第42話 葡萄畑で叫ぶ(中の女性?)

第二章 葡萄の国と聖女(42)



42.葡萄畑で叫ぶ(中の女性?)



転移が終わると、葡萄畑の真ん中にいた。

見渡す限りなだらかな丘陵が広がり、葡萄の木が規則正しく植えられている。

所々に小ぢんまりとした林が見える。


転移のために設定した条件は、

暖かくて、美味しい食べ物と飲み物がある所。

葡萄畑があるということは、美味しいワインとそれに合う料理があるに違いない。


従魔たちは島に置いてきた。

というより、すぐには召喚しないことにした。

これから行く場所の状況が分からないので、慎重に行動しないといけない。


魔物に対する認識。

従魔という存在に対する認識。

それ以前に、世界や社会の成り立ち。

そういうものを確認してからみんなを呼ぼうと思う。


とりあえず、炎と水と氷を出してみる。

クエストは問題なく発動する。

小石と薬草も出す。

こちらも問題なし。

椅子代わりに四角い石を出して座り、おにぎりと青汁で腹ごしらえする。


食事が終わり立ち上がる。

どっちに進もうかと考えて、大事なことを思い出す。

転移陣の確認。


島の浜辺を指定して「転移」と念じる。

足元に転移陣が現れ、次の瞬間には見慣れた砂浜に立っていた。

続けて葡萄畑を指定すると、すぐに景色が葡萄畑に戻った。

転移陣はきちんと機能している。

これで安心。


葡萄畑を改めて眺める。

陽は傾きかけている。

島も夕方だったので、時差は無さそうだ。


「一番近くで人のいる場所」と指定して、転移陣で移動しようかとも思ったけど、せっかく初めて島の外に出たので、自分の足で歩いてみることにした。     


地面には細かく砕かれた石が敷き詰められている。

傾いた日差しが葡萄の木の影を伸ばす。

少し高い位置から丘陵を見下ろしているので、流れていく風の動きが緑の波となって見える。


(そう言えば、風のクエスト、無かったな)


…風、あります。…


中のヒトのメッセージが流れた。

それ自体には驚かなかったけど、口調(文体)が今までと違う。

島から転移する時に「管轄」がどうとか言ってたことを思い出す。


…中級を担当します。よろしくお願いします。…


続いてメッセージが流れる。

とても丁寧で好感が持てる。

島の「中のヒト」とはまったく違う。

まぁ、あれはあれで結構好きだったんだけど。


それにしても「中級」ということは、島でのクエストは初級だったってことだろうか。

そして中級には「風のクエスト」もあると。


…風クエストに挑戦しますか?…


(はい)


…それでは、風クエストを表示します。…



○風クエスト

 クエスト : 風に向かって叫べ     

 報酬   : 風(小)

 達成目標 : 「大好きだ」と叫ぶ(10回)



丁寧で分かりやすくていいなあ、と思っていると、表示されたクエストを見てちょっと思考が止まってしまった。


何コレ?

「大好きだ」と叫ぶ?

島での運動系のクエストもちょっと意味不明だったけど、これはもっと意味不明。

叫ぶだけなので、簡単って言えば簡単だけど。


(「叫ぶ」って、大きな声で?)


…はい。大きな声でお願いします。…


目を閉じて考える。

誰もいない夕暮れの葡萄畑。

自分の羞恥心さえ我慢すれば、別にできないこともない。


目を開き、よし、と気合を入れる。

そして叫ぶ。


「大好きだ!」 ×10


思ったより大きな声が葡萄畑に響き渡る。

同時に一陣の風が目の前を吹き抜ける。

そして・・・                


…そんな大きな声で告白されても・・ポッ…


あっ、これ、とてつもなく面倒くさいやつだ。

聞かなかった(読まなかった)ことにしよう。

でもあと9回クエストを達成しないと、達成目標をNO NEEDにできない。

仕方ない。

このままの勢いで終わらせよう。


「大好きだ!」 ×90


…そんなに…

…情熱的…


なんかいろいろ流れてるけど完全無視。

最後の方は声が枯れてきたけど、魔法の呪文を唱えているんだと心に言い聞かせて、90回叫び続けた。



○風クエスト

 クエスト : WIND

 報酬   : 風(小)

 達成目標 : NO NEED



なんとかやり遂げた。

これでもう、何も叫ばなくても風を出せる。

新しい場所に来て、いきなりこんな試練があるとは予想してなかった。


精も根も尽き果てて葡萄畑の中で座り込む。

水を一杯、クエストで出して、酷使した喉に流し込む。


「そんなに葡萄畑が好きなのか?」


いきなり背後から声がかかり、危うく水を吹き出しかけた。

立ち上がって振り返ると、縦にも横にも大きな人が、ニコニコしながら立っていた。


「すみません。あなたは・・?」

「私はマッテオ。この葡萄畑の持ち主だよ。」


この世界に来て初めて、人類に遭遇した。

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