第3話 告白

結衣の家に行ってから数日が経ち、結衣もまたしっかりと登校するようになり、俺と大翔と碧と結衣の四人で過ごす事が多くなった。

登校は瑠璃さんと、下校は結衣と。と言ったサイクルも日常になりつつあり、その中でたまに四人揃ってショッピングモールに行くなどしている。

「裕也、スタブ行かない?」

下校中の電車内でそう提案してくる結衣は、すっかり俺のよく知る人懐っこい笑顔で、最初は微妙にあった距離も今はもう肩が触れそうなほど近くなっていた。

たまに結衣が「えいっ」と軽く体当たりをしてきて、改めて結衣は変わってないと言う事を認識する。

「いいけど、俺行った事ないんだよな」

結衣の言うスタブとは、毎月のように新作が出るなど、オシャレで人気を博しているスターブランドと言うコーヒーチェーン店。

そんなところに男一人で行くのは少し気が引けるけど、結衣となら少しは行きやすいか。

「じゃあ、是非私のオススメを飲んでみて欲しい!」

「りょーかい」

結衣は露骨にテンションが上がり、目が合う度に「ふふーん」と満足気な笑みを浮かべる。

やがてスタブに到着し、俺は結衣オススメの新作を購入した。

終始目を輝かさていた結衣は、店を出るなり早々に「一口ちょーだいっ」と言って、ストローを入れろと言わんばかりに口を開く。

「これ、結衣が飲みたかっただけだよな…」

「んーん!んーんんんーん!」

結衣は口を開いたまま首を横に振り、早く寄越せと言いたそうな目で見つめてくる。

「分かったよ…」

一口と言ってたけど、気付いた頃には既に半分ほど飲まれていた。

俺、まだ一口も飲んでないのに…記念すべき初スタブが……

「うん、美味しいっ!」

少し残念ではあったけど、結衣の笑顔を見れるならまあ安いか。と思わされるくらいには、結衣の笑顔には惹かれる。

昔はよくしていた関節キスに躊躇しつつ、ちょびちょびと飲みながら近くの公園にあるベンチに腰を下ろす。

「こっちも美味しいから、一口あげるよ」

結衣がそう言って、さっきまで飲んでいた何やら呪文のような長い名前のアイスコーヒーをこちらに向ける。

「いや、大丈夫」

「関節キスなら、さっきもしたでしょ?」

嗜虐的な笑みを浮かべてそう言う結衣だけど、意識しない訳にもいかない。

「そうは言われても……」

「「──────────」」

その刹那。俺の口は開かなくなり、温かく柔らかい感触が唇に伝わる。

「こ、これでいいでしょ……?」

顔を真っ赤にし、伏し目がちにそう言う結衣に思わず言葉が出なくなる。そうでなくとも、間違いなくキスをされて頭が真っ白になっている。

「い、言っとくけど…初めてだし、裕也の事好きだから……」

結衣の言葉は耳に入るも、理解が追い付かずに、全く反応ができない。

「その──付き合って欲しいです……」

俺の知ってる結衣は、もっと幼くて男とか女とか関係なく誰にでもくっついていて、好きとか嫌いとかなくて、恋愛なんて興味ないんだと思ってた。

だから、情報量が多くて、結衣も少しずつ変わっていて、しかも少しずつ関係が戻ってしたこのタイミングで告白されて……

瑠璃さんの言った「青春」の意味が分かったような気もする。

「なんとか言ってよ……」

結衣はそう言って、トンっと肩を当ててくる。

こう言う事を他の人と比較するのは良くないんだと思う。だけど、俺にとっての好きは、少し前までの瑠璃さんで、落ち着きとか日常とかそう言うのが大きい。

だけど、結衣といるとドキドキしたり楽しかったり、安心したりと瑠璃さんへのそれとは違った感情。

好きじゃない訳ではないけど、これが恋愛感情なのかは分からない…だから──

「──今俺が結衣に抱いてる感情が、今後も続くかは分からないし、多分再会して間もないからこその感情だから、考える時間が欲しいです」

「そっか──うん、ありがとう」

結衣はそう言って泣きそうになりながらも微笑む。

「俺、結衣のこ──」

俺が今結衣の事をどう思ってるか言おうとした瞬間、結衣がその手に持つカップのストローを俺の口に突っ込む。

「美味しいから、飲んでみて」

俺は、答えが出せた時に言うべきなんだなと察し、結衣に言われるがままにそのコーヒーを飲む。

「ニガッ……」

「裕也はまだお子ちゃま舌でちたかー」

結衣は平然と飲んでいたそれだけど、ミルク感はしっかりあるのにかなり苦くて顔を歪める俺に、結衣は「ふふふっ」と赤子を見るように微笑む。

こうやって気まずさを感じさせない辺り、結衣もかなり大人になったんだなと思う。

「よしっ!今日の目的は完了した事だし、帰りますか!」

結衣のその提案で、他愛もない会話をしながらゆっくり帰宅した。





各種委員会の活動にも、一年生が加わって本格的に始まり、生徒会も今日は一年間の方針決めや行事の確認などをする。

「水島先輩、お久しぶりです」

生徒会室のドアを開いてすぐに、見覚えのある女子生徒が綺麗なお辞儀と共に、淡白ながらも透き通った声を発する。

「久しぶり、ちょっと遅いけど入学おめでとう」

白髪ボブに、硬い表情ながらも触れれば消えてしまいそうな儚さを感じさせる女子生徒──雪代乃愛は俺と同じ中学出身で、生徒会では書記として分かりやすくまとめてくれていた。

乃愛は俺を慕ってくれているらしく、すれ違う度に話しかけてくれたり、仕事を手伝うために生徒会室に残ってくれていた。

「ありがとうございます。また水島先輩と生徒会がやりたかったので、頑張りました」

そう言われると、それのためだけに頑張ってくれたのかと勘違いしそうになるけど、そんな訳はない。

「おう、また頑張ろうな」

「はい、今日からまたよろしくお願いします」

相変わらず表情の硬い乃愛だけど、高校生になっても変わらず慕ってくれるのはありがたい。

「あーー!そこ、またイチャイチャしてる!」

生徒会室にいる全員に聞こえるほど大きな声で、そんな誤解を口にするのは、瑠璃さんだった。

瑠璃さんも中学生の頃から生徒会をやっていて、今年はついに生徒会長の席に座っている。

「なんでそうなるんですか…」

「水島先輩、やっぱり乃愛はあの人が苦手です……」

乃愛は表情と声色こそ変わらないものの、その発言は素直すぎた。

「かわいい後輩に浮かれてると、仕事増やすからね!」

瑠璃さんはそう言って俺の額をピンッと弾く。

たまにこうしてお姉さんっぽさを感じるけど、実際はしっかりと末っ子で、それを感じさせる注意の仕方だった。

「仕事が増えるのはいいんですけど、別に浮かれてないですから……」

「乃愛と水島先輩は付き合いたてのカップルに見えるらしいですね」

そう言った乃愛は俺の腕に抱き着き、俺の顔を見上げる。

顔がいいから少しドキッとさせられるも、すぐに離れてくれてホッとする。

「こ、こら!神聖な生徒会室で不純異性交友は許さないよ!」

瑠璃さんが大焦りするようにそう言い、俺と乃愛はコの字型に配置された席の縦のラインに、瑠璃さんを挟むようにして座る。

毎年、各学年のリーダーがその席に着く決まりとなってるらしいけど、瑠璃さんの独断でリーダーを決められた気もする。

まあ昨年もリーダーはやらされてたし、これと言って不満はないけど。

そうして今日の予定は全て終わり、学年毎に軽くフロアを見回り、下校する。

「水島先輩、今日一緒に帰りませんか」

正門を出ると、横から出てきた乃愛にそう言われ、今日は結衣も先に帰って貰ったため一緒に帰る事にした。

「裕也君、つい最近まで私の事好きだったって言ってたのに、後輩にかまけて……」

そこにそう勘違いをしたままの瑠璃さんが加わり、乃愛は「やっぱり苦手です」と不満を口にする。

「こうしてると、中学生の頃を思い出すねぇ」

「乃愛と水島先輩の再会を邪魔しないでください」

「あれぇ?やっぱり、乃愛ちゃんは裕也君の事が好きなのぉ?」

「少なくとも、あなたのように好意を暴走させて水島先輩の邪魔をする事はありません」

「好きの気持ちは、全身で表現しなきゃいけないんだよぉ。乃愛ちゃんにはまだ早いかなぁ」

「あなたはコップなんですね。私は筒なので、よく分かりません。では、もう用はないのでおひとりでお帰りください」

「私が裕也君に用があるんだけどなぁ」

「水島先輩は、今日は乃愛と一緒に帰るんです──よね?」

「もーう、しょうがないなぁ。まぁ登校は私が貰ってるし、私の方が特別かなぁ──ね?」

瑠璃さんと乃愛は俺を挟むようにし、俺の背中の方に顔を出して討論し、今度は俺の顔を見上げるようにそう聞いてくる。

乃愛は相変わらず無表情を、瑠璃さんも相変わらず末っ子感のある笑顔を覗かせる。

「えっと──とりあえず仲良くしません……?」

「無理です」

「私は仲良くしたいんだけどなぁ」

俺の問に二人は間髪入れずにそう答え、それに対してもまた間髪入れずに「気にもない事を…」「ふふーん」と睨み合う。

「どっちか選んでください」

「私はもう妥協してあげてるんだけどねぇ」

「あなたのそう言う態度が嫌いなんです。本当に生理的に受け付けません」

「そんな怖い顔じゃあ、だいちゅきな裕也君は振り向かないぞー?」

「勝利を勘違いして、更には子供扱いで煽るなんて、やる事が子供すぎますね。そんなんだから水島先輩に見限られたんですよ」

「み、見限られたんじゃなくて!合理的に考えた結果、お互いに付き合わないって選択をしただけだし…何言ってるのこの子は……」

「で、どうなんですか?どっちが大切で特別で好きなんですか?水島先輩」

「全部私だよねぇ?」

そうして再び、俺は二人から熱い視線を送られる…

討論を聞かされてるだけで疲れるから、お二人でやってくれ…とは思うけど、話を振られた以上は答えない限りどうともならない。

「乃愛は慕ってくれてるし、仕事手伝ってくれるし……瑠璃さんは好きだったし、それ相応にあれです────えっと、これはどういう……」

俺は結局選びきれず…と言うより、そもそも選ばないと決めてそう言うと、乃愛は俺の左腕に、瑠璃さんは俺の右腕に抱き着く。

「水島先輩は私への想いを先に言いました。あなたの事は私の次に言いました、しかも明言できないレベルの思いを。これで分かりましたよね、一人で帰ってください」

乃愛からの締め付けが強くなり、乃愛の方に体重が寄せられる。

ちょうど肘の辺りに不思議な柔らかさを感じ、それがなんなのかなんて考えてはいけない事までが分かった。

「人間、本当に好きな物は最後に残すのよ?それに曖昧にしたのだって、本当の事を言っちゃったら恥ずかしいからだよぉ、負け惜しみはよくないぞぉ〜?」

瑠璃さんからの締め付けも強くなり、体重が均等になる。

上腕付近が物凄く柔らかい物に挟まれたような感触が伝わり、俺の思考は停止する。

「水島先輩は乃愛と──」

「裕也君は私と──」

二人の声が揃うも、

「裕也は私と結婚するの!!!」

と言う大声に言葉を遮られる。

俺も二人も驚き、声の聞こえた方に視線を向けると、目を潤ませて顔を真っ赤にした結衣がいて、即座に駆け寄ってくる。

「「──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」」

「か、帰るよ……」

俺も結衣も息を切らし、顔を熱くし、心拍数を上げる。

俺は結衣に手を引かれるままに歩き、昔もよくこうして連れて行かれたなと思い出す。

乃愛と瑠璃さんは、俺と同様呆気に取られたのか、着いてくる気配が全くなかった。

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