第2話 かわいい…

家を出ると、今日も瑠璃さんが待っていて少しホッとする。これももうすっかり日常だ。

いつも通り他愛もない話をしながら登校し、少し緊張が和らぐ。

「なんか、告白でもするみたいな雰囲気だけど、もう好きな人できたの?」

頬を膨らませて分かりやすく不貞腐れる瑠璃さんだけど、その綺麗な顔立ちでかわいい表情をされると、ドキッとする。

「疎遠になった幼馴染と話さなきゃいけなくて緊張してるだけですよ」

「女子?」

「です」

「かわいい子?」

「まあ、モテるだろうなって感じです」

「青春してるなぁ」

尋問のような時間が終わり、瑠璃さんは頬を膨らませる。

何度も思うけど、美人のこれは本当にやめて欲しい。

「どこがですか…」

俺がそう返すと、瑠璃さんは「これから分かるよぉ」とウインクをし、鼻歌を奏で始める。





「水島君、一ノ瀬さんの家って知ってたりは……」

始業式から一週間が経った日の昼休み。あの日以来全く姿を現さない結衣を心配してか、碧が伏し目がちにそんな事を聞いてくる。

「引越してなければ知ってるけど、やっぱり行くべき?」

「うん…やっぱり、いじめを放っておくのはできないし、あたしもちゃんと話し合いたいなって…」

碧は、まるで自分の事かのように結衣を心配し、ツーっと涙を流す。

「分かった、今日の放課後行くか」

「あのー俺、部活紹介のやつやらなきゃなんだけど……」

「うん、知ってる。だからあたしと水島君で行くよ」

そうして放課後となり、俺と碧は結衣の家のインターホンを押す。

「何、説教や催促なら聞かないけど」

インターホン越しに、結衣の冷えきった声が聞こえ、もう昔の結衣とは違うんだと言う事を思い知らされた。

「噂の真偽とか、いじめとかの話がしたくて…」

「噂の真偽?そんなの、あんたらがどう思うか次第じゃないの。いじめなんてどうだっていいし、登校してないのは行きたくない気分だったから。これでいいでしょ、帰って」

結衣の声は、後半になるにつれて早く細くなる。

結衣は全てが変わった訳ではなく、嘘をつく時の癖までは変わっていないらしい。

「久しぶりに会いたい。久しぶりに話したい。久しぶりにゲームとかしたい。あ、えっと…一ノ瀬さんが覚えてるかは分からないけど──」

俺は、ずっとスマホとスマホカバーの間に挟んで御守りのようにしている結衣とのツーショット写真をカメラに向ける。

「──これで思い出してくれたら嬉しいんだけど…毎年のようにキャンプとかしてて──」

若干引き気味に「もう聞こえてないよ」と言う碧の言葉が耳に入らないほど、今はとにかく結衣に会いたかった。結衣と話したかった。

『ガチャッ』

その音は、玄関のドアが開かれた音ではなく、インターホンが切られた音だと。そう認識した。

俺は写真を元に戻し、深くため息をつく。

「ねぇ、ねぇ」と言いながら、何度も何度も俺の肩を叩く碧の話を聞こうと視線を移動するも、それは途中で留まった。

「裕也!」

俺の名前を叫びながら、裸足で飛び出してきた結衣が、そのままの勢いで俺に飛び付く。

「やっと会えた…ずっと会いたかった…忘れられてると思ってた……」

結衣の声が大きく震え、結衣からの締め付けが強まり、胸元にじわりと温もりを感じる。

「結衣…」

結衣のそれにつられて、俺も結衣を強く抱き締めてもらい泣きしてしまう。

結衣は過呼吸気味になるまで泣いて、やがて落ち着く。

「取り敢えず入って!」

結衣のあまりの変わり様に、碧は若干戸惑ってはいるけど、これが本来の結衣だって事は察してくれたらしい。

そうしてリビングへと案内され、パーティーゲームで遊びながら話す事になった。

結衣は俺の肩に頭を乗せて密着してくるけど、久しぶりに会うのに昔と全く変わらない接し方で嬉しかった。

「イチャイチャしてるところ申し訳ないんですけど、一ノ瀬さんのあの噂は本当なんですか?」

碧の前置きには、何やら憎しみのような雰囲気を感じたけど、今は本題が大事だ。

「本当だったら学校に行ける訳ないよ──」

結衣曰く、最近芸能事務所の人にスカウトされて、週に一度学校からそのまま車に乗せてもらって撮影やオーディションに向かっていて、それが噂の原因らしい。

「──好きな人はいるけど彼氏はできた事ないし、もちろん処女だよ」

好きな人がいるのに、俺にここまで密着してていいのか…?とは思うけど、取り敢えず噂は典型的な勘違いだった事が確定した。

「学校に来なかったのも、本当に気分だけ?」

俺は、インターホン越しに話した時に嘘だと感じたところを聞く事にした。

もし、何か嫌がらせを受けていて、それが耐えられないんなら、どうにか守るしかない。

「そ、それは──あ、碧ちゃんにだけ話す!だから、ちょっと私の部屋に行ってて!」

俺が反応を示す前に、碧が「分かりました」と言ってしまい、仕方なく結衣の部屋へと向かった。

結衣の部屋は綺麗に整頓されていて、心做しかいい匂いがした。





♢ ♢ ♢





裕也が私の下着を漁ってない事を祈りながら、碧ちゃんの正面になるよう座り直す。

「私、裕也の事が好きで…だから、ちょっと顔を合わせたくなかったと言いますか、見られたくなかったと言いますか……えっと、その、ご迷惑をおかけしてすみません……」

私と裕也は、親同士の仲が良かったのもあって、毎年キャンプや旅行などイベント事は何かと一緒に過ごしてきた。

それから中学生になって学校が離れ、メッセージでのやり取りしかしなくなって、やがて疎遠になる。

裕也とのメッセージのやり取りもなくなってから、私の人生はつまらなかった。

学年一イケメンとか言われてた男子に告白されたりもしたけど、全く嬉しくなかった。

当時の私に欠けてたのは、間違いなく裕也で、裕也がいないと私はだめなんだなって思い知らされた。

「そうですか。じゃあ、あたしの敵ですね」

碧ちゃんは少し冷めた声色でそう言って、不敵な笑みを浮かべる。

そうか、そうだよね。裕也は優しいしかっこいいし楽しいし、愛してくれるんだもん。好きにならない訳ないよね。

「あたし以外にも、つい最近まで水島君と両想いだった観月先輩と、あと一年生も要注意ですね」

この子、ちょっと怖いかもしれない…

そんな事を思うけど、こうしてわざわざ口にしてくれたって事は、汚い手を使うつもりはないんだと思う。

「碧ちゃんは、裕也のどこが一番好き?ひとつだけ答えて欲しいな」

私がそんな質問をすると、碧ちゃんは不思議そうに首を傾げながらも、答えてくれた。

「かわいいところです。優しいところもかっこいいところもいいですけど、振り回されてる時の水島君がかわいくて、大好きです」

うーん…やっぱり、ちょっと怖い子かもしれないな……

そんな事を思っていると、「そう言う一ノ瀬さんはどうなんですか?」と聞き返してくる。

「私は──」

「わぁっっっっ!?!?!?!?」

私が答えようとした瞬間、裕也の悲鳴がリビングまで届いた。

私と碧ちゃんは目を合わせて、私の部屋まで走る。

「ど、どうしたの!?」

「ゴ、ゴゴゴゴゴキッが……」

なるほどね…

高校生になっても、裕也の虫嫌いは全く治ってないどころか、悪化してるらしい。

碧ちゃんがニヤリと口角を上げているのを見るに、本当に裕也のこう言うところが好きなんだろうな…と思う。

こんなにかわいらしい顔して……

「ビヤァッ!?」

裕也は、そんな聞いた事もない悲鳴を上げてこちらに駆け寄り、私の服の袖をつまむ。

裕也を追いかけるように、そいつはカサカサと近付いてくる。

「よっ──ほいっ」

その瞬間何が起こったのか、そいつが宙を舞って裕也の頭の上に乗っかった。

裕也は声も出せないまま硬直する。

私も声を出せずに、碧ちゃんの方に視線を向けると、碧ちゃんは「あははっ」とニコニコしていた。

「さ、触った……?」

「はい、触りました」

「投げた……?」

「はい、投げました」

「怖くないの……?」

「水島君がかわいくて、面白いですね」

あぁ〜この子、本当にあれだ…

碧ちゃんは、裕也の頭の上に乗ったそれを掴み取り、裕也の眼前で「ひょいーひょいー」と遊ぶ。

そして、そろそろ気を失いそうってところで、タイミングよくその手を止め、それに触れていない方の手で裕也の頭を撫でる。

まさに調教と言った一部始終を見て、思わず圧倒される。

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