第7話 裕也っていつもそう──

俺を睨んだ結衣は、そそくさと指を走らせていて、やがて俺のスマホに通知が入る。

スマホに目を落とすと『付き合ってるの?』と書いてあり、再び結衣の方を見ると頬を大きく膨らませていた。

思わずかわいいと声を漏らしそうになるけど、なんとか理性が働く。

俺はそんな結衣を見ながら首を横に振る。

結衣は再び指を走らせて、メッセージを飛ばしてくる。

『でも、ドラマみたいなキスしてた』

『本当に付き合ってないし、告白されてもないししてもない』

『私だけ……?』

『うん』

『そっか…』

『碧のあれってそう言う事だったりするの…?』

『自分で聞いてよバカ…』

そんなやり取りをして、再び結衣の方を見ると、さっきよりずっと怖い表情で睨まれていた。

多分、そう言う事なんだろうな……





昼休みとなり、いつも通り四人で食事を始めるが──

「いや、空気……」

──大翔の言う通り、俺と結衣は挙動不審そのもので、碧は俺の方を見てにこやかにしていたりと、とにかく空気が悪かった。

味がしない…

「水島君かわいい…」

不敵な笑みを浮かべてそう言いながら、碧は俺の頬を指でつつく。

こう言うのはよくやられてるし、避けるのも不自然だけど無抵抗も不自然かと思い、微妙に仰け反る。

結衣が寂しそうと言うかなんと言うか……伏し目がちに涙目で、チラチラと見てくる。

垣間見える幼さがかわいくて、少しドキッとさせられる。

「な、なに……」

顔だけこちらに向けるも、視線は別のどこかを向けている結衣の声は、冷めているようにも聞こえた。

「いや…なんでもない……」

どちらかと言うと、結衣の方が俺に用がありそうだったけど、そう返す他なかった。

碧は相変わらず微笑んでいて、大翔からはジト目で見つめられる。

「ウチもいい?」

昼休みももうすぐ終わると言うところで、上田さんが近くにあった椅子を取って有無を言わさずに座る。

対面に大翔、左に結衣、右に上田さん、そのまた右に碧と言う位置関係になる。

「水島、今日の放課後暇だったりしない?」

俺の肩を叩いてそう言う上田さんは、結衣とはまた違ったキラキラと輝いた笑顔を見せる。

大翔が釘付けになるのも分からなくもない。

「今日は外せない用事がある」

上田さんに迫られ、碧にキスをされて軽くパニックになっても、結衣と部長の事は忘れなかった。

「そっかぁ、じゃあ明日は?」

懲りずに聞いてくるけど、明日は特に用事はないけど、この後のあれによってはかなり忙しくなるかもしれない。

「まだ分からないかな」

「りょーかい、空いてたらLimeしてね〜」

そうして、上田さんは嵐のように去って行き、いつもの女子複数人と楽しそうに話していた。

「なんか、水島にモテ期が来てて気に食わないな」

大翔がそんな事を言ってくるけど、俺からすれば年中モテ期の大翔にだけは言われたくない。

「はぁ……」

思わずそんな深いため息をついてしまう。

結衣が申し訳なさそうな目で見てくる事くらいは分かってるけど、それでも止まらなかった。

「まあ、なんか最近変わったしな。青春まっしぐらって感じでいいんじゃね?人間関係の難しさとかさ」

大翔の言おうとしてる事は理解できる。できるけど、そう言うのは生徒会だけでよかったのに…プライベートにまで入ってくると、かなりきつい……





なんとか放課後まで耐えて、残すは空き教室のみとなった。

こんな疲れきった日はないと断言できるほどに疲弊した頭で、何ができるのだろうか……

念の為に色んな人に声はかけたけど、ソレを目の当たりにすればきっと、身体は勝手に動くんだろうなと感じる。

「裕也…お願いね……?」

弱々しくなった結衣にも頼まれたし、ここは男として根性だ。

俺は空き教室のすぐ外の廊下で座り込み、結衣と部長の会話を聞く。

「やっぱり、かわいいね」

「急いでるので、用件を言ってください」

「まあまあ、二人きりなんだしゆっくりしようよ」

「こっちは急いでるんです。用がないなら帰ります」

「ちょっと待って!」

「じゃあ、さっさと話してください」

恐怖からか、結衣はとにかく早く部屋から出たそうに声を荒らげている。

「あの噂、治まってきてるみたいだけど、芸能界なんて闇まみれの世界にいて、新人が枕なしで人気雑誌の表紙なんてないと思うんだけど」

そんな物は、結衣だからって理由で解決する。

最近結衣のマネージャーさんとも知り合ったけど、とにかく正義感が強い人で、「結衣にソレをさせるくらいなら、私がシてやる。この身体は、結衣を守るためにあるんだから」と言っていたくらいだ。

それに、結衣をモデルにスカウトしたのは事務所の社長だから、枕営業なんてせずとも仕事は貰えるだろう。

そんな事がなくても、結衣は本気で夢中になってるからそれ相応に評価も上がっていく。

夢中になってる思春期の子供を貶すような世界なら、ゴミとしか言いようがない。

「あれ、図星だった?まあそうだよなぁ〜こんな写真があるくらいだしなぁ」

部長の声色に覇気が籠る。

結衣の声は聞こえない…

だから俺は、迷わずドアを開けた。

「その顔、どうなってもいいんですね」

状況を把握するのには、さほど時間はかからなかった。

結衣が絶望したような表情でただ立ち尽くしていて、部長の手に握られたスマホの画面には事中の──カエルをそのままひっくり返したような姿勢の写真が映されていた。

それがコラ画像だなんて事は、普段の結衣を見ていれば分かるし、希望でもあった。

「君こそ、邪魔はするなと言ったはずだけど?」

そう言う部長は、完全に敵意を剥き出しでゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる。

最初からずっと逃げようとしていた結衣は、ドア付近にいて、部長との距離はそれなりにあった。

「結衣…」

真っ黒な目で俺をどこかを見つめる結衣は、瞬きもせず涙を流すだけだった。

今すぐにでも殴りたかったけど、それで結衣が安心できるとは思えない。

だから、俺は結衣を両腕で抱えて──お姫様抱っこで廊下を駆ける。

サッカー部の部長に走りで勝てるなんて見込みはないから、できるだけ人目に付くところに…二年のフロアまでは走り続ける。

結衣は俺の身体を強く抱き締め、俺の胸元にじわりと温もりが伝わる。

俺も結衣も部長も徐々に息が荒くなり、声を荒らげるでもなくただ着いてくる部長を背に、なんとか二年のフロアに到着した。

できるだけ目立つために、できるだけ長く走り、フロアの真ん中にある学年職員室の前で遂に捕まる。

「こんなところに来て、何がしたい?僕がこの写真をばら撒けばそいつは終わるんだよ?」

「なんのためにこんな事してるんだよ」

「奴隷を持つために決まってるだろ?」

「そんな事のために…このご時世、コラ画像なんて簡単な解析で分かる。そんな画像を自分で作って、使って脅すなんて、人望将来も地の果てですね」

「一回拡散すれば、至る所でコレを使って抜いて勝手に好きになる奴とか、勝手に付き合った気になる奴とか出てくるだろうさ。そうなれば、その女は外出すらできなくなるだろうな」

「一回拡散すれば、あんたに結衣をどうこうできる立場的優位はなくなるだろ」

「それもそうだな。助言ありがとうよ。じゃあ、さっさとどいてくれない?」

多分部長──こいつは、ここにいる人全員が生徒会や学級委員だって事に気付いてない。

と言うか、よく人前でそんな事を話せるな…

一条先生にも頼りはしたけど、どうやら学年職員室の中で様子を伺っているらしく、顔を出さない。

『あんた、もう終わりね。その辺にして潔く全てを認めれば、ここにいる生徒会委員も学級委員も先生も黙っててあげるけど、どうする?』

それは、現在生徒会長の代理を務めている鷹宮先輩の持つスマホから聞こえてきた。

間違いなく瑠璃さんの声で、目を向けると瑠璃さんがこちらに手を振っていた。

「はあ?」

こいつは、やっとこの状況を理解したらしく、跪く。

すると、一条先生が学年職員室から出てきて、素早くスマホを没収し「ははっ」と軽快に笑う。

「おい水島、見ろよこれ」

一条先生がそう言って俺の眼前にソレを突き出す。

思わずソレを見てしまったが、すぐに結衣がそのスマホを払ってまた弱々しい視線を送られる。

「粗しかなかったから、大丈夫…」

もっと凝った画像かと思ってたけど、抜き取りも甘ければはめ込みも甘く、到底今の技術で作った物とは思えなかった。

「ありがと……」

結衣は改めてそう言って、また強く抱き締められる。

俺は、あくまで安心させるため…と自分に言い聞かせて結衣の背中に片手を回し、もう片方の手は結衣の頭をポンポンと跳ねさせる。

「俺達、イチャイチャを見せ付けられるために呼ばれたのか?」

「水島先輩、よかったですね」

「水島君も結衣さんも、頑張ってたもんね」

『裕也君、今日からはその子と登校してあげてね?』

関わりの深い人からはそう言われるも、そうでない人達──特に学年の違う学級委員の人達は、「なんで呼ばれたんだ…?」と言いたげな表情を浮かべていた。





やがて、結衣も落ち着きを取り戻したところで、その場にいた全員を生徒会室に集めた。

瑠璃さんはマネージャーさんに呼ばれたため不参加だが。

「瑠璃さんはああ言ってたけど、この事はしっかりと全校生徒に話すべきだと思います」

俺がそう発言すると、ほぼ全員が頷いてくれる。

「もちろん、画像に関しても公表はしないもののあった事を伝え──」

「水島先輩。そんな事をしなくても、もうここにいる全員が一ノ瀬さんの噂は嘘だって分かってますし、勝手に強く否定すると思いますよ」

俺の言葉を遮って乃愛がそう発言し、今度は全員が頷く。

「そ、そうですか……」

「まっ、ここにいる人は腐ってもリーダーなんだし、それなりにプライドはあるって事だよ。だから安心しろ」

大翔の言葉に、全員が強く頷く。

「その──皆さん、ありがとうございます…」

結衣が若干微笑みながらそう言うと、全員から謝罪が飛ばされる。

「でも──」

「なんで結衣ちゃんより水島君が心配してるのよ」

「ほんとにそれだわ」

「ですね」

「裕也っていつもそう──」

俺の言葉を遮った碧の言葉に、大翔と乃愛と結衣が反応を示す。





♢ ♢ ♢





「──本当にバカみたい」

私は誰にも聞こえないように、そう呟いた。

私もまだちょっと不安はあるけど、そんな私よりもっと裕也が不安がってるって言うのもあるけど、裕也が心配してくれてるって事は私の事が好きなのかなとか、そんな事を考えてしまう自分に対しての言葉。

ついさっきまではなんとも思ってなかった──と言うより何も思えなかったけど、私は裕也にお姫様抱っこをされて、更には強く抱き締めあって…それに、頭をポンポンってされた。

これってもう、絶対に私の事好きだよね!?

心配してくれてる裕也にこんな事を思うなんて、本当にバカみたいだけど、やっぱり私は裕也がいないと生きて行けないみたい…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頼めばシてくれると噂の女子生徒は、俺の幼馴染でした ジャンヌ @JehanneDarc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ