第4話

 怪鳥はヒノキから離れず、山狩りで追い詰められたヒノキは、里に引き連れられていった。


「こんなに何年も山で生き延びられるはずがない。あやかしが化けているんだ」


 口々に里人が騒ぎ立てるのを、ヒノキは黙って受け入れた。考え及んでいたことだ。見つかればあやかしとして殺されると。


 縄をかけられて身動きも取れず、口も開かないヒノキの首に鉈が振り下ろされようとした。


「お待ちなさい」


 風が声を発したのかと思った。どこまでも澄んで胸に沁み入る。


「その子はあやかしではありません」


「そんなわけがないでしょう。この危険な山に子どもが一人で、一晩でも過ごせるものですか」


「いくら杖術士といっても、あんたは目が見えていないじゃないか。どうしてあやかしじゃないなんて言えるんだ」


 里人が言い募るが、杖術士と言われた青年は怯みもしない。

 手にしている、白木の杖をヒノキに真っ直ぐに突き付ける。歪みのない三尺ほどの丸杖だ。


 杖術士が杖をヒノキの額に突き出した。ヒノキは瞬きもせず杖の先を見つめた。


「目だね」


 杖術士がヒノキに語りかける。


「きみは目で生き延びてきたんだ。私とは反対だ」


 そう言われて初めて、杖術士が目を開かないことに気付いた。


「この子は私がもらって行こう」


「いや、しかし……」


「この村に迷惑はかけない。もしあやかしだとしても、私が始末をつけよう」


 ヒノキのもとで膝を付き、縄を解く。里人が息を飲んで見つめる中、ヒノキは立ち上がり、杖術士に深々と頭を下げた。


「私はシラカバという。きみは?」


「ヒノキ」


「今日からきみは私の弟子だよ、ヒノキ。もう朝だね」


 空を見上げると、白々と明るくなってきていた。山の中で見ていた空は狭く遠かったが、シラカバと並んで見る空は、どこまでも広く、澄んでいた。

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