Have a spooky night
伊吹 累
残り365日
「また来年もやろうねー!」
「明日寝坊すんなよ!」
10月31日の夜11時、そう言った友人達は反対方面の電車に乗って帰ってしまった。彼女は、ホームのベンチに腰掛けて電車を待った。みんなと一緒にいた時は何とも思わなかった露出度高めの魔女の仮装は、周りに人が少ないとはいえ、一人でいると何とはなく恥ずかしく思えた。持ってきていたカーディガンを羽織る。短いスカートから出た素足を、冷たい夜風が撫でていった。もうすぐハロウィンも終わる。あんなに騒がしかった街も朝にはサラリーマンや学生たちが行き交うのだろう。どこか遠くの喧騒を聞きながら、今日起きた出来事を思い出す。目を閉じて吹き抜けていく風を静かに感じた。
しばらくそうしていると不意にぴたりと風が止んだ。彼女が目を開けると、
「えっ…」
真っ暗な森の中、木々に囲まれて、彼女は一人きりだった。慌てて立ち上がる。じゃり、と砂の感触が靴越しに伝わってきた。後ろを見ると、さっきまで座っていたベンチすらも無い。ポケットを探ってスマホを取り出す。圏外。さらに追い打ちをかけるように背後から足音が聞こえてきた。
ザッ…ザッ…
それは彼女の落ち着きを無くさせるには十分過ぎるほどだった。身をかがめて震え出してしまった。心音がうるさいくらいはっきりと聞こえるのを感じた。
ザッ…ザッ!
音が止んだ。彼女はしゃがんだまま、恐る恐る振り向いた。目の前にぶら下がっていたのは、目が眩むほどまぶしくあたりを照らすカボチャのランタンだった。
「ああああ!」
彼女の叫び声は静かな森に響き渡った。すると、
「うわあああ!?」
あちらの方も驚いてしまったようで、彼女に負けないくらい奇妙な声をあげた。ランタンを放り出したそれは————
「カカシ…?」
一丁前に手袋と蝶ネクタイを着けて、白い袋が被せられた上からハットを乗せたカカシだった。今はせかせかとカボチャを拾っている。カカシ、と呼ばれて、人畜無害そうな白い頭が嬉しそうに跳ねた。
「そうです!カカシです!」
カカシです、と繰り返しながら、彼女の周りをぴょんぴょん跳ね回った。それを見ていると、自然と彼女から恐怖は消えていた。寧ろ微笑みさえ浮かんできそうだった。だが彼女が未だ不可思議ない状況に置かれていることに変わりはない。カカシに尋ねた。
「ここはどこ?あなたはだれ?どうすれば元の場所に帰れるの?」
彼(?)は立ち止まってカクンと首を傾げた。
「ああ、そんなにいっぺんに聞かないでもらいたいですね。僕自身、自分のことをよく分かっていないもんで」
彼女があからさまに肩を落としたのを見て、カカシは慌てて付け加えた。
「いやいや、何も知らない役立たずじゃないですよ。元いた場所ですよね?席を外した後、迷ってしまったのですね。とにかく、パーティに戻りましょう。皆さんまだまだ盛り上がっていらっしゃいますよ」
彼女がカカシに連れられて木々を抜けた先に見たのは、いかにもな雰囲気の洋館と、その周りでグラスを片手に談笑するたくさんの———
まずはじめに彼女が引き合わされたのは、海賊の格好をしたミイラ男だった。彼は海賊帽を脱いで礼儀正しくお辞儀した。次は車椅子に乗った(何と両方の膝から下が無かった)ドラキュラだった。彼は青白い顔をしていてとても気分が悪そうだったが、親切に牙まで見せてくれた。またその次には、自分自身の両腕にたくさんの点滴の針をつけたナースだった。ナースは一本刺してやろうかと提案したが、彼女は丁重に断った。その後も奇妙なモンスター達とたくさん挨拶を交わした。誰も彼も不気味で奇妙な見た目をしてはいたが、想像したような恐ろしさは無く、皆気さくだった。一通り紹介が終わると、テーブルにのっている菓子をいただき、飲み物を飲みながら他愛のない話で盛り上がった。
ミイラ男は言った。「毎年一度だけ、ここに皆集まるんだ」
車椅子に乗った彼は言った。「人数は増えたり減ったりまちまちだけどね、僕なんかは長い方さ」
新しい注射針を刺しながら女は言った。「カカシは主催者だから、何か聞きたいことがあればあいつに聞けば良いのよ」
あのカカシがホストだったとは。彼女が驚いていると、ちょうど細い枝でできた腕がテーブルのベルを取り上げてチリンチリンと鳴らした。
「では、良い雰囲気になってきたことですし、ダンスタイムといたしましょう」
全員が立ち上がった。聞いたことのないメロディがどこからともなく流れ、カカシが歌い出した。
♪ 一夜限りのハロウィンナイト
針が揃うまで踊り明かしましょう
奈落の底へ飛び込んで
暗闇も怖くないさ
まだまだ終わらない! ♪
月明かりとランタンが照らす夜を、彼女と愉快な怪物たちは輪になって歌った。するとカカシがふらりと彼女のそばに寄り、右手(?)を差し出し、ペコリとお辞儀した。
「踊っていただけますか?」
彼女は掌を預けた。
右足、左足、一回転….。 カカシはリードするのが上手かった。彼女は、二人がまるで以前から練習していたかのようにぴったりと息が合っているのを感じた。音楽と体の動きが完全に一つになり、夜の空気に溶け込める気さえした。彼女は高くジャンプして空中で両脚を縦に開いた。 バレエを思い出すのは久しぶりだったが、思わず体が動いた。 森の中では、笑い声と歌声が混ざり合って響き続けていた。
歌を歌い尽くし、舞踏会は一通り終わった。誰もが興奮醒めやらぬ様子だった。それは彼女とて同じだった。まだ踊り足りないと感じるくらい、夢のような――実際夢なのだが——時間だった。
だが楽しい時間ほどあっという間に終わるものだ。 唐突に、この賑やかな空間に似つかわしくない、 漆黒の地味な馬車がやってきた。一人がカカシに別れを告げた。
「また、来年よろしくお願いします」
そう言い残して、馬車は闇へと遠ざかっていった。
そこから誰もいなくなるまではあっという間だった。次々と馬車がやってきてみんなを連れ去っていってしまった。 カカシは明るい声で挨拶していたが、その奥底に寂しさが滲んでいるのは明らかだった。
ついに、私の前にも馬車がやってきた。 他とは違い、ベースは灰色だがところどころ金色の装飾が施されていた。静かにドアが開いた。カカシが言った。
「その馬車だと・・・、あなたはこちらの世界の住人ではなかったのですね。 楽しいひとときをありがとうございました」
彼女は少し考えて、掴んでいた取手を回して開け放たれていたドアを閉めた。
「まだもう少し、踊りたいの」
今度は彼女から手を出した。 カカシは驚いた様子で尋ねた。
「まもなく十二時を回ってしまいますよ。 ハロウィンは1日だけです」
彼女は首を横に振った。
「構わない。だってこの夢は今しかないんだもん」
彼女たちは二人きりになった広場で、再びステップを踏み始めた。あの飲み物にはアルコールでも入っていたのか、少し遅いが酔いが回ってきた。
おぼつかない足で草を踏み分け、洋館の周りをぐるりと一周した。音楽隊もいないのに、どこからともなく聴こえてくる音色は、彼女に合わせて自在に曲調を変えた。
ゴーン・・・ゴーン・・・
遂に時計の針は1つになり、12回鐘が鳴った。
あれからどれくらい踊り明かしていたのだろう。心なしか夜の闇はより一層深まり、風もきつくなってきていた。彼女は肩で息をしながら言った。
「ああ、楽しかった…..!」
彼女は非常に満足していた。カカシは座り込んでしまった彼女の側に跳ねてやって来た。
「次の曲はどうしましょう?もう一度ワルツとしましょうか」
彼女は手で遮った。
「いえ、もう十分!」
体力の問題もあったが、さすがにダンスには
飽きた。彼女は上を見上げた。月が不気味なくらいに煌々と輝いていた。不意に彼女は家に帰りたくなった。 一度そう思ってしまうと、 あの怪物たちさえいなくなってしまった森の木々は、ざわざわと不安そうな声を出しているような感じがした。
彼女は問うた。
「どうしたらこの夢から醒めれるの?」
カカシはかぶりを振った。
「これは夢ではないですよ」
「じゃあ、どうやって現実に戻れるわけ?」
不安から苛立ちが募ってきているのを、彼女自身感じていた。この状況に対してもだが、自分より確実に何かを知っているのにはっきりと物を言わないカカシにも腹が立ってきた。
「お願い、夢じゃなくてもなんでもいいから、元の場所に戻して!」
白い頭は項垂れた。そしてポツリと言った。
「やはり、帰りたくなりますよね…」
そっと彼女の手を取って歩き出した。
彼女は洋館の中に誘われた。地下への階段を下る。カカシが持つカボチャのランタンと、壁に弱々しく付いているランプだけを頼りに、二人は暗闇を歩いた。コツン、コツンと靴音が螺旋階段に反響した。身を縮み上がらせて彼女は聞いた。
「本当に帰れるのね…?」
カカシは黙って足を止めた。目の前には、重々しい木製のドアがあった。それを両手を使ってようやく開けると、ブワッと埃が舞い、鼻をくすぐった。あまりに埃っぽくてランタンの周りにだけ雪が舞っているようだった。 カカシが次々と部屋のランプに火を灯していく。 ようやく視界がはっきりとしてものが見えるようになった時、彼女は絶句した。
部屋の真ん中には、大きな穴が空いていた。彼女が覗き込むと、その中にはそこの見えない暗闇が広がっていた。 振り向いてカカシを見る。 彼は囁くように言った。
「それは表の世界に通じています。 本当は馬車で帰るのが一番安全だったのですが、いつでも出られるのはそこしかありません」
彼女はもう一度穴の中を見た。 足がすくんだ。
「ここから飛び降りろと言うの?」
ええ、とカカシは頷いた。
「そうしなければ一生元の世界には戻れませんよ」
僕はかまいませんがね、とふらふら揺れた。
彼女は拳を握りしめた。 どうなるかは分からないが、ここに飛び込めばきっとあのベンチに戻って来れるはずだ。じりじりと少しずつ縁に寄っていき、最後に深呼吸して言った。
「また今晩のような夢を見れる?」
「ええ、また会えますよ、きっと」
彼女はギュッと目を瞑って体を投げ出した。
真っ暗な中を風を全身に受けながら落ちていく――と思ったのは束の間だった。 案外早くに体は着地した。幸い激しく打ったところは無いようだ。大きめの石と、硬く冷たい人工的な何かが手に触れた。 そっと目を開ける。
その瞬間、彼女の耳はけたたましく鳴る警笛を、目は眩むほど強い光を放つライトを、そして体全体で、レールを震わせて走って来る電車の振動を感じた。
「ねぇ、人身事故で電車止まっちゃってるんだけど」
「ウソ、このハロウィンの晩に?帰れないじゃん」
「ネットによると死んだ人、仮装した格好で飛び込んだらしいよ。とりあえずホントめいわ---」
ザッザッザッ。
「ああ、こんなに損傷が激しいと、「魔女のゾンビ』すら難しそうですね…。くっ付けてフランケンシュタイン、の方が良いですかね」
細い枝が千切れた足をひょいと拾い上げた。 白い布を被った頭は一人ごちる。
「あちらとこちらを繋ぐ扉が無条件に開け放たれるのは一夜だけ。正しい手順を無視して無理矢理行き来しようとして、万が一失敗してしまうと、次の年までどちらの世界からも締め出されてしまう・・・」
でも大丈夫ですよ、と真っ赤に濡れたそれに語りかけた。
「毎晩、飽きた後もずっと、一緒に踊って差し上げますから」
ザッ・・・ザッ・・・・・・パチン!
瞬間に喧騒が戻った。だが、線路の上には血痕しか残っていなかった。
Have a spooky night 伊吹 累 @Ento-Esam
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