第2話 岩場のリンリン(スライム?)

第一章 はじまりの島(2)



2. 岩場のリンリン(スライム?)



しばらく波打ち際で立ち尽くしていた。

「タコさん」が戻って来ないかなと思って。

呼び名がないと不便なので、「タコさん」と呼ぶことにした。

「メンダコ」だとそのまま過ぎるかなと思ったけど、考えてみれば「タコさん」もそのままだよな。

まあいいか。


浜辺の左右と海の中を何度も見回してみたけど、「タコさん」もその他の生物も見つけることはできなかった。

これだけ透明な海なら、普通は小魚の群れとか泳いでそうなものだけど、まったく発見できない。


規則的に繰り返す波と、時折大きくなる海風の音だけが聞こえてくる。

耳を澄ましてみても海鳥の鳴き声も聞こえない。


(よし、動こう。)


心の中で踏ん切りをつけて、次の行動に移ることにした。

立ち止まっていても答えはやって来ないしね。

こんな時、どう動くのが正解かなんてまるで分からないけど、とにかく思いつくまま行動してみよう。


今は、海を正面にして波打ち際に立っている。

左右を見ると、割と長い砂浜のちょうど真ん中あたりにいる。

どちらに行こうかちょっと迷ってから、海に向かって左を向きその先にある岩場まで歩いてみることにした。


太陽はほぼ真上にあって、浜辺の砂はかなり熱くなっている。

裸足にラバーシューズを履いているので、くるぶし辺りに熱い砂が当たる。


何かいないかと足元の砂と海の中を交互に見ながら、一歩一歩踏み締めて歩く。

残念ながら、貝もカニも、何もいない。

普通なら貝殻とかがありそうなものだけど、それさえも落ちてない。

純粋にありのままの自然を感じさせる風景なのに、生き物の気配だけがまったく感じられない。


砂浜を歩きながら時々後ろを振り返ってみる。

通り過ぎた後にひょっこり何かが顔を出していたりしないかと思って。

でも見えるのは、砂の上に点々と続く自分の足跡だけ。

普通はもう少し何かいるよね。


少し汗をかき始めた頃に、ようやく岩場に到着した。

砂浜はそこで終わり、大小の岩が露出している。

岩の表面を調べてみたり、岩と岩の間を覗き込んでみたりしてみたけど、やっぱり何も見つからない。

カサカサ動く足の多い虫みたいなやつとか、へばりついていてなかなか剥がせない一枚貝とか、そういうのがいないかなと思ったんだけどね。


生き物の捜索を諦めて目の前の大きい岩を見上げる。

自分の背よりかなり高い。


(大きいけど、登れないこともないかな。)


触ってみると、ツルツル滑るような岩でもなく、危険が伴うようなギザギザの岩でもない。

手や足をかける程度のでこぼこはあるので、比較的楽に登ることができそう。


転がり落ちないように慎重に手足を動かして岩を登って行く。

岩の表面は太陽の熱を受けて熱くなっている。

それにしても活動しやすい服装で良かったなと思う。

これでスーツ姿とかだったら悲劇、いや喜劇だよね。


岩の一番高い所まで辿り着くとバランスをとりながらゆっくり立ち上がってみる。

目の前には真っ青に広がる大きな海。

時々、波が太陽の光を反射してキラキラ輝いている。

見る位置が少し高くなっただけで、感じられる海の大きさが全然違うんだね。


ここはきっと自然の美しさに感動する場面なんだろう。

うん、確かに感動はしてる。

でも同時に海に閉じ込められているような気もしてちょっと不安になった。


気を取り直して周囲を見回すことにする。

せっかく高い場所にいるんだから情報収集しないとね。


岩の上で転ばないように体をゆっくりと動かす。

まず内陸側を見てみると、岩が途切れる辺りから草原が拡がり、その向こうに森が見えた。

見える景色は、浜辺からのそれとあまり変わらない感じ。


次に横を向いて海岸沿いを見渡してみる。

しばらく岩場が続いて、その向こうにまた砂浜が見えた。

そしてその砂浜は左に大きくカーブしていて、その先にまた大きく広がる海が見える。


(いやな感じだよね。)


そう心の中で呟きながら、一つため息をつく。

ここが陸続きの海岸なのか、それとも島の海岸なのか、それ次第で今後のことが大きく変わってしまう。

島じゃないといいんだけど。

でも希望的観測はだいたい外れるんだよね。


(とりあえず草原のところまで行って、向こう側に見えた砂浜の続きを確認しようかな。)


そう考えて大きな岩から降りようとした時、どこからか鈴の音のようなものが聞こえてきた。


“リーン、リーン“


(なんだろう?)


虫の鳴き声のような、いやそれより金属的な鈴の音に近いかな。


“リーン、リーン“


もう一度、鈴の音が響く。


降りようとした体勢から腰を伸ばし、音が聞こえた方を見渡してみる。

自分の足元から海の方に向かって視線を移しても、見えるのは、大小様々な岩ばかり。

もちろん、それが小さい虫なら、ここから発見するのは無理だろうけど。


半ば諦めて、岩から降りることに意識を戻そうとした瞬間、比較的近いところにある岩がわずかに光ったように見えた。

発光ではなく、太陽の光を反射した感じ。


(金属、じゃないよね?)


光った(と思われる)岩から視線を外さずに、手探りで岩場を下っていく。

目を離すと、どこだったか分からなくなりそう。

途中で角度のせいだろうか、確かに同じ場所がもう一度キラリと光った。


(やっぱり、金属?)


転ばないように気をつけて、近づいて行く。

足と手でバランスをとりながら、顔は上げたままで。

そして岩肌の感じが分かる距離まで来ると、そこに何かが貼り付いているのが見えた。


(クラゲ?)


初めはそう思った。

潮が引く時に、岩の上に取り残されたクラゲ。

でも何かが違う。


近づきつつ、観察する。

貼り付いてる何かは、ピクリとも動かない。


よく見える位置まで来たところで光った理由は理解できた。

その色のせいだと思う。

なんと表現すればいいか、透明だけど、金色。


まとめてみると、クラゲっぽくて、金色で、透明な物体が、岩にベチャっと貼り付いている。


(なんだこれ?)


頭の中に?が飛び交う。

音を立てないように気をつけながら、もう少し近づいてみる。


“リーン、リーン“


三度目の鈴の音が響いた。

それで確信した。

間違いなく、その音は、目の前の物体から出ている。

そしてそれが物体ではなく、「生物」であることが確定した。


(目が、ある)


浜辺の「タコさん」と同じように、体のサイズの割には大きくて丸い目が、こちらを見ている。


しばらくの見つめ合いの後、その物体、改め生物は、体を動かし始めた。


ベチャっと広がっていたものが、だんだん中心に集まり始める。

粘着性のある液体を床に落とした時の映像を、逆回転再生で見ているみたいな感じ。


そしてその生物は、動きを止めた。

最終形は、水滴型を少し押し潰したようなカタチ。


(スラ…)


そう考えた瞬間、その生物はもの凄い速さで、岩場の向こうへ消えて行った。

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