第4話 後輩らしく、後輩らしからず
水島先輩が、早くも一年生の間で噂になってる一ノ瀬結衣さんにキスをされて、連れて行かれた後、乃愛とこの人は呆然と立ち尽くすしかできなかった。
水島先輩が、頼めばシてくれると噂の人に連れて行かれたのはもちろん驚いたけど、それよりも──
「あんな顔されたら、噂が信じられないじゃないですか…」
一ノ瀬結衣さんは、顔は真っ赤で涙を限界まで貯めていて、キスなんて……その……言ってしまえば、下手だった。
乃愛にも恋愛経験はあるし、キスまでならした事もある。それを踏まえて、一ノ瀬結衣さんと水島先輩のそれはあまりにぎこちない物だった。
「やっぱり、青春になっちゃったかぁ……」
隣のこの人は、泣きそうになりながらも運命のままに。と言った表情で天を見つめていた。
お互いに付き合わない。じゃなくて、好きな事を遠回しに伝えたら「好きだった」と言われて仕方なく、て感じなんだろうなと察しが着く。
好きの気持ちは全身で表現しなきゃとか言ってたくせに…これだから嫌いなんだ。
私はその人を置いて、一人で帰る事にした。
♢ ♢ ♢
「ゆ、結衣……?」
電車を待つホームでも、結衣は俺の手を離さなかった。
「えっと──ごめん……私、自己中すぎるよね…」
結衣はツーっと涙を流しながら、さっきの事を後悔しているような様子だった。
「私、裕也が他の女の子といるのが嫌になっちゃって…その──キスとかごめん…」
俺と結衣はまだ付き合ってないし、俺の中で答えは出てない。でも、なんでか結衣のその言葉が嬉しく感じた。
「こっちこそ、なかなか答え出せなくてごめん…結衣が本気で言ってくれたんだなって事は伝わったし、これからも色んな結衣を見せてほしい」
少し上から目線になったけど、結衣が本気で選んでくたなら、俺も本気で選ばなければいけない。
だから、何をされても好きか好きじゃないかの二択にしかならない。好きじゃなくても、これまでの幼馴染と言う関係は消えないし、全て受け入れる。
「あ、ありがと……」
今日のは、どっちかと言うと、好きの方に偏った気がする。
「今の結衣がどんな人なのかもっと知りたいし、絶対に嫌いにはならないから、あんまり自分を責めないでほしい」
「うん……」
結衣はブレザーの袖で涙を拭う。
そうして、その後はややぎこちないながらも会話を進め、無事に帰宅した。
「またあの四人でいるよ……」「やっぱり、あいつら四人でシてんじゃねーの?」「んな事ある訳ねぇだろ!俺の満島さんを汚すんじゃねぇ!」「まあ、一ノ瀬と絡んでるんだから、そう言う事でしょ」
昼休みの教室では、今日も今日とて俺達四人の関係性についての意見交換が始まっている。
そろそろ慣れる頃だと思ってるんだけど…
結衣もその声が気になるらしく、学校でくっついてくる事はなく、口数もかなり少なかった。
「ごめんなさい……」
それが、今の結衣の口癖になりつつある。
俺達三人は迷惑と思ってないどころか、雨と同じようにいつか止むといつも通りでいる。
ただ、結衣はそうはいかないだろう。結衣は優しすぎて、周りに気を使いすぎてる。
「やっぱり、何とかして結衣の噂を無くさなきゃだよな……」
高校卒業まで耐えるのは難しそうだし、何よりこれほど押さ潰されている結衣は見ていられない…
結衣には、もっと笑っててほしい。
「そのうちなくなる──なんて優しいものじゃなさそうだよな」
「まあ、だったら既に消えてるかぁ……」
大翔と碧がそう言って、「「うーん」」と悩むように声を漏らす。
しかし、これと言っていい案は出ずに放課後となる。
「裕也…やっぱり、迷惑だよね……」
周囲に同じ制服を着た人が減ったところで、結衣からそんな寂しそうな悲しそうな声が発せられる。
「そんな事ないよ。俺も大翔も碧も、結衣といるのが楽しいからいるんだよ。同情でもなんでもないし、ただ生徒会委員として学級委員として、誤解は解かなきゃいけないって思ってる。結衣は笑顔が似合うしね」
「だけど……苦しいよ……」
結衣のその言葉には、二つの意味が込められてる気がする。
全くの誤解でいじめられて苦しい。俺達のやる事が水の泡になるのが苦しい。
「俺、苦しんでる結衣は見たくないんだ…だから、自己中に思われるかもだけど、できる事は全部やりたい」
「わ、分かった……でも、ちゃんと寝て、ちゃんと相談して、無理しないでね……?」
「うん、ご安心を」
最近は、結衣のこんな寂しげな悲しげな顔をよく見る。
それもそうか…いじめを受けてるのに、元気でいれる方が少ないよな……
なるべく早く解決しようと、決意した。
『今日は暇ですか?』
土曜日となって結衣についての活動もしにくくなり、家で試行錯誤を繰り返していると、乃愛からそんなメッセージが入った。
『まあ、うん』
結衣からも無理しないでと言われたし、適度な息抜きも必要だと思い、そう返す。
『最近頑張ってるようなので、一緒に映画でもどうですか?』
今まで乃愛から誘われた事はないし、もちろん俺から誘った事もないから、思わず「えっ」と声が漏れる。
『と言うか、息抜きのために来てください。駅で待ってます』
と、半ば強引にその誘いに乗る事になった。
「ごめん、待った?」
俺は急いで準備をして、全力疾走で駅まで到着したけど、既に乃愛は待っていた。
「大丈夫ですよ。今来たところなので」
相変わらず無表情で淡白な声色だけど、直後に「これ、一回は言ってみたかったんです」と言われ、ちゃんとかわいい後輩なんだなと思わされる。
「土曜日なのに、人が多いな……」
乃愛曰く、今日はこんな辺境の地に男性アイドル界のトップに君臨する北村拓海のイベントが開かれるらしく、そのファンが大勢集まってるんだそう。
「手繋いでおくか?」
「そうですね、水島先輩が迷子になったら大変ですし」
「逆じゃない……?」
「でも、中学生の時修学旅行で迷子になったんですよね?」
「あれは多分八咫烏の仕業だね」
「馬鹿な事言ってないで、早く手を繋いでください。私が痴漢やら誘拐やらに遭ったら水島先輩の責任ですからね…」
「はい……」
どっちが先輩なのかが分からなくなるような会話が成され、俺は乃愛の小さく細い手を握る。
電車に乗り込むと、案の定パンパンで、入ってすぐ横の角に乃愛を入れ、それに被さるような体勢になる。
「水島先輩、顔が近いです……」
乃愛は若干顔を赤く染め、珍しく目を泳がせている。
できれば、今はそんな意外性を見せないでほしい……
「ごめん…これでもだいぶ頑張ってる方なんだけど……」
「やっぱり、肌綺麗ですね。目も綺麗な茶色で、まつ毛も長いんですね。髪もサラサラで──なんか、女の子みたいですね」
乃愛は俺の髪に指を通し、「ふふっ」と微笑む。
乃愛が笑ってるところなんて、今までに何回かしか見た事がないから、少しドキッとさせられる。
髭を剃るくらいしか手入れ的なのはしてないし、そうでもない気がするけど…
やがて、到着した駅で乃愛に「降りますよ」と手を引かれて圧迫感から開放される。
「水島先輩、このままでもいいですか?」
ホームから改札までの階段で、乃愛がそんな事を聞いてくるけど、おそらく繋いだ手の事だろう。
「俺はどっちでもいいけど…」
「じゃあ、今は離しておきますね」
理由は分からないけど、とりあえず手は繋がない方向になった。
まあ、知り合いから変に勘違いされても困るしな。
そうして、他愛もない話をしながら映画館に着き、予め乃愛が買ってくれていたチケットを機械から受け取り、俺は二人分のチケット代の三分の二を乃愛に渡す。
乃愛は不服そうにしてたけど、「両替してもらうのは申し訳ないから」と言って諦めてもらった。
ちょうどよく入場が始まり、俺と乃愛は列に並び、まだ明るい劇場に入る。
「なんか緊張しますね」
そう言った乃愛は、本当に落ち着かない様子で細い腿と小さな手を擦らせている。
「もう今更なんだけど、彼氏とか大丈夫なの?」
結衣からの告白を保留中の俺にも言える事だけど、そこはどうしても気になる。
と言うか、俺が大丈夫じゃないよな…結衣についてもっと知って考えたいし、結衣についての誤解も解きたいのに、こんな事──女子と映画なんて、浮かれすぎだよな……
「私に彼氏がいたとして、水島先輩との仲を否定されるなら別れます。乃愛には水島先輩が必要なので、そんな人とは付き合えません。水島先輩もそうだと嬉しいです」
乃愛からは、とても後輩とは思えない言葉が飛び出してきて、いつもの淡白な口振りとは違って、少し温かくなるような。そんな声色で泣きそうになる…
確かに、乃愛が仕事を手伝ってくれてなかったら、高校では生徒会なんてやってなかったと思うし、そもそも受験勉強に励めたかすらも分からない。
そう考えてみると、俺にとっても乃愛は必要な存在なんだと思う。
「後輩に安心させられるなんて、まだまだな先輩だな……」
「水島先輩の斜め後ろにはいつでも乃愛がいるので、たまには振り向いてくれてもいいんですよ?」
「本当に、いつもありがとな……」
やばい…面白おかしくも分かりやすく動く顔面がカメラの生物に感動してる人みたいに思われる…
なんでこんないい後輩が俺なんかを慕ってくれてるの…?まじで泣いちゃいそうなんだけど…
それを紛らわすために、俺は乃愛の頭を軽く撫でて乃愛の視線がこっちに向かないようにする。
NO MORE涙腺崩壊
エンドロールが終わり、劇場に光が戻る。
前半はヒロインの歌唱や仄めかすような要素があり、中盤にはヒロインと主人公の過去があって歌唱には感情が強く入り、終盤には本当は自分が間違っている事を知りながらも、期待と責任感から引き返せなかったヒロインと主人公の対話が行われ、劇中何度も言われていた「子供だなぁ」と煽るようなセリフが力なく発せられ、最後の歌唱が始まる。
中盤の後半から涙が止まらなかった。
「水島先輩、目が真っ赤ですよ……」
「乃愛だって、鼻まで赤いじゃん……」
乃愛の泣き顔を目の当たりにするのは、俺の卒業式の日以来二回目だった。
「だって、ユフィとユタの最後の会話が…」
「分かる…本当にダメだよな……」
俺も乃愛もこれはネタバレ厳禁だと感じ、劇場を出てからは平静を装うも、スマホに物凄いスピードでフリック入力をする。
「落ち着くために、カフェでも行きますか…」
「うん、そうしよう」
乃愛の提案があり、コーヒーや甘味の心地よい香りが漂うカフェに入店する。
「あっれぇ?乃愛ちゃん、先輩とデートなんてやるじゃん!」
乃愛曰く、俺と乃愛が案内された席の隣に座る四人の男女は、乃愛と同じクラスのいわゆる一軍らしい。
男子二人からは何故か憎しみの込められた視線が送られ、女子二人からは何故かキラキラとした視線が送られる。
乃愛はかわいいしいい子だから、男子からの視線は理解できるけど、女子からの視線はどうも理解できない。
「乃愛と水島先輩はそんなんじゃないし」
「え〜?でも、私達と遊ぶ時はそんなにオシャレしてないじゃ〜ん!」
「てか、メイク凄い上手なんだね…今度教えてよ〜」
乃愛のタメ口ももちろん新鮮なんだけど、それ以上に新鮮だったのは、乃愛がタジタジになっている事だった。
微笑ましいなと思って見ていると、男子からの視線が痛くなってくる…
「本当に、そんなんじゃないから!」
珍しく覇気の籠った声を出し、俺も一年生四人もビクッと身体を揺らした。
「じゃあ水島先輩、今度私ともデートしてくださいよ!なので、とりあえずLime交換しましょ!」
「え!?ずるいずるい!私ともデートお願いします!私、胸だけは自信あるので、お願いします!」
たった一年違うだけで、こんなに文化が違うのか?と圧倒されるも、まあそんな気はないから丁寧に断ろうと思う。
「乃愛には中学の頃からお世話になってるから、その分頼られたりしたら全部やりたいってだけなんだ。だから、まあ、いつかこっちから頼った時に頼まれてくれるとありがたいかな」
軽々しく触るのも躊躇われはするけど、乃愛はたまに頭を差し出してくるくらいだからいいかと思い、名前も知らない後輩の女子二人の頭を撫でる。
「「はーい!」」
男子生徒からの視線は痛いままだったけど、何とかやり過ごし、後輩四人組は去って行った。
「水島先輩…頭撫でていいのは乃愛だけです…」
少し口を尖らせる乃愛に、妙にかわいさを感じるけど、やっぱり歳頃の女子の頭──と言うより髪は命らしい。
「やっぱりまずかったか……」
「意味は違うと思いますけど、まずいので乃愛だけにしてください」
「分かった」
そうして、家に帰ってから電話で映画について徹底的に感想や考察を語り合った。
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