第6話

 峠から聞こえた轟音に恐れを抱きつつも、仁左衛門と使用人が道をやってきていた。


「術士さま、お弟子様! どこへ行かれたのかと心配しましたよ」


「申し訳ない。散歩のつもりが、遅くなりました」


 シラカバがのんびり言うと、仁左衛門はヒノキに視線を移した。


「どちらへいらしていたのですか?」


「師があやかしを仕留めてまいりました。死骸は森の中に置いたままです」


「それは……、妻を殺した?」


 ヒノキは硬い表情で頷く。


「女の顔をした怪鳥です。間違いなく」


 仁左衛門は峠に向かってよろよろと歩き出した。使用人が心配そうについていく。シラカバとヒノキは後ろ姿を静かに見送った。





 屋敷で待っていると、仁左衛門は昼過ぎに戻ってきた。目を真っ赤に腫らし、髪も乱れている。

 心はそれ以上に乱れているだろうと思うと、ヒノキの胸の奥がキリキリと音を立てて痛んだ。


「術士様、本当にありがとうございました。これで妻の無念も晴れるでしょう」


 深々と下げられた頭が起き上がるまで、しばらくの間があった。洟をすする音がして、仁左衛門は顔を上げた。


「お役に立てて良かった。それにしても……」


 言葉を切ったシラカバの横顔をヒノキが見上げると、いつになく硬い表情をしている。


「こんなに拓けた場所にあやかしが出るとは、何ごとでしょう。この村とあやかしには因縁があるのですか?」


仁左衛門の表情も硬い。


「じつは、この村は塚の上に建っておるのです」


「押さえ村ですか」


 頷く仁左衛門は苦しそうに眉根を寄せる。


「怨霊の押さえが効かなくなってきているようで、天変地異や妙な病が起きたり、あやかしがやってきたのも今回が初めてではなく」


「塚の種類は?」


「柘榴姫の右腕塚です。鎮魂の儀は毎月行っているのですが……」


「塚の井戸を見てみたいのですが、よそ者は入れましょうか」


 シラカバの質問に仁左衛門は気後れしたようだ。


「もしや、また術をふるってくださるおつもりですか?」


「出来れば」


 仁左衛門は項垂れて首を横に振る。


「おやめください。いくら貴方様といえども、姫鬼相手では……」


「では、見るだけでも。弟子の目に焼き付かせておきたいのです」


 ちらりとヒノキに目をやると、仁左衛門は小さく頷いた。


「わかりました。ご案内しましょう」


「いえ、場所だけ教えてください。お忙しいお手を煩わせるほどのことでもないでしょうから。そっと覗いてくるだけです」


 なにか言いたげではあったが、仁左衛門は塚の井戸の位置を簡単に地図に書いてくれた。


 ヒノキが受け取り、荷の中にしまっていると、シラカバは杖を取ってさっさと立ち上がっていた。


「行こう、ヒノキ」


 楽しいことが待っているというかのごとく、シラカバは明るい顔をしていた。




「御師様、塚の井戸とはなんですか?」


 地図を見ながら先導するヒノキについてあるきながら、シラカバが答える。


「鬼の大将を捕らえたあと、塚に封印することは知っているね?」


「はい。体を六つに切って別々の塚に収めるとも」


「そうなのだけれど、あまりにも鬼の力が強いと、塚だけでは抑えきれないことがある。そういった塚の上に人を住まわせるのが押さえ村だよ」


 地図を見ながら話しをするのは思ったより難しく、地図に気を取られて返事が疎かになる。

 シラカバはそんなことには気も向けず、淡々と話し続ける。


「人に踏ませることで塚を重たくするという意味がある。そんな塚の状態を見るために、押さえ村には塚まで続く道があるんだよ」


 ヒノキは無礼だとは思いながらも、頷くだけで返事をする。

 目の見えないシラカバだが、雰囲気でわかるのか、会話の間は崩れない。


「押さえ村には朝廷からかなりの金子が下賜される。一度住めば、他所に越すことは許されない。難儀なことだよ」


 会話が途切れ、悲しげな鳥の声が聞こえてきた。名残の虫の音も哀愁を帯び、村の行く末を慮っているようだ。


「御師様、着きました。この社がそのようです」


 地図にあった井戸の場所には立派な社が立っている。大人が三人、楽に寛げそうなほどだ。


「井戸はありませんね」


 社の周りをぐるりと見て回り、ヒノキが言った。


「なにかあるなら、社のなかだろう。入ってみよう」


 格子戸を引き開けると、床が奥に向かって下っている。ヒノキが入り込んで奥へ進むと、火の神の像の後ろに、ぽっかりと穴が開いていて、剥き出しの土の道は下り坂になっている。


「御師様、先に進めそうです」


「では、行こうか」


 ヒノキが先に立ち、シラカバの手を取り下り坂に下りた。だが、通路は真っ暗で手探りしようにも広すぎて壁にそって進んでも分かれ道があれば見失うだろう。


「私が先に行こう」


 シラカバはヒノキの手を握り、幼子を連れて行くような呑気さで歩き出した。


 子どものように扱われ、恥ずかしいとも思うが、顔が赤くなるようなくすぐったさも感じた。

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