第78話 孤高の聖女・鋼の拳闘士(SIDE ルル)
第二章 葡萄の国と聖女(78)
78.孤高の聖女・鋼の拳闘士②(SIDE : ルル)
「商業ギルドに行きたい」と彼は言った。
正確には商人ギルドだが細かいことはどうでもいい。
次はいったい何が起こるのか。
これほど何かに期待するのは久しぶりだ。
彼は商業ギルドに登録した後、買取カウンターに向かった。
そこには巨体のおじいさんが座っている。
商業関係には疎い私でも知っている白髭さん(ジャコモ)だ。
確かこの国最大の商会の創設者で商業ギルドの副ギルド長をしているはずだ。
しばらく見ていると彼は白髭さんの前に薬草の束を置いた。
白髭さんが心なしか目を見開いた気がする。
私には植物鑑定のスキルはないが、その薬草の中の魔力を見ることができる。
その薬草には今まで見たことがないほど純度の高い魔力が凝縮されていた。
白髭さんに薬草の出所を尋ねられて彼がちょっと困っていたので、助け舟を出してみた。
「冒険者の秘匿事項だ。」
言いたくないことがある場合、冒険者ならたいていこの一言で対処することができる。
己の命を賭けて集めてきた情報を他人に話す義務など、冒険者には一切ない。
その後の二人のやりとりは、正直私にはまったく分からなかったが、最後には彼が大量の薬草をテーブルに山積みし、白髭さんが両手を上げて降参していた。
薬草の売買にも何か勝負のようなものがあるのだろうか。
私には謎だ。
商人ギルドを出た後、魔物と冒険者の話になり、彼が不可解な言動をした。
自分のことを冒険者として初心者だと言ったのだ。
そんな馬鹿な話はない。
確かに彼の服装や言動を見ると、素人なら彼を初心者と間違えるかもしれない。
だが少し実力のある冒険者ならそんなことで騙されることはあり得ない。
鍛え抜かれた細身の体と隙の無い身のこなしは最低でもB級以上だろう。
しかも多彩なスキルと完璧な魔法を見てしまうと・・・S級と言われても信じるに違いない。
「魔物は何体倒した?」
能力はあるが実戦経験がないのかもしれないと思い、魔物の討伐数を聞いてみた。
そして彼の答えはまた私の想像を超える。
500体!
すべて星3つの魔物!
どこの勇者の話だ。
いや勇者でも無理だ。
黒山猫さんの「なんじゃこりゃ!」という絶叫が耳に蘇る。
もちろん私は叫ばないが。
まさかその数を一人で倒したのかと思っていると、彼の口から仲間が7人いると告げられた。
仲間が7人もいるのか。
少し納得できた。
でもなぜ私はがっかりしているのだろう。
私が彼の初めての仲間だと思っていたせいだろうか。
そんなことを考えていると彼は仲間を呼びましょうかと言ってきた。
仲間を呼ぶ?
今ここに?
どうやって?
私が頭の中に疑問を浮かべていると、彼は落ち着いた声で『召喚』とつぶやいた。
次の瞬間、私の目の前に7体の魔物が現れた。
彼の仲間とは、従魔のことだったらしい。
そう言えば、スキルの中に確か『テイム』があった。
しかし『召喚』は聞いてない。
『テイム』で従魔を従えることと、『召喚』で呼び出せることは別の能力だ。
彼は分かってないようだが。
街中に突然魔物が現れたので、周辺は大騒ぎになった。
治安維持部隊の衛士たちも集まってきた。
彼は慌てて『召喚解除』と叫び、従魔たちは光になって消えた。
『召喚解除』は『召喚』よりもさらに難しくレアな能力だ。
おそらくそのことも、彼は知らないのだろう。
彼はいったい何者なのだろう。
魔物7体を従魔として従え、召喚と召喚解除ができる。
これだけでも超一流のテイマーであり超一流の召喚士だ。
しかもそれは彼の能力のほんの一部でしかない。
あの風魔法を見て、絶対に逃してはいけないと直感した自分自身を心の底から褒めてやりたい。
その後、衛士との話し合いを収めて私の部屋に移動した。
従魔を紹介してもらうためだ。
私の部屋はけして綺麗に掃除してあるわけではない。
人をもてなすための茶器等も置いていない。
今まで誰一人部屋に入れたことはないし、私にとっては睡眠が取れて武具の手入れができればそれで十分だったからだ。
まあ冒険者同士だし、彼も気にはしないだろう。
彼は私の部屋の中で従魔を1体だけ呼び出した。
見たこともないタコ型の魔物だった。
星3つだというので、すぐ戦いたいと言ったら彼に断られた。
なぜだ?
星3つの魔物と遭遇することなど滅多にない。
戦わせてくれてもいいではないか。
心の中で不満に思っていると話の流れで彼の従魔たちがいる島に行くことになった。
願ってもないことだ。
島がどこにあろうと関係ない。
どこまでも彼について行く。
そこに強い魔物との戦闘がある限り。
どうやって島までいくのかと思っていると、彼は私の部屋がある小屋の隣に一瞬で小屋を出現させた。
『HOME』という魔法らしいが、私の豊富な魔法知識の中にもこんな魔法は存在しない。
そしてその小屋は、見た目は小さいが中に入るととても広いという謎の空間で、彼はそれを『異空間』と呼んでいた。
小屋の中に入ると7体、いや7人の従魔たちがテーブルを囲んで椅子に座っていた。
彼は従魔たちをとても大事にしているようで、魔物扱いをすると機嫌が悪くなる。
よく空気を読まないと言われる私だが、強者との戦闘がかかっている時は、これくらいは気を使える。
しかし従魔たちが全員椅子に座って待っている姿というのは、ものすごく違和感があるのだが、どうやら彼にとっては当たり前らしい。
彼が従魔たちを一人ずつ紹介してくれる。
全員星3つ。
ここは天国か。
ここなら私が望む戦闘が毎日何度でもできる。
そうだ、この島に住めばいいのだ。
そうしよう。
そんなことを妄想していると最後に紹介された従魔が私に挨拶した。
人間の言葉で。
ぬいぐるみのクマさんのような魔物が確かにしゃべった。
魔物がしゃべるなんて聞いたこともない。
彼に確認するとなんでもないように「しゃべるよ」と返された。
私は覚悟が足りていなかった。
彼の当たり前は、私の常識の遥か彼方にある。
何事にも動じない、感情を面に表さないと言われ続けてきた私が、翻弄され続けている。
でもだからこそ決意した。
一生彼から離れないと。
その後、待望の戦闘訓練でクマさんに瞬殺され、本気の彼にも瞬殺された。
まずい、負けたのに楽しくて仕方がない。
かなり久しぶりに神に感謝の祈りを捧げようと思う。
彼との出会いを与えてくれたことに。
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