第79話 いちいち返事しなくてもいいです(クエスト:転移陣拡張)

第二章 葡萄の国と聖女(79)



79.いちいち返事しなくてもいいです(クエスト:転移陣拡張)



島の訓練場での早朝訓練を始めて5日が経過した。

今の1日のルーティンはこんな感じだ。


早朝に起きてアリーチェさんのレストランで朝食を食べる。

なぜか従魔たちも一緒。

アリーチェさんに「迷惑じゃないですか」と尋ねると、「食材をいっぱいもらってるから逆にありがたい」とのこと。

スラちゃん、コンちゃん、まさか鉱石とか昆虫とか渡してないよね。


朝食後、小屋経由で島の訓練場に移動して午前中いっぱいはルルさんと二人でディーくんの訓練を受ける。

ウサくんは救急要員として訓練場に待機し、他の従魔たちは食材集めに勤しんでいる模様。

タコさんは特に張り切っている。

今のところ島じゃないと海に行けないしね。


訓練終了後、お昼ご飯は小屋の中で僕の『COOK』料理を食べる。

毎食アリーチェさんのお世話になるのは申し訳ないからね。

アリーチェさんは気にせずランチも食べに来なさいって行ってくれるんだけど。


ルルさんは僕の『COOK』を見て、最初は驚いていたけどすぐ慣れた模様。

だんだん耐性がついてきてるね。

いいことだ。


午後はマッテオさんの農園に戻り、葡萄畑の作業のお手伝いをする。

こちらは素人なので、従業員の人たちの指示に従って動き回る。

物を運んだり、土を耕したり、剪定で落とした枝を集めたり。


これはお世話になっているマッテオさんたちへのお礼みたいなものだ。

寝泊まりに関しては僕と従魔たちは小屋の中、ルルさんは小屋経由で教会の自分の部屋に戻っているけど、食事は度々アリーチェさんのお世話になってるからね。

食事代金を受け取ってくれないので労働で返してる感じかな。


葡萄畑の作業には従魔たちも参加している。


最も活躍しているのはコンちゃんとラクちゃんのコンビ。

二人ともどんな小さな害虫も見逃さず、コンちゃんは蔓で、ラクちゃんは糸で捕縛している。

二人で捕まえた昆虫を地面に並べて、お互いに交換とかしてるようだけど、やっぱり好みとかあるんだろうか。

あとラクちゃんの食性の「肉食」には、昆虫も含まれるそうです。


スラちゃんは、葡萄畑の地面から大きめの石を掘り出しては体に取り込み、その石を細かく砕いてから地面に戻している。

「何してるの?」と訊いてみると、「リン(土壌改良)!」と答えてくれた。

無人島にいたはずのスラちゃんがなぜそんな言葉を知っているのか。謎だ。


ウサくんは雑草を見つけてはモグモグしている。

趣味(食事)と実益(雑草除去)を兼ねているようだ。

植物なら何でも食べられるのか訊いてみると、好みはあるけどほぼ何でも食べるとのこと。

ただ毒草は嫌いらしい。


「嫌いってことは、食べることはできるの?」

(自分で解毒できるから。それより、主、薬草ちょうだい。)


質問すると念話で返してきた。

毒草も食べることはできるらしい。

でも一番好きなのはやっぱり薬草のようだ。

仕方がないので聖薬草を1束出してあげた。


ハニちゃんは空中でホバリングしながら空を見回している。

葡萄畑ではすでに葡萄の実が育っているので、それを食べに来る鳥たちを見張っているらしい。

魔物避けの防護柵は地上だけでなく飛行系の魔物にも効果があるようだけど普通の鳥までは防げない。

ハニちゃん曰く、


(ここに来たら痛い目にあうと鳥たちに思い知らせようと思います。)


とのこと。

でもハニちゃんの毒針で攻撃したら、鳥たち死んじゃう気がするけど。


(ちゃんと弱毒にしておきます。)


ハニちゃんの毒針って毒性の強さを調整できるんだね。

初めて知りました。


タコさんは・・・葡萄の房にツンツンして回っている。

何をしてるんだろう?

まさか麻痺をかけて回ってる?

葡萄に?


「タコさん、それは何してるの?」

(葡萄を甘くしてるの。)

「タコさん、葡萄を甘くできるの!?」

(あ、言い間違えたの。味を濃くしてるの。)

「濃くできるの?」

(水分調整は得意なの。)


タコさんは、農園の従業員が今年の葡萄は少し水分量が多いと言っているのを偶然聞いたらしい。

そこでタコさんはその人をツンツンして注意を引き、葡萄をツンツンして水分調整を行い、その人に味見をしてもらったところ、合格点をもらったとのこと。


タコさん、何気に滅茶苦茶高度な作業してたんですね。

ほんと、侮れないメンダコですね。


そして、ディーくんとルルさんは葡萄畑にはいません。

戦闘狂師弟は、午後も訓練しているようです。



   *   *   *   *   *



夜はアリーチェさんのレストランで夕食を食べる。

小屋の中で自分たちで食事することも考えたけど、葡萄畑の作業の後は必ずレストランに来るようにとアリーチェさんに厳命された。

アリーチェさんの言葉には誰も逆らえません。


レストランに入ると、そこにはすでにディーくんとルルさんがいた。

僕がいないと島の訓練場と葡萄農園を行き来できないので、この周辺の森の中で訓練してたらしい。


「訓練、大丈夫だった?」

「大丈夫だよ〜。かなり(手加減するの)慣れたからね〜。」

「心配ない。気絶はしていない、数回しか。」


僕の質問にディーくんとルルさんがそれぞれ答えた。

ルルさん、数回は失神したんですね。

ディーくん、それは許容範囲なのかな。


(手加減、かなり慣れたんだけどね〜。まだ完全じゃないよ〜。)


心の中で尋ねるとディーくんから念話でそう返ってきた。


「ルルさん、怪我とか、大丈夫でした?」

「自分で治したぞ。」


そうだった。

ルルさん、聖女だった。

戦闘狂のイメージが強過ぎて、つい忘れちゃうんだよね。

治癒と浄化があるからウサくんがいなくても大丈夫か。

気絶してる時は無理だろうけどね。


アリーチェさんは夕食の準備中でまだこの場にはいない。

今のうちに今日のノルマを達成しておこう。


「ルルさん、今日の分のクエスト、今やってもいいですか?」

「いいぞ、ウィン。」

「でもルルさん、何度も言いますけど、返事はしなくてもいいですからね。」

「分かった。」


ここのところ毎日、後回しにしていた転移陣拡張クエストを少しずつこなしている。

一気にではなく少しずつしているのには理由がある。

僕の精神が恥ずかしさに耐えられないからだ。



○転移陣クエスト(拡張)

 クエスト : 君と共に

 報酬   : 転移陣(2人用)

 達成目標 : 「君なしではいられない」と告げる(100回)

 カウント : 40/100 

 注意点  : 対象は異性・相手に聞こえないと無効



「では、行きますよ。『君なしではいられない』。」

「私もだ、ウィン。」

…ポッ(赤面)…


ルルさん、全然分かってないじゃないですか。

返事はしなくていいです。

あと、「中の女性」、そこで出てこなくていいから。


「ルルさん、だから返事はいいって言ってるじゃないですか。」

「ウィン、これは返事じゃない。礼儀だ。そこまで熱烈に求められて、黙っているなど人の道に反する。」


毎日同じような光景が繰り返されている。

もちろんルルさんにはこれがクエストであることを説明済みだ。

それでも毎回、ルルさんは普通に答える。

周りに誰がいても関係なく。

その度に羞恥心が僕の精神をガリガリ削る。


「じゃあ仕方ありません。一気に終わらせましょう。」


僕は説得を諦めて早く終わらせる方を選択する。


「君なしではいられない。」(×9回)

「私もだ、ウィン。」(×9回)

…ウィン様、大胆(両手で顔を隠す)…


「あらあら毎晩、お熱いことね。」


ここでアリーチェさんが登場。

両手に料理皿を4つ持っている。

アリーチェさん、絶対タイミングを見計らってましたよね。

もちろんアリーチェさんもこれがクエストの一環であることを知ってるので、ただ面白がってるだけだ。


「ウィン君、もういい加減慣れたんじゃないの? 面倒だから今日で終わらせたら。」


アリーチェさんがお皿をテーブルの上に並べながらそう言ってきた。

確かに毎晩この羞恥心に耐えるより一気にクエストを達成した方がいいかもしれない。

僕は決意を固めてルルさんを見る。


「じゃあいいですかルルさん? 一気に終わらせますよ。」

「いいぞ、ウィン。いつでもかかってこい。」


なんかセリフが戦いみたいになってるけど、もうどうでもいいか。


「君なしではいられない。」(×50回)

「私もウィンなしではいられない。」


ルルさんは50回分の僕の言葉を黙って聞いてから、最後に一言だけ言葉を返した。


…転移陣クエスト(拡張)を達成しました。今後、2人用の転移陣を使用できます。…


言い終わって周囲を見渡すと、従魔たちはすでに料理を食べていた。

その横で両手にワインボトルを持って、マッテオさんが呆然と立ち尽くしている。


あっ、マッテオさんにはまだ、このクエストの説明をしてなかった。

完全に誤解してるよね。

このまま転移で、どこかに消えてもいいですか?

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