第6話 かわいっ
結衣の誤解を解く事に専念し始めて二週間が経ち、同学年の人が俺達四人で行動してる事にも慣れてきたらしく、結衣に気軽に話しかける女子も見受けられるようになっていた。
結衣も結衣で誤解を解こうと頑張っているらしく、更には女子中高生の間で人気のファッション雑誌の表紙に載った事もあって、あのおじさんは本当に芸能事務所の人だったんだなと謝られたりもしていた。
まあ、まだ結衣に下心を持って話かける先輩や後輩はいるけど、そこは俺がどうするしかいと思ってる。
「……俺は何もしてないのに、誤解が解けてきてるなんて、やっぱり結衣は凄いよ」
内心はかなり複雑だけど、他学年への影響で何もできなかったら、俺に結衣と付き合う資格はない。
「全部裕也がしてくれたんだよ?私が頑張ろうって思えたのも、皆が私を受け入れてくれたのも、裕也が適度に話しかけてくれたり壁になってくれたからだよ!」
最近の結衣は笑顔の時間が増えていた。きっと、この話も少し前なら暗い雰囲気で話してたと思う。
やっぱり、結衣の笑顔はキラキラと輝いていて、こっちまで笑顔になる。
「他学年は、本当に任せてほしい」
「うん!任せた!」
結衣はそう言って肩を組み、ウインクをしながら片手で銃を撃つような仕草をする。
結衣はとてつもなくかわいくて、かっこよくて、でもどこか儚さを感じる。
「一ノ瀬結衣って来てる?」
学校に着いて早々に、サッカー部部長でイケメンと言ういかにもな人に話しかけられた。
周囲では「キャーッ」やら「かっこいい……」やら、女子生徒達が騒ぎ立てている。
「今いないんですけど、何か伝えておきましょうか?」
「あー、じゃあ放課後に管理棟の空き教室来てって伝えといてくれる?」
嫌な予感しかしない……
「それは、噂に関係ありますか?言っておきますけど、結衣がそんな人だって噂は二年の間ではもう古い話です」
俺がそう聞くと、先輩は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに俺に耳打ちするような姿勢になる。
「心配ならどこかに隠れててもいいけど、邪魔をしたら許さないよ」
「もし結衣を汚すようなら、その顔がどうなるか覚悟しておいてください」
「二人で分け合うって気はないんだね。君が僕に敵うとは思えないけど、腰を抜かして声も出なくなるなんて事はないと期待しておくよ」
先輩は、そう言って三年のフロアへと消えて行った。
周囲の女子生徒達は「まさか──ね…」「あの先輩がそんな事…」と青ざめた表情でいたり、「裕也君、よく言った!」「もし何かあったら、頼んだよ!」と拍手を送るなど、様々だった。
『サッカー部の部長ってどんな人ですか?』
俺は、結衣に不快な気持ちになってほしくないと言う一心で、瑠璃先輩にそうメッセージを送る。
この二週間は、登校中でも生徒会活動でも全く見かけない瑠璃さんだったけど、何か病気にかかったのかとメッセージで聞いてみても、既読すら付かないでいる。
もちろん、電話も出てくれない。
「水島君…瑠璃の事で話があるんだけど…ちょっといいかな……?」
寝癖そのままの長い黒髪から瞳を覗かせた、長身で細身の先輩──鷹宮依織さんにそう言って呼び出され、生徒会室へと連れられる。
「瑠璃さんに何かあったんですか……?」
俺は、事件や事故、病気や怪我、転校の可能性を考えながら、鷹宮先輩に問う。
「その…急に海外の企業からオファーが来たらしくて、今すぐに来てほしいって言われたらしくて…だから、今もう海外にいて……」
俺の必死さが伝わってしまったのか、鷹宮先輩はいつも以上におどおどとしながら話す。
申し訳ありませんとは思いつつも、鷹宮先輩の口から発せられた言葉はあまりにも信じ難く、思わず「は?」と声が漏れる。
「うぅ…ご、ごめんなさい……」
「あ、いや…その──鷹宮先輩にじゃなくて…」
「そ、そうですか…ごめんなさい……」
俺と同じくらいの身長で、ここまでおどおどされると違和感はあるけど、偏見にも程があるか。
サッカーをやると性格が豹変すると聞いた事があるけど、その姿は一度も見た事がない。
「あの…大丈夫な企業なんですか……?」
「先生曰く…この学校と契約していて、芸能関連の企業だから日本人のマネージャーもいて、大丈夫らしい……た、たまに電話するけど、元気そうだし……」
どうやら、鷹宮先輩もかなり心配しているらしい。
と言うより、瑠璃さんはなんで俺とは連絡を取ってくれないのか…
でも、まずは──
「そうですか…変な病気とかじゃなくてよかったです……」
──何よりも安心がくる。
もうかなり長い付き合いになるから、乃愛と同じく俺にとって必要不可欠な存在なんだと思う。
だから、まだまだずっと元気でいてくれなきゃ困る。まだずっと後輩でいたい。
「あ、あと…飛行機に乗る前に伝言って言われてたんだけど……瑠璃はずっと水島君の事が──す、すすすす好きで…だから、暫く離れてないとだめになっちゃうらしくて…だから、メッセージも電話もしないのはごめんって……」
鷹宮さんは声を大きく震わせて、顔を真っ赤に染める。
俺はどう反応すればいいのか分からなくてただ立ち尽くすだけになる。
だけど、俺が始業式の日に言ったあの言葉が、残酷にも程があると絶望にも近い感覚になる。
「そう──ですか…」
「う、うん……」
そうして話は終わったらしく、鷹宮先輩は生徒会室から出て行ってしまった。
そうか…そうか……俺、本当にだめなのかもな…大翔、碧、やっぱり俺は優しくなんてないよ……
教室に戻ると、結衣の周りには今日も女子が集まっていた。
モデルの仕事の話だったり、芸能人と会った時の話だったり、色々と聞かれている。
「結衣、放課後にサッカー部の部長が管理棟の空き教室に来てって言ってたけど…どうする?」
「うーん…」
「行くなら着いていくつもりだけど…」
「じゃあ、行く」
こう言う話になると、さすがにまだ嫌悪感はあるらしい。
ちゃんと支えてあげないとな。
「やっぱり〜水島と結衣ちゃんって付き合ってんでしょ〜」
若干冷めた空気の中でそう声を上げたのは、今結衣と一番出かけたりなんなりしている上田優香さんだった。
俺はあんまり話した事はないけど、間違いなくクラスの中心人物で、よく告白されて断ってるところを見かける。
誰にでも態度を変える事なく接するその姿と容姿から見るに、ギャルだ。
「まだそう言うのじゃないし、今はただの幼馴染だよ」
俺がそう答えると、結衣は「ひえっ?」と声を上げて顔を赤く染め、上田さんはその様子をじっくり観察する。
「イチャイチャしてくれんねぇ〜!ズバリ!どこが決めてだったんですか!?」
上田さんは、マイクを持っているような仕草をし、縦に握った拳を俺の方に突き出す。
「だ、だから…違うって……」
結衣はずっと「うぅ……」とらしくない程に顔を紅くしていて、こっちまで顔が熱くなる。
「結衣ちゃんはどうなの?水島のどこが好きなの?」
上田さんはたじたじな結衣を標的にし、周囲の女子達も興味津々と言ったように、「気になる〜」やら「やっぱり顔〜?」やら……とにかくやかましかった。
「ま、まだそう言うのじゃなくて……だから、その──裕也ぁ…」
「なんでこのタイミングで俺に頼るの…!?」
涙目で、何故か俺の方に助けを求めてきた結衣に、思わずそう声が漏れる。
こんなの、まじで恋人のそれじゃん…
「そっか〜まだ付き合ってないのか〜」
そう言った上田さんは、何やら企んでいるような不敵な笑みを浮かべて、「じゃあ〜」と嗜虐的にも思える声色で発してから、顔を近づけてくる。
未だ状況の把握ができてない事に加えて、首に両腕を回されて頭は手で抑えられ、仰け反る事すらできない。
上田さんは目を瞑り、徐々に迫ってくる。
視線で結衣に助けを求めるも、結衣はあまりの恥ずかしさからか、両手で顔を覆っていた。
周囲の女子達も何故か顔を赤らめたままただ見ているだけ。
そうして、もうそれしかないと思って首を横に向けようとした時──
「はーい、そこまで!」
──と言う声と共に、俺と上田さんの顔の前に手が入る。
「いい所だったのに〜」
「はぁ〜ドキドキしたぁ〜」
「なんか、雰囲気が凄かったね……」
と、女子達が離れていき、それぞれ自分の席に着く。
その手が伸びる方へと顔を向けると、少し怒り気味の碧がいた。
「助かった…ありがとう……」
「本当に、世話の焼ける生徒会委員様だこと」
「それは……ごめん」
俺が謝ると、碧は何かを妥協したような優しい笑みを浮かべて、俺の肩をトンと叩いてから俺の前の席に座る。
結衣は……今はそっとしておいた方がいいかもしれない。
まだ朝なのにドッと疲れて、思わずため息が出る。
「そんなにウチとのキス嫌だった……?」
その様子を見ていたのか、上田さんが苦笑を浮かべる。
「その……あんまり話した事もないし、海外みたいな感じだとしても、ちょっと…」
付き合ってない人と──なんて言ってしまうと、結衣の事を否定する事になるような気がして、少し回りくどくなる。
「そっか、んじゃ、また今度な」
何が今度なのか…まあ、悪い人ではなさそうだし、多分たじたじな結衣が面白くてやった事なんだろう。と解釈する。
上田さんも自分の席に戻り、教室はすっかり静かになっていた。
「そうだ、水島君」
俺も静かに読書をしていると、そう言って碧が振り向き、椅子の前足を浮かせる。俺はらしくないな…と思いつつ顔を上げる。
「「──」」
「「──」」
「「────────」」
「水島君かわいっ」
教室中から──特に結衣と大翔から「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」と、信じられない物を見たような声が沸き起こる。
信じられないのはこっちの方だけど……
碧は「ふふっ」と嗜虐的な笑みを浮かべ、何もなかったかのようにいつも通りの姿勢で読書を進める。
呆然としていると、結衣から何やら色々と感情を──言葉を乗せた視線が送られてきた。
終わったか……?
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