第77話 孤高の聖女・鋼の拳闘士①(SIDE ルル)
第二章 葡萄の国と聖女(77)
77.孤高の聖女・鋼の拳闘士①(SIDE : ルル)
“それは初めて見る完璧で綺麗な風魔法だった。”
私はダンジョンでの依頼仕事を終え、首都コロンに向かって歩いていた。
いつも通り一人だ。
一人で依頼を受け、一人でダンジョンに潜り、一人で魔物を倒す。
別に他人が嫌いなわけじゃない。
ソロで戦うことにこだわりがある訳でもない。
ただ単に組みたいと思う相手がまだ見つからないだけだ。
でもそんな風に冒険者を続けていると、周囲の人たちはいつの間にか私のことを『孤高の聖女』と呼ぶようになった。
『孤高の聖女』。
そう私の本来の仕事は『聖女』だ。
今ではもう、以前の仕事と言った方がいいかもしれないが。
治癒と浄化のダブルスキル持ちということで子供の頃に中央教会に所属させられ、魔力量が人並はずれていたこともあり、『聖女』に祭り上げられた。
所属と言っても、そのきっかけは誘拐あるいは人買いのようなものだったが。
この大陸の中央にある宗教国アークエンジェルは、いわゆる『聖スキル』と呼ばれる『治癒』、『浄化』、『回復』の能力を持った子供たちを大陸中から集めている。
貴族や裕福な家庭の子女の場合は教会直系の学園に囲い込み、貧しい家の子供たちは親にお金を渡して引き取る。
応じない場合は教会の権力と人脈で圧力をかけ、それでも折れない場合は強制的に連行する。
まあ誘拐だな。
彼らに犯罪の認識はない。
神のための行為だからだ。
宗教であれ政治であれ、『正義』の名の下に行われる蛮行ほどひどいものはない。
だから私は、「これはあなたのために言ってるの」とか「この世界のために力を尽くすべきだ」とか、そういう事を平気で言う人間が嫌いだ。
そういう人たちに囲まれているのが嫌になり、私は教会を逃げ出した。
単純に、自由に戦って強くなりたいという理由もあったが。
話が自分のことに逸れてしまったが、今は彼のことを語ろう。
私には『魔力視』のスキルがある。
魔力感知の上位スキルで、文字通り魔力を見ることができる。
だから彼が操る風の魔法が普通じゃないことはすぐに分かった。
まずは魔力の『純度』について。
魔力には単純な量だけではなく濃度のようなものがある。
私はそれを純度と呼んでいる。
魔力量は魔法の威力の強さにつながり、純度は魔法の正確さに影響する。
正確な魔法はとても固い。
言い換えれば崩されにくい。
魔法同士がぶつかった時、それが攻撃魔法同士であれ、攻撃魔法対防御魔法であれ、単純に魔法の威力や魔法レベルの高さだけで勝敗が決まるわけじゃない。
どちらかというと純度の高さの方が大事になる。
魔法はその構成を崩されてしまえば効果が消えてしまうからだ。
彼の風魔法の純度は私が今まで見た中で最高レベルだった。
ほぼ純度100%と言ってもいいかもしれない。
私には魔法は色付きで見える。
純度はその色の濃さで分かる。
彼が身にまとう風魔法の色は、とても綺麗で深い緑色だった。
二つ目は『魔力操作』について。
魔力をどれだけ自分の思い通りに動かせるかはその人の技量による。
もちろん他のスキル同様に、生まれながらの才能とそれを伸ばすための厳しい訓練の両方が必要だ。
そして魔力を扱う時には、誰もが最大限の精神集中を行うことで自分のイメージに近い魔法を発現させようと努力する。
しかし彼は、とても楽しげに魔力を扱っていた。
しかも自由自在と言ってもいいほどの完璧な魔法制御で。
大魔道士の称号持ちでも、これほどの自然体でこれほどの魔力操作は不可能だ。
私には彼が、風に乗って楽しげに遊んでいるように見えた。
そして最後に『魔力の源』について。
普通は誰もが自分の体内にある魔力を使って魔法を発動する。
だから生まれながらに持つ魔力量によって魔法系に進むかどうかが決められる。
訓練によって増やせる魔力量には限界があるからだ。
もちろん魔力の使い方にも例外はある。
精霊に魔力を借りる精霊魔法や魔石に溜めた魔力を使う魔道具などは、自己の魔力量が少なくても魔法を使える例だ。
ただそういうものは、私にはすぐ見分けがつく。
彼が使う魔力は不思議な生まれ方をしていた。
彼の中からではなく、周囲の空間から突然現れて魔法の形になる。
精霊から魔力を借りる場合は、まず精霊の魔力の塊が見えて、その一部が魔法に変換される。
魔道具を隠し持っている場合でも、魔石の中の魔力がはっきりと見える。
彼の場合はそのどちらでもなかった。
世界に溶け込んでいる無尽蔵の魔力が、一瞬で彼が望んだ形になって現れているように見えた。
そんな魔法現象を私は見たことがなかった。
私は一目で彼の魔法に魅了された。
虜になったと言ってもいい。
これを逃す訳にはいかない。
そう決意して私は彼の後を追いかけることにした。
しかし、風魔法をまとって走る彼はあまりにも速過ぎた。
敏捷のスキルを駆使して追いかけたが、最後には見失ってしまった。
まだ短い生涯だが、一生の不覚だ。
こっそり跡をつけようとか考えずに、速攻で追いついて声をかければよかった。
かなり落胆したが、彼の進む方向が首都コロンの方だったので、街の中で探せばいいかと思い直した。
あんな人間が目立たないわけがない。
同じ街にいればきっと見つけられるだろうと。
そう思いながらコロンの街門まで帰ってみると、あっさり彼を見つけることができた。
表情があまり変わらないと言われる私だが、喜びで頬が緩んでいるのが自覚できた。
よく見ると彼は門前で兵士と何やら揉めている様子。
面倒そうなので声をかけてそのまま連れて行くことにした。
多少強引だが、私が一緒なら問題ないだろう。
兵士たちが若干戸惑った表情を見せる中、私は彼の腕を引っ張って街の中に入ることに成功した。
そこからの展開は私の想像を遥かに振り切っていた。
冒険者ギルドでは彼のステータスを巡って騒動が起こった。
種族はヒト族だが(?)付き。
魔力量が0でスキルは表示不可。
珍しく黒山猫さん(ネロ)が絶叫してたが、十分に気持ちは理解できる。
あの綺麗な風魔法を見ていただけに私もかなり驚いたが、表情には出さなかった。
ギルド内で騒動が大きくならないようにと気を遣った赤髪さん(グラナータ)が彼をギルド長室へと案内した。
当然のように私もついて行く。
そこで明かされた彼のスキルの数。
本人は「10個くらい?」と疑問系で答えていたが、実際に彼の口から出てきたスキルの数は15個。
しかも超レアスキルや聞いた事もないスキルが混じっている。
彼の話を聞いて、いつも冷静な赤髪さんが動揺していた。
無理もないと思う。
私は黒山猫さんと赤髪さんが呆然としている隙に、彼を連れて冒険者ギルドを出ることにした。
このままだといつまで経っても埒が開かないと思ったからだ。
こんなところで時間を潰すのはもったいなさ過ぎる。
早く彼と一緒に次の行動に移りたかった。
冒険者ギルドの外に出ると私は彼に質問した。
次に何がしたいのかと。
「商業ギルドに連れて行って下さい。」
理由は不明だが彼は私にそう告げた。
もちろん私はすぐに承諾した。
そして当然のように、次の場所でも騒動が起こる。
彼と一緒にいると、当分飽きることはなさそうだ。
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