第57話 商人ギルドの副ギルド長(SIDE:ジャコモ)

第二章 葡萄の国と聖女(57)



57.商人ギルドの副ギルド長(SIDE :ジャコモ)



人間長生きはしてみるもんじゃな。

この歳になってあんな面白い人間に出会えるとは思わんかった。


最初彼がギルド内に入って来た時は、正直、どこかの商会の使いの者かと思うた。

商会主としては若いし、服装も商人ぽくない。

たまに素材を求めてやってくる冒険者のような雰囲気でもない。

黒髪黒眼は珍しいが、だからどうしたってもんじゃ。

一瞥した後、そのままその青年に対する興味を失いかけとった。

後ろに立っている人物に気づくまではのう。


(なぜルル様が・・・)


ルル様はこの街では知らぬ者が居らぬほどのAランク冒険者。

武勇はもちろんのこと、聖女と呼ばれるほどの聖魔法使いでもある。

そして彼女はけして誰とも行動を共にせんことでも有名じゃ。

「孤高の聖女」と呼ぶ者もおる。

そのルル様が、明らかに彼に付き添っておる。

それだけでもこの街では大事件じゃろう。


見ておるとその青年はギルド登録の受付に向こうた。

どうやら商人ギルドに登録するようじゃな。

どう見ても商売するようには見えんのじゃがな。


ギルド登録を終えた青年は今度はこちらを向いた。

おっ、ワシの方に来るようじゃ。

なんぞ買取品でも持っとるのかのう。

どれ、ルル様と一緒にいる人間がどの程度のものか見定めようかのう。


そして彼が出した薬草を見てワシは度肝を抜かれてしもうた。

もちろん表情には出さん。

これでも熟練の商人かつ商人ギルドの副ギルド長じゃ。

初めての取引相手に交渉の中で感情をさらけ出すような醜態は許されん。


それにしても聖薬草とは・・・。

いったいこの青年はどこでこんな貴重な薬草を手に入れたんじゃろうか。

ワシも長年いろいろな貴重品を扱っておるが、聖薬草はここ10年ほどはまったく市場にも出てこん代物じゃ。

たまに見つけた者がおっても売ろうとはせんからな。

それだけに冷静さを保てず、思わず青年に出所を尋ねてしもうた。


「申し訳ないが、冒険者の秘匿事項だ。」


ルル様が突然、青年の代弁者のようにそう言われた。

予想外じゃったので内心、大いに慌ててしもうたが、なんとか気力を込めて平静を装った。

じゃが、ルル様の言い様からすると、この青年は冒険者ということじゃな。

それにしては薬草の値段のことなど、知らないことが多過ぎるようじゃがのう。


聖薬草の買取値段については、参考として過去の値段を青年に提示させてもろうた。

もちろん昨今の聖薬草の希少性を鑑みれば、その何倍の値段でも買い取りたいのが本音じゃ。

そのあたり、交渉させてもらおうと考えておると、青年は過去の値付けで構わんと言う。

欲がないんじゃろうか? 

単に世の中を知らんだけかのう?


ワシもここで止めておけば良かったんじゃがのう。

あまりにもあっさり買取りできたのでつい欲が出てしもうた。

まだ聖薬草を持っとるんじゃないかとのう。

青年にカマをかけてみると、やはりまだ持っとる様子。

残りも売ってくれんかと押してみると、青年の様子がちょっと変わった。


青年はまずワシに人物鑑定を掛けた。

普通の者は人物鑑定を掛けられても気付かんが、同じスキル持ちは自分が掛けられると分かるんじゃ。

それにしても人物鑑定持ちとは。

自分で言うのもなんじゃが、人物鑑定はかなり希少なスキルなんじゃ。

ルル様が一緒にいるのはこのスキルが理由かもしれん。


しかしその後、すぐに己の勘違いに気付かされた。


青年はワシにどれくらい聖薬草が必要かと聞いてきた。

古びた鞄を見ながら、あってもあとニ、三束くらいかと当たりをつけ、「あるだけ」と答えてしもうた。

 

ワシの答えを聞いた青年は、淡々と聖薬草を取り出し始める。

その自然な動きを見て、ワシの背中に悪寒が走った。

それは商売上の駆け引きで、とんでもないミスを犯した時の感覚じゃった。


何の変哲もない古びた鞄からどんどん聖薬草が出てくる。

どう考えてもその鞄にそれだけの容量はないじゃろう。

買取カウンターの上に聖薬草の束が10束積まれたところで、ワシは我慢できずに叫んでしもうた。


「それはマジックバッグじゃな。」


ワシの問い掛けに対して青年はあっさり「そうだ」と認めた。

マジックバッグは、誰もが欲しがる魔法具じゃ。

じゃが滅多に手に入るものじゃない。

難易度の高い迷宮(ダンジョン)の深層で見つけるか、空間魔法と付与魔法のダブル持ち魔術師を探すか。

いずれにせよ手に入れるのは至難の業じゃ。

マジックバッグひとつで一生遊んで暮らせる程の価値がある。

そんなものを普通に持っておるこの青年はいったい何者なんじゃ。


ワシが言葉を失っておると、青年は楽しそうに笑いよった。

そしてそこからの出来事はもう、ワシも笑うしかなかった。

買取カウンターに積み上げられてゆく聖薬草の山。

異変に気づいて集まって来るギルド職員たち。

何が起こっているのか分からないながらも、商人ギルド内に拡がっていくどよめき。


「降参じゃよ。」


両手を上げて負けを認めることにした。

そうするしかないじゃろう。

これ以上ギルド内の秩序を乱す訳にもいかんしのう。

今回のことは、青年の本質を見誤ったワシの完敗じゃ。


まあ、せっかくじゃから、聖薬草50束はきちんと買い取らせてもらうがのう。

もちろん1束につき銀貨1枚で。

駆け引きは読み間違えても、取り引きは別じゃよ。


ワシから代金を受け取った青年はルル様と何やら話をしておる。

その横顔を見ながら最後にいたずら心が湧いてきた。

どれ、最後に鑑定を掛けさせてもらおうかのう。

断りもなく鑑定を掛けるのは礼を失するんじゃが、青年もワシに同じことをしたんじゃから怒りはせんじゃろう。



名前 : ウィン(25歳) 男性

種族 : ヒト族(?)

職業 : 冒険者(F)・放浪者

スキル: 表示不可

魔力 : 0



なるほどのう。

こりゃ、ワシ程度ではどうしようもないのう。

デタラメ過ぎて読みきれんわい。

世界はまだまだ知らぬことで溢れておるのう。

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