第80話 冒険者ギルドの依頼を受けます(討伐依頼:フルーツバード)
第二章 葡萄の国と聖女(80)
80.冒険者ギルドの依頼を受けます(討伐依頼:フルーツバード)
「ウィン、明日冒険者ギルドへ行くぞ。」
アリーチェさんの美味しい夕食を食べていると、ルルさんが突然そう言った。
お誘いではなく確定事項で。
でも冒険者ギルドに行くと、間違いなくギルド長のネロさん(黒山猫獣人)に捕まっちゃうんじゃないだろうか。
前回ギルド長室から逃げ出してきたからね。
「何をしに行くんでしょうか?」
「依頼を受けに行くに決まっている。」
僕の疑問にルルさんは何を当たり前のことをという顔で答える。
「でも訓練は?」
「あるじ〜、明日は安息日だよ〜。訓練はお休み〜。」
ディーくんから訓練休みの通達。
安息日?
前世界の記憶からすると日曜日みたいなものか。
でも安息日は休みだよね。
休みなのに冒険者ギルドに行って依頼を受けるってこと?
「訓練は休みだし、農園も休みだ。ギルドの依頼を受けるしかない。」
ルルさんの言うことは明快だ。
明快だけど分かりにくい。
「休みは、休むものでは?」
「ウィン、疲れているか?」
「いえ、全然。」
「じゃあ冒険者ギルドに行く。」
まあ本当に疲れていないのでいいんですけどね。
戦闘狂の辞書には「休み」という言葉はないんでしょうね。
「それにな、ウィンと私はパーティーを組んだ。」
「はい。」
「でもまだ依頼を受けていない。」
「はい。」
「だから受けに行く。」
三段論法のようで微妙に成り立っていないルルさんの説明に怪訝な顔をしていると、マッテオさんが横から説明してくれた。
転移陣クエストをめぐる「君なしではいられない」発言の誤解はすでに解いてある。
「ウィン君、冒険者は基本的に自由だがな、いくつかは義務があるんだ。その1つが一定期間に必ず一度はギルドの依頼を受けること。登録して便宜を受ける以上、少しは恩返ししろってことだな。」
「なるほど。」
確かに、ギルドに登録して情報をもらったり、施設を使わせてもらったり、獲物の買取をしてもらったりするのだから、それくらいは当然か。
「他にも義務はあるんですか?」
この際、いろいろ教えてもらおうとマッテオさんに質問する。
「大きな危機、魔物のスタンピードとか天変地異が起こった時にギルドの救援要請に答えること。ただこれは、それぞれの冒険者の実力や置かれている状況によるので努力義務みたいなもんだな。あとは、人を殺さないとか、人から盗まないとか、国の法律と変わらない。でもウィン君、冒険者ギルドで登録する時に説明されなかったのか?」
そうですね。
そう言えば、ステータスのチェックのところで大騒ぎになったので、
ろくに説明とか聞いてないですね。
「ということで、明日は朝から冒険者ギルドだ。」
ルルさん、「ということで」じゃないでしょう。
冒険者のルルさんより、農園主のマッテオさんの方が説明が分かりやすいってどういうことですか。
まあ、そういう部分は元々ルルさんには期待してませんけど。
* * * * *
翌日の早朝、ルルさんと僕は教会の裏庭で合流し、そこから歩きで冒険者ギルドに向かった。
転移陣(2人用)で移動することも考えたけど、いきなり人通りの多そうな冒険者ギルド前に転移するのはやめておくことにした。
ちなみに転移陣(2人用)の試運転はすでに昨夜済ませてある。
アリーチェさんのレストランで食事を済ませた後、葡萄農園からルルさんの小屋がある教会の裏庭まで転移してみた。
僕の隣にルルさんが立ち、僕が行き先を念じるだけで無事に2人とも転移することができた。
でもその時、次の転移陣拡張クエストが表示されなかったので、転移陣をさらに拡張するためにはまた別の達成目標があるのだろう。
「中の女性」の性格を考えると、嫌な予感しかしないけど。
冒険者ギルドに到着して中に入ると、1階のフロアは多くの冒険者で溢れていた。
早朝のギルドはこんなに騒がしいんだなと呑気に思っていると、どうやらこの状態は普通ではないらしい。
「これは、何かあったな。」
ルルさんが隣でボソリとつぶやく。
「いつもこんな感じじゃないんですか?」
「早朝はいつも混雑してるが、ここまでじゃない。」
ルルさんと2人で話していると、すぐ近くの冒険者がルルさんに気づいた。
「あっ、ルル様!」
「えっ、本当だ、ルル様だ。」
「ルル様! あっ隣に・・・。」
ルルさんの名前を呼ぶ声が少しずつ広まり、同時に男性冒険者たちの視線が僕に突き刺さる。
これは・・・ルルさんの言動のせいで面倒な噂が広っがてるな。
僕が言い訳してもまったく効果がないだろううし、放置するしかないよね。
「ルル様、ウィン様、いいところに来ていただきました。どうぞこちらへ。」
赤髪、長身の副ギルド長、グラナータさんが僕たちを見つけて飛んで来た。
今日は事務服ではなく紅の鎧(ビキニアーマー?)を身につけて大剣を腰に差している。
すぐにギルド長室に案内してくれるようだ。
「この騒ぎはどうしたことだ?」
「そのことですが、ギルド長室で説明させていただきます。」
ルルさんの問いにグラナータさんが答える。
2人が歩き出すと、人混みが綺麗に2つに分かれて道を作っていく。
まるで「モーゼの十戒」のようだ。
ちなみにこの表現、この世界でも通用するんだろうか?
意味がわかるように自動翻訳してくれるんだっけ?
どうでもいいことを考えながら2人の後をついて行くと、ギルド長室に到着した。
中に入ると、そこに黒山猫さんの姿はなく、長身で青みがかった黒髪の獣人の男性が一人立っていた。
「あっ、てめぇらこの間はよくも逃げてくれやがったな。その上あれから全然ギルドに顔出さねぇたぁ、どういう了見でぇ。」
この人、黒山猫のネロさん?
声と口調は完全にそうだけど、これ人化ってやつ?
「ウィン、てめぇ何きょとんとしてやがる。冒険者登録したらもうちっとまめにつらぁ見せに来いってんだ。いてっ。」
グラナータさんの拳がネロさんの頭に落ちた。
この前も見たな、この光景。
人化(?)したネロさんも長身だけど、グラナータさん、もっと大きいから上からゲンコツ落とせるんだね。
「ギルド長、落ち着いてください。そんなことを言ってる場合じゃないでしょう。」
「グラぁ、てめぇの拳はいてぇんだよ。ルルとウィンはとにかく座りやがれ。」
二人の掛け合いをもう少し見ていたかったけど、どうやら本当に相談があるようだ。
僕とルルさんは素直に席に着く。
「ではルル様、ウィン様、今の状況を説明させていただきます。実は昨夜、南の森から戻った冒険者から報告があり、どうやらフルーツバードの群れが森の中に居着いてしまったようです。ギルドとしては被害が広がる前に早急に対処したいと考えています。お二人にもお力添えいただけないでしょうか?」
グラナータさんが丁寧に説明をしてくれて、最後に協力をお願いされた。
フルーツバード?
果物鳥?
名前からすると果物を食べる鳥かな?
でもなぜこんな大騒ぎに?
「ウィン、フルーツバードが大量だと葡萄が無くなる。」
「ウィン様、フルーツバードは果実を主食とする鳥の魔物です。単体ならたいしたことはないんですが、群れとなると話が違います。コロンバールには多くの葡萄農園があります。この魔物が群れになると、葡萄を根こそぎ食い尽くされてしまいます。」
ルルさんの短過ぎる説明の後、すぐにグラナータさんが早口で説明してくれた。
それを聞いて僕は思わず立ち上がる。
マッテオさんの農園の危機だ。
他の農園がどうなってもいいわけじゃないけど、とにかくすぐ倒しに行かないと。
「ルルさん、すぐ行きましょう。」
「そうだな、早いに越したことはない。」
すでに立ち上がっている僕に続いてルルさんも立ち上がる。
そこにネロさんから声が飛ぶ。
「待て待てウィン。協力してくれるのはありがてぇが、勝算はあるんだろうな。相手は飛行型の魔物だぞ。」
「大丈夫です。ルルさんと僕で群れを潰します。逃げ出した分のフォローはお願いします。」
僕の言葉を聞いてネロさんは視線をルルさんに移す。
「ルル、こいつの力、信じて大丈夫か?」
「私が保証する。」
「分かった。ギルド長として正式にフルーツバードの群れの討伐を依頼する。行ってくれ。」
ネロさんの言葉が終わると同時に、僕とルルさんはギルド長室を飛び出した。
この国の葡萄農園を守るためになんてそんな大それた想いはない。
でも少なくとも大好きな人たちの大切なものは守りたい。
それに葡萄が全滅したら僕が買うワインが無くなっちゃうしね。
ということでルルさんとのパーティーの初仕事です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます