第十筆:今日は天気
「チャールズ、お前のやりたいことはそれでよかったのか?」
「よかったとは?」
倒れている二人とチャールズを囲むように近づいてきていた純と紘和。
「酷いなぁ、因縁の対決に水を差すなんて……まぁ、ろくでもない、見るに堪えない戦いに終止符をうってくれたわけだからむしろありがとうと言うべきかな」
「お前こそ、こうなることがわかってたから私の支配を受け入れたのではないかね?」
「こうなるかは知らなかったけど、いやはやさっきのおかげで随分と俺も見識が広がったよ。まぁ、本番はこれからだけど」
「こんなことならもっと早く……」
「ハッ、面白いこと言うな」
純がズイッとチャールズに顔を近づける。
「この遺体は俺たちが頂いていくよ」
予想外の答えに目を丸くするチャールズ。
「……どういうつもりだ」
「確かに、あなたの考えは聞いたよ。で、俺はどこまであなたの手助けができるか話したと思うわけだが、ここまでじゃなかったかい?」
チャールズは忘れていた。眼の前の純という男が自分のためにしか、自分が面白いと思う方向にしか動かないということに。そこに善悪は存在しないと。
そして、自分が残した最後の砦の番人は悪魔であるということを。
「はい、紘和。ステイ終了。解除しちゃっていいよ、俺のは」
「簡単に言ってくれるな」
「よくできました」
三日前につけられたと予想される洗脳と呼ばれている、チャールズからの純に対する何かを紘和が【最果ての無剣】から遺物の力を使い解除した。
「タチアナさんのはサービスだよ。うまく使いたいものだね。いや、使えるだろ?」
「くそ、どうしてお前の行動は、他人への悪意にしかなりえないんだ」
チャールズは言葉だけを置いていつの間にか純から離れた場所へと移動していた。
「まぁ、あれだ、面白いってそういうことでもあるってことだよ。例えば、かけっこで一等賞を取れば、それは同じレースで一等賞を狙ってたやつへの悪意になる。その一等賞をとったやつだって一等賞を取るために頑張ってたとしたら、それはそれは理不尽極まりないよな。仮に努力したやつよりも努力せず取ったとしても、取った当人は嬉しいだろうさ。つまりあれだよ」
存分に溜めを作ると満面の笑みで答える。
「出来る力がないなら、やるな」
揚げ足を取るように、実に嫌な例えを踏まえて威圧する純。
「ないから、お前だったんだろう。なかったから……お前ってやつは」
初めてチャールズ語気からも激怒している様子が伝わってきた。
「それに、これは望まれてる行為だったりする」
純はそう言うとまるで自分から注意を逸らさせる様に隣で顔をしかめている紘和の方を向いた。
「紘和にとって俺はこいつは、自分にとっての悪を根絶し、自分の正義を証明することを選んだ。その視点から見ると俺はきっと将来、悪行を積みすぎて楽しいの目的をはき違えてしまう時が来るかもしれない。いや、来る。その時、俺は悪の象徴になるかもしれない。そう考えれば、合理的だろう? 紘和の隣に俺がいるのは」
純は笑う。
「一方のあなたは、実に理想的だ。個人的にはそっちの方が面白いと思うから応援はしたいけどね。でも、あなたにとってもこの状況は本来、例の存在が仄めかされた時点で好都合だろう? あなたが抱える理想に純潔さを残すなら、それはそれは、望まれてしかるべきだと思うけどね」
ぽんっと紘和の肩に肘を置きながらニヤリとチャールズに笑ってみせる純。
それに意を唱えるようにチャールズは口を開く。
「正義を説くために悪行を為すのではない、正義を説くために悪行を止めるのだ。だから俺はここへ来た。ここまで来た。最悪の時を迎えるまでの時間が欲しいから。最悪の時を迎える努力なんてしたくないから。それを知ってて」
「知ってて言って、何が悪い。過程は関係ない。お前が欲しいのは結果じゃないのか。先を見ようぜ、最凶」
チャールズの言葉にひたすら煽り返す純。
「何言ってるかさっぱりわからないけどさぁ。知ったような口で、できもしないことを語るな、偽善者が!」
否定の言葉と共に動いたのは蚊帳の外だった紘和だった。チャールズの言い方に思うところがあっての行動だろう。両手を大きく振り下ろす。しかし、振り下ろした先は天井に変わっていた。紘和はすぐに目標を視界に入れると足元に出した剣を足場に思いっきり跳躍し、再びチャールズに一撃を見舞おうと接近する。更に、剣をもう一本、チャールズの後ろに展開し、次の不意の攻撃に対抗しようとする。直後、グニャッと視界が一瞬揺らぐという恐怖を体感し、未知の攻撃に対抗すべくこの戦いで一度だけ使っていいと純に言われたウザコリフをもう一度振るおうとその手に出現させ掴む。
しかし、紘和の一振りは不発に終わる。
。
「実力があるはずなのに、すぐそれに頼ろうとするのは、悪い癖だ」
チャールズの声が紘和の耳元でする。空中を翔けたのか、【夢想の勝握】の力なのかわからない。
ただ確実に言えることは一瞬で間合いを詰めた上で、【最果ての無剣】の弱点を付いてきたということである。
「しかし、奥の手を断続的ではあっても何度使用しても勝てるビジョンが湧かないな。ほんと、才覚ある人間を相手にする時、いかに自分が凡人かわかるよ」
ガンッと上空から体重を乗せて紘和を背中から叩き落とす。
そんな紘和に説教し、明らかに優勢でいるチャールズが凡人と自分を卑下することにより苛立ちが募らせ、宣告紘和はダメージを感じさせない動きでチャールズの力をねじ伏せる様に起き上がろうとする。
「落ち着け紘和」
サッと紘和がどいたことで勢いよく立ち上がる紘和。
その紘和の左肩の上を背後から純の足が伸びていた。つまり、チャールズはこの攻撃を交わすために紘和からどいたのだ。
「お前は図星をつかれたからって安い挑発に乗るなよ。それにお前が使おうとしたそのとっておき、一回だけって約束だったろ? お陰様で弱点つかれて完封された上に、性能まで確認されたかもしれないぞ? せっかくだったらもっと他のが召喚できるか試して欲しかったわ。それにアイツには負けないだろうが、今のお前じゃただじゃ済まないぞ。あいつの言う凡人っていうのは自分が無傷でお前を倒せないって意味だろうからな」
コツンと純が紘和の頭を小突く。
「またステイかよ。あいつは桜峰さんを、手にかけたんだぞ。それにこの状況でこの一件の黒幕は誰かと聞かれたら俺は、お前かあいつだと言うぞ」
紘和は後ろを振り返り、純に抗議する。
「いや、そんな事言われも。でもいいの、そんな悠長なこと言って、あいつを構うよりも大切なことがあるでしょ。ほら、そこで微かに息をしているゆーちゃん担いで逃げないと危ないぞ?」
「何言って……」
紘和の言葉が続くより前にバキンと倉庫全体が歪んだように見えたかと思うと、それに耐えられなくなり崩れてきたのだ。しかし、その場から逃げることはこの場にいる全員にとってはいとも容易いことだった。
◇◆◇◆
彼女が目を覚ましたのは病院だった。
奇跡的に事故から助かったらしい。トラックに正面からぶつかったと思ったが、案外人というものは彼女が想像している以上に丈夫だったらしい。しかし、ベットから起き上がり横を向くと会いたかった彼氏ではなく、彼女の知らない男が座っていた。
天堂紘和と名乗ったその男は心して聞いてくださいと前置きを言いながら、彼女が四日間の眠りから覚めた現状を教え始めた。親友の陰謀に巻き込まれた彼女とその彼氏。そんな三人は世界の脅威になりうる特異な存在、神に愛された人ならざる人である神格呪者という力をもった、または目覚めた人間であったこと。そして、彼氏はその親友に殺されてしまったかもしれないこと。少なくとも、その生死を確認したくても、現場には何一つ、遺体も逃走した痕跡も残っていないということ。一方、友香は彼氏に庇われ突き飛ばされた衝撃で気絶していただけだということ。しかし、力の覚醒で奇妙な現象がその身に起きていること。そんなことをいっぺんに説明された。
友香は不思議とスッと理解できたが、自分が想像していた時間との、六年前の事故で止まっていた記憶との食い違いからか、何かが追いつかずボーッと紘和の話をまるで勉強の片手間に聞くラジオの様に聞いていた。そしてそんな長話が終わるのと同時に病室のドアがゆっくりと開いた。
◇◆◇◆
「どうも、初めまして。幾瀧純です」
声に反応して顔だけをこちらに向けた友香。
そして説明を終えてこれからどうするんだといった困惑した顔で純に催促を促す紘和。
「実は耳寄りな情報なのですが」
そう言うと純は右袖に仕込んでいた果物ナイフをスッと友香めがけて投擲する。それはスッと音を立てて友香の後ろの壁に突き刺さった。そして、その後も意識が恐怖でこちら側に戻ってきたのか、恐怖で声も出ないといった顔をありありと表情に出し始めた友香に絶えることなくナイフを仕込んであった数だけ投擲し、壁に刺していった純。
そして、最後の一本だけ大きく振りかぶり、わざわざ友香と目をしっかりと合ったことを確認した上で今日一の速度で放った。
「と、このように先程の話にも出ていた【雨喜びの幻覚】は健在なのであなたはまだ九十九に狙われる可能性があります」
「そ、それのどこが朗報なんですか?」
怯えた声に満足したような顔をした純は友香に近づき、付近のナイフを壁から抜き取り始める。その間、純は友香に多くの嘘を織り交ぜるように話す。例えばそれは、彼女が目覚める前に起こった壮絶な四日間の出来事を純と紘和が献身的に救ったかのように。この事件の関係者がこの場にいる三人と優紀と陸だけだったかのように話した。
そして最後に、一つの可能性を純は友香に提示する。
「つまり、生きているかもしれません、あなたの彼氏さん」
「それは、なんとなくという曖昧な表現ではありますが、それでも確実に生きていると確信していたことです」
鳩が豆鉄砲をくらった顔をする純。
「ほう、なぜ?」
「私がここにいるのが証拠です」
もう知っているのでしょうと言いたげな友香の顔。そう、それが可能性を示唆する事実である。代謝活動をしない、鼓動の聞こえない身体。それがそこに存在する桜峰友香だった。その事実は、生物ではないということであり、しかし、ここでは魂とも呼ぶべきか、記憶を有している。つまりここにいる友香は【想造の観測】によりここに固定された存在である可能性が高いということになる。
こんなことを意識してやる人間は実に限られている。仮に優紀が死んで【想造の観測】が陸に渡っていたとすれば、殺そうとしていた人間がわざわざ友香をここに力を使って留めていることになる。力が欲しければあの現場でこんな処置をしなければ即座に集めることができたはずだからだ。
つまり、逆説的に優紀は生きていることになる。
「理解が早くて助かります。まさに運命の赤い糸で結ばれているとでもいうのでしょうか」
「じゃぁ、それが朗報だったんですか」
友香の問いかけに一瞬笑みを曇らせる純。しかし、それを感じとれたのは紘和ぐらいであった。
自分のテンポを取り戻すために渋い顔をした純をみるのは久方ぶりであった。
「いえ、あなたたちを取り戻す可能性があることとそのお供に俺と天堂がなるということが朗報です」
一呼吸の後、純が言葉を続ける。
「九十九を釣るための、菅原さんを釣るための餌はこちらの手の中にあります。何せ彼らはあなたを中心に動いているのですから。そして、その餌を守る力も、垂らす場所も俺と天堂には準備できます。憎き九十九に一杯食わせるために世界の深淵を覗く勇気があなたにありますか? 愛する菅原がどうしてあなたの元を去ったのか、その真相を聞く覚悟はありますか?」
「もちろんです」
欲しかった返事は一切の躊躇なくされた。
「いい返事だ」
純はそう言って出口へ振り返り歩き始める。
しかし、何かを思い出したように足を止める。
「そういえば、記憶が混濁しているようだから先に言っておくけど。俺、君と一緒にた時は桜峰友香(ともか)って名前だからともをゆうに変換してゆーちゃん、って呼んでたんだけど、下の名前を愛称で呼ばれるのは抵抗があるかな?」
「いえ、特には」
「そう。じゃぁ、これからもよろしくね、ゆーちゃん」
後ろを向いたまま軽く手を振ると、純はそのまま病室を後にするのだった。
◇◆◇◆
ロシアのとある地下空間。様々な機械の稼働音がゴウンゴウンと響き渡る。
その中心とも思える赤い液体の詰まった培養槽がある場所で三人の女性が顔を合わせていた。
「申し訳ありませんでした」
純に見逃されたタチアナは、すぐさま近くに配備させていた撤退用の車を呼び、純により重軽傷を負わされた仲間を全員、ロシアからの輸出品を運ぶ貨物船まで運ばせ、無事ロシアに帰還していた。その後、紘和と戦っていた仲間は遺体としても返ってくることはなく、ほどなく殺されたことが報告された。
今回の作戦を立案し実行した上で、唯一無傷の生還を遂げたタチアナは、その失態をエカチェリーナとアンナ・フェイギンに頭を下げ謝罪していたのだ。
「顔を上げなさい。失ったものに申し訳がたたないと言うなら下を向いている暇はないはずよ」
聖母のような言葉をかけるアンナはタチアナを責めたりしてはいなかった。
「そもそも今回の件に問題があるとしたら、私だから……ムキになっていて魔が差したと言っても過言ではないわ。ロシアの右手を二人も失わせたのだから」
さらにエカチェリーナがそもそもの責任は自分にあると続ける。
今回のエカチェリーナが去った後の現場ではマンモス以外にもロシアの右手を紘和との戦いの方に二人、イモガイとシャコを向かわせていたが、あっけなく他の合成人同様に殺されてしまっていたのだ。
「安心しなさい。先も言いました。失ったもののことを考えるなら、私たちは私たちのなそうとしていることを達成させるだけです。それがせめてもの救いになると信じて。そう、私たちの信仰がある限り、ライザ様がいる限り、明日へと導いてくれます」
アンナの言葉とともに真っ赤な培養槽の中で気泡がコボボッと音を立てて上へ昇っていく。この場に部外者がいたら、その言葉には狂信からくる不気味さを感じ取っていたかもしれない。そのぐらい穏やかな言葉とは裏腹にアンナの目はキラキラと疑いを知らない無垢な子供の瞳を培養槽にむけているのだ。しかし、アンナの言葉に異を唱える人間はこの場にはいない。
むしろそれに続くように膝を付き、アンナの見つめる先と同じモノに深く頭を下げるのだ。
「私たちはこれまで通り、ライザ様のために動く。そのためにも人員の追加は欠かせないでしょう」
「皆もわかっています」
エカチェリーナが即座に答える。
「では、急ぎましょう。明日への架け橋となった皆のために。それと……」
アンナは指示を続ける。
「タチアナはイギリスへ、例の研究成果の進行が最終段階に入った場合は即座に現地の仲間と行動に移してください。それとエカチェリーナにはいつも申し訳ありませんが、情報の獲得を、僅かな希望を繋げるためにオーストラリアのラクランの所へ向かってもらいます。それとリュドミーナに現状の世の情勢を始め、あなたたちが向かう先の情報を優先して回すように通達してください」
「はい」
アンナ以外の二人の姿はもうどこにもない。しかし、返事とその足音が薄暗い地下空間を反響していく。
そして一人残ったアンナは恍惚の表情を浮かべながら培養槽に頬を寄せる。
「あぁ、あなたのことは私が必ず……」
先程の聖女のように優しく凛々しそうな女性はそこにはいなかった。そこにいるのは自分の世界に浸る願望を剥き出しにする無邪気な少女だけだった。
◇◆◇◆
「わかってる。わかってるさ」
男の独り言が続く。
「悪かった。だから、初めから託すつもりだった。信じられないのはわかるさ。でもいい加減、納得できないとしても理解できただろう。いや、してくれ。俺の真意も俺の障害もお前にはもうわかってるはずだ。わかりたくなくてもわかるはずだ」
それはまるで誰かを説得しているようだ。
「俺が今までにしてきた悪逆非道が気に入らないのはわかる。だが、今の俺は、お前たちに出会って、変わったんだ。わかるだろう。わかってくれるだろう……俺の二百年に及ぶ記憶をお前は辿ったんだから。俺はあの六年間が……」
男は涙ながらに訴え続ける。
「だから、もう一度力を貸してくれ。今度は、完成させるんだろう? 中途半端はやらないんだろう? なら、やるしかない。本当の戦争を。俺たちを救うためだけの、世界を巻き込んだ戦争を」
そして物騒な単語が散りばめられた会話を一人つぶやきながら男は、戦争の準備をするためにとある有権者の家を訪れていた。男にとって今から会う人物は久しい存在だった。過去には戦場を共に、いや相対したこともあった。そして忌々しくも今後も必要である役者である彼らが能力の詳細を知らなかったということは自分との接触を彼は喋らなかったということである。ならば、可能性はあるだろう。
男のすでにない古傷がうずくのだから。
「行くぞ。絶対に成功させてやるからな」
男は意を決して荘厳な門を跨いだ。
◇◆◇◆
「クソッ」
アメリカへ戻っていたチャールズは一向に良くなる気配のない状況に苛立っていた。好転すると思っていた矢先、それは今までよりも最悪の状況で転がり始めたように感じたからだ。日本もイギリスもロシアもオーストラリアもみな動き始めている。純との一件でタチアナを通してロシアの行動が大まかにわかるのはありがたかったが、それに見合わない状況が進行していた。一方で、転がっているのだ。しかも、予想よりも早く最悪な状況は坂を転がっている。それを純ならば好機と言うのだろう。だが、チャールズにはこれから起こるべく変化が予測できる以上、転がってくるものがどう転がろうが関係ない。結局、純の言う通り、転がった結果、何が起こるかが重要だからだ。
そのため自国の強化をして、自国の民を守らなければならない立場にあるチャールズは深い溜め息を吐く。
「はぁぁ」
自分の力のなさに八つ当たりする場所を見つけることも出来ず、いつも通りの備えしかできない。どんなに頑張ってもこうするしか出来ないのだ。
だから、その中の最善をいつも通りの中から生み出すしかないのだ。チャールズは【夢想の勝握】を眺める。
「この力があるから、できなくちゃ帳尻が合わないだろ」
何を思ってチャールズがこの言葉を口にしたかわからないが、そこには失敗してきた人間特有の我武者羅に似た感情があるように感じられた。
「大統領、お時間です」
ノックと共に秘書の女が扉を開けた。これからチャールズはアメリカの軍事力を強化しに行くのだ。
後に来るであろう戦争に万全を期すために。
「今行くよ」
歴代最年少のアメリカ最凶は、太陽の暖かな光を背にホワイトハウスの自室を後にした。
◇◆◇◆
「どうしてあれだけたくさんいた関係者を伏せて話したんだ?」
純と紘和は病院の屋上にいた。密談と言えば屋上は鉄板である。
そして、純は給水タンクの上から給水タンクにもたれ掛かる紘和に返事する。
「教える必要がなかった。そんな残酷な真実、教えない方が彼女が幸せだと思ったんだ」
「それで、どうして喋らなかったんだ?」
純の取って作ったような善意に呆れた顔をしながら紘和は言い方を変えて同じ質問をした。
「全部が嘘ってわけじゃないだろ? まぁ、めんどくさいし、後から知った顔が見てみたいと思ってねぇ。神格呪者だってことさえ自覚してもらえてれば現状は何の支障もないわけだしな。それに俺たちが友好的に見えた方が都合がいいだろ?」
屋上を風が吹き抜ける。
夏特有の熱く湿った肌に張り付くような風だった。
「そういえば、いつも人を小馬鹿にしたような奇人でもあんなふうな顔ができるんだな」
「そりゃ、な」
本音を聞き出せて、特に何も言うことのないクズだと再認識した紘和はふと思い出したように話題を変える。紘和の言うあんなふうな顔いうのは先程純が友香との会話で見せた渋い顔のことであった。そして、からかったつもりが大した反応もなかったので気になった紘和は上にいる純を仰ぎ見る。
すると、右手の親指と人差し指をくっつけ輪っかをつくり、それを通して右目で入道雲が映える青い空を覗き込んでいた。
「芯のしっかりしたいいコだよ。正直、苦手なタイプだ」
「真面目に言われたら、それはそれで気持ち悪いな」
素直な紘和の感想だった。
それ以外に言葉が見つからない程、実際に今の純はただ気持ち悪いと思ったのだ。
「お前みたいに揺らぎまくってないからなぁ」
「……そうか」
どんなに気持ち悪い事を言ってもしっかりと嫌味が言える辺り、変なものを食べた訳でも、深い闇を抱えている訳ではないのだろうと紘和は判断する。
きっといつもの面白いことのために、右を左という奇人であると。
「まぁ、全部オプションだと思えば安いもんさ」
純もらしくないと思ったのか、明るく楽しそうにそう言い放つ。確かに、【雨喜びの幻覚】が機能している以上、今後様々なことをする上でより隠密に様々な事にあたることが出来るだろう。戦いだって飛躍的に楽になることは目に見えていた。これほど使いがいがあり、純が欲しそうな力はないだろう。
そして隠密という単語から紘和は聞きたかったことを思い出す。
「黒い虹、どうしてチャールズに情報規制させたんだ?」
「質問ばっかりで困ったやつだ。自分で調べようとは思わないのか? そっちのほうが楽しいぞ?」
「調べたら、お前で止まったんだ」
キョトンとした顔で純は下にいる紘和を見て、そこで見上げていた紘和と目があった。
純が二カッと笑う。
「言うようになったな。まぁ、どうして俺がチャールズと初めて会った時以降繋がったままだったか聞かなかっただけ良しとするか」
ストンッと純は紘和の前にきれいに着地し、猫のように伸びをする。
「ゆーちゃん。あの頃は、菅原だっけ? お前に会いに行こうとしただろう?」
紘和は眉間にしわを寄せつつ左目を細く、そして右の眉を吊り上げ、どういうことだと純を訝しむ。
「彼は、彼女は、自ら望んで紘和を頼った。と思ってるわけだよ。大学まで押しかけてきて接点を持ってた紘和に」
そのセリフに、先程の病室での去り際の言葉が重なりいいようのない寒気を感じた紘和。
「早合点はやめてくれよ」
純はいつかの車内のように迫っていた【最果ての無剣】を指で挟んだ。
「何を考えて、いや知っててやってやがる、奇人」
「お前が俺に望むことだよ。他に何があるんだよ」
その言葉は紘和の耳元で囁くように言われた。確証はない。決定づけるにはあまりに希薄な情報である。しかし、そのから始まる全ての言動がそうなのかもしれないという思わせるだけの存在感があった。でも、そんなことはあってはならないのだ。だから、紘和はそれ以上何も言えなかった。言ってはいけないと理解した。そうでなければ、自分の願いも叶わないと悟ったからだ。それに冷静になればそう見せる演出であるだけの可能性もあり、そんな事ができれば、そんな行動ができるわけないと思えるようになり冷静さを取り戻していくのだった。
そんな紘和の気も知らず、はてまた誰の気を知ってか、今日の太陽は強く強く熱く光り輝いていた。
◇◆◇◆
友香は純と紘和が病室から出ていくのを見送った。彼らはこれから情報収集を行うらしい。情報が集まり次第、連絡をくれるとのことで二人とはすでに連絡先も交換していた。当面の目的は退院することだが、そもそもどこも怪我がなく、しても何が危ないのかわからない友香の今の身体で入院している意味があるのか疑問に思うところだった。紘和曰く、ここは天堂家が管轄においている病院で、身体の異常は内密にされるということだった。そして、入院の理由は日常生活で何か支障をきたすことはないか、検査するためだということになってるらしい。食事に睡眠、生理現象と言った全てが、普通の人と同じかわからない以上、目覚めたことを機に確認しなければならないらしい。
友香は正直なところ疑っていた。そもそもどうして見ず知らずの二人がこの場に現れたのかと。神格呪者という能力者であるからと言われればそれで済むことなのかもしれないが、なぜ、それだったら何故二人なのだろうかと。本来ならばもっと偉そうな、それこそ警察が動いていて友香に事情聴取があったとしてもおかしくないと思ったが、未だに現れる気配はない。天堂家で事が済むというならば何故、いかにも部外者のような純という男がいたのか謎である。
そう、実際友香が疑うすべての元凶は純にあった。仮にも天堂家の人間だという紘和は、誠実だし信じられるだろう。しかし、どうも純という男は胡散臭かった。何か嘘をつかれていても不思議ではないと初見ながら思っていた。これがただの夢に思えない以上、友香の純に対する疑いは晴れることがないだろう。
それでも協力関係を結んだのはひとえに優紀に会いたいからだ。好きで好きでたまらない優紀に会いたいからだ。
死んだものと思っていたばかりにその思いは、愛はより勢いよく溢れ出す。
「空が綺麗ね」
開け放たれた病室から見る風景だが、六年ぶりに見た夏空は最後に見た雨模様と違い、カラッと晴れた良い天気だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます