第88話 親衛隊長が現れました(ポルト支部長:メル)

第二章 葡萄の国と聖女(88)



88.親衛隊長が現れました(ポルト支部長:メル)



「ルルさまあ〜!」


その小さな物体、いや、物体と呼ぶのは失礼だな。

よく見ると体をローブで包み、フードをスッポリ被った幼女のようだ。

その服装のせいで一瞬布の塊のように見えたので物体と認識してしまった。


その幼女(?)は、一目散にルルさんに突進して飛びついた。

ルルさんはそれを何事でもないように胸で受け止める。

幼女を抱き抱えて表情も変えず真っ直ぐに立つルルさん。

とても失礼だけど、ものすごく違和感がある。


「メル、いたのか?」

「いたのかじゃありません。来るならどうして教えてくれないんですか。受付のコニーが狼狽えながら『ルル様が来ました。』って支部長室に駆け込んできたのでビックリしちゃったじゃないですか。しかも何をとち狂ったのか『男連れです。』とか理解不能なことまで言う始末。『孤高の聖女』のルル様が男でも女でも連れてくるわけないのに。それにしても久しぶりじゃないですか。寂しかったです。もっとポルトにも来て下さい。あんまり来てくれないから、支部長なんか辞めてコロンに移ろうかと考えてたところですよ。」


めっちゃ早口で機関銃のようにしゃべる幼女(?)。

でも言葉の端々から判断するに、もしかするとここの支部長?

てことは幼女ってわけでもなさそうだ。

そして明らかにルルさん大好き。

また面倒なことになりそうだな。

このまま転移で消えちゃおうかな。


「出てきちゃったよ、親衛隊長。」

「あいつ、殺されんじゃね。」

「まだ若いのに、かわいそうにな。」

「水責めか、土責めか、あるいは植物責めだな。」


幼女っぽい人物の登場で周囲の冒険者たちも我に帰ったのか、好き勝手にしゃべり出した。

でもちょっと待って。

親衛隊長?

殺されること前提?

それに「水責め」と「土責め」はまだ分かるけど、「植物責め」って何?

対応が遅れるほど面倒になる予感しかしないので、先に人物鑑定してしまおう。

情報がないと対処のしようがないしね。

ということで幼女っぽい支部長にこっそり人物鑑定をかけた。



(鑑定結果)

名前 : メル(30歳) 女性

種族 : エルフ族(森エルフ)

職業 : 冒険者(A)・魔術師・ギルド支部長

スキル: 水魔法(上)・土魔法(上)・植物操作・魔力感知

魔力 : 1325

称号 : 『緑の小悪魔』

友好度: 不明



え〜と、30歳なんですね。

幼女なんて思ってすみません。

そしてエルフ族。

後ろに(森エルフ)って表示があるけど、エルフにも系統がいろいろあるのかな?

でも今まで街で見かけたエルフ族の人たちって、割と長身の人が多かったんだけど、小さいエルフ族もいるんだね。

まあ大きいドワーフの方たちもいるので多様性があるってことだろうけど。

うん、身体的特徴に偏見を持ってはいけねいよね。


それより大事なのはスキル。

水魔法(上)に土魔法(上)に・・・植物操作?

冒険者の誰かが言ってた「植物責め」ってこれのことだろうな。

植物を操って戦えるってことだろうか。

しかも魔力が1325。

ルルさんほどじゃないけどそれでも4ケタある。

そして称号が「緑の小悪魔」。

「小悪魔」ってなんかかわいいイメージがあるけど、これは多分違う意味だよね。

文字通り「小さいけど悪魔」ってことだろうな。

なぜかそう確信している自分がいる。

うん、すぐ逃げよう。


そんな考察を一人でしているとフロアに大きな声が響いて現実に引き戻された。


「ちょっと、そこのあなた!」


声がした方を見るとポルト支部長のメルさんがフードを取って小さい体で仁王立ちして僕に人差し指を向けていた。

黒に近い深緑の髪にブルーグリーンの瞳。

はっきりした意志の強うそうな顔立ち。

エルフ族の特徴である耳の形は、それほど極端に尖ってはいなかった。


「なんでしょうか?」

「今すぐ死になさい!」

「はい?」

「あなたいったいルル様に何をしたの! 強力な魅了スキルでも持ってるの! 私のルル様がパーティーを組むなんて、ましてや『パートナー』なんて言葉を使うなんて、この世界が滅亡したってあり得ないんだから! しかも相手がこんなパッとしない、こんな弱っちぃ、こんな貧相な男だなんて。あなた、選択肢をあげるわ。水魔法で水平線の向こうまでぶっ飛ばされてクラーケンの餌になるか、土魔法で地中深く埋められてワームの餌になるか、森の中で植物の蔓に雁字搦めにされて人面樹の養分になるか。さあ、どれがいい? 3秒で答えなさい!」


小さなエルフからの言葉の連続攻撃が僕に突き刺さる。

それにしてもよくそんなに次から次へと言葉が出てくるね。

かなり頭の回転が速いんだろうな。

まあほとんど僕への罵倒だけど。

そして僕の結末はすべて魔物の餌なんですね。


「3秒たったわ。返事はないのね。反応もとろいのね。しょうがないわ、面倒だけど選択肢全部ってことで了解するわ。その体、3分割にしてクラーケンとワームと人面樹の餌にしましょう。そうすれば魅了も解けて、ルル様が本来のルル様に戻るはず。まったくこんな虫がつくなんて。油断も隙も無いわね。このままじゃダメだわ。やっぱり私が張り付いて寄ってくる害虫どもを抹殺しないと・・・」


ポルト支部長のメルさんはしゃべり続けている。

その後ろでルルさんが僕の方を見ながら手のひらを丸くして上下に動かしている。

ん?

何のサインだろう?

丸いものを、かぶせる?

なるほど、了解。

とりあえず「氷」にしますか。


僕は心の中で氷のお椀を逆さまにしたものを想像し、メルさんに被せるように発動する。

その瞬間、メルさんの小さな体を覆うように半球状の氷のドームが出現し、メルさんの機関銃のようなトークが聞こえなくなった。


「メルは、しゃべり出すと止まらなくてな。」


僕の方に近寄りながら、ルルさんが苦笑してそう言った。

氷のドームに閉じ込められたメルさんは、一瞬呆気に取られていたけど、すぐにドームの壁をどんどん叩き出した。

口の形を見ると、「ここから出せ」と叫んでいるようだけど、声は聞こえない。


「メルさんとは、長いんですか?」

「そうだな。どうしてそう思う。」

「ルルさんが、きちんと名前で呼んでるので。」


僕がそう答えるとルルさんが疑問の表情を浮かべる。

あれっ?

ルルさん、自分では気付いてないのか。

コロンのギルド長さえ「黒山猫さん」呼びなのに、メルさんのことは「メル」と名前で呼んでいる。

きちんと名前を覚える境界線がどこにあるのか分からないけど、メルさんとはかなり親しいということだよね。

そう言えば、僕のことは初めから「ウィン」呼びだったな。

ルルさんのことだから「風の人」とか呼びそうなのに。


「ちょっと落ち着いたようだから、出してやってもいいか?」


ルルさんが僕に確認してきた。

もちろん、メルさんを氷のドームから出すかどうかの話だ。

メルさんは氷のドームの中で騒ぎ疲れたのか、床に座り込んで大きく息をしている。


「僕は、構いませんよ。でも、攻撃されたら逃げますけど。」


氷のドームを解除した途端に水魔法や土魔法で攻撃されたら困るので予防線を張っておく。

こんなところでルルさんの友人と戦いたくないので「逃げる」の一択だけど。


「大丈夫だと思うが、万が一の時は逃げろ。」


ルルさんも100%の自信は無いのだろう。

メルさん、ルルさんのことになると見境無さそうだしね。

それでもずっと閉じ込めておく訳にもいかないので、氷のドームを解除することにした。

でも解除した途端、違う方向に機関銃トークが炸裂した。


「なんなのこの氷の魔法、ビクともしないんですけど。これあなたの魔法? どうやったの? 術式は? 魔法陣なの? あなたどこの出身? 師匠は誰? あなたの魔力おかしくない? まったく感じられないんですけど。なのに一瞬で魔法構築って。しかも無詠唱で。展開速度もあり得ない。私が壊せない氷の強度ってどういうことなの?  これでもこの国を代表する魔術師なのよ。ねぇ、聞いてるの。早く答えなさい。」


えっと、もう一回閉じ込めていいですか?

戦闘狂の友人は魔術狂ってことですか?

早く答えなさいとか言ってますけど、それだけ立て続けにしゃべられたら、答える隙間とか無いですよね。

ルルさん、これ、攻撃じゃないけど逃げてもいいですか?


「メル、落ち着け。それじゃあウィンがしゃべれないだろう。」

「でもルル様、これ何なんですか? 魔術師として理解できません。魔術じゃなくて、呪術の類いなんじゃないですか。あるいは私たちの知らない邪術とか。地獄の閻魔の暗黒魔法とか。堕天使の堕落魔法とか。絶対におかしい! もしかして! 私まで魅了でおかしくなった? ねぇあなた! 今すぐその卑しい術を解除しなさい!」


やっぱり止まりません。

どうしましょう。

僕が困り顔でルルさんを見ると、ルルさんはギルドのフロア中に響く声ではっきりと宣言した。


「メル、それ以上ウィンを侮辱することは、私が許さない。」


メルさんの機関銃トークが、ピタリと止まった。



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