構えるか避けるか考えていたところに突然地面に引っ張り込まれた」


 純は少年の質問には答えず、純の質問に答えてみせた。

 少年は純の解答にただ目を見開く。


「俺は三手で決めるつもりだった。そのビジョンが君には見えたのだろう。でも、やっぱりこちらの切り札のほうが一枚上手だったみたいだな」


 答えは簡単で、先程純が言っていた右腕の管理を友香がしただけの話だった。つまり、右腕が未来視の対象外になったのだ。そのため少年が見た未来は二手による死だったのだ。

 もちろんなんのことか少年にわかるわけはなく、それは自身の能力への疑念にも繋がる。


「ほらほら、そっちの二人も全力でかかってこいよ。お前たちは何をしに来たんだ? せめて戦いの爪痕は残せよ、ほらぁ」


 イギリスの、ヘンリーからの頼みで動いていないとしたら、どちらが国を落としにかかっているのかわからない構図がそこにはあった。


◇◆◇◆


 人体の構造的に致命傷が与えられる部位を狙え。致命傷を狙うために攻撃を陽動しろ。自分が使える武器は手足だけなのか。

 強靭な身体を持つ自身を前に様々な考えを巡らせる紘和。当然、考えて実行した上で達人の域には修練という才能では埋められない時間を普通は必要とする。そもそもその選択が正しいか否かを戦場でやったから、出来たからで確証とするのはあまりにも浅はかなことで、それこそ緻密な考察が必要とされる。しかし、紘和にはその修練された人間たちの行動を観る機会が多くあった。真似る必要もなくその力と対等な身体的才覚があると錯覚していた昔とは違い、今は自身の選択肢にその真似るべき対象の動きが入ってきていたのだ。故に選んだ攻撃が限りなく正解に繋がる。しかし、考えるという僅かな思考が身体の動きを僅かであるがぎこちなくはしていた。それでも紘和は確実に成りすましの二人組を追い詰めていた。考えるということが、立ち回りを練るということがいかに紘和にとって有益だったかということを示す。

 防御もそうである。相手の拳を掴むのではなく前腕外側をシールドのようにして攻撃をずらしながら受ける。逆に相手の攻撃が届く前に無理やり距離を詰めることで最大火力に到達しなかった攻撃を受ける。そして紘和Bの出来たすきに掌打を顎に決めて宙に浮かす。その右手をすぐには戻さず、紘和Bの腹部へ移動させ、吹き飛ぼうとする紘和Bと同じスピードで移動しながらピッタリと拳を押し付けたまま床に叩きつける。バカッと床が壊れた音以上に不快な音を含みながら紘和Bの身体がバウンドする。そこを紘和は踵落としでキレイに踏みつけ、踏み抜く。

 イケる、強くなれる、イケる、このままいけば俺は正義を貫ける。紘和は奇剣すら握らずに己の成すことが達成される感覚に酔い始めていた。強くなっている、その成長という達成感が大切なものを忘れさせようとしていた。


◇◆◇◆


 見るものによってはあまりにも一方的で凄惨な光景が映る。泰平もその一人だった。眼の前にいるのは新しい術を身に着け試すことを楽しんでいるただの殺人鬼だった。襲われた側にもかかわらず相手に同情してしまうほどに残酷な光景、圧倒的な実力差が今はあった。

 少なくとも泰平が知る泥臭く己の力をただ振るう紘和の戦いぶりはすでにそこにはなかった。


「止めましょう。あれじゃぁ、彼が好きだと言う正義が可愛そうっす」


 泰平は紘和Aの身体をまっぷたつに叩き切る人間を前に、そのセリフを言える部下を誇りに思った。


「今野は待機だ。上官命令だからな。俺が行く」


 泰平にはそれが精一杯だった。ここで優秀な人材を失うわけにはいけない。だから一人で紘和が紘和Aを殺しにかかるのを止めるべく動いた。泰平が年というわけでもないが、梓と比べれば生き残る価値があるのは泰平自身ではない、そう判断したのだ。

 転んだ紘和Aは攻撃を続けられたために壊され、特に手足の関節に多大なダメージを負っていた。故に動けず、紘和の振り下ろす拳に顔面を捧げようとしていた。

 そうはさせないと、泰平は止めるべく走る。


「やめるんだ、紘和くん」


◇◆◇◆


「やめて、紘和」


 紘和は数日ぶりに別れたばかりの彼女の声を聞いた気がした。


「千……絵?」


 いるはずないと思っていた人間の突然の登場に驚いた紘和の拳は勢いを失い、しかし千絵にあっさり弾き飛ばされる。


「邪魔するなよ。いいところだったんだぞ。俺は強くなって正義をつら抜けるだけの、悪を圧倒するだけの躍進をしようとしてたんだぞ。どうして、邪魔をするんだ、千絵」


 そこにいるはずもない人間の名前を口に出し、攻撃を中断した相手に激高する紘和。

 そもそも千絵が紘和の攻撃を防げるわけがないのだ。


「俺は……」


 それを知ってか知らずか、止めるべきだと倫理的にわかる気持ちと強さを手に入れたいという気持ちがせめぎ合い、どうすればいいかわからに苛立ちをぶつけるべく、千絵に向かい拳を振り上げる紘和。


「そこまでだ。雰囲気を壊すタイミングじゃない。わかるな、紘和」


 突然大きな声が紘和の背後からする。


「公安を敵に回してもいいことないし、ゆーちゃんの前であまりそういうことはしないほうがいい。今のお前はヒールだ、落ち着け」


 次に耳元で囁かれる純の声に紘和は我に返るように周りを見渡す。

 当たり前だが千絵の姿はどこにもない。千絵がいたあたりには紘和Aをかばうように立つ泰平がいた。


「いったい」


 紘和の疑問にポンと肩をたたいて純が答える。


「集中し過ぎで一種のトランス状態だったんだろうな」


 紘和は返り血で真っ赤になった自身と周りの紘和に向ける恐怖に似た眼差しで先程までの強くなる感覚からくる強者感を思い出す。

 そして息を深く吐くと純の方に振り返って一言謝った。


「すまなかった」

「まぁ、いい調子だ。頑張れよ」


 この純が生み出したすきに敵が逃げたことは言うまでもなかった。


◇◆◇◆


「で、お次はどっち?」


 純は反応だけを見ると首を軽くしめ少年の意識を刈り取る。

 もがくだけもがき、そのまま動かなくなった。


「安心しろ、俺は殺しはっと」


 俊敏に距離を詰めてきた未来視と予想していた少女が少年を奪還しようとキレのある回し蹴りで牽制を仕掛けてきた。

 純はそれをいともたやすくかわし、少年を手にしたまま後退する。


「大丈夫ですか?」


 後退した先には状況を見てサポートに入ろうとした友香がいた。

 背中越しに聞こえた声にチラリと後ろを振り返り純はその姿を確認する。


「そういうことか」


 純は手にした少年を振り回し、後ろに見えた友香に打撃を与えたのだ。友香は目を丸くしたが純の行動を咎めようとはしなかった。

 なぜなら先程のセリフが聞き間違いでなければ、それが意味のないことだと少女にはわかっていたからだ。


「幻覚、か」


 純とにらみ合う友香が動揺したのは明らかだった。


「お前は幻視だけなのか。幻聴や幻嗅、幻味、幻肢のすべてを使えるのか、それとも部分的なのか? いや、俺はお前に触れたからわかったつまり幻肢はない。あぁ、声も変えてたってことは幻聴も確定だったな」


 少女は当初感じた以上のものを痛感していた。タネが割れれば以前の問題で、タネが分からずとも彼女の成したいことが出来ぬうちに対応されたのだ。加えてその行動だけでタネがバレたのだ。純の言ったとおりイギリス側の雇われ部隊には未知の力、幻覚。彼女はそのうち幻視と幻聴をみせることができた。だから触れればわかることもあるだろう。

 それでも背中が一瞬だけである。そんな僅かな情報がネタバラシに繋がるとは少女には想像できるはずもなかった。


「ちなみに、ゆーちゃんはどうして教えてくれなかったの?」


 その場のほとんどが理解できない言葉。しかし、理解できる人間には純の言わんとしている意味がわかる。

 つまり、【雨喜びの幻覚】によって幻覚の対象外になっているはずの友香ならば純に危険を知らせることが出来たということである。


「私は右腕の管理を任されただけよ」

「つまり、俺の実力を信じてくれてたってこと?」

「痛い目を見て欲しかった」

「でしょうねっと」


 そんな二人の会話についていけないのが一人、場の空気とは関係なく自身の疑問を口にする。


「どうして桜峰さんの声が隣から聞こえてくるのに本人はあっちにいるの?」

「ハハハッ。良い反応だね篠永さん。やっぱりそういう反応の方が箔が付くね。ハハハハハッ」


 瑛のまともな反応に純は笑い、新人類は苦い顔をする。

 そして、ひとしきり笑った純は、越えられない壁を前に次なる手段を考える新人類に一つの提案を持ちかけた。


「この場の全員、いや死んでしまった一人を除いて自然な撤退を手伝う代わりに、協力して欲しいことがある」


 純の唐突な申し出に困惑する以上に、二人の少女は即座にあたりを見渡す。そして、目的の死体を目にする。そして純の言葉の意味を理解するのと同時に、純とは違う恐怖を目撃する。純に抱くものが得体の知れない恐怖ならば、今彼女たちが感じているのは身近な死と狂気を肌に感じる恐怖であった。おそらく何らかの手段で成りすましの一人を上半身と下半身に分けたのだろう。分けたと言っても実際は腹部がキレイに丸く型取りされているという表現のほうが正しいのだが、ここではそんなことよりもその返り血を浴びた存在が、残す成りすましを真剣に、楽しそうに同じ目に合わせようと交戦していることに問題があった。

 その姿は誰もが引くには、トラウマを覚えるには充分な姿だったからだ。


「ダーティーハリーなんていい心象は与えねぇってのに」


 純が自身の思惑以上になったことに呆れたと言わんばかりに小言を漏らす。


「で、どうする? 目的を果たすか? それともより充実して果たすために撤退するか選べ」


 純は先程と違い少女二人に聞こえる音量で喋りかける。未来視の少女が眉間にシワを寄せて悩み始める。おそらく何かを視て判断しようという参段なのだろう。

 しかし、幻覚の少女はいち早く解答する。


「どうすればいいの?」

「いいね。敵陣真っ只中でその判断力は嫌いじゃない」


 二カッと純が満足そうな笑みを浮かべる。


「いいか。今からあそこにいる公安の人間のどちらかがおそらく紘和を止めに入る。そうしたら飛び出したほうをこの動画の女に見せろ。それだけだ」


 純はそう言うと携帯を滑らせながら幻覚の少女の元へ投げる。少女は思う。幻覚に必要なの情報を持たなければそれができないことを純はわかっているのだと。そして、この画面で動く女性はおそらく紘和の虚を作れる人間であり、今後逆手に取られる可能性があるということもわかっているのだろう。それでもやらせる。それだけこの状況が純にとっても不都合なのか、それとも他に意味があるのかは少女にはわからない。しかし、この純という男を信じれば逃げられし、仲間を失わずに済む、それだけが彼女を突き動かしていた。

 だから、公安の二人組の内、男性が飛び出すタイミングで幻覚を、幻視と幻聴を周囲に届ける。


「よくやった。交渉は成立だ。一分以内にその力で撤退して伝えろ。戦場は想像以上にホットだったってな」


 幻覚の少女の肩を叩き耳元でそれだけささやくと純はすぐさま少女の元を離れ紘和の元へかけていくのだった。

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