第二十三筆:読み解け、隠された真実!
「それで、その能力者? 新人類を倒す手助けをすることになったわけでいろいろと説明してもらったのはいいよ。場合によっては支援するのも業務の一環だったからね。でも、やるといっても無計画すぎやしないかい?」
泰平のもっともな質問に、日本チームといえばわかりやすい集団が、紘和たちが宿泊するホテルに集まり議論していた。
「確かに、私が蝋翼物を使用しないことを危惧する気持ちはわかりますけど、別に国家間で戦争するわけでもありませんから、そこまで悲観的にならなくても大丈夫だと思いますよ」
「いえ、私と今野、紘和くんは問題ないのはわかりますし、成りすまし以外の新人類ならば苦ではないのもわかりますよ」
「コーヒーにミルクとお砂糖は入れますか?」
「あぁ、そのままで結構です」
友香がテーブルを囲む紘和と泰平、梓の三人にコーヒーを持ってきた。梓は何か入れたそうな顔をしている。
しかし、上司の話を早急に進めたいという意気込みを組んでか、そのまま口をつけ、顔に苦いと出していた。
「彼女を含めた残りの三名はその、今の私では推し量れないものがあります」
泰平の反応としては当然のものだった。純も友香も瑛も泰平からすればただの一般人に過ぎないのだから。
そしてこの認識を泰平が持っているということは、純の異質さを天堂家が口外していないこと、神格呪者の存在を知らない、あるいは知っていても友香がその該当者であることは知らないということを意味していた。
「まぁ、彼女たちに関して古賀さんが不安に思うのは概ね正しいですが、今シャワーを浴びている純は、悔しいですけど、頼りにしていい存在です。させてくれるかはわかりませんけどね」
紘和の端的な内容のない説得に、とはいえ紘和の言葉だからこそ信じることにしたのか泰平はそのまま目をつむり、ソファーに更に腰を深く落とした。
「では、戦力という点は納得するとしよう。それでもまだ無計画という点を否定できない」
泰平はそこまで言うと梓に視線を送る。
「ハイっす。クーデターともテロとも言える行為が進行していること、それに関与している者の情報、加えて明確にそれらが進行する時が判明している。でも、それを未然に防ぐために警戒ないし、殲滅するには、いささか敵さんの現在が不明過ぎる点、ですかね。範囲がほぼイギリス全土というのであれば、正直一週間後、つまり期日後に一斉攻撃するしかないと考えるっすよ普通は。だってこっちは土地勘も情報源もないに等しいっすから」
「と、言うわけだけど、この辺はどう考えているのかい?」
最もな質問だった。
しかし、これにも紘和は先程と似たような返事をすることしかできなかった。
「それも、多分大丈夫です。何故かと聞かれれば、純がいるから、としか言えません」
「……流石に、それはご都合主義というか……いささか無理を通し過ぎな気がするのは、気の所為ですかね」
これまた最もな反応である。事実、紘和は今回の一件、ただこの地で戦うことだけを考えているだけで、政治的な側面は一切気に留めていないということもあり、その全てを純に一任しているところがあった。裏を返せば、あまりにも純に寄りかかりすぎているということにもなる。冷静に考えれば、それでいいのだろうかと反省しなければならない点なのかもしれないが、それをどう口にして泰平たちに説明すればいいのか、今の紘和にはわからなかった。
それほどに、舞台ができることが確定している以上、作戦の成否も真意も今の紘和には興味がないのだ。
「納得し難いというのはわかります。それでも純はそういう男なのです。なのでもし、不安を解消できないなら後で本人と直接お願いします。教えてもらえるかはわかりませんが、信じるべきなのだろうと思わされるとは思いますよ」
「……わかりました。こちらもここまで接触してしまってはもう後戻りも視野に入らないので、信じつつ、こちらでも動くとさせていただきますよ」
「よろしくお願いします」
紘和は泰平の反応に満足しつつ、他に気になることがあったので、現在お茶くみをしている友香に尋ねることにした。
「そういえば、桜峰さんは今日一日何をしていたのですか?」
「えっと……幾瀧さんから今夜は人がたくさん集まるからお茶菓子を足しておくように言われたので、こっそり抜けて買い物をしていました」
「そうですか」
紘和は状況証拠を踏まえて、声色に出ている友香の嘘に乗ることにしたのだった。
◇◆◇◆
友香は紘和の質問に嘘をついた。しかも、嘘と伝わるように嘘をついたつもりだった。そしてその嘘は純から指示を受けていたのは本当だが、それが買い物ではなかったということだ。紘和は恐らく友香が何をしていたのか確認できたから嘘に乗ったと判断していた。この場で嘘をつかなければならない理由が友香という存在そのものにあるならば、自ずと嘘をつく理由は決まってくる。神格呪者【雨喜びの幻覚】。知る人間が蝋翼物以上に限られた存在であり、その能力を持つ友香。事情を知る人間はこの場に紘和と純のみ。加えて先程の戦力という場面でも友香について紘和が泰平たちに言及しなかったとなればわざわざ神格呪者であることを公言するつもりはないということである。つまり、この案件に触れている今回の友香の行動は現状話せないということになる。
では、根本的な話、友香は何をしていたのか。【雨喜びの幻覚】の特性を知っている人間ならば容易に想像がつくだろう。なぜ、純が車での乗り降りや、会議室への入室の時に柄にもなくドアの開閉や敵への警戒を率先してやっていたのか。それが全て友香を招き入れるための時間稼ぎと安全確保だとしたら。そう、友香は別れたふりをして、存在を全ての人間から対象外にして純たちに同行し続けていたのである。つまり、移動中の車の中で起きた事件も、あの会議室の現場にも、強いて言うなら瑛の現在地が即座に把握できていたのも全て友香がそばにいたのだ。
完全ステルスの監視である。
◇◆◇◆
ホテルに迎えの車が来た時にはすでに【雨喜びの観測】を用いて姿を誰の目にも止まらないようにしていたからだ。
だからもちろん、移動中に車内で起こったデニスとの戦闘の時も友香はそこにいた。
「びっくりした」
誰からも拾われることのない驚きの声を吐露する友香。存在していないわけではないため先程の車内での攻防なら例え偶然銃口が友香を捉えたとしても弾丸の対象には取られなかったが、車が建物に激突して爆発してしまえば、対象どうこうの話ではなくなるので友香に助かる見込みはなかっただろう。そして、その危険性を知っていたのはこの場で純のみ。だから、車内に関しては純がいつもよりも積極的に行動していたのである。
もちろん、いつもの様に適当に油を注いでいたり、事態の変化を待つことができなかっただけかもしれないが。
「ごめんなさいね、こちらの不手際で。でも、賢い子たちで助かったわ」
そして、そんな友香の身の危険を文字通り身を呈して阻止したのがヘンリー、そう、今回のターゲットでも男が出現する。こうなることが予想できたから純は飛行機内でヘンリーが接触してきた時に友香の姿を伏せていたのだろう。そんな友香が純から受けていた指示は二つあった。
一つは新人類との戦闘が始まるまでヘンリーに素顔を間近でさらさないこと。これは神格呪者であることを現状悟らせないための処置らしい。つまり、機内での行為の延長戦である。
そして二つ目は会議の場でヘンリーに優位な立場が取れる情報を盗み出すことであった。
「なかったらどうすればいいんだろう」
そんな友香の不安をよそに一行は移動を再開する。友香はそれにしぶしぶ付いていくことしか今は出来なかった。
◇◆◇◆
「やつを彷彿とさせる言葉だけは控えていただけないかしら。天堂と呼ぶのも、そこの坊やの殺気も我慢してあげるから、お願い」
「あぁ、安心していいよ。七星のみなさんが嫌ってる新参者もラインってやつは心得てるからさ。だから、そう邪険にしないでよ。それに、この殺気は……想定内、だろ?」
ヘンリーと純の嫌な空気と紘和の怒気を背中に開け放たれた会議室に一足早く入室する友香。中は友香が通常の人生を送っていれば決して踏み入れることなどないだろうと思えるほど豪華で広々とした、応接室のよう場所だった。またコの字になったテーブル席がこの場で会談が行われることを如実に表していた。そして、そこにはすでに二人の人間が着席していた。どちらも知らない顔であったが、お互いが話しているわけでもないため、ヘンリーに呼ばれたそれぞれの勢力なのだろうと友香は予想する。
もちろん、ここで友香の姿が見えていたら間違いなく反応する人間が一人いた。タチアナだ。つまり、イギリスへ舵を切ってから友香に自身の姿を隠させている純の本来の理由はここにあるのだが、それを説明するのも面倒くさいということで様々な別の、それでいて正当な理由を並べて友香を使っているのである。
そんなことはつゆ知らず、友香は二人の背後を通り過ぎ、ヘンリーが座るであろうお誕生日席の後ろに陣取る。純たちもその瞬間を見計らったかのように入室を果たした。しかし、そこからすんなりと会議が進むことはなかった。抑える気のない殺気の手前、紘和の怒気が向かい合う人間に警戒と殺気を誘発させていた。何度も身近で紘和の殺気を感じていたからこそわかる、殺意に変わる一歩手前の雰囲気。しかし、あまり面識のない人間から其れは殺意と大差ないのだろう。その結果がこの無差別に向けられる感情の高ぶりで、友香ですら参ってしまうほどの緊張感だった。
一方で相も変わらず楽しそうにその場を眺められる純を見ていると、友香は少しばかり落ち着けているのは慣れだなと感じるのでもあった。
◇◆◇◆
友香は黒い粉と新人類の話を聞きながら、取り敢えず純に言われていた、ヘンリーに対して優位に立ち回れる何かがないかを探すため、皆がしゃべりに意識を割き始めた頃合いを見て部屋をぐるりと移動していく。それこそ机の下やそれぞれの人物に触れはしなくても何かを隠し持っていないかを注意深く見た。すると、友香はいくつか興味深いものに気づいた。それを紙に書き留めると友香は純の膝の上にそっと置く。
すると、純は即座に紙を右手に握りしめ、友香がまだその場にいるだろうと見越してなのか、友香が紙を置いた純の膝の上に、左手から取り出した紙を落としたのだ。
「はぁ」
友香は明らかに悪いことをしている感覚に加えて気が張って疲れていたこともあり、ため息を漏らしながら次の指示が書かれているであろう紙を拾い上げて、広げる。そこにはご苦労さまとねぎらう言葉の他に次の指示として会議終了後の瑛の監視と一つの問いかけがあった。会議中にこっそりと書くことも出来ないだろうから恐らくここに来る前に用意していたものだろうと推測できるが、今ここでする質問としては他の場所でするよりも、一層覚悟を問われているような気がした。
陸と遭遇したら敵として行動できるの?
友香は以前と違いその問いに間髪入れずイエスと答えられないでいた。憎らしいことにそれがわかっているからこその純からの質問なのだろう。友香が眉間にシワを寄せて悩む顔をまるで見ているかのように呆れた顔で純はため息を吐いてみせていた。
敵として行動する。それは最悪、優紀を奪われたあの時の、憎しみを覚えた時のような殺意を陸に向けられるかということである。しかし、とある可能性が浮上している今、友香は陸を疑っている。それは同時に純を、優紀を疑っていることも意味していた。なぜなら陸が優紀を身体に有した状態で行動を共にしているからだ。そしてこれはすでにほぼ疑いようのない事実だった。正確には考えれば考えるほど、友香の直感が真実だと言っていることが真実になったとしか表現できない曖昧なものに帰結してしまうのだが、ほぼ疑いようのない事実なのだ。要するに、陸があの国会議事堂地下空間で接敵した時に友香を庇ったという行為が全てなのである。
では、なぜ陸と優紀が行動を共にしていると陸を疑うことになるのか。優紀が陸に殺されたと伝え聞いている友香にとって、敵同士が組んでいる状態を不信に思うのは不思議なことではなかった。同時に、これを伝えた純達にも同様に疑惑の目が行くことになる。
もちろん、今の友香に陸を追う手段が圧倒的に経済的にも情報量的にも足りないため、純に対する不確かな不信感だけで手を切ることは出来ない。仮に手を切ったとしても、神格呪者である友香ですら感じる純という人間の異質さから逃れられるとは思えなかったし、その異質さを利用しないのは損というものであった。
しかし、これはあくまで純が嘘を言っていた場合の対応の考えである。そう、純が嘘をついているのならば、なぜ陸に殺された優紀が陸を手助けしているのかというという点に行動の矛盾を感じてしまうのだ。二人が協力関係にあるならばそう言えない理由は何なのか。なぜ、全員が友香を遠ざけようとするのかわからないのである。
ましてや仇敵を前に恋しいかなどと問うてくるはずもないのだ。では、なぜ純は嘘をついていないのに二人が協力関係にあるように視えるのかである。ここを説明するならば純が嘘を言っていると辻褄が合うのだが、イタチごっこのような考察の渦に巻き込まれるのが結局の所だった。
だから、友香は純の問に答えず紙を握りしめた。それもこれも次に陸に会えば済む話なのだから。それから指針を決めても誰からも咎められることはないだろう。少なくとも何かを隠している純から即決を迫られるいわれはないと考えていた。
そんな友香の葛藤などどこ吹く風で純がさっそく一つ目の仕入れた情報を盾に会議に茶々を入れ始めた。
「もしかして、断ったらこの場の全勢力と新人類を相手取るって構造がすぐにかなったりするの?」
この後、純は見事にこの会議室が合成人とイギリスの精鋭部隊に囲まれていることを言い当ててみせた。理由は友香がこの事実を、パーチャサブルピースと純たちへ敵意が取り囲んでいると先程紙に書いて伝えたからである。純からしてみれば合成人を推測したのはタチアナなどの存在があったからだろうが、自信満々にハッタリをかませるあたり純の肝が座っていると言わざるを得ない。
神格呪者である友香が持つ力【雨喜びの幻覚】。その効果は認識の対象外になることである。つまり、存在しているはずなのに誰もそれに気づけないということである。欠点があるとすれば存在している以上対象を取らない攻撃に弱いという点と【想造の観測】を前に無力化されてしまう点である。
では、これらの能力情報から友香がなぜ多勢の敵に気づくことが出来たのか。答えは簡単で、認識の対象外になるということは認識してくる対象を把握しているということになる。つまり、索敵能力が付随していたというだけの話である。その索敵能力は友香に対象を取っている対象に対して距離や数がわかるだけでその対象が何かまではわからない。ちなみに、この索敵能力の可能性に友香が気づいたのは、千絵が陸に人質として紘和の前に現れた時のことだった。それは皮肉にも救うべき千絵に向けられた紘和の殺意に気づいたからである。あの時、確かに千絵を救いたい、紘和に殺させたくないという思いでためらいなく走り出した。嫌な予感はあった。しかし、その直感を裏付けたのが紘和と共に過ごしてわかった本質からではなく、殺意を感じ取ったことにあったのだ。もちろん、行動をとった後からは直感を裏付けたのが直感だったと思うわけなく、紘和の執着する正義の異質さからと思うことにしていたのだ。しかし、可能性を試す場がなかっただけで、こうして今回この場で敵意を読み取ろうとした時、索敵として有効なことが立証されたのだった。
そして、友香は敵として行動するかの決心を保留にして、純は仕入れたもう一つの情報を切らないまま会議を終えるのだった。
◇◆◇◆
飛び出した紘和、それを追って急ぎ移動を開始する面々に取り残された瑛の後を一定の距離でつけていた友香は、旧王立海軍大学の敷地外に出たところで瑛が男女の二人組に何やら話しかけられているのを確認する。何を話しているのか聞き耳を立てるため近付こうとすると、地響きと轟音と共にその二人組の意識が一瞬逸れたのを機に瑛が逃げるため走り出していた。友香も慌てて追いかけるが、瑛を追いかける二人が明らかに一般人ではない動きを取る。もちろん、ただ瑛を追いかける友香のように走り出しただけなのだが、姿勢の低さ、何より獲物を追いかけるような意思が浮き出た走りに純がなぜ友香を監視役に付けたのか理解した。何者かがこうして友香たちのグループに接触してくることを予見していたのだろう。
そして、三人を曲がり角の先へ見失う。友香は早く姿を確認しようと自分にできうる最大限で足を走らせる。そして、視線を角の先へ向けた時にはすでに瑛は男女の二人組に再び取り囲まれていた。瑛をこの状況から助けるだけならば友香にとっては容易いことである。なぜなら友香の【雨喜びの幻覚】で認識の対象外に出来るのは自身を含めもう一人までだからである。問題は、現在瑛が只者ではないと目される人間の目に曝されていることにある。認識できなくなったことは認識できるため、友香の能力が何かしらの形で第三者に知られる可能性は神格呪者という立場的にも、今後も陸を追う上でも防がなければならなかった。もちろん、友香に見捨てると言った冷徹な判断は下せないため、瑛の生死に関わる場面にくれば能力は使うところだった。
だから友香は取り敢えず安全が確認できる、三人の声が聞こえる所まで駆け寄った。
「はい、ストップ」
瑛はすでに二人組みに再び囲まれ、話の流れ的に人目につくからとどこかに移動しようとしている雰囲気だった。この穏やかな口調ならまだ大丈夫と言い聞かせる友香。それが優紀という想い人に会える可能性を高めるために、瑛の生死に関わるまで能力を行使する判断を引き伸ばせる異質な考えだと友香自身はまだ気づいていないのだった。
◇◆◇◆
瑛が二人組と近くの公園に入ったところで友香の携帯電話がなる。
「呼ばれず飛び出すピギャギャギャギャ」
「知ってて電話してるんでしたら早く来ていただけませんか?」
「……いや、餌に食いついてるとは思ったんだけど、場所がわからないから電話してるんだよね。いやぁ、どうせわかってるならそのぐらい気を使ってもらいたいなぁ?」
「それって、私が逃げ出したら幾瀧さん、何も出来ないってことですよね?」
「……まったく、紘和と違ってからかいがないな」
友香の電話の相手は純だった。もしもしの代わりに放たれる独特の言い回しは一度耳にしてしまえばこびりついて離れないものである。故に、このタイミングでの純の電話が友香には瑛を付けるように指示を受けていた分、予測されていた出来事なのだと判断できた。だからこそ、その嫌味らしい純に少しでもつけあがらせないための会話の選択をした友香。
結果として、純は食い下がろうとして、諦めたようだった。
「旧王立海軍大学近くの公園ですけど、メールしますか?」
「旧王立海軍大学近くの公園だって。……そう、なら道案内よろしく。というわけで紘和がわかるみたいだから一分前後で合流するよ。俺たちが確認できたらホテルに先に戻ってて」
「その前に一つ聞いてもいいですか?」
「聞くだけなら構わないよ」
「その前に一つ、質問に答えてもらってもいい?」
「答えられるかは質問の内容次第かな」
友香はこの時点で純が質問の内容をおおよそ把握していることを悟る。
それでも、この問答によって答えないということが答えられない理由があるという答えになる所まで一連の質問の流れでこぎ着けた。
「どうして、こんな茶番に付き合うの? あの場で言っちゃえば、私達は簡単にイギリスに対して優位に立ち回れたんじゃないの?」
【雨喜びの幻覚】のお陰で耳を傾けている純以外にこの内容は聞かれていない。
だからこそ、友香は早い段階で純の真意を聞いておきたかった。
「茶番に付き合った事実があったほうが恩を着せられる、っていうのが一つの答えかな」
友香にそのメリットがわかるかと言われれば正直半分半分であった。何せ友香からすれば自分の言ってることも純が言っていることも場合によっては最適だと考えているからだ。加えて、今すぐにでも陸を見つけたい友香からすれば茶番に付き合った先が自分の益に即時還元されないなら意味がないというのも大きかった。しかし、目的が他にあるという、わざわざヒントを貰ったことのほうが今の友香にはひっかかりがあった。
そして、返ってこないと予想していた答えが思っていた以上に具体的にその場で返ってきていたからことに驚かされることとなる。
「そしてもう一つは、今回の作戦は恐らく、いや十中八九ヘンリーとジェフによって仕組まれたものだからかな。その証拠をつきつけるだけで、未然に計画を頓挫できるなら、少なくとも人死は大幅に減らせる。大切なことだろう?」
友香が会議の場で手に入れた情報。それは、会議室にいたデニスが本物ではなく、純たちを襲撃したデニスと同一人物であるということであった。なぜ、そんなことがわかったのか。第一が敵意の質だった。先も言った通り友香には対象を取られたことの他に対象を取ろうとするモノが何かはわからずともその取られる対象の質を読み取ることができる。その結果、周囲を敵に囲まれていたことも殺意という対象が向けたものを利用し索敵していた。
そして、純が会議室に入る前に攻撃を仕掛けた時、純への驚きと敵意、そしてヘンリーへ救いを求める感情が注がれていた。だからこそ、友香は変だと思い、会議中デニスを注意深く観察していた。結果、後頭部に僅かなコブを見つけたのだ。恐らく、純に車内で叩きつけられた時に出来たであろうものがだ。ただ、これだけでデニスとヘンリーの関係を立証するのが難しことは友香にもわかる。なぜなら、友香がデニスのヘンリーへ向けた救難信号を感じ取れたのが【雨喜びの幻覚】によるものである以上、これを公にしなければヘンリーは騙されていたの一点張りでデニスとの関係を否定できるからだ。それにそのコブが、怪我が純によって作られたことの証明がそもそも難しいのだ。
それでも、純ならば言葉巧みに、いな、実力行使でデニスの皮を改めて剥ぎつつヘンリーに詰め寄れるはずだと友香は思ったから現在交渉のカードとしてこれを切らなかった純を問いただしていたのだ。
「それにやらなきゃいけないからだ。紘和のためにも」
そして、純は意味深げに言葉をつなげた。
「それに、ゆーちゃんが想像しているような、新人類の戦力評価のための戦いじゃないぞ、これは。もっと尊く、そして残酷な戦いなんだ。だから……伏せた。ゆーちゃんはそういうのになると危ないからね」
ゾクリと友香は背筋が氷るのを感じる。この戦いが友香の想像したジェフとヘンリーが新人類の強さを実戦で証明するためのものだという予想を否定されたこともそうだが、その理由が尊く、残酷であるという相反する理由をはらんだものであるということにだ。そして、それを純が知っているということにだ。もちろん、真実かどうかの確認を今すぐできる手段はない。
そう、友香はデニスの正体からヘンリーが裏でこの戦い仕組んだものだと想像した時、自然と新人類を実践で、戦争の道具として、蝋翼物に変わる新しい抑止力としての機能を証明するためのものだと考えていた。それに天堂家を選んだのは、忌々しい一族を処理できればいいという考えもあってのことだと思うが、勝てば官軍は当然だが、負けたとしても内容次第では泊がつくからと考えた。友香は知らないが、央聖が紘和を利用してヘンリーたちにラクランズの性能を示そうとしたのと同じことである。
しかし、それは否定された。別に否定する要素もないが、それでもこの戦いに違った意味があるのだとしたら……そう考えるだけで友香はなんとなく、ただなんとなくの悲劇を想像させられてしまうのだ。純たちと関わって遭遇した今までの悲劇が積み重なっているからこそだろう。優紀とすれ違う友香、千絵と別れた紘和。
また誰かが何か大切なものを失おうとしているのではないだろうかと。
「じゃぁ、この戦いは」
何のために実行されるのか。
これだけ知ってしまった友香はできるだけ早く止めたい、そう思う所まで来てしまっていた。
「陸に会いたければ、答えさせないほうがいいと思うよ。俺もこうなるのが嫌だから伏せてた、って言ってたろ?」
この戦いの中断が友香の目的を妨げることを意味する発言をする純。
「……ズルい」
友香はそれだけ言って電話を切ることしか出来なかった。例え純に踊らされようとも、友香は優紀に会うためにここにいるのだから、理由を聞くことは出来なかった。
◇◆◇◆
「長話だったな。どうしたんだ?」
道案内を頼まれてから電話を切るまでの長さを不思議に思ったのか紘和が純に電話の内容を尋ねる。
「本当は場所だけ聞くだけだったんだけどね。いや、知れる情報が多いと余計なことを考えちゃうって話だよ」
「……どういう意味だ?」
「そうさなぁ。ヘンリーとジェフが裏でつながってたとする。そうしたら、お前はこの戦いをどうみる?」
実につまらない例え話とでもいうようなテンションの純。
しかし、その例えが妙に現実的なものに感じる紘和は少し考えてから答えた。
「よほど、天堂家を潰したいのかと思う。それに殲滅するのにもためらいがなくなる」
紘和の答えに純は口をぽかんと開ける。
そして笑いながら答える。
「ハハハ。そうだな、そうだよな。お前は敵を排除して高みを目指せばいい。それが出来れば、この戦いの理由に意味はない。それでいい。……そうだ、お前はそれでいい」
紘和はなぜ笑われたのかわからず、少しムスッとする表情を作った。
「それじゃ、篠永さんを迎えにいくぞ」
それだけ言うと紘和は走り出した。
「まったく、俺はつまらない男だ」
純の言ったその声を聞き届けたものは誰もいなかった。
◇◆◇◆
そして場面はホテルの一室で紘和が泰平たちに今後の説明をしていたところまで戻る。
「お先でしたぁ」
シャワーを浴びてさっぱりした顔で泰平たちの前に現れた純。
「説明は終わったの? すぐに動ける準備は出来てる?」
「あぁ、説明というか俺が持つ情報の共有は済んでる。戦闘準備が整ってるかで言えば……まぁ、みんなできてるんじゃないかな。心構えは」
泰平と梓、そして友香が紘和の方をまっすぐ向き、その心構えが整っていることを意思表示する。
瑛はカメラのレンズを磨きながら遠足前の子供のように、今後降り注ぐスクープを独占できることを楽しみにしているようだった。
「そっか。ならよかった」
「よかった?」
紘和の疑問に対して答えたのは友香だった。
「敵が来ます」
言葉通り、紘和たちがいた場所のちょうど真上の天井が、壁が音を立てて崩れた。
◇◆◇◆
「この場所がわれているということは敵の諜報能力を称賛するべきか、内通者を疑うべきか」
央聖がいたのは半壊したパーチャサブルピースの支店の地下、武器庫である。翌日から動けるようにラクランズの確認と人員の見直しをしているところだった。
そこへ奇襲をうけたのだ。
「ふむ、資料によると転移とコピーと怪力能力を有する人材と……未確認が二人。五人でどうにかなると思っての行動か、それとも様子見なのか」
央聖は目の前の敵と思われる男女を見ながら顎を擦る。
「まぁ、バカ息子に損害を出され、幾瀧に下に見られてむしゃくしゃしていたところだ。私の持つ切り札で圧倒させてもらおう。構わないだろう、茅影」
「まぁ、ロシアの目はどこにもないので構いませんよ」
央聖の後ろにいる茅影と呼ばれた男は、央聖の求める許可を承認する。
「ラクランズを横取りする編成……商売敵としては、最悪だな。コラード、負傷している三人の代わりに相手をしてやれ。これ以上ナメられるのは、許せん」
苛立ちの目立つ央聖の命令にソフィーが新人類五人の前に出る。
「おまかせを」
それだけ言うと、ソフィーが全力で数体のラクランズと共に新人類へ攻撃を仕掛けた。
◇◆◇◆
「どうして、このタイミングで奇襲を仕掛けてきたの」
タチアナが驚くのは無理もなかった。旧王立海軍大学は新人類にとっても研究されていた場所という意味では古巣であり、転移の能力を持つ人間がいれば内部構造を理解されている以上警戒を厳重にしても突破されるのは何ら驚くに値しない。そう、驚いたのはタイミングであった。新人類という証拠を隠滅するために戦力を集めて、決起して各陣営が各自の準備を始めているであろう時を狙いすましたかのように襲撃してきたのだ。そして、ロシア側から派遣されていたタチアナを含めた合成人十二名の前にも五人の新人類がいた。資料で確認できる能力は怪力を持つものたちだけだ。しかし、ここへ来たということは転移の能力者もいるのは間違いなかった。
タチアナはすかさず通信機でヘンリーに連絡を取る。
「ヘンリーさん、こちらの情報が筒抜けのようですが、そちらは大丈夫ですか?」
「そう、そっちにも出たのね」
そっちにもという言い方で同時多発的に攻撃されていることを理解する。
「こちらが確認出来るのは五人。うち、一名は資料に載っている怪力の能力者です」
「こっちは十人いるわよ。まったく、この感覚、細分化したかこちらの把握していない能力者がいそうね」
ヘンリーの通信機からも館内に轟きはじめた銃声が聞こえてくる。どうやら、新人類側は戦力を見極めた上で人員の構成を多少変化させていることがわかった。つまり、合成人ならこれだけの人数と能力で対処できると判断されたということである。
その判断材料が調べられていたことにも驚くべきところではあるが、タチアナはそれ以上に五人で十分と判断されたことに合成人としてのプライドが傷つけられていた。
「なら、すぐにこちらを片付けて合流します」
「期待してるわよ」
お互いに気合を入れて通信を切る。
「最近、私自身負けがこんでたからちょうどいいわ。みんないくわよ」
タチアナの号令に十一人が吠えた。
◇◆◇◆
「私は、悪夢を見ているのか」
泰平が言いたいことはよく分かる。日本チームと相対した新人類の数、十五人。うち三人が成りすまし。なぜ成りすましとわかるのか。それは、決して泰平の見ている悪夢が新人類の人数でないからだ。
敵対する側に紘和が三人いるのだ。
「あの襲撃の時にすでに回収されてたのか」
紘和のやっかいなというニュアンスの込められた言葉に友香は異を唱えたかった。しかし、そこから友香の別行動とそこで得た情報を推測されては恐らく純の計画が崩れ、陸に会える可能性が低くなると考えると友香は紘和の想像を正すことが出来なかった。会議室にいたデニスも成りすましで、きっとめぼしい人間の情報は会議終了後に悠々と採取していたのだろうと。
しかし、全体を把握していえば本当に驚くべきは紘和が三人、目の前に現れたことではない。成りすましによる紘和三人を加えて十五人の新人類が日本チームを襲撃したことにある。つまり、央聖率いるパーチャサブルピースよりも、タチアナ率いるロシアの合成人よりも、ヘンリー率いるイギリスの軍隊よりも危険だと敵に判断されていることになる。そう判断した人間が敵側にいるということになる。
八角柱という化物クラスのヘンリーを上回る勢力だと。
「まぁ、いるのは知ってたけど、嫌がらせにしちゃぁ、最初から慎重に来たな、九十九」
その言葉に反応したのは二人。自身を三人、目の前にすでに臨戦態勢に入っていた紘和がより深く集中する。そして、友香の目が見開くのだった。
◇◆◇◆
「まずは、彼らが戦場を作る。そう、彼らの悲痛な叫びが舞台を高みへ引き上げる。彼らに勇気を与えたこの力を分け与えてくれたことに感謝するよ、九十九陸」
培養基や電子機器が入り組む暗い部屋の一角に座る男、ジェフが向かいに座っている陸に感謝を述べていた。
「構いませんよ。これがあなた方の救いになり、俺達にとっては解明になる。こちらこそ、素晴らしい実験結果、ありがとうございました」
陸がジェフに微笑み返す。そう、黒い粉をイギリスへ持ち込んだのは陸であり、陸ならば黒い虹に対して長寿であるために何らかの情報を持っていて行動を起こしていたとしてもおかしな話ではなかったのだ。事実、知っていたからこそイギリスに持ち込み解析した結果を日本へ持ち帰り剣の舞計画に利用させたのだろう。なぜ、そんな協力をしたのか。本当に純たちから逃げたいのならば天堂家にかくまってもらわず、イギリスに黒い粉を持ち込みに行く時に逃げ切ってしまえばいい話だったのではないのか。しかし、ここでそんな憶測をしたところで陸の本心がわかるわけではない。では、なぜジェフに黒い粉の話を持ちかけたのか。
医学的な検知で行くならば間違いなくロシアとのつながりがある陸ならばアンナに協力を仰いだほうがよかったのは間違いない。
「それにしても……彼らが羨ましいですよ。俺は」
陸はどういったことがと具体的なことは言わない。
「羨ましい、ですか。私はそれでも考えてしまう。本当にこれでよかったのかと」
「どんな理由があろうと最後に選んだのは彼らです。後悔があるのならもっと接触を図るべきではありませんか……そう、もっと話し合える機会を設けていればと……後悔は先に立たないのですから」
経験談の様に、そう、今もなお自分のしていることが正しいのか悩んでいるかのように話す陸の姿にジェフはこれ以上、場の雰囲気がマイナスに傾くのを避けるべく別の話題を投げる。
「しかし、黒い粉自体がすごいものだということはわかったものの、それはこの世界では確認しようのないものが人の深層心理にあるものを具象化するというだけのことで、なぜそういったことがこの物質に出来るのかはわかっていないが、これを解明と言っていいのだろうか」
ジェフは研究者として成果が上げきれていないことをどう処理したものかと話を切り出したのだ。それはジェフにとって多大の利益があった今回の件。その利益を返す上で黒い粉の研究結果を全て陸に提出するというものがあった。いわゆる交換条件である。
しかし、わかったことは先に述べた通り黒い粉がこの世界にないものであることと服用したものに異能を授けることがあり、発現する力の内容は本人の心に強くこびりついた感情であるということだけだった。
「構いません。欲しい情報は手に入れられたので」
「それは、先日の日本での事件と関係があるのだろうか」
ジェフは聞いていてからこれはこれで踏み込みすぎたかと自身の発言の軽率さを鑑みる。
「いえ、あれは個人的に逸話を持つ武器というものが人のように特別な何かを持っているならば黒い粉が作用するだろうという仮説のもと行ったただの実験ですよ。結果は半端なものを産み出すだけでしたけどね。蝋翼物そのものに複製させないためのプロテクトがあるのか、人の感情というものが神の領域なのかはわかりませんけどね」
「そう、か」
陸の発言を受けて、ジェフは改めて自身の立ち位置を痛感する。そう、これはジェフが起こした事件ではなく誰かが起こそうとしている事件なのだと。ジェフ自身は片棒を担がされているだけに過ぎないのだと。そして、その誰かの候補が目の前にいる陸なのだろうと。
様々な思惑が新人類殲滅戦が、誰かの意思で今開幕のゴングを鳴らしたのだった。
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