第44話 青少年の主張
第一グラウンドで学年集会が行われていた。
「うんうん、みなさん、初めてのコンカツ頑張ったじゃなぁ~い。まあ、ワタシのご指導ご鞭撻が素晴らしかったんですけどね。二学期はペースアップしちゃうんですよ、じ・つ・は」
一学期の総括を、HUKAN先生がべらべらと述べている。
校長の催眠音波ほど詠唱が長いわけじゃない。しかし、隙あらば自分語りしてくる
万能AIのデジタル音声もまた、生徒たちを辟易とさせるには充分だった。
トクセンメンバーも例外に漏れず、特に比木盾君なんか、表情が虚無っていた。
毎日、万能AIに執拗に絡まれる僕の気持ちを理解してくれたら親友さ。
堀田さんは熱心に耳を傾けている。真似できない特技だ。
珀さんはけん玉に夢中である。暇潰しにちょうど良いね。
五十嵐さんは目を閉じて、四代目木刀を握りしめている。特注らしい。
僕は……校舎の屋上から同学年の姿を眺望していた。
別に、学年集会をバックレたわけじゃない。
若気の至りで、屋上に続くドアをこじ開けてもいない。ちゃんと施錠されてたよ。
HUKAN先生に、期末テストの挽回を頼んだところ。
わざわざ屋上を解放してくれたというわけだ。たまに融通が利きますね。
「えっと、追試はここでやっても大丈夫ですか? 実施日以外、通達がなかったんですが」
「ワタシ万能だからぁ~、久能さんのやり口は織り込み済みなんですよ、じ・つ・は」
両手を合わせた、我が担任。当然のごとく、こちらとあちらで同時存在している。
「場所は問いません。何処で始めても、良いんです。ワタシ、見守っちゃうなぁ~」
「分かりました。温情、助かります」
僕は再び、校庭を見下ろした。
心臓の鼓動が鳴り止まず、全身へ熱が駆け巡っていく。緊張で息が、声が、出ない。
「えぇ~、久能さん、俯瞰しちゃうタイプぅ~? ワタシと一緒っ、通じ合ってる!」
シャラップッ! 試験中、話しかけないで。
……はぁ~、やれやれ。
誠に遺憾ながら、彼奴のおかげで一呼吸入ったね。バイタルチェックされたかな?
「おい、あれはなんだ! 久能の野郎、屋上で集会サボってんじゃねーぞッ」
突如、比木盾君が叫び声を上げた。
まるで事前に打ち合わせをしたようなタイミング、ありがとう。恩に着るよ。
「明爽っ! そんな場所にいたのか! 皆の前で、何か発表でもするのかい?」
僕の発言に注目するように場を整えた、加納君。
真のリア充の号令である。
つまらない集会に弛んでいた生徒たちが、一斉に僕へ視線を向けた。
「あれ、誰? 見かけない顔だわ」
「入学式で一瞬話題になった人でしょ」
「確か、パートナー三人持ちの奴だろ」
「え、赤点取った落ちこぼれじゃねーの?」
全員、正解です。角度が違えば、まるで別人の様相だね。
僕は決心するや、崖っぷちの舞台へ一歩踏み出した。
「特別選別クラス、久能明爽っ! 今日はこの場を借りて、どうしても主張したいことがあります! 聞いてくださぁーいっ」
「「「な~に~?」」」
クラスメイツが応じてくれた。
「トクセン組にもかかわらず、僕は赤点を取ってしまいましたぁーっ!」
「「「知ってる~」」」
打ち合わせに参加しなかった級友たちが返事をくれて、安堵する。
おそらく、加納君の根回し。流石、自称僕のライバルだ。うーん、ライバル強すぎ?
「今ここで、追試を行うことになりました! 内容はっ! 同級生環視の下、期末テストで書いたラブレターを朗読しまぁーすっ!」
「「「おぉ~」」」
口走った以上、もはや引っ込みがつかない。膝が震えた。
ええい、ままよ。
パートナーに気持ちを伝えろ。恥くらいなんだ。元々バカにされてきただろ。
僕は大きく息を吸い込むや。
「五十嵐澪さんへ! 僕は五十嵐さんを初めて見た時、凛とした表情が格好良いと思いました! 澄んだ流し目や仕草がとても綺麗で、ずっと見ていたい気持ちですっ」
「……っ!?」
不意打ちをされたと言わんばかりに、五十嵐さんが驚愕していた。
まあ、相談しなかったね。絶対嫌がるだろうし、勝手に突っ走ったよ。ごめん。
「ずっとクールなキャラだと思っていましたが、童心に帰ったかのように子犬を愛でる姿はとても微笑ましいです。可愛いものに関心がないフリを必死に演じてるけど、バレバレなところも萌えポイントが高いです!」
「「「ひゅーひゅー」」」
野次馬と化したトクセンメンバー。僕にはたくさん仲間がいたんだ。
「僕は、五十嵐さんのいろんな姿をもっと知りたいです。二学期も、その次も! コンカツを通じて、理解し合える大事な関係を築くのがゴールの一つになりました! これからも引き続き! 一緒にパートナーとして! よろしくお願いしまぁーすっ」
――それから先は、何を言ったかサッパリ覚えていない。
必死過ぎて、全部頭から消えちゃった。
「く、久能明爽……っ!? 貴様、何という所業をしでかしてくれたのだ……っ!」
顔を真っ赤に染め上げた、五十嵐さん。
顔色なんか遠くて分からないはずなのに、僕は確信していた。
「そこを動くな! 浅はかな軽言を並べるとは笑止千万! 引導を渡してくれるッ」
「五十嵐さんのお通りだ!」
加納君が指揮者よろしく手を振れば、クラスメイツが校舎へ繋がる道を切り開く。
パチパチと、拍手喝采。
「頑張れよ」
「愛されてんな~。よ、幸せ者っ」
「良いパートナー持ったじゃねーか」
五十嵐さんは羞恥心で顔を俯かせながら、まかり通る他なかった。
トクセンロードを渡った途端、彼女は全速力で疾駆した。校舎へ姿を消す。
およそ女子校生が出せるスピードの範疇を超えていると、感想を漏らした途端。
屋上のドアが弾け飛んだ。
顔が赤かったのは羞恥心? 否、ただの憤怒である。
泣かない赤鬼はただの乱暴者ゆえ、教科書には載らないよね。
「久能明爽っ! 私を謀ったな! 貴様の首、もらい受けるぞッ」
五十嵐さんが床を二、三歩蹴ると、四代目木刀が僕の脳天へ振り下ろされた。
白羽取り、紙一重に成功。その太刀筋、見切った! 慣れたものだよ。
いかんせん、通信講座『誰でもできる手刀の全て』が役に立ちすぎる。
僕、この修羅場を乗り切ったら、オススメレビュー書くんだ……
「わぁっ! ちょまっ、落ちちゃうから!」
さりとて、パワー不足で土俵際もとい屋上の先端まで追いやられてしまう。落下注意。
「とんだ辱めを与えてくれたものだな! もはや、私は校内一の晒し者だぞっ」
「正直に答えただけだよ。あと多分、イジられるのは僕だし気にしないで」
「貴様と私がセットで醜聞を流布されるだろうが! なるほど、コンカツが一蓮托生だと、身を以って知らしめたわけか!」
「いやあ、それほどでも」
流石に、皮肉だったかな?
冷静に話し合おうと、僕は中央付近まで後退を願った。
「さっきの口述、ラブレター原文そのままなんだけどさ……どうだった?」
咄嗟に、感想を尋ねてしまう。
もっと世界観を広げてほしいなぁ~。HUKAN先生の場合、絶対そうのたまうよ。
「あんなたわ言、聞くに耐えん。二度と読むなよ」
「そっか……五十嵐さんに伝わるように、頑張ったんだけど、そっか……」
落胆せざるを得ない結果だった。今日ほど文才を欲した日はないね。
「……そのくだらん原稿を渡せ。誰の目にも触れぬよう、私が処分しておくからな」
そう言って、五十嵐さんは僕のラブレターだった答案用紙を奪い取った。
クシャクシャに丸めて捨てるかと思ったけれど、予想は外れた。
三つ折りにしたそれを、懐から取り出した封筒へしまっていく。
五十嵐さんの手には、代わりに同じサイズの紙が握られている。
なぜか落ち着かない様子のパートナー。ソワソワするや、ポニーテールを触っていた。
「五十嵐さん?」
「久能明爽! 先ほどの言葉に偽りはないかっ」
「あ、うん。正直に音読したけど」
「ならば! そこまで言うなら責任を取るがいい」
五十嵐さんが僕に突き出した紙は果たして――
「婚姻届……っ!?」
項目欄を読むのは億劫だけど、確かに左上に婚姻届と記されていた。
「ど、どどど、どうしたのさ?」
「散々、私の心情を弄んだのだ。貴様が18歳になった日、籍を入れろッ」
「お、おおお、落ち着いて!」
「私は至って、冷静だぞ。今まで好き勝手言ったな。執拗に迫った報いを受けてもらおう」
五十嵐さんが、鋭い眼差しで対峙する。
今度は、僕が婚姻届を押し付けられた番。
思わず、手が震えた。なんせ、動揺する他ない事柄が目に入ったのだから。
「フン、やはり臆したな。久能明爽、怖気づくとはその程度――」
「違うっ」
パートナーの諦観の表情に、僕は無理やり割り込んだ。
「僕は、五十嵐さんの婚姻届に躊躇したわけじゃない!」
「では、如何に?」
五十嵐さんが眉をひそめたタイミング。
「どうして、保証人の署名にHUKAN先生がサインしてるの!? 納得できねぇぇえええエエエエーーっっ!」
「……は?」
「しかも! ちゃんと捺印されてるし! 万能AIは、デジタルの権化でしょ!? 実印押したの、どうやって!? 手段がアナログ! まだ時代が追いついていない証だねっ」
久能明爽、支離滅裂な言動を繰り返す。それほどまでに、混乱していた。
「えぇ~、久能さん、野暮なツッコミしちゃうタイプぅ~? ワタシ愛のキューピッドだからぁ~、二人の結婚祝福しちゃうなぁ~。ワタシです、ワタシが証人です!」
ひょっこり登場、HUKAN先生。
「冗談は、顔と態度と言動とその他諸々だけにしてください!」
「うんうん、面白いジョークじゃなぁ~い。それ、いただきっ」
つい本音が漏れ出すや、万能AIに腕押し念仏かすがいだった。
「ハァハァ……疲れた。五十嵐さん、結婚するかどうか焦らず、高三の三学期に決めてほしい。それを見極めるのがコンカツでしょ」
「久能さん、素晴らしい考え方じゃなぁ~い。ワタシも、それ思った!」
我が担任、真っ先に言え。
落ち着け、彼奴に翻弄されても碌なことがないからね。
「う、うむ。熟慮すれば、急を要するものではなかろう。失策だったぞ」
「それで良いと思う」
「それで良いんです」
ナチュラルにイラっとした。ストレス、溜まっちゃう。
HUKAN先生に大人の態度で臨めと説教する間際。
「ズルいですよ!」
屋上の入口、堀田さんが腕を組んで仁王立ちしていた。
なぜか頬を膨らませ、ご立腹状態である。
「澪さん! 今回は追試を受けてもらうための仲良し大作戦なのに、ちゃっかり抜けがけしようとしましたね! ズルいですっ」
「堀田ナナミーナ、人聞きの悪いことを言うなっ。私は断じて、好敵手を我が手中に収めようとは露ほども思っておらん。お、お前の早とちりだぞっ」
目があちこち泳いでいるね。エサをあげた時、実家のグッピーもそんな泳ぎだったよ。
「おいおい、独り占めはいただけないじゃないか、澪ちゃんさあ~」
堀田さんに続き、珀さんがニヤケ面で合流する。
「明爽くんは、ボクのパートナーでもあるんだぜ? 婚姻届なんて奥の手まで用意しちゃって、抜けがけに走った澪ちゃんはむっつり。むっつり澪ちゃんだよん」
「誰がむっつりだ! 珀ゆのん、抱き着くな。暑苦しい、鬱陶しいぞ」
「むっつり澪さんに負けるわけにはいきません! わたしたちにも考えがありますっ」
「ええい、お前も密着するな。そのあだ名は疾くやめろ!」
サイドバイサイドで両腕を絡め取られた、五十嵐さん。
僕はちょっと羨ましい。
「両手に花だなあ」
「全く嬉しくないぞ」
「そっか、三輪とも綺麗に咲いてるもんね。本人にはありがたみが実感できないか」
「……ふんっ。気障なセリフを吐くな。気色が悪いぞ」
パートナーにそっぽを向かれてしまう。
やはり、いくら加納君をリスペクトしようが結果に結びつかない。
畢竟、真のリア充は別次元の存在。なんなら、超次元。
「あぁ~、明爽くんが澪ちゃん口説いている! うぅ、ボクはもう要らないんだね……」
珀さんがパートナーの裏切りに滂沱の涙を流した。
「珀さん、目薬差すの下手だね……」
「まあね! 一回で半分使っちゃうよん」
そして、ドライアイである。
「わたしは久能くんと結婚したら! 両親のように仲睦ましく、肩を寄せ合ってアルバムを眺めたり、毛布に包まってココアを飲んだり、夫婦水入らずの関係を作りたいですっ。きゃっ、あんなことやそんなことはまだダメですってぇ~っ!?」
「おーい、堀田さん、悶えてないで戻ってこーい」
先の展望に対する想像力が、とても富んでいると思いました。
閑話休題。
「ところで、ボクたちはとあるブツを持ってるよん。知りたいかい?」
「嫌な予感がするし、また今度で」
「謙虚が過ぎるぜ、君は。ヨシ、特別に披露するよん」
「遠慮を察してね」
僕は、やれやれと肩をすくめるばかり。
さりとて、パートナーが見ろと言えば見るしかない。
「どうぞ、よろしくお願いします」
果たして、珀さんと堀田さんが同時に取り出したのは――婚姻届。
「……何、だと……?」
デジャブかな?
「わたしたちは、澪さんの不穏な動きを察知していました! ですので、HUKAN先生に頼んで同じものを取り寄せていたのですっ」
「クックック、澪ちゃんの抜けがけ作戦は筒抜けだったのだぁーっ!」
頬を寄せ合った美少女三人。可愛いね。
「別に、悔しくないぞ。私はアレだ。久能明爽の覚悟的なものを試したかっただけゆえに」
五十嵐さん、悔しそうに口を尖らせちゃう。可愛いね。
しかし、うんうんと満足そうな僕が不服だったらしく。
「小癪な貴様に問おう。目下、婚姻届が手元に三通あるな。手始めに――貴様は誰の婚姻届にサインするのだ?」
刹那、全身を縛るような緊張感が張り詰めていく。
心なしか、両隣のパートナーの目から余裕が消えた。
「そんなの決まってるじゃないか。言わなくても分かってるぜ。ねえ、明爽くん?」
「はい、久能くんは最優秀パートナーを目指すと約束しました。お二人には悪いですが、譲れないのも仕方がありません」
「公衆の面前で、私はしつこく迫られたものだがな」
「――」
あれ、急に悪寒と吐き気と頭痛の症状が。多分、熱もある。そうに決まってる。
図らずも、僕は空を仰いでしまう。
「ふぅ、日差しが眩しい。たゆたう雲はどこへ向かうのだろう。僕を置いていかないでくれ」
「久能くんっ」
「明爽くんっ」
「久能明爽!」
明日へ向かって、僕は駆け出した。
まだ見ぬ世界はきっと、平和に満ちている! あぁ、安寧に満ちた幸福を求めて。
いざ行かん。辿り着け、久能明爽の生存ルートッ!
「まだ大事なお話の途中ですよ!」
「面白くなってきたよん。こういうのを待ってたのさ」
「絶対に逃がすな。捕まえて、吐かせろッ」
美少女に追いかけ回されちゃうなんて、まるでハーレム主人公みたいだなあ。
何度も言ったけど、これはラブコメじゃなくてコンカツなんだよね。趣旨が違うよ。
さりとて、ジャンルなど大した問題にあらず。
臆病風に吹かれた逃走犯は、彼女たちと巡り合えて良かったと独り言ちるのであった。
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