第87話 親衛隊がいるそうです(冒険者ギルド:ポルト支部)
第二章 葡萄の国と聖女(87)
87.親衛隊がいるそうです(冒険者ギルド:ポルト支部)
ルルさんは、「戦闘狂」なだけではなく、「スピード狂」でもあることが判明した。
「風に乗るのは、こんなに楽しいんだな、ウィン。」
ルルさん、いくら楽しいからって飛ばし過ぎだと思いますよ。
街道には他の人もいるんですから、もう少し気を遣って下さい。
確かに風魔法を器用に操作してぶつからないように走ってましたけど、ぶつからなければいいってもんじゃないでしょう。
馬がびっくりして馬車がひっくり返ったらどうするんですか。
「街道に出没する風の魔物」認定されても知りませんよ。
ということで、あっという間に港街ポルトに着きました。
「ウィン、まずは冒険者ギルドだな。」
そうですね。
すぐに海産物あさりに行きたいところだけど、クエスト達成も大事なので依頼を受けに行きますか。
その後、屋台巡りとかできるといいんだけど。
僕が黙って頷くと、ルルさんはスタスタと歩き出した。
後を追って僕も歩き出す。
この世界で初めての港街は、小さい割には活気に溢れていた。
漁港があり、海運貿易の拠点でもあるので人の動きが多く、人種も入り乱れているようだ。
海岸沿いということもあり、あまり背の高い建物は見当たらず、ほとんどが石造りの平屋で、時々2階建てを見かける程度だった。
「ルルさん、冒険者ギルドってどこの街にもあるんですか?」
「ああ、たいていの街に支部があるぞ。田舎の小さい集落とかにはないがな。」
「この街のギルドはどんな感じですか?」
「街の規模の割には大きめだな。近くにダンジョンがあるからな。」
ダンジョン!
近くにダンジョンがあるんですね。
是非行ってみたいけど、まずは情報収集が大事。
冒険者ギルドでダンジョン関係の依頼があったら受けてみよう。
もちろんルルさんに相談した上で。
「僕がダンジョンに行っても問題ないでしょうか?」
「問題ないが、ウィンにはつまらないと思うぞ。」
「どうしてですか?」
「ここのダンジョンはD級だからな。」
「D級だとつまらない?」
「手応えがない。」
つまり弱い魔物しかいないということだろうか。
ルルさんとしては文字通り、殴っても「手応え」がないんだろうな。
でもダンジョンに行ったことがない僕としては、是非とも経験しておきたいところ。
「着いたぞ、ウィン。」
ダンジョンのことを考えていると、ルルさんが到着を告げてきた。
小さい街だけあって街門から冒険者ギルドまではそれほど離れていなかった。
黒い石造りの2階建ての建物は、首都コロンの冒険者ギルドをかなり小型化した感じ。
扉の横にはコロンギルドと同じ旗(クロスした剣の下に一房の葡萄)が掲げられている。
早速扉を開けてギルドの中に入ると、内部の作りもよく似ている。
冒険者ギルドとしての基本仕様があるのかもしれない。
昼前の時間帯のせいか冒険者の姿はまばらで、受付嬢たちものんびりした雰囲気だった。
「えっ! ルル様!」
受付嬢の一人、たぶんウサギ獣人の女性がルルさんに気付いたようで、声を上げた。
それほど大きな声じゃなかったけど、フロアに人が少なかったために意外とよく響いた。
「あっ、本物のルル様だ!」
「マジだ。生聖女だ!」
「話しかけてもいいのかな?」
「バカ、親衛隊に吊るされるぞ!」
「生聖女」って、聖女に対してどうなんだその表現。
でも今、聞き捨てならない単語が聞こえたような。
親衛隊?
吊るされる?
話しかけただけで?
僕の立ち位置って、かなりまずくないか?
生命の危機に晒されてる気がするんだけど。
「ルル様、ようこそポルト支部に。本日はどのようなご用件でしょうか?」
一番初めにルルさんに気付いたピョコンとしたウサ耳の受付嬢がカウンターから出てこちらまでやって来た。
首都コロンだけではなくて、ここポルトでもルルさんは有名人らしい。
いやもしかすると国中で有名なのかな。
まさか世界中ってことは・・・あるかもしれない。
「私のパートナーが依頼を受けたいそうだ。」
「パートナー?」
(((パートナー???)))
ルルさん、言い方。
受付嬢さん、ウサ耳の上に?が飛びまくってますよ。
周囲の冒険者の方々も同じく。
でもルルさんのすぐ隣に立っているのに、皆さん僕のことはまったく眼中にないですね。
存在にさえ気付いてない感じ。
ちょっと悲しくなってきた。
「パートナー・・・と言いますと?」
「隣にいるのがパートナーのウィンだ。彼が依頼を受ける。」
「!」
(((!!!)))
やっと皆さん僕に気付いたようで、人間そんなに驚けるのってくらい目を見開いてこっちを見てる。
もうこのパターンには慣れてきたけど、話が進まないのでいちいち面倒だよね。
「依頼掲示板、見せてもらってもいいですか?」
僕が周囲の反応を無視してウサ耳の受付嬢にそう尋ねると、彼女は言葉を失ったままで首をコクコクと縦に振った。
了解を取ったので、僕は依頼掲示板の方へスタスタと歩いて行く。
周囲の時間はまだ止まっているようで、誰も動かないし誰も言葉を発しない。
いや、視線だけは僕のことを追ってるのかな。
依頼掲示板には依頼票がそれなりの数貼られていた。
僕は右端から順番にどんな依頼があるのか見ていく。
『家の修繕の手伝い』(F)
『船の清掃』(F)
『魚介類の運搬』(F)
『貿易船の荷下ろし作業』(E)
『船の修繕の手伝い』(E)
『漁船の護衛』(D)
『貿易船の護衛』(C)
ざっと見てみると港街らしい依頼がいろいろ並んでいる。
後ろに記されている文字はおそらくそれぞれの依頼の適正ランクだろう。
右側には低ランク、左へ行くほど高ランクの依頼が貼られてるようだ。
「ウィン、必要な依頼は確か9件だな?」
依頼掲示板を見ている途中でルルさんが話しかけてきた。
「はい、何を受けようか検討中です。」
「ギルド規定は知ってるか?」
「いいえ、知りません。」
「ウィンはCランクだから受けらるのはBからDの依頼だ。」
そうなのか。
何でも受けられるわけじゃないんだね。
まあ、高ランクの人たちが簡単な依頼まで取っちゃうと、初心者なんて生きてけなくなるだろうし。
僕が受けられるのがBからDということは、自分のランクの上下一つまでの範囲ってことか。
「ウィン、とりあえず『ビックリ箱』でいいんじゃないか。」
どの依頼を受けようかなと考えていると、ルルさんがそう言った。
『ビックリ箱』?
確かコロンの商人ギルドでルルさんからそんなことを言われたような。
依頼を選ぶのと『ビックリ箱』に何か関係があるんだろうか?
「ウィン、掲示板の左端の白い枠の中に常時依頼がある。『ビックリ箱』ですぐ達成できる。」
ルルさんに言われて、まだ見ていなかった掲示板の左端を見る。
確かにそこには白い枠で囲まれた部分があり、数枚の依頼票が貼られていた。
『ゴブリン討伐(10体)』(ランク不問)
『鉱石採取(10個)』(ランク不問)
『薬草採取(10本)』(ランク不問)
なるほどそういうことか。
常時依頼はいつでも誰でも受けられるってことだね。
僕は『薬草採取』の依頼票を見つけて、その内容を詳しく読んでみた。
○『薬草採取(10本)』(ランク不問)
依頼内容:薬草1束(10本)の納入。
報酬 :薬草(普通) 銅貨1枚
薬草(良) 銅貨2枚
上薬草 銅貨5枚
期限 :常時
「『ビックリ箱』で90本出せば、それで終わりだ。」
依頼票を読んでいる僕の後ろからルルさんが淡々とそう告げる。
確かに薬草10本納入で依頼達成1回とカウントされるなら、90本で9回達成だ。
僕のクエストがその通りに認定してくれるかどうかは、やってみないと分からないけど、とりあえず試してみればいい。
まあ、なんかとてもズルいことをしてる気分になるけどね。
「じゃあ、とりあえず薬草を納入してきま・・・」
「ルルさまあ〜!」
振り返ってルルさんに声をかけようとしたところで、何か小さな物体がものすごい勢いで飛んで来るのが見えた。
そしてその小さな物体は大声でルルさんの名前を叫びながら、ルルさんの胸に飛び込んだ。
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