第43話 名前を聞かれました(Winn ウィン)
第二章 葡萄の国と聖女(43)
43.名前を聞かれました(Winn ウィン)
「こんなところで何をしてるのかな?」
縦にも横にも大きなマッテオさんが質問してくる。
焦茶色の短髪に薄い灰色の瞳。
オーバーオールのような作業着を着ている。
他人の葡萄畑で大声で叫んでいたので、完全に不審者と思われても仕方がないよね。
でもマッテオさんの口調はとても優しい。
「すみません。葡萄畑を初めて見たので、感動して。」
嘘はついていない。
本当にそう感じていた。
「大好きだ!」と叫んでいたのは別の理由だけど。
「そうなのか。この国では珍しくもないと思うが、君は他の国から来たのかな?」
「はい。何もない小さな島から来ました。」
「ほぉ、南の群島のほうからかな? それは長い船旅だっただろう?」
「いえ、それほどでは・・・」
とても喋りにくい。
嘘をつく気もないし、これまでのことを隠すつもりもないけど、今、全てを正直に話しても理解してもらえる気がしない。
「まぁ人にはそれぞれ事情もあるだろうし、どうだい、うちに来ないか?」
「えっ、それは・・・。」
「何も遠慮する必要はないぞ。その様子だと今夜の宿も決まってないんだろう?」
転移して小屋に帰ればいいだけなんだけど、それもまだ説明できない。
「こんな不審者を家に連れて行っても大丈夫なんですか?」
「ハハハッ、自分のことを不審者というやつも珍しい。大丈夫に決まってる。葡萄畑を大好きなやつに悪いやつはいないさ。ついて来なさい。」
豪快に笑った後、マッテオさんはそう言って、こちらの返事を待たずに歩き始めた。
まだ判断がつかずに立ち尽くしていると、マッテオさんは立ち止まって振り返った。
「そう言えば聞くのを忘れていた。君の名前は、何というのかな?」
その質問に答えようとして言葉につまる。
名前、決めるの忘れてた。
自分の名前。
大急ぎで周りを見回しながら考える。
葡萄、グレープ、だめだ。
葉っぱ、リーフ、いまいち。
石、ストーン、う〜ん。
風、ウィンド・・・。
「ウィンです。」
「ウィン君か、よろしくな。」
苦し紛れで名前を決めてしまった。
島を出る前に決めておけば良かった。
明らかに今考えた偽名だと思われただろう。
でもマッテオさんは何も聞き返さず、右手を差し出してきた。
ここまで言ってもらって失礼なことはできない。
マッテオさんの大きな手をしっかりと握り返して、真っ直ぐにその茶色の目を見ながら言った。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
マッテオさんの背中を見ながら、葡萄畑の丘陵を下っていく。
しばらく歩くと白い建物が見えてきた。
平屋と大きな倉庫がくっついたような建物。
少し離れた位置に別の大きな建物がいくつか見える。
マッテオさんは平屋になっている方に歩いていく。
遠目に白い柵と簡易の門が見える。
近づくとそこはオープンテラスのレストランのようになっていた。
「どうだい、いい店だろう?基本的に夜は営業してないんだけど ね。」
そう言いながらマッテオさんは、誰もいないテラス席を通り抜け、 レストランの店内に入って行く。
「お〜い、アリーチェ、今戻ったぞ。お客さんだ。」
マッテオさんが大きな声でそう告げると、店の奥から一人の女性が出てきた。
茶色のセミロングの髪に青い瞳。
白くて可愛らしいワンピースにエプロンをしている。
「お帰りなさい。こんな時間にお客さん?」
「そうだ、葡萄畑で拾ってきた。」
マッテオさんがその女性をハグする。
小さな女性だ、いや普通か。
マッテオさんが大き過ぎるだけか。
「申し訳ないが夕食、一人分増やせるか?」
「もちろん、大丈夫だけど。」
「ウィン君、食べられないものとか、あるか?」
「あなた、その前に紹介でしょ。彼、びっくりしてるじゃない。」
「おお、すまんすまん。ウィン君、妻のアリーチェだ。アリーチェ、こちらは島から来たウィン君。」
会話に入るタイミングがつかめず棒立ちしていたけど、ようやく挨拶できる。
「ウィンです。突然お邪魔してすみません。」
「アリーチェよ。よろしくね。で、嫌いな食べ物ある?」
一瞬、倉庫にあるカニさんの昆虫類が頭を掠めた。
「特にありません。でもいきなり来てご馳走になるのは・・・」
「気にしないで。突然ゲストが増えるのは、いつものことだから。」
アリーチェさんは、やれやれという仕草をしながらも、顔は優しげに笑っている。
マッテオさんもニコニコ顔だ。
こちらも実は心の中ではとても期待している。
この世界の料理を初めて食べるチャンスなので。
(自分のCOOK料理は除く)
マッテオさんに促されて、テラスのテーブル席に座る。
目の前には薄闇に包まれた葡萄畑が広がっている。
「すぐ戻るから、ちょっと待っててくれ。」
「分かりました。」
一人で残されたので、待っている間、葡萄畑の上に向けて風のクエストを打ち続ける。
実はマッテオさんの後ろを歩いてた時も同じことをしていた。
マッテオさんが戻る前に100回を達成し、とりあえず個数制限を解除することができた。
○風クエスト
クエスト : WIND
報酬 : 風(小)(NO LIMIT 個数)
達成目標 : 風クエスト(100回)
カウント : 達成済み(100/100)
マッテオさんがワインを2本持って戻ってきた。
白と赤を1本ずつ。
コルクはすでに抜栓されている。
白ワインがグラスに注がれこちらに差し出される。
「飲んでみてくれ。うちで作ったワインだ。」
「ありがとうございます。」
グラスを受け取りながら少し戸惑う。
果たしてアルコールを飲んでも大丈夫だろうか。
大きめのグラスに注がれた白ワインからは、華やかな香りが鼻に届く。
(飲みたい。)
そう感じるということは飲めるということだろう。
そう判断して思い切って一口、白ワインを飲んでみる。
「美味しい!」
「そうだろう。うちの自慢のワインだからな。」
マッテオさんは満面の笑みでそう言うと、自分のグラスの白ワインを一気に飲み干した。
笑い方も、行動も、飲み方も豪快な人だ。
出会ったばかりでまだ何も分からないけれど、この人にとても興味を持った。
…鑑定、あります。…
メッセージが流れる。
あるんですね、中級になると。
でも確認するのがちょっと怖い気がする。
…鑑定クエストを表示しますか?…
(・・・お願いします)
○鑑定クエスト
クエスト : 人を鑑定しろ①
報酬 : 人物鑑定(初級)
達成目標 : 「愛してる」と囁く(10回)
げんなりしました。
大事なことなのでもう一度言います。
げんなりしました。
白ワインを飲んで感じていた幸せな気分を返してください、「中の女性」。
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