第二十一筆:黒い虹に隠された謎。侵略? 新人類!

 グリニッジ財団が所有する旧王立海軍大学内の地下。純と紘和、そして取材機材を全て地下へ続く入り口前の検問で没収された瑛がヘンリーの後ろをついて移動していた。この地下空間は七星が出来た時に、先代のイギリスの希望が築いた場所で様々な研究や会議が秘密裏に行われている場所だと言われている。各国の上層部しか知らない案件であるため紘和たちも現状ヘンリーが道中で説明したこと以上のことは基本知らない。

 国民であっても知らないという点は、まさに先日の国会議事堂の下に突如出現した地下空洞と同じようなものだと瑛は捉えていた。


「この部屋よ」


 扉の前には先程まで一緒にいたデニスと同じ顔の男が立っていた。デニスはヘンリーたちの姿を確認すると扉を開ける。そして開け終わったのと同時に純が動き出していた。そう、先ほどと変わらぬ勢いで動き出していたのだ。デニスは攻撃されると思っていなかっただけに動き出すのが遅れる。

 ただし、この場合戦闘態勢に入っていたとしても純に間合いに入られることを防げていたかと言えば怪しいところはあるのだが。


「大丈夫よ、幾瀧。彼はちゃんとデニスだから」


 純の手がデニスの首に届く直前で大きな手のひらに激突する。


「何? 見分ける方法でもあるの? というか一応、こっち視点だとあんたが偽物って可能性もあるわけなんだよね」

「それはこっちのセリフだったりして……。まぁ、ここでやるにはお互い窮屈だと思うわよ」


 純はデニスから手を引いて、両手を広げると敵意がないことを示すと、そのまま紘和の隣まで引き下がった。

 そして、本来なら紘和が真っ先に安全の確認のために前に出ていてもおかしくなかったが、それをからかう意味で純はそっと紘和に耳打ちした。


「どうよ、温室育ち。世界も中々広いだろ?」

「広いかもしれない。でも、お前をものさしにしてると、広かったとしても目測が狂ってしまよ」


 耳打ちした純は、紘和が意外と素直な感想を述べたことに、驚くことなく内心ため息をついていた。それがただ純の問いかけに興味がないだけで、ただの淡白な相槌に近いものであることを見抜いているからだ。

 この場で意識が逸れる問題に直面しつつも、行動に即座に移さず、感情を抑えたことに称賛して、純は会話を続ける選択をした。


「ハハッ。ジジイがそれ聞いたら首から上が飛ぶぞ。妙なところで俺を持ち上げるな」


 驚いたからこそ、素直に返した純の感想だったが、ジジイという言葉に反応したのか、ヘンリーの顔が純と紘和の近くにあった。


「やつを彷彿とさせる言葉だけは控えていただけないかしら。天堂と呼ぶのも、そこの坊やの殺気も我慢してあげるから、お願い」

「あぁ、安心していいよ。七星のみなさんが嫌ってる新参者もラインってやつは心得てるからさ。だから、そう邪険にしないでよ。それに、この殺気は……想定内、だろ?」


 珍しく純が一樹を庇っているように見えた。しかし、それよりも際立つのは、ヘンリーの怒気と殺気だった。ヘンリーの言葉からは今すぐにもここでやってやると言わんばかりの凄みがあり、その場の空気がピキッと張り詰めるのがわかった。だからこそ、その場にいたただ一人の一般人以外、臨戦態勢に入っていた。

 そんな緊張感漂う中、糸を緩めたのはその唯一の一般人であり、危機感を危機と捉えきれていない瑛だった。


「え、ちょっと二人とも何なの。どういう状況。私まさか戦闘に巻き込まれて死なないよね。私にはここの秘密を日本に持って帰って世界中に広めて一発当てる目的があるのよ」


 何かズレたその職業魂に感心しつつ、ヘンリーを前に平気で言ってしまえる天然ボケに純は笑い、紘和はため息を漏らした。


「随分と生意気なこと言ってくれるわね。そんなことしたら、それこそ死んじゃうかもよ」

「ヒッ」


 ヘンリーの言葉に、瑛の脳内ではここに来る前に釘を刺す様に言われた自己責任という単語が、死が眼前を駆け抜けた気がした。

 しかし、先程の張り詰めた空気の一部はすでに消えていた。


「それじゃ、改めて中に入ってちょうだい。詳しい説明をしてあげるから。そう、助けてもらうための前払いよのお話よ」


 改めて開け放たれたドアの先にヘンリーは純たちを招き入れた。


◇◆◇◆


「さて、何から話したらいいかしらねぇ」


 上にシャンデリア、壁には隙間なく本の詰まった本棚がびっしりと並んでいた。そして、扉側が開いたコの字に配置された長テーブルに幾つもの椅子が置かれている。ヘンリーは所謂お誕生日席に座り、その左側のテーブルの一番前に紘和、次に瑛が座り、間を空けて最後尾に純が座った。一方、紘和たちの反対側には知った顔が三人座っていた。一人はデニス。そして問題はもう二人だった。

 一人がタチアナ。過去に紘和がみすみす見逃すことになったロシアの合成人の一人。そしてもう一人がソフィー・コラード。央聖の秘書に当たる女性だった。

 向かい合っている人間は往々に居心地が悪そうに殺気立っていた。


「取り敢えず、あんたの口から何がどうなって三つの団体の代表を集めることになったのか説明してよ。じゃないと、あんたが決める前にここで殺し合いが始まって、生き残ったやつが担当することになるけど……望むところではないでしょ、カンバーバッチさん」


 唯一、楽しそうにそわそわしている純から助言が入る。


「紘和、向こうさんの解答があるまでは今まで通り抑えろよ。ちなみに教えてなかったのはわざとだ。安心しろ」


 続けてわざわざ全員に聞こえるように、そしていつものように紘和を満面の笑みで煽る純。先程から溢れる紘和の怒気は今回の一件が央聖絡みだと扉の向こうにいた人間を確認し、即座に理解していたからだった。一方で、この場で意外な人物が顔見知りでもあった。タチアナと瑛だ。そう、瑛にとっては駅前で純と一緒にいた女性がタチアナだったのだ。


◇◆◇◆


 本当になんとなく朝食を済ませて、朝から面白いことはないかと市街探索をしていた純。

 すると見知った顔を見つける。


「あれ、タチアナさんじゃん」


 その出会いに最も驚いたのは声をかけられた、顔を防寒具で隠していたタチアナだった。サングラスまでしているのだ、普段から顔を突き合わせる仲でも気づくか怪しい状態のタチアナを純は呼び止めたのだ。しかもそれがタチアナにとって因縁の相手ならば尚の事驚くだろう。

 だから、無視して早足で人混みに紛れようとする。


「逃げない方が君のためだよ」


 耳元からする声に思わず後ろを振り返るタチアナ。しかし、そこに純の姿はない。つまり、これは背面で待ち構えているパターンだと察し、振り返ったまま進行方向にそのまま駆け出す。【漆黒極彩の感錠】を持つエカチェリーナを、ロシアの右手の五番手を生身で迎撃して勝利を収めている男である。挑んで何とかなる相手でないことはすでにタチアナもよく理解しているのだ。

 もちろん、このあがきすら意味がないということも。


「ウェルカム」


 走った先で純とぶつかったのだ。

 恐る恐る顔をあげると勝ち誇った顔をした純がいた。


「どちら様ですか」

「嫌だなぁ、俺だよ俺。忘れちゃったの? 君を紘和の魔の手から救い、食事を共にして、ツァイゼルと鉢合わせ、合成人たちと遊んであげた純君ですよ。こんなインパクトのある出来事を共にしてるのに半年も経たないうちにうちに忘れられちゃうなんて、もしかして嫌われてなかったりするのかな?」

「一日たりとも忘れたことはないわ」

「そうでしょうともそうでしょうとも。知ってるよ」


 白昼堂々と人通りが少ないとはいえ、町中で純は得意気に悪びれる様子もなくタチアナにしてきたことを告げる。だからこそ、タチアナもムキになり安い挑発に乗ってしまう。

 しかし、それすらも反応してもらえた事実として嬉しかったのか純は口角の両端を上げた。


「それで、何のようかしら。こちらには何もないのだけれど」


 タチアナはこの状況をすぐにでも振り切りたいという考えから、手短に話を聞いて満足してもらおうと考える。


「ん~、俺としては紹介されてるから是非彼ら共々有効に活用したいのだけれど、取り敢えず歩きながら話さない?」

「紹介?」


 身に覚えのないことにタチアナは眉間にしわを寄せ、純に疑いの目を向ける。


「そうだよ。……じゃぁ、あそこの喫茶店でモーニングでもどう?」

「あなたのおごりなら考えるわ」

「まさか、俺がおごるわけがない。でも、経費で紘和から金を巻き上げるから問題はない」


 タチアナは自然と出ている不快ため息に気づくこともなく、紘和に同情するのだった。


◇◆◇◆


 結局、純とタチアナは飲み物とサンドイッチをコンビニで買い、人気のない公園の隅のベンチに腰掛けていた。何を話すにしろ、されるにしろ人目につくのはマズいと判断したタチアナからの提案だった。

 そして、サンドイッチを一口食べると純は早速話を切り出した。


「何してるの?」

「散歩。そっちは何をしてるの?」

「同じく散歩」


 質問の仕方が悪いと煽られているような気分になり、タチアナは質問をより自分たちに利が出るようにし直す。


「……イギリスに来て何をしているの?」

「あぁ、そこから知らない感じ? タチアナさんの上司は随分と怠慢だね。俺たち、今ね、お仕事しに来てるんだよね」

「……誰とかしら?」

「ハハッ。質問したいのはこっちだったはずなのに随分とまぁ。じゃぁ、これからの話を円滑にするために紘和と、って答えておくよ」


 紘和の名前を聞き、タチアナは自分が関わっている案件と結びつく可能性を急に脳内に思い描いた。悪い予感というにはすでに答えが迫ってしまっているような、警鐘と言った方がいいかもしれない感覚。

 それを知ってか知らずが、タチアナが思考した故に空いた質問攻めのスキを突くように純が世間話のノリで核心に迫る話を振った。


「散歩ねぇ。ことが露見するわけにはいかないから見回りも大変ってところかな?」

「どういう意味かしら」

「逆に聞くけど、どうして俺たちがイギリスにいると……いられてると思う」


 黙るタチアナ。それはイギリスの仇とも言える天堂家の紘和をイギリスが必要とする可能性があるからに他ならない。益になるからこそ彼らはここに招かれているのだ。

 つまり、現在進行形で起こっている不祥事の後始末を片付けられるだけの実力者、元い協力を仰がれた立場の人間であるということに間違いなかった。


「知ってたら聞きません」


 タチアナに出来ることはあくまで相手から情報を引き出そうとする姿勢であった。


「ざっくりと言うと、今回の最終着地点はどちらが黒い粉を持ち帰るか、だ。もちろん、俺たちやイギリス、そうここは敢えてイギリスと大きな括りで言うけど、がこの着地点をどうしたいかは、口にしないけどね」


 タチアナはゾクリと身体が小刻みに震えたのを感じた。それはあまりにも突然で、核心をつく内容だったからだ。それを包み隠さず探りを入れずに頭に持ってきたという衝撃にタチアナは思わず右隣に座る純の方に顔を向けてしまっていた。その行動は何の確証にもならないが、ほとんど肯定を意味するものに近かった。しかし、純は動揺するタチアナにドヤ顔を向けているわけではなく、むしろ正面を向いたまま真剣に考えるように難しい顔をしていたのだ。

 それがあまりにも普段の、タチアナの知る純とは違うものを感じさせられていた。


「ちなみにそちらはもうどこまで聞いた上でここにいるのか教えてくれない?」


 タチアナはその問いかけに何も応えようとはしなかった。

 それは情報的アドバンテージを譲らないためでもあるが、手のひらで転がされている、そんな敗北感から来る無気力によるところが実際のところは大きかった。


「やれやれ、会話って難しいね。さっきから俺だけが喋ってるような気がするよ。だから俺は一人喋るのをやめないよ。話を一つ前に戻そう。最終着地点が黒い粉の所有権だとして、それを譲るメリットがイギリスに、いや今回はジェフに焦点を当てた時にあるのか、という話だ」


 タチアナは驚き続ける。なぜならジェフという単語が純の口から出てきたのだ。今回の騒動の中心にいると思われるヘンリーの友の名である。

 だからこそ、タチアナは迂闊にも純の言葉を肯定することになる疑問を口に出してしまう。


「どうしてそんなことまであなたが知ってるの?」


 口にしてからタチアナはしまったという顔を表情に出す。


「簡単な話だよ。この実験はイギリスにやらされているからさ。当事者にその自覚があるかは置いといてね」


 言っていることの意味がわからないというのがタチアナの正直なところだった。イギリスが黒い粉の生成をするように仕向けたことの真意もだが、それ以上にこのことをロシア側が認知していないことだった。

 正確にはタチアナの知らないところで何か事が進んでいるのかもしれないことを考えたとしても、それはあまりにも暗躍する人間たちの危険度の高さを意味していた。


「そもそもこの黒い粉って誰が、どこで手に入れて、ここで研究し始めたと思う?」


 タチアナには二つの恐怖が同時に襲い掛かってきていた。それは知っていてもおかしくない立場にありながら、純の質問に答えられない、突然部外者になったような、得体の知れない研究に足をいつの間に突っ込まされていた様な恐怖。そしてもう一つは、その質問の答えを何故、純が知っている可能性があるのかという、目の前の全能的に見えてしまう人間に対する得体の知れない恐怖だった。

 そんなタチアナの心を見透かすかのように、顔色を伺うため顔面を近づけてきた純は返事を待たずに、そして顔を離さず問い詰める。


「そうか、あなたは聞かされてないのか」


 名前ではなく二人称で、そして他人行儀なその言葉遣いはタチアナの恐怖を煽るには十分だった。何より、自分が知れる立場にあるというのがまた、随分とくるものがあった。後で問いただす必要すらあると考えざるを得なかった。

 そんなタチアナの表情の変化に満足したのか、純は顔を離し再び正面を向きながら、喋り始める。


「何故、この黒い粉の発見がニュースにされていないのか。いや、黒い虹の出た天気雨が何故、記録として残されていないのか」


 タチアナは黒い虹に覚えがあった。それは、自分たちが日本に潜伏する事案が発生した時に起きた怪奇的な自然現象としてである。しかし、あまりの不自然さと情報の少なさから、気に留めていなかったことである。それほどまでに神格呪者の出現の確認と確保のほうが自国の利益となったからである。

 故に今の今まで黒い粉と黒い虹を関連付けて考えたことなどなかった。


「そんなことが、世界の情報を掌握出来る人間が、君の想像できるだけでどれだけいるだろうね。そう、この答えは想像できる人間すら限られる特異な質問だ。故に疑問に思っても答えを調べてはいけない」


 この時、真っ先に頭に思い浮かぶ人間がいたとしたらそれはチャールズだった。蝋翼物を知っている人間ならば当然の帰結だし、何より黒い虹が出た後日、神格呪者を巡る戦いでニアミスしているという情報は入っているからである。そしてこの想像が正しければアメリカとイギリスが裏で繋がっているということにもなる。勢力図という意味では一歩間違えれば大きく傾きかねない背景である。

 一方で、タチアナが頭に思い浮かべた人物は目の前にいる純という男だった。世界中の情報を掌握することなど例え稀代のハッカーと呼ばれる人間がいたとしても不可能に近いだろう。だが純ならばと思ってしまう自分がいることにタチアナは気づいていた。それほどまでに今までの行動が、言動がタチアナの意識を純へと向けてしまっているのだ。

 故に自身の上司は選択肢から外れてしまっていたのだが。


「あなたは一体……」


 タチアナはその先の言葉を飲み込む。聞いてしまえば答えが返ってくるかもしれないからだ。これ以上純のペースに飲まれるわけにはいかなかった。結局、何はどうあれ最後に自国に利益を持ち帰ることが今回のタチアナのミッションの一つなのである。

 それすら達成されず、真実を知ろうとする見返りに何かを要求してきそうな悪魔との取引を発生させるわけにはいかなかった。


「思いとどまっちゃったか。まぁ、いいよ。きな臭さは感じてもらえたでしょ? 俺だって何でもかんでも知ってるわけじゃないし、口に出せるわけでもないしね」


 そして両手を組んだまま大きく伸びをすると純は更に言葉を続ける。


「この実験にどれだけ君たちが関わっていようが正直関係ない。今回の商談に参加する人間はみなそれを欲する理由を持ってるし、それに見合う対価を用意している。それを前もって、知り合いのタチアナには伝えておきたかった」


 邪魔をするな。穏やかな忠告はそんな宣戦布告としてタチアナの脳内で変換される。そして、純は今回の参加者を把握した上で参加してくることが新たに判明した。

 つまり、あの武器商会、パーチャサブルピースが来ることも知っているということである。


「それは……」

「もちろん、紘和は知らないよ。知ってたら席につかすのが大変になるし、そもそも大事な席が面白くならない」


 タチアナの質問が終わる前にその疑問を悪意を含ませ答える純。


「さて、これでどんな扉が開くのか、ちょっと見ものだな。なぞるのは退屈だからね」


 それだけ言うと話は終わりだと言わんばかりにベンチから立ち上がる純。そう、この会話の中で何か大きな真実をタチアナが獲得したわけではない。それは純が知らないからなのか、それとも意図的に隠しているからなのかはもちろんわからないままだった。そう、純は話すこと全てを中途半端、否まるで導くようにこぼしたのだ。

 情報という大切なアドバンテージを惜しげもなく赤字覚悟で漏らしていた。黒い粉が黒い虹に関係すること。それを用いた実験がイギリス主導の元、ロシアの支援が何かしら行われていたこと。その裏にチャールズなどのより大きな存在が関わっていること。そして、純がそれらを知っていること。全てが意味することを捉えることは出来ない。加えて、純の口から出たこれらの情報に信憑性があるわけでもない。しかし、短い付き合いのタチアナにもこれらの情報にほとんど脚色がないのはわかった。なぜなら、純という人間はこういったディスアドバンテージを楽しむ節があるのだ。それはベンチを立った際の言葉からもわかることだった。

 どんな扉が開くのか。そう、純はこの膨大なパンくずの道標を辿った先のタチアナの反応が見たいのだ。それがどのような結果であれ、純は楽しそうに再びタチアナの前に現れるのだろう。普通の人間ならば考えられない行動。だが、純にはそれすら意に介さない実力がある、そういうことなのだろう。事実、タチアナの知りうる限りの実力でもそれだけのモノがあった。

 タチアナの中に苛立ちが芽生え始める。出会ってからずっと続く手のひらで踊らされている感覚。しかし、この事実を確認、もしくは伝達するという行動が必要不可欠な立場にタチアナはある。

 タチアナは純を睨む。


「さて、駅前までデートしよう。付き合ってくれるよね」


 タチアナは何も言わず、それでいて純の後を着いていくことを選択した。そして駅前に着くまでに純は道行く人にときたまちょっかいを出しながらデートとは程遠い行動をしながらタチアナに世間話を喋り続けた。情報を得た代償としてタチアナはそれに終始無言で付き合ったのだ。

 そして、駅前についた頃にはお昼になっていた。


「篠永さんじゃん」


 そこからは純とその知り合いの女性との会話を少し耳にしながらも約束の駅前まで来たのでそろりと姿を眩ませるべく人混みに紛れた。意外だったのは純の静止が入らなかったことだが、つまりは用無し、そういうことなのだろうと判断しタチアナは自信の手に入れた情報をより明瞭なものにするため動き出した。


◇◆◇◆


「じゃぁ、早速だけどどうしてあんた達を呼んだのか簡単に説明するわね」


 未だギスギスした空気の中、純の言葉を機にヘンリーによる説明が始まった。


「あたし達が新人類と呼んでいる、あたし達が創り出した生物兵器を殺して欲しいの」


 デニスとタチアナ、純を除いた人間の注目がヘンリーに集中するのがわかった。新人類、それが何かを求める視線だった。ヘンリーもその場にいる誰もが求める情報を理解していたため騒ぎ立てるものはいない。

 いや、瑛だけが頭を左右に小刻みに傾けているが、他はヘンリーの言葉を待ち、ヘンリーもその要求に答えるべく口を開く。


「新人類は、黒い粉、黒い虹から採取した粉を用いて、その人間の抱える心理的問題を浮き彫りにしすぎた結果生まれた、その心理的問題を異能として授かった人間のこと。そんな彼らが力を得たことで反旗を翻したの。それをあまり表沙汰にしたくないから……実力のあるものに殺しを依頼したいのが今回の招集の意味よ」

「それ、八角柱が集まる時に言うんじゃダメだったの? いや、それこそ八角柱の誰か……アンナ、さんとかに頼むだけじゃダメだったの?」


 誰もが新人類やそれを生み出したとされる黒い粉の詳細が気になるはずの中、純が的確な質問をする。実力だけで言うなら民間人やどこぞ企業よりも八角柱を利用して行動したほうが迅速で表沙汰になるリスクを最小限で抑えられるはずだったからだ。何より武力という点で八角柱ほど信用できるものもないだろう。

 もちろん、純だってそんなことをすれば八角柱内でのイギリスの地位が脅かされ、他国との濃い繋がりが露見するという表向きの理由を隠蔽したいことを承知での質問だった。


「その質問はあたしが今からしようとした報酬や判明している新人類の能力の開示よりも大切なことなのかしら」

「あぁ、大切だとも。君の口から八角柱としての失態を他に知られたくない、または他国との繋がりを悟られたくないと口にしてもらうか否かでは、クライアントとホスト間の信頼に関わる。これがビジネスならば尚の事利害をはっきりさせる上で信頼というのは大切なことだと思うがね」


 突然の、この場にいない男の声。その声に明らかに態度を変えた人間がこの場に二人いた。一人は純だ。ヘンリーに表面的な解答をさせた上で真意を聞き出す、その過程を楽しもうとしていた純の娯楽を、先に表面的な理由を述べることでヘンリーに貸しを作られたのだ。そう、これで相手の状況をどれだけコチラが理解しているかという情報力を見せつけ、この場にいる誰よりもヘンリーに対して高圧的に条件を突きつけられる立場を築いたのだ。そんな外野の登場を純が快く思わないのは当然である。一方で空気の変化が生まれたことに満足している状況でもあった。そう、純とは違う方向で明らかに殺意が増した男がいたからだ。紘和である。

 声の主は央聖だったのだ。

 つまり、周囲が警戒するほどの殺気を放ち始めたのは他ならぬ紘和だった。


「紘和、今は話を前に進めたいから後にしろ」


 ため息を吐き、背もたれに思いっきり体重を乗せながら笑いを噛み殺しながら紘和を静止する純。


「あぁ、そうだな」


 誰もが純の指示に紘和が大人しく従うようには見えないと思えるほどにその顔は強張り、身体は前のめりになっていつでも暴れ出しそうな姿勢を保っていた。

 ヘンリーは二人の間柄を詳しく知っているわけではないものの、この手の確執は下手になだめれば火傷をもらいかねないと判断して、紘和の放つ殺気を収めようともせず、央聖の質問に答えることにした。


「もちろん、パーチャサブルピースの社長さんの言うことも理由に含まれるわ。でもそれ以上に、ここにいる人間なら後始末が楽だから、かしらね」


 ソフィーの襟元にある通信からはもちろん、誰もその意味を尋ねる者はいない。

 しかし、お互いに先程の紘和に対する緊張感とは別の緊張感が漂い始める。


「パーチャサブルピースさんに言ってもらった通り、この問題は自国で解決したいけど手に余る問題になっているの。どのような能力かわかっている人間は数名。それでいて未だに新人類の製作は続けられているわ。異能を持つ人間を、ただの人間が武器を持ったとしても苦戦するかもしれないのに、未知という要素まで加わればいくら八角柱の私と私が厳選した兵力でも国内だけではまかないきれないわ。だから外部に兵力を要請する理由に値すると理解できるわよね?」


 言葉を区切るための確認をとる呼びかけ。

 つまり、ヘンリーは理解したかどうかを聞きたいわけではなく、手元の二リットルペットボトルの水を飲むため、懇切丁寧な説明を一度切ったのだ。


「つまり、頼むならばあたしぐらいの戦闘力がなければお話にならない。でも、仮に八角柱に招集をかければ事情を知らない国を除いて、残りの国からこの研究に対する非難をされるでしょう。当然よね、この生物兵器は国家間のバランスを崩しかねない戦力と捉えられるもの。蝋翼物以外の新しいバランスブレイカー。聞くだけでもぞっとするでしょ? だからこそ八角柱が介入して解決すれば、その見返りとして実験データが平等に押収されるの。そうなったらこの惨事を再び繰り返すことになるか、新人類を用いた戦争が始まっちゃう可能性があるわけ。そう、国家間のパワーバランスが並行したまま上昇するの。そして、運良く秀でた国が得をする可能性もある。国単位で考えるのならば、この運良く秀でるなんて平気で起こりうる可能性はあるわ。それは結局、国家間のパワーバランスを揺るがしかねなくなるの。イギリスに出来なかっただけでね。理解できるわよね?」


 再び水をラッパ飲みし、空にしたヘンリー。少なくとも生物兵器を作るために人間を実験に使っていたという倫理観に対するお咎めは議論の余地としてはないことを前提に、加えてあくまで自分たちがやろうとしていたことを棚に上げて各国のパワーバランスを心配し、自国の立場の危機を有耶無耶にしようとしている始末であった。それでも、今前述の内容が目の前の案件に関係のない誰かの私情にしかなりえず不要な情報であるのも明白であった。故に誰も口を挟まない。

 無造作に空になったペットボトルを押しつぶすとそれをテーブルの脇に置いた。


「そこで依頼する相手は限られてくる。八角柱並の戦力があり、仮に黒い粉ないし新人類の実験データが報酬として渡ったとしても後始末が出来る、国家間で問題の起きない相手。そう、前者がお前ら、イギリスの宿敵である家名を背負った人間どもと、後者が事前に生物関係で助力を求めていたロシアというわけ」


 今までのオブラートに包んでいた内容を裏表なく話し、満足したと言った顔を見せるヘンリー。そう、漂い始めたお互いの緊張感とは、イギリスと天堂家の間に存在する確執を産んだものだった。イギリスにとって不祥事が起きてもためらいなく殺せる人間に真意を添えた時、依頼が受理されるのかという互いの公開されたリスクに対する結果の行く末が未知数だった故の緊張感。ヘンリーからすれば引き受けてもらわねば困るが、それでも脅しに近い憎悪が隠しきれない。一方、央聖からすれば武器商人として技術は喉から手が出るほど欲しいが、一歩間違えれば首が飛ぶ可能性がある。紘和も本来ならば黒い粉ないし新人類に対して央聖と同様の考えであってもいいはずだったのだが、そもそも純から予備情報がまったくなかった上に、自身の戦闘力向上を目的としているためいまいちヘンリーの思惑にはそっていない。だが、それでもヘンリーから向けられる憎悪に身構えたのは確かだった。なにせ、八角柱。

 純の動きについてこられるだけの戦闘力を持つ人間である。


「さぁ、これを聞いた上で殲滅戦に参加してくれるかしら」

「いいでしょう。ラクランズを百体、それとこちらの優秀な兵力を三十人無償でお貸ししましょう。見返りは現地調達させていただく、ということでよろしいですか?」


 ヘンリーの問いに即座に参加の意思を表明したのは央聖だった。ヘンリーからの憎悪を意に返さぬためらいのない返答。加えて、商人であるにも関わらず、無償でその品物を提供すると言ったのである。しかし、最後にヘンリーに対して挑発とも取れる言葉を付け加えているわけだが、そこはヘンリーの処分するという脅しに対抗したものとも取れた。話の結果だけを追うならば、央聖にとってはそれだけの価値があると黒い粉や新人類に判断が下されたことは明白だった。柵ではなく利益を考える、実に商人らしいともとれる判断であった。

 話を突き詰めて真に恐ろしい点があるとすれば、央聖側にはヘンリーに対抗し得るだけの戦力があるという点ではある。


「構わないよ、あたしの言った言葉の意味をしっかりと理解できているならね」

「えぇ。では商談成立でよろしいですか?」

「いえ、まだ返答が聞けていない方々がいらっしゃるから待ってちょうだい」


 ロシア側とはすでに何らかの話し合いがついていると考えるのが今までの話の流れから妥当である。すなわち、ヘンリーは紘和たちの返事を待っていることになる。もちろん、どういった事情であれ武者修行の一環でしかない紘和にとって黒い粉などの情報はどうでもいいことだった。これは同時に紘和自身が異能の力を手に入れたいと思っていないことも含まれていた。だから、特に考えもなく高みを目指すための礎になってもらおうと了承の意を示そうとした紘和。

 しかし、横やりが入った。


「もしかして、断ったらこの場の全勢力と新人類を相手取るって構造がすぐにかなったりするの?」


 純だ。そして、その言葉にいち早く反応したのはタチアナだった。何度も臨戦態勢になってもおかしくない空気は訪れていたにも関わらず、タチアナは純の今日の献立の内容を確認するようなトーンの口調に対して合成人としての白いフクロウの姿をその場で発現させたのだ。そんなタチアナの急変を見て、遅れながらヘンリー続いてデニスが明らかに純に敵意を剥き出し臨戦態勢に入った。恐らく、前回のエカチェリーナとの戦闘能力が両国間で共有されているのだろう。

 故に、ソフィーは初めて見る合成人の姿に目を見開いていた。


「嫌だなぁ。みんな怖いよ。俺はもしもの話として聞いただけだよ。この部屋、いろんな仕掛けがあるみたいで、断ったら多勢に無勢で殺されるかと思ったんだもん」


 口元を抑えながらすべてを見透かし小馬鹿にしたように笑う純。そんな中、紘和の考えが変わろうとしていた。了承しないほうがたくさん戦えるのではないか、という考えがよぎったのだ。加えて新人類を殲滅することになって仮にパーチャサブルピースと手を組むことになるならば、正当な理由で央聖を殺すことのできる対立という形を取ったほうが紘和の利になる部分が大きいと判断したからだ。そして、この考えに至る最大のポイントだったのは純が先程のセリフを言ったタイミングにあった。

 それはまさに紘和がイギリスに助力を約束しようと口を開く直前だったからだ。


「だから、後ろに控えてる合成人やらイギリスの精鋭は必要ないって。俺たちもその新人類の殲滅ってやつには手を貸すよ。仮にさっきの仮定の話が実現したら俺たちイギリスとロシアの権力者を殺し、家族まで手にかけた世界中のお尋ね者になっちゃうもん。そんな世界平和から遠ざかるような真似はしませんよ。なぁ……紘和?」


 しかし、紘和を見透かすように嘲笑ったのもまた純だった。紘和の為すべきことを考えるのならばここで事を荒立てるメリットはなかった。そして、央聖の登場でいかに自分の思考が短絡的になっていたのか、紘和は確認することが出来たと思うことで今回の純の言動には苛立ちよりも感謝することにした。

 そんな落ち着いた紘和がお気に召さなかったのか純は口をすぼめて、そこからチェッと事がうまく運ばなかったことを悔しそうにするセリフを吐きそうな顔をしていた。


「もちろん、私たちも私と純という戦力をお貸しします。見返りはすでに入国、という形でいただいていますから。最高のヒールを演じさせていただきましょう」

「お前にしてはいい感じの嫌味じゃないか、紘和」


 紘和のセリフに笑いで答えるのは純ただ一人。

 ソフィーからすれば、イギリスが依頼を断った時に口封じを考えていた事実を語られたのである。もし、この場に央聖自信が赴いていたとすれば息子とイギリス両方の脅威に曝されていたことになる。だから、ソフィーからすればこの場にいるのが自分でよかったと安堵の気持ちでいっぱいだったのだ。央聖というパーチャサブルピースの要を失うわけにはいかないのだ。

 一方、タチアナやヘンリー達は純の発言を踏まえて、それを否定しない紘和という存在そのものに狂気を感じていた。最悪のケースとして無理矢理にでも従わせるために構えていた戦闘員の存在がバレていたこと以上に、パーチャサブルピースとの取引ほぼ成立の状況を目の前にして、敵対しても問題ないと言い切った純とそれを否定すらしない紘和。ヘンリーも純と紘和の強さの一部分はすでに目撃している。加えて、タチアナを通じて二人の戦闘力や何かが欠けている感覚を聞いていた。だからこそ、万が一に備えてイギリス側の精鋭とロシア側から要請した合成人を部屋の向こう側に配置させていた。もちろん、純からすればただこちらを煽っただけかもしれない。事実、純の全力を直接見たことのないヘンリーにとっては先程タチアナが変身してまで身構える気持ちを完全に理解は出来なかった。しかし、結論から言えば甘かった。それがヘンリーの考えだった。前情報以上にやっかいな人間を招き入れてしまったとヘンリーは内心舌打ちした。

 そんな中、気の抜ける声が部屋に響く。


「いや、幾瀧も天堂も言ってもいい冗談と悪い冗談があるのはわかってるよね?」


 瑛のもっともな言動が、残念なことに今最も浮いたセリフとしてその場の緊張感を緩めるのだった。


◇◆◇◆


 臨戦状態が解除され、皆があらかた落ち着いて席についたのを見計らってヘンリーが再び話し出す。


「それじゃぁ、みなさんはイギリスに協力して新人類を殲滅する。だから、あたしたちに協力的であれば、利益を巡ってどちらかがどちらにちょっかいを出そうとも気には止めないわ。期日は一週間。できるだけ表沙汰にならないように迅速にお願いするわ」

「表沙汰にならないようにすることは、先の説明から求められる秘匿性と国民の不安を煽らないためにも尽力させていただくつもりだが、なぜ、ここで期日が設けられるか教えていただきたい」


 央聖の疑問はもっともである。この事態を早急に収めたいイギリスの気持ちもわからなくはない。しかし、期日があるということは、それまでにどうにかしなければならない理由が存在することを同時に意味した。

 央聖はその理由が気になったのだ。


「早くて一週間後にジェフの元にいた人間が全て新人類に変わると予想されているからよ」


 その解答で最悪の状況が一週間後に迫ってくることは理解できた。

 同時に、紘和やパーチャサブルピースからしてみれば初めて聞いた人物の名前がヘンリーの口から飛び出す。


「全て彼にしてやられたと言っても過言ではないわ」


 その口調はとても重く、実際にヘンリーが頭を抱えていた。

 そしてポツリ、ポツリとジェフについての説明を始めた。


◇◆◇◆


 ジェフ・オルフスは時代が時代ならば八角柱に名を連ねていたかもしれない人物であった。わかりやすく言えば、オーストラリアの知恵のラクランが持つ工学的技術力とロシアの愛のアンナが持つ医療技術を半分ずつ持った存在である。中途半端、そう捉えることも出来るかもしれないが、どちらの技術も等しく扱えるぐらいのレベルであると考えれば、その総合的な技術力はこぞって国が求める力になる。しかし、目立ちたがることを嫌い、その技術力も自身が持つ孤児院のためにしか用いなかった。最低限の研究依頼を受け、その成果を全て孤児たちに還元する。つまり、お金を稼ぎたい、欲しい立場の人間であったが故に、技術の向上を目的としていないという点が八角柱への路をより一層と遠ざけるものになった。

 なぜ、そんなことをするのか。そんな疑問にジェフは以前、長い付き合いのヘンリーのしつこい申し出を受ける形で雑誌のインタビューで答えたことがあった。


 孤児だから。


 この言葉は当時の欧州では様々な議論をうんだ言葉であった。人によっては孤児という存在を浮き彫りにした表現のようで、暗い印象を色濃く受けたためである。それは受験生に対して滑るという言葉を避けるようなことであり、孤児に孤児だと言うのは、当事者はもちろんだとしてもそれ以上に周囲がマイナスに意識しているからこそ起こる哀れを想起させる、人間的な感情論に近いものがあった。故に、孤児という存在を正面から受け止める姿勢に応援の言葉が上がることもあった。だからこの雑誌掲載を気にヘンリーと懇意にしていることもあったからだろう、ジェフは表舞台に上がることとなる。孤児だから、否孤児のために身を粉にして働く善人というイメージと共にジェフは有名人となったのだ。

 だから、ジェフが孤児のためにトラウマの克服を題にした研究をしたいとヘンリーに申し出てきた時、その勝手に隣を歩き始めた印象が快諾を安易にさせるものとなった。そして研究は共同開発を打診してきたロシア側の介入を許してしまうほどに大きな分野と組織が関わる案件になっていた。ジェフが指揮するが故にヘンリーは気づけなかった。ヘンリーもジェフに対するイメージが世間と合致していたというのもある。つまり、ロシアの技術力を招き入れた時点で人体実験の可能性を想定できなかったことを意味する。

 そうジェフは別に金銭そのものに興味はなかったのだ。自身が描く人間の可能性への探究心のために孤児を必要としていただけだったのだ。故に、身寄りのないという文字通りの意味で孤児はジェフにとって都合のいい存在だったのだ。だから集めていたのだ。


◇◆◇◆


「そして新人類として最初の被検体を誕生させた頃には、ジェフは一人ですべての工程をできるまでの技術を手に、孤児たちを巧みに操り反勢力を築き、籠城してるわ」


 ヘンリーの大方の説明が終わった時、ジェフの狂気とも言える自身の研究に対して人の尊厳を平気で踏みにじれる行為を知る一同。しかし、央聖は商品として、タチアナはロシアで待つアンナへのデータとして、紘和は自身を高みへ昇らせるためとジェフの人物像を知ったところで今回の依頼を利益還元のためという姿勢を内心では崩さない。そう、ヘンリーの人選は間違っていなかった。この話をして誰もジェフという人間を見据えていない、誰も孤児の安否を重んじていない。

 そう、殲滅する上で情が移る様な人間がいては意味がないのだから。


「へぇ。印象が百八十度変わる人だったって訳か。俺は会って話してみたいと思ったよ。その真意とやらを」

「あたしの依頼は殲滅よ。そこだけは忘れないでもらいたいわ」

「ハハハッ、雑草も刈るなら根まで、ですよね。そういうことだってわかってますから」


 ヘンリーは敢えて強く本作戦の内容を強調した。


「それで数日中にスケジュールを短縮するために能力者の情報をくれるんでしょ」


 故に何をしだすかわからない純という存在に警戒するヘンリー。ヘンリーの性質を持ってしてもポーカーで全勝を防いだ男。

 そいつが今、楽しそうに、恐らく唯一損得勘定とは無縁でこの話し合いの席について、質問しているのだ。


「そうだったわね。わかっているのは五人というか五種類。写真と能力の詳細は紙でも配布するけど、大雑把に言わせてもらうわね。未来視、コピー、怪力、転移、そして成りすまし、よ」


 ヘンリーが殲滅対象の説明を始めた。

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