第十四筆:正しさに苛立たしい剣

 友香が紘和と行動を共にして三週間が経過した。すでに十月も末である。様々な主要施設を視察してその都度、捜索を続けてきたが、これといった収穫はまったくなかった。もちろん、陸を始め誰の行方も未だわからないのは当然のこと、施設で日本の剣、もしくは差し金と思われる邪魔すら入ってこなかったため収穫と呼べる収穫は本当になかったのだ。紘和も友香と別れた後は実家の天堂家にもちろん帰るわけだが、何かあるわけでもなく普段と変わらない生活が続いていた。それは紘和の考えが全て取り越し苦労だったのではないかと思うぐらい、何もなかったということになる。日本の剣の皆はもちろん、マンション内の人間ですら何も変わらず普段通りの生活を、仕事をこなしている。

 だからこそ、紘和は郊外にも県外にも足をどんどん伸ばして友香を連れ出し、痕跡を見つけようと二人で躍起になっていた。


「今日はこちらの研究施設へ行った後、こちらとこちらも見て回ろうと思います」


 友香は紘和と共に様々な施設を訪れることでいくつかわかったことがあった。それはいかに国民が平和に暮らしているかということだった。裏側を覗けば覗くほど、日本という国は一樹という人間の登場以降、自国を守るために自国を強くしていることがわかった。様々な兵器開発はもちろんだが、八角柱を有する他国への牽制と新参である日本にあやかろうとする八角柱を有さない国との協定、共同開発。これらのことがいくつも国民に知らされることなく、いつ来るかもしれない危険な何かに対抗、回避するために活動しているということに。同時にそれらが未使用であること。これが平和に暮らせている、暮らしていると言わずなんと言うのか。

 一方で、兵器開発の現場を見る時、妙に紘和の纏う雰囲気が変わるのが印象的だった。これは、車内にあった千絵の写真を見て、どうして結婚しないのかと興味本位で友香が紘和に聞いた時の真意を感じるようであった。紘和はどんな手を使ってでも自分の正しさをこの世界に証明するまでは千絵と結婚はしないのだと言っていた。その時の、鬼気迫る正義への執念のようなものに気圧されて当時の友香は具体的なことを深く追求することができなかった。そして、その時感じた雰囲気が実に兵器開発の現場を見る時の紘和の雰囲気と似ていたような気がしているのだ。きっと紘和の正義は正しい何かなのだろう。しかし、それを成そうとするのにどうして、辛そうな顔をしてあれだけ重たい空気を纏ってしまうのかは、今の友香にはわからなかった。

 そして内部調査のような裏でコソコソ嗅ぎ回ることにも慣れてきた矢先、いつものように視察へ行こうとしたところで紘和に一本の電話が入る。電話をかけてきた人間の名前を見て即座に電話に出たのがわかるほど、それは待ちかねた相手からの電話の様に見えた友香。

 同時に、危険に対する覚悟の他に、様々なものと向き合わされる覚悟をしなければならない瞬間でもあったが、何も知らない友香にそんな準備が出来るわけはなかった。


「呼ばれず飛び出すピギャギャギャギャ」


◇◆◇◆


 車を脇に止めて、電話をスピーカーにし、紘和と友香は純の声を聞いていた。


「お二方、お久しぶりでございます。さぁ、いよいよ今日から始まる、世界ツアーですよ。その一発目は我が国日本。日本へ行きたいかぁ」


 どこかのクイズ番組で聞いたことのあるフレーズを言うところの純は一人で盛り上がっている様子だった。


「お前、今まで何してたんだ」


 そんな暢気な純にいらだちを隠せないことが言葉からも表れる紘和。


「何って、探してたんだよ。九十九と菅原を。やったね、ゆーちゃんも感動の再会だね」


 突然、ニックネームで呼び出す以前の問題、配慮という観点で友香でさえも感動の再開という言葉選びに対し純に嫌悪感を抱く。


「今どこにいる?」

「もうすぐお前んち」

「おい、何考えてるんだ。お前のやりたいことが全くわからないぞ。お前がうちの敷居をまたぐのがどういうことか、そもそもわかってんのか」


 友香にはもちろん分からないが、紘和にとって純が天堂家に行くことはマズいことだということはわかる。


「そうしないと、俺の大切な紘和がどうなっちゃうかわからないんだもん」


 おちゃらけた場の空気を読まない純の声が車内に響き渡る。すると紘和はおもむろにグローブボックスに手を伸ばすと中から煮干しの入った袋を取り出す。

 そしてガサツに袋から直接口へと大量の煮干しを流し込む。


「わかる? 俺は紘和にとっての救世主になるのさ」


 紘和の反応を待たずしてまくし立てるように煽り続ける純。

 噛み砕く様な音より先にゴクリという喉を通過する音がハッキリと友香の耳に聞こえる。


「ふぅ……わかった。それでお前は何を知ってるんだ?」


 落ち着きを取り戻した紘和が冷静に聞き返す。しかし、返事はすぐに来ない。

 そして十秒経ったぐらいで再び純の声が聞こえてきた。


「理解できてわきまえるのはお前のいいところだが、煮干しにそこまでお前を大人にする効果があったとは驚きだよ」


 十秒の間と煽りを止めた落ち着いた声の純が、一度沸点を超えた紘和が落ち着きを即座に取り戻したことに心底驚いているということがわかった。


「あぁ、それで、桜峰さんもいるんだが、どうすればいい? 彼女も同行してて大丈夫なのか?」

「むしろそのほうが好都合だな」


 紘和の確認に純はそっけなく応えると話を焦らすように再びテンションをあげながら進展させていく。


「そういえば、今日は日本の剣のみなさんどうしてる?」

「どうって」


 紘和は頭の中で確認しつつ、純に答える。


「野呂さんと浅葱さんは臨時国会に……そう言えば珍しく母さんと今久留主さんも出席するとか言ってたと思う。中之郷さんと爺さんのことは知らないぞ」

「なるほどね、悪くないな」


 純がひとり勝手に納得する。

 続けて疑問を投げかけてくる。


「政治にそこまで首を突っ込まない紘和に聞きたいんだけど、どうして四人は国会に行ったんだと思う?」


 普通なら臨時国会だからと答えるところである。

 しかし、ことがそう単純ではないことは純との会話であること、今この流れでされた質問であることから察することが出来る。


「俺達は国会に行けばいいんだな」

「そこまで飛躍できるの? 理由を答えず、そこまで考えが行ったご褒美に、訂正してやろう。国会の地下に行け」

「そこで何をすればいい?」

「教えてもらえばいいんじゃないか、そこにいるだろう知り合いに。それと今回は【最果ての無剣】で使っていい能力はマカブインとグンフィズエルだけだ。約束は守れよ」


 プツンときた時と同様に一方的に純からの電話が切られる。国会に地下があったという事実。何度か顔を出したことがあるが、紘和はそんなことは知らなかった。そしてそこへ行くということがいかに危険なことであるかは、紘和にも友香にもなんとなくだがわかった。さらにその先には少なくとも友香を同行させることからも陸と優紀の手がかりもあるのだろう。それがどうして純が天堂家に行く理由になるのかはわからない。だが、純がこれだけが今必要な情報と判断して教えたということはそれ以上は知らなくても問題はないのだろう。

 紘和は車を来た道へと戻す。目指すは国会議事堂。友香も真剣そのもので道中二人が言葉をかわすことはなかった。


◇◆◇◆


 国会議事堂前。急展開であるにも関わらず、そこには一人の男が紘和と友香がここへ来ることを知っていたかのように、行く手を塞ぐように立っていた。その男を確認すると紘和の運転する車はゆっくりと停車した。そして、紘和と友香は車から降りる。そのまま紘和はその男の元へ早足で歩いて行く。

 一方の友香はついていこうとしたところを紘和に右手で制されたこともあり、言葉は交わしていないが車の後ろへ回り込み、様子を見守るという形を選んだ。


「臨時国会はどうしたんですか、今久留主さん」

「お前こそ、今日はどっかへ視察じゃないのか? そこの見習い秘書を連れてさ」


 日本の剣の一人、剣鬼にして憤怒な男、達也がいた。身長が百八十センチメートルある紘和を超える二メートルの巨漢。パーティー会場では座っていたのだろうか、少なくとも友香は全くその大男には気づいていなかった。だからこそ、あんな大男がいたのか服の下からでもわかる筋肉量と相まっての驚きがあった。剣鬼ということは六番目に発言力があるということである。憤怒な理由は、第三次世界大戦の孤児でまだ大人にすらなっていない身体で総理大臣になって十年の一樹を殺そうと正面から襲ってきたからだという。

 その後は度胸を買われ、一樹が達也が一樹を殺せるようにと鍛え上げた兼朝に継ぐ古株であったりもすると友香は紘和から聞かされていた。


「中で、いや、地下で何をやっているんですか?」

「本当に来ちまうとはな。残念だよ、紘和」


 次の瞬間、達也がやり投げをするように何も持たない右腕を振り上げる。何も持っていないのは紘和にも友香にもわかった。だが、紘和には脳裏によぎるものがあった。

 だからこそ初見では対処のしようがないそれに紘和がいち早く声を上げた。


「桜峰さん、避けて」


 実によく見たことのある、否よくやる光景。まるで【最果ての無剣】で刃物を召喚して投げつけるような、そんな動きに見えたのだ。そして達也は思いっきり右腕を振り抜く。見えるわけではない。しかし、紘和の顔は投げられたモノの軌道を追いかける。そして、紘和の横を通り過ぎたとわかった瞬間、軽い風圧が鼻を押す。

 確信した紘和は友香の盾になるように【最果ての無剣】を召喚しようとする。


「判断が遅いぞ。そんな体たらくでその娘をここに連れてきたのか」


 紘和の車の右のサイドミラーが吹き飛び、その後ろから紘和と達也を見守っていた友香がいたであろう場所の地面がまるで爆発したかのように吹き飛んでいた。

 しかし、そんなコンクリートの粉塵舞う場所に友香が負傷した姿はなく、少し離れたところに恐怖で顔は強張っているが無傷の友香の姿があった。


「それが【雨喜びの幻覚】なのか。実物を目にすると聞いた話よりもハイスペックに感じるな」


 決定的なワードが達也の口から飛び出す。友香は一撃で死ぬ可能性を察知してか、攻撃の対象から外れるように移動していたため、能力に救われていた。しかし、達也の言うとおり、紘和は何かがあると知り来たのに、それ以前に友香の安全は自分が保証すると友香にもその父にも宣言した自分が、その宣言すら守れていないことに油断と怠慢を感じる。それに達也が投げたものは間違いなく質量を持った無色透明の何かである。

 己の不甲斐なさと仲間の行動に怒りを殺しながら紘和は質問する。


「【雨喜びの幻覚】を教えた人間と【最果ての無剣】の模倣に成功した人間を教えてください。そして、地下で行われていることも教えてください」

「教えてくださいで教えてくれると思うか、紘和? お前に内緒でやってたことをさ」


 内緒でやっていた、そのフレーズから推察されることに紘和は耐えられなくなる。


「戦争の準備をか? 劣等であるこの国がこれ以上他国、特に八角柱を有する国より優位に立つにはそれしか手段がないからか」


 友香の知る限り純の前でしか崩れなかった口調が、達也の前でも崩れていく。


「そんなことのためにこんな武器を簡易量産したっていうのか。だったら、俺に教えるはずもないよな。クソ親父とクソ爺、どっちの意向だ? 今久留主。どうなんだ? 国を豊かに軍事産業に加担するのか、それとも国を踏み台に甘い汁を吸いたいのか、おい」


 何も答えず、達也が後ろに一歩引いたのがわかった。

 友香にもわかる殺気に満ちた紘和の怒りが空気の振動と共にピリピリと肌に伝わってくる。


「じゃぁ、お前は【雨喜びの幻覚】を何故俺達に隠していたじゃ言えるのか? 言えないよな。お前も自分の理想のために手段を選ばず、周りを巻き込んでるんだからなぁ」


 ユラリと紘和の身体が左にゆっくりと傾く。


「聞いてるのは、俺だ、今久留主」


 ドンッという音で紘和のいた場所が陥没するのと達也と紘和の間で鍔迫り合いのような攻防が始まるのは友香にとってほとんど同時のように感られた。紘和の移動はまるで言葉を置き去りにしたかのような俊足。更に驚くべきは、紘和よりも大きな達也が徐々に押し倒されているということである。

 いくら体躯の差があろうと、助走による勢いがあろうと、手にしているであろう【最果ての無剣】を上から振り下ろしたであろう紘和の攻撃を受け止めているからと言って見ていて疑いたくなる光景がそこにはあった。


「もう一度聞く。【雨喜びの幻覚】を教えた人間と【最果ての無剣】の模倣に成功した人間、そして地下で行われていることを俺に話せ。糞野郎どもにはそれからゆっくりしおきだ」

「まるで、一樹さんを相手にしているようだな」


 紘和の質問には一切答えようとしない達也姿勢を答えととった紘和は振り下ろした攻撃にさらに全体重を乗せていく。すると達也の左膝がついに地面につく。まるで紘和の周囲に過剰な重力が発生しているかのように達也の身体はどんどん地面へと沈んでいく。

 紘和と一樹には共通した強さが二つある。一つは、【最果ての無剣】を扱える技量である。腕力などではなく戦いにおける判断力、技を振る所作、それらが人として、戦う人間としては十分過ぎる素質として持って生まれているのである。そして、もう一つがミオスタチン関連筋肉肥大という病気をコントロール出来ていることである。本来ならばミオスタチンという筋肉の成長を抑制する物質を受容しない、または生成できないことで筋肉が通常の二倍近く肥大してしまう病気であり、筋肉量と骨格のバランスが取れなくなり、私生活に支障を、最悪死ぬ可能性すらある。しかし、一樹はそれを自らの意志でコントロールしながら体づくりをすることに成功してしまっていた。理由は一切分からないが、薬の投与なども行わずに、そもそも自分がそういう病気だと自覚しないうちに自然となし得てしまったのだ。それが、隔世遺伝により同じ病気を発病させた紘和も同様にできたのである。即ち、一般的な体躯の割に重いのはもちろんのこと肥大した筋肉は一般的な見た目のままで二倍近くもある。筋繊維一本一本を均等に圧縮しながら鍛え続けた結果である。そして、これが力任せの攻撃を可能とする他、今までの地面を陥没させた加速、ひいては【最果ての無剣】から召喚される様々な刃物を軽々と多数扱えることに繋がるのだ。つまり、二メートルの巨漢だろうと、紘和は百八十キロに渡る自分の体重で軽くねじ伏せることが出来るのである。更に、現在達也が地面に沈むのにはもう一つの理由がある。

 それは達也だけでなく紘和も足元から徐々に沈んでいることが関係する。


「なるほど、マカブインで足元を砂状にまで細かくして、地下に行こうってわけだな。頭に血が上ってると思えば随分と冴えてるな」


 民話キタランドに記載された魔剣マカブイン。刃が触れただけで、どんなに堅いものでも切ることができるという伝承からどんなものでも分子レベルにまで分解することができるという解釈が付与された異能を【最果ての無剣】から召喚される剣として持つ。

 ここで食い止めて地下へは向かわせたくなかった達也だったが、足元が砂になったおかげで押しつぶされずに済んでいることもまた事実だった。


「なら、いっその事そっちの策に乗るとするかぁ」


 怪力の比較対象が紘和では地球上の殆どの人間が力持ちではなくなってしまう。達也もその巨漢から想像できる通りの怪力の持ち主で、一般の枠で比べるならば飛び抜けて力はある方だった。そのため、紘和との力の均衡を維持することを諦め、次期に地下空間につながってしまうであろう砂の中に全力で埋もれに行くことを達也は選択する。

 一方で、達也が力を緩めたことで突然、鍔迫り合いが終わり、前のめりに転んでしまいそうになる紘和はなんとか踏ん張り、砂の中に消えていく達也を見送る。沈むことを選択して逃げたということは解決策があるということである。まず、砂の中でも何とかなる能力のある刃物があったか考えるが、そもそもまだ肝心の能力を達也が一切行使していない事実に気が付く。どんな能力であり発動させて使えないものは【最果ての無剣】にはそうない。

 そこで、紘和は体重もあって勢い良く沈み込んでいく身体を無理やり蹴り上げる。ボスッと勢い良く抜けると紘和のいた場所は徐々に蟻地獄の巣穴のように深くそして広がっていった。紘和は穴が開くのを待つのと同時に、友香の隣に今も突き刺さっている可能性のある何かを確認すべく、引き抜きに向かった。

 紘和には見えないそれの刃がありそうなところを人差し指で撫でるとピリッとした痛みと共にに縦にプツッと血が膨れ出る。


「だ、大丈夫ですか」


 さっきまでの激しい戦闘に対してもだが、血が出ているということに紘和を心配する声をかけてくる友香。


「桜峰さんにはこれが見えますか」

「……いいえ」


 紘和は友香の心配する声には答えず、紘和以外の人間でも見えないことを確認してから形状を手で触りながら確認していく。【最果ての無剣】は使用者以外には見えない。その特性は間違いなく達也が投げたものには備わっている。そして形状はクレイモアに近い。この形状に近い剣は【最果ての無剣】にもいくつかあるが、完全に一致するものに紘和は心当たりがなかった。つまり、この剣は無色透明なだけで能力が付与されていない可能性、紘和の知らない力を付与されている可能性、形状が違うだけで元にした異能に準じた、または同等の能力を隠しているの三つがあるということになる。

 しかし、再現性を取れるものかという感覚が後ろ二つの可能性を極めて低いと予想させた。


「こんなもので何が変えられるっていうんだ」


 紘和は【最果ての無剣】で手にした何かを粉々にする。

 そして、いつの間にか砂が落ちきって地下空間への穴が開通していた。


「怖いかもしれませんが、少々我慢していてくださいね」

「えっと」


 スッと紘和は友香をお姫様抱っこしてしまう。そして何の迷いもなく、達也を追うため、真相を掴むため、勢い良く穴へ飛び込んでいった。


◇◆◇◆


 紘和と友香は地下空間にいた。地下空間と言ってもマカブインによって形成された空間のことではなく、明らかに元からそこにあった人工物、連絡通路のような、コンクリートで固められた通路に幾つもの蛍光灯が等間隔に点灯しているだけの場所である。着地した場所は大量のきめ細かな砂がクッションとなり、多少砂まみれになる程度で無事に着地できた。もちろん、そこに達也の姿はなかった。

 微かに通路の先に達也の身体から落ちたと思われる砂が行くべき方向を示している。


「此処から先は何が起こるかわかりませんので、取り敢えず桜峰さんは私の合図がない限りは【雨喜びの幻覚】を発動しながら身を隠していてください。もし、戦闘が始まったら迷わずその区域から離脱しつつ、私にもその恩恵をください。約束、できますね」


 友香はすぐに返事ができなかった。

 引っかかることがあったのだ。


「仲間だった人を殺してしまうおつもりなんですか?」


 友香はあれだけの怒気と殺気を向けていた紘和が【雨喜びの幻覚】の力を友香に求めるということは、素早く確実に達也や、もしかするとこれから出会うかもしれない他の日本の剣の仲間を殺していくのではないだろうかと想像してしまったのだ。それ程の気迫があの時の達也と対峙した紘和にはあった。そして紘和はその問いには固く口をつぐんでいた。それが友香には肯定しているようにしか見えなかった。

 だから返事が欲しくて説得するように言葉を続ける。


「死んでしまってからでは、後悔も意味が無いんですよ」


 友香からすれば第三次世界大戦という過程を経て脅威として八角柱に迎え入れられた一樹を有する日本が他国から支持されるのも排他されようとしているのもわからなくはない。もちろん、友香自身が日本は弾圧されるべきかと聞かれればそれは違うが、問題を起こした上で成り上がっている以上、羨望も恨みもつきものである。そのために自国を強化して他国に備える行為自体は決して間違ったことではない。持っているだけで核兵器のように抑止力となるならば、平和という均衡は崩れないのだろうから。

 問題は使い方であって手段として考えた時、得るものが正しければそれは仕方のないことではないのだろうか、と少し国政に疎い友香は考えていた。


「有象無象の理想では、実現出来ないんだ」


 紘和がポツリとそんな事を言った気がする。

 しかし、確認することは阻まれた。


「わかった。じゃぁ、桜峰さんだけでも【雨喜びの幻覚】で避難してください」

「……はい」


 友香はとりあえず了承の返事をするが、結局話を保留にされただけに感じ、きっと紘和が殺すという手段を諦めたわけではないのだろうということがわかった。達也という人が日本のために行動していて食い違っているだけなのかもしれないのに話し合いも仕切らないまま、命を絶とうとしているようにしか思えなかった。それでも、友香の知る世界の中では、分かり合える可能性があるとその時は思うことにして紘和が殺しを行う可能性を限りなく少ないものとすることにしたのである。

 だから紘和に返事をしたのである。


「それじゃ、今度は背中にしがみついて隠れていてください」


 友香は紘和に背負って貰う形で、地下通路を今までに感じたことのない風を肌に感じながらで駆け抜けていくのだった。


◇◆◇◆


 通路の先には幾つにも枝分かれした通路に部屋が点々と存在していた。恐らく最深部の重要な場所へ行くまでの時間稼ぎ、さらにその先で敵を足止めしやすいように、外部からの敵の進行を考えて作られたような構造をしていた。恐らく確信に迫る場所は国会議事堂の下にあるからこそ、そこから破壊して侵入されるケースを想定する必要がないのだろうと考えられる。

 そんなことを考えながら、資料やパソコンにデータの残っている部屋ではそれらを漁りながら迅速に前進を続けていった。そしてこの【最果ての無剣】を模倣するプロジェクト、呼称、剣の舞は一樹が【最果ての無剣】を持ち帰った時から計画されていたことが判明した。当初は一樹が強い相手を求めるが故に同じ武器が二つあれば、より強い者を導き、研鑽しあう未来があるのではないかという、常人では発想もできないであろう至極自己中心的な理由でスタートした計画であることが記されていた。しかし、蝋翼物である。複製が簡単であれば、今までにされていないわけのない研究である。そのため、一樹のお遊び程度のプロジェクトで、本格的に、真摯に研究が行われていたという訳ではなかったようだ。

 しかし、総理大臣を一樹が兼朝に代を譲ってから複製に関する研究により真面目に力が、紘和の父により金が、兼友により人員が注がれていく様になったことがわかった。その目的は自国の強化による他国の脅威への防衛策とされており、試行錯誤されていたのが伺われていた。とはいえ、真面目に取り組めば簡単にできてしまうことではなく、結局、剣の舞は暗礁に乗り上げることになる。

 だが、黒い虹の出た天気雨以降、少しずつ成果が出始めたような記述が残されるようになっていた。しかし、それ以上に詳しい情報はすでに破棄もしく持ち逃げたかそもそも保管されていないのか、来た道のどこにも残されていなかった。そこに実物の片鱗を見たという点から剣の舞が終了したことを意味するということはまずあり得ない。一方で、投入された人員に対して一人も研究員のような人間と遭遇しないことから厳重に見られないように管理できる状態であったか、もしくは紘和到着に合わせて隠したということになる。何しろ、【最果ての無剣】を完全に模倣したモノはまだ出来ていないのは達也との戦いで予想されているのがせめてもの救いに思えた。

そして、広い迷路のような地下空間を散策し続けていると突然大きな広間に出てきた紘和と友香。

 その先には頑丈な鍵とパスワードが設定された大きな扉があった。


「では、予定通り【雨喜びの幻覚】を使って下がっていてください」


 何度も情報を得るために歯ぎしりして怒りを声として出すことを控えて紘和から出てきた言葉とは思えないほど穏やかな声で友香に指示を出す。その大扉の前には達也と二本の剣の一人、剣将にして色欲な女、三番目に強い発言力を持つ刹那がいたのだ。

 紘和によれば兼朝の書記を務めていて、色欲として関節と呼ばれるありとあらゆる部位を曲げることの出来る軟体的特徴を持つ艶めかしさと実力はあるのに自分の女性的強みを存分に発揮して言葉巧みに取り入る癖があるらしい。


「私の足止めは浅葱さんと今久留主さんのお二人、ですか」


 落ち着いているのか、言葉遣いは再び優しく、丁寧なもの変わっている紘和。

 それは友香に殺人などしないのでは、話し合いで、少なくとも力の比べっ子くらいで終わるのではないだろうかという想像の余地を大きく残すことになる。


「えぇ。もちろん、この先にも私たちにとっては不服ではありますが、万が一に備えて待機している方々がいますけどね」


 刹那が大扉を指差しながら応える。

 続けて友香が避難したことに感想を述べた。


「達也くんから聞いたけど、私も今、パーティーのときと違って目の前から本当に確認できなくなる状況に感動しているわ。紘和くん」


 ギロリと紘和は達也と刹那を睨みつけると喋り始める。


「ここに来るまでに剣の舞についていろいろと読ませていただきました。整理されて残された資料からはまるで説得させられているような気分になりました」


 グッと紘和の握る拳に力が入った。

 そのほんの僅かな筋肉の動きにすかさず戦闘態勢を取る達也と刹那。


「それで紘和くんは愛国心のために、協力してくれる気になったのかしら」

「なる、わけがないだろう」


 何もない広い空間で紘和の声は大きく響いた。

 それは友香が尻もちをついてしまうほどに、獲物を目の前にした肉食獣が威圧する怖さがあった。


「戦争がいいことの訳がない。抑止力になる? 違う、核兵器のように誰もが同じ力を持っていた時代とは違う。蝋翼物だって三種類あって優劣の生じる時だってある。それぐらい使用者とタイミングで簡単に崩れてしまうような、均一でない力の確保は絶対に抑止力たり得ない。お前たちは俺の糞ジジイがしたことを覚えてないのか。多数決で選ばれた脅威は簡単に引き金を引かれる。出る杭は打たれるなんて生易しい状況じゃないのはわかるだろう。お前たちの行動は戦争を助長させるだけの悪行でしかない」


 声を大にして、達也や刹那と敵対することを宣言する紘和。それはまるで学校の廊下を走る人間を殺人犯と同列に並べて悪人のように非難する人間の様に思えた。間違ったことを口にしていないのに、どこか注がれる熱量が他の人と違うとでも言うべきなのだろうか。それは、友香にとって、紘和が人を殺すことが出来るかもしれない人間だと今思いかえさせられているからかはわからない。

 紘和の叫び声はまだ終わらない。


「今久留主さんは、戦争で両親を失っているはずです。それなのにどうして戦争へ傾く可能性に加担しているんですか?」


 達也は一瞬顔を曇らせる。

 しかし、すぐにその問いにだけは達也なりの答えを返した。


「戦争で失っているからこそだ。戦争は一樹さんのせいで起きた、みたいな言い方をしたな、紘和。でもお前の言う戦争となった時に引き金を引くことを選んだのは、それこそお前の言った世界であって、人災的制裁を選んだからだ。他にも方法はあったはずなのによりによって一樹さんではなく日本を対象に取ったんだ。俺は、そんな世界に両親を奪われた。仮に戦争が勃発するなら俺は喜んで世界を敵に回してみせる。それから一樹さんを殺したって遅くはない話だ」


 目には目を歯には歯をというやつだった。

 純粋に復讐を望む人間ならではだとも感じさせる。


「浅葱さんだって、考えればこれ以外にも戦争をどうにか出来る方法があるとは思わないんですか?」


 紘和は訴える矛先を変える。

 それに刹那も持論を展開する。


「考えればね。そう、考えようによっては抑止力として自国を守ることだって可能性としては捨てきれないわ。まぁ、そんな僅かな可能性の話をしたいわじゃないわよね。やっぱり単純に出来ちゃえば楽よね。少なくとも日本は他国に対して強くなれるし、牛耳ることでそれこそ平和が望めると思ってるわ。戦争は自国の領土拡大や略奪のようにマイナスの側面で描かれる印象もあるけど、考えによっては世界に日本しかなければそれこそ天下泰平といえるんじゃないかしら」


 ふと、紘和が刹那の問いに対して一瞬考えていたように友香には見えた。

 しかし、紘和は一歩前進して喋る。


「やられたらやり返してではダメだ。そんなのいつになっても終わらない、復讐を、戦争をリサイクルするようなものだ。恐怖による支配だってダメだ。恐怖による支配は反発を生むだけだ。そんなもの長続きするわけがない」

「前から気になってたけど、そんな紘和くんは、平和を愛する、正義に縛られた紘和くんはどうやって戦争をなくすとすればどうやるの? 案を否定するだけなら誰だってできるのよ。大切なのは実際に実行、完遂すること」


 紘和のまるでワガママのような抗議に刹那が代案を要求した。

 それはこの場にいる全員が気になることであった。


「簡単じゃないですか? あなた方の理解に苦しむ持論よりもわかりやすい」


 身を低くして構える紘和。誰もがこの時点で察した。

 次の紘和の言葉を合図に戦闘が開始されると。


「俺の正しさを邪魔するやつを排除すれば、残るのは少なくとも俺の邪魔はしない人間のいる世界だ」


 紘和は自分の正しさがまるで自己矛盾に押しつぶされていることがわかっているように、焦点の合わない目、呆けた口でそれを言い切った。自己中心的という言葉で形容していいのかと思えるほどの独裁宣誓は、その場の誰の耳にも狂気として伝播する。二本の足でしっかりと地に足つけず、足を腹を血につけ腕の力だけで爆走しているような正義がそこには確かにあった。そして紘和は両手に持っていた二つの何かを思いっきり自身の腹部へと突き立てたのだった。


◇◆◇◆


 純は今、天堂家の前に来ていた。紘和からの電話を聞く限り、大きな門の向こうで待ち構えている可能性があるのは二人。そのうちの一人に用事があるだけにちょうどいいといえばいいが、もう一人の存在が若干面倒くささを増やしていると純は感じていた。ちなみに以前、からかいがてら一樹と一悶着あってから純は紘和が危惧した通り天堂家の敷居を跨ぐことを禁じられていた。

 そして、純は今それを破ろうとしている。


「どうなっちゃうかな、どうなっちゃうんだろうなぁ、破ったら」


 つま先を前に向けたまま、大きく脚を開き後ろの踵を浮かせないように前膝を曲げる。肘を持ち、胸につけるようにして引く。

 手をつなぎ上に伸び左右にゆれながら背伸びをする。


「準備体操終わりっと」


 純は言い終わらないうちにすでに大きな門をボルダリングのように軽やかに駆け上がる。そして何のためらいもなく天堂家の塀を飛び越えた。

 門を素通りではなく敢えての塀越え。


「待ってたよ、幾瀧くん」

「俺も一度手合わせしてみたかったんですよ」


 すぐさま背後に迫る刀を左手首を返して、指先で刃を押さえ込むように受け止める純。門を越えるまで純は全く人の気配を感じていなかった。しかし、つま先が少し越えた瞬間、その男は純の背後を容易にとっていたのだ。もちろん、待ち伏せはされていたのだろうが、していたところで簡単にできることではない。

 ぐるりと向き直りその男を視認する純。


「最強を辞退した中之郷智さん」

「昔の話だよ」


 紘和は智が強いという認識があった。成長するに連れて手合わせの相手といえば一樹か智に限られていったからだ。しかし、紘和は智が最強を【最果ての無剣】を辞退していたという事実は知らない。

 智曰く、知ったところで今更何かが変わるわけではない、ということだった。


「どうして辞退したの?」


 智は純の質問を無視したまま純の右手を左手で自分の方に引っ張りつつ、両足でさらに純の右脚に絡みつこうとする。これで不安定な着地を選択させ、自由落下と着地した瞬間に合わせて智自身の体重を載せるだけで刃を押し出し、純を切るという算段だった。

 そして純の眼前に地面がどんどんと迫ってきていた。


「うっわ、まさか殺されちゃうの」


 刃を掴む純の左手がスッと智の右手まで移動してそのまま柄を掴む。その勢いで純の左肘が伸びて僅かに純からして外側に力が向く。それを後押しする様に曲がったまま掴まれていた右腕も伸ばす。そして左脚を外回りに蹴り上げ、見事に上下を逆転させる純。

 これで後は左脚で地面を蹴って、このまま起き上がれば取り敢えずは問題がなかった。


「お?」


 刀を純へ振り下ろす一樹さえ視界に入っていなければ。そして、右脚に巻き付いていた智の両足が純の左右の足を左右の足で絡みつく。ここまで導くのが智の役目だったのだろう。一樹が下で構えていたら、早く気づかれてしまう。そのため、純にわざと回避できる可能性を残していた、ということだった。そのため、反転した時にはすでに逃げ切れない距離に一樹がいるという寸法だったらしい。振りほどこうにもそれを許さない力が智から注がれる。

 だから一樹の振り下ろす刀を一瞬だけ歯で受け止めた。一瞬である。紘和同様見た目以上の体重を有する一樹のそんな攻撃を口で受け切るなど到底不可能である。だから、一瞬受け止めて僅かに刀の軸をずらす。そしてブリッジで着地を余儀なくされた純は左手を更にもうひと返しして何とか刃の向きを智向きにする。そして着地と同時にその衝撃で身体を起こして一樹の一振りに突っ込むことで直撃を避けつつ頭突きを胸に叩き込む。次に地面に叩きつけられた智に鞘を押し込む。そして、その痛みから一瞬だけ力が緩んだスキにするりと拘束から抜け出し、純は横へ転がるように移動して起き上がった。完璧には左手を返しきれていなかったため右肩と、刀に突っ込んで回避しようとした際に左頬に軽い刀傷をつけられることになった。しかし、なんとか抜け出せた純。

 一方の一樹は般若の形相で、智は自分たちが構想した手順で殺しきれなかった驚きの顔で純を見ていた。


「酷いな、話し合いに来た一般市民に全力とは」


 軽く呼吸を乱し、両の口の端から歯で受け止めた際に傷つけられ出た血を拭いながら、純はどこか満足そうな表情で立っていた。


「御老公から聞いてたけど……これで死なない君は、一般人ではないよ。それに君が危険を犯してまでここに来た理由がわからない」

「ナメやがってこの糞ガキが」


 智と一樹の反応に自身の立ち位置を実感、そして高揚したのか、純は首を立てに軽く数度降ると再び言葉を紡ぐ。


「俺はこれから友人を、あなたの大切なお孫さんを救うための交渉をしたいと思います。ですので、武器を収めていただけると助かります、っと危ない」


 交渉以前に会話の余地すらないと言う勢いで一樹の一振りが純の鼻先を通り過ぎる。純もそれを紙一重、最小限の動きで交わした。すると即座に一樹の右下から智が身を低くして刀を構えて純の足元を狙おうとしていた。

 しかし、純はまるで地面を均すように左脚で軽く刀の刃の側面を弾き軌道をそらすと一樹と智の間をすり抜けて後ろに回り込んで見せる。


「まぁ、糞ジジイが愛刀に拘る理由はわかる」


 そのまま刀の射程から逃れるようにバックステップを踏み続ける。


「どうして剣王は【最果ての無剣】の出来損ないを使っていないの?」

「同じだよ、最強を辞退した理由と」

「ドンドン速くキレが良くなるね。それ暗示か何かなの?」


 胸よりも若干高い位置へ、純が腕を上げて再び軌道そらさせるまでのタイムラグを考慮して一直線に刀を突き刺す。純はそれをしゃがむことで肩上へ透かさせる。もちろんこうなる可能性を智は予見していた。先程の攻撃に失敗したかいがあるというものだった。純は智が軌道を反らされることを嫌い腕を即座に上げづらい位置へ攻撃を入れると予想していると。

 そして、しゃがみ込もうと両足で屈伸の体勢を取れば純の下半身に即座に左右に逃げる動作に移行しづらくなり、智の透かされた刀も振り下ろせば当てることが出来ると踏んでいた。更に、足元には一樹が純の両足を膝から下を切り分ける勢いで刀を振り抜こうと動いてるはずであった。

 しかし、純のしゃがみ方が予想に反していた。しゃがむと言うよりは、両足を後ろに膝を伸ばしたまま下げ、上半身を地面に落としていたのだ。

 だから、智の刀を左手の人差し指と薬指で、一樹の一振りを右手を叩きつけるように地面に押さえつけ、同時に純自身の支えとしていた。


「しかも刀って、能力がないなら時代錯誤もいいところでしょ? 今どき銃だよ。本気で殺す気無いでしょ。進化する文明の波に置いていかれるなよ」


 いつかの時と同様に、交渉しに来たのにそれを感じさせない挑発的な態度で純は一樹と智の攻撃を弄んだ。


◇◆◇◆


 民話名馬グトルファフシと名剣グンフィエズルに記載された宝剣グンフィエズル。戦の羽飾りとして知られ、名馬グトルファフシに乗り、この剣を携える者には幸いが訪れるという伝承から対象者に幸福をもたらす奇跡を誘発する力を【最果ての無剣】から召喚される剣として持つ。そして、紘和が自身の腹に突き立てたのは純から使用許可が出ていた二本、マカブインとグンフィエズルだった。

 マカブインとグンフィエズルによる分身の業。自身の身体的構造をマカブインで分解し、グンフィエズルで身体に奇跡的な再生力を発現することで質量が分割された存在となる。欠点としては分身するたびに攻撃にのせるべき体重が減ってしまう個体になることである。しかし、数は力である。分割しても対応できる力量差であれば絶大な効果を発揮するのは間違いない。紘和は現状二分割までしかうまくコントロールすることはできないが、それでも無剣二刀流を駆使する上では十分な力であった。

 ちなみに、第三次世界大戦では三人の一樹が確認されている。


「まさか実際に分身なんていう技を見れるとは思ってなかったぞ」

「まぁ、これで紘和くんの身体的特性が消えてくれるのは悪くないわね」


 友香はこの時、居場所がバレようとも【雨喜びの幻覚】を解除しようとも無意識下でなんとかなるはずなのだから身を乗り出してでも紘和を止めるべきだったと後悔していた。

 人を殺せてしまうということが、偶然ではなく自分の意志で選択して、それが仕方なくという言葉で表現できてしまうような感覚であるならば、すでに紘和という人間の心が不安定に、歪になっていることを示しているのだから。


「無剣二刀流」


 二人の紘和はそれぞれが自分と相対している敵と認識したモノを見定める。達也は無色透明な、集めた情報が正しければクレイモアの形状をした剣をいくつか所持し、周辺に突き立ててもいるのだろう。それだけの準備ができる時間はあったはずだから。一方、刹那は見覚えのある武器を手にしていた。トゥレンの息子たちの最期に記載された神剣フラガラッハ、別名アンサラー。

 報復するもの、返答するものと知られ、使用者を正解へ導く力を【最果ての無剣】から召喚される剣として持つ。


「そういうことか」


 出来損ないの模倣された【最果ての無剣】とは、無色透明である特性と神話や逸話に残る刃物をそれぞれ片方の性質を持たせて製造に成功した武器だと目視できるフラガラッハを確認した上で紘和は判断した。

 だからこそ思う。どうして答えを、自動で最適の攻撃を行えるフラガラッハを製造してウザコリフのような一撃必殺の武器を用意しなかったのかと。そして、何故任意の場所にほぼ無制限に召喚できるという最大の特性を持たせることができなかったのかを。平和を望む人間にしてはあまりにも殺傷面に欠ける選出に疑問を抱いたのだ。

 二人の紘和はゆっくりと歩みを進める。それに合わせて達也は走り出した。刹那はその場でフラガラッハを構えたまま動かなかった。

 対象的な達也と刹那に対して紘和は【最果ての無剣】でいくつも剣を投下していく。達也はそれを紘和との距離を詰めながら交わし、手にする剣で、仕込んでおいた突き刺した剣で次々に弾いていく。刹那はフラガラッハに導かれるようにいなし、弾き、更に常人とは比べ物にならない可動域を持つ身体で器用に無駄なく最小限の力で避ける。流石は日本の剣である。普通ならば避けることなどままならない無色透明な任意召喚による投下を、達也と刹那は出現した瞬間の風や空振、音に壁や床につく傷といった様々な要素から判断して避けていた。

 紘和は、直近で戦った合成人のような付与された力による付け焼き刃とは違い、達也と刹那の強さからは修練された技というものを確かに感じていた。しかし、一度たりとも死闘など日本の剣同士で行ったことなどなかったが、ここ最近の戦いを思い起こせば、紘和にとって眼前の敵は一般人と比べて強者でしかない合成人と五十歩百歩にしか感じられなかったのだ。


◇◆◇◆


 達也と対峙する紘和は体重が軽くなった分、身軽になった身体で達也が知らない速度で急接近した。しかし、達也はその速度に反応し、見えない剣の間合いを確認しながら飛び下がった。強者だからこそ、修練を積んでいたからこそ反射的に対応ができたのだろう。だが、経験から咄嗟に出来てしまったということは判断にかけているということでもあった。つまり、此処から先は咄嗟の行動を制御できるか、であった。そして達也にはできなかった。すでに召喚してあった【最果ての無剣】に自ら突き刺さりにいってしまったのだ。

 そして、何が起きたかわからない顔をして腹部から血液を垂れ流す達也。そう、咄嗟を瞬時に自分のものにできていれば交わすことは容易だったろう。しかし、これが達也の不注意だったかと言われればそんなことはない。強者というカテゴリーの中で達也が未熟だっただけの話でしかないのだ。剣に身体を預けているように刺さり、抜け出そうと必死に脂汗をかきながらもがく達也に容赦なく紘和は一振りを入れる。達也は一瞬だけ自分の首から間欠泉のように飛び出る血を見たような気がしたが、その時にはもう思い出す機会すらなくなっていたのだ。


◇◆◇◆


 刹那と対峙する紘和は【最果ての無剣】で召喚し投下する数を増やしていく。更に接近して二本【最果ての無剣】で召喚した剣を持ちながら刹那に攻撃を乱れ撃つ。この時点ですでに消耗戦が始まっていた。フラガラッハは所有者を答えへ導くため行動を最適化する。だが、その答えが必ずしも使用者にとって望んだ結末になるとは限らない。今回で言うならば、勝つことが出来ない試合を勝利へ導くことが出来ないということである。出来ることは負けないようにすること。

 そして、刹那は負けないために出来ることが多すぎた。例えば強者としての才能や修練がフラガラッハに出来る選択肢を増やす。更に、可動域を活かした軟体という特性はその幅を飛躍的に拡大させるだろう。それはつまり、ポテンシャルにより最適な行動を最小限の動作で、動かずして捌ききれてしまうということ。結果、刹那の身体は歪にその姿勢を刻々と変化させながら身を縮めていく。そして時間だけが経過していく。そして負けないようにする限界が来ると、関節部の炎症もあり、刹那の身体は動けなくなっていた。もちろん、それとは別にすでに剣山のように刺しぬかれた身体が動けるはずもなかったのだが。


 圧倒、それが初めて人を殺すことになった紘和の戦績だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る