第41話 決闘

 五十嵐さん、上陸。


「――途中、あやつが撤退する姿を目撃したぞ。久能明爽、貴様が懲らしめたのか?」

「全く、相手にされなかったね。おやつには、勝てなかったよ」

「……? まあいい、我が愛刀が戻れば犬の罪は不問にしてやる」

「あのワンちゃん、木刀の他にも結構ちょろまかしてたらしい」


 木の下で僕が穴掘りした結果、宝箱然とした箱が現れた。


「ほう。さしづめ、戦利品というわけか」


 五十嵐さんが宝箱を覗き込む。

 木刀、スポーツチャンバラの武器、フリスビー、伸びるオモチャ、骨のオモチャ、       

 野球ボール、ソフトボール、ゴムボール、テニスボール、スポンジボール、イボイボボール。


 総評。あと一つ、球を集めれば願いが叶うかも。頑張ろう。

 木刀を手に取るや、淡々と素振りに興じたパートナー。


「ふむ、だいぶ傷んでしまったな。水に浸けたのが良くなかったらしい」

「分かるの?」

「無論、わたしが手入れを欠かさず、どれだけこいつに心血を注いできたか。否、形あるものはいずれ失われるのが定め。決別の時は目前まで迫っていよう」


 五十嵐さんが長年の相棒へ、寂寥感に囲まれた瞳を向けていた。

 僕は未だ、彼女がこの木刀に愛着する理由を知らない。

 聞くタイミングを何度も逸したため、巡り合わせが悪いと諦めかけている。


「大事なものは回収できたし、戻ろうか」


 てんてこ舞いで、僕はもう疲れたよ。美少女たちとスイーツ食べて癒されたい。

 そういえば、ドッグフェスに来た目的って何だっけ?

 僕が腕を組みながら、小舟へ足を向ければ。


「待て、久能明爽」


 五十嵐さんの言葉が、背中に突き刺さる。ちょっと痛かった。刃、仕込んでる?


「ここならば、邪魔が入らないな」

「え?」


 思わず、ギョッとした。


「ま、まさか、僕を始末するつもり!? 死体は湖に投げ捨てて、証拠隠滅!?」

「貴様は私を何だと思っておるのだ」


 ――現代版・鬼に金棒的なサムシング。

 口が裂けても言えないね。口が裂けたら痛くて言えないよ。

 パートナーは、僕のだんまりを気に留めず。


「まあいい。広場で貴様が聞きあぐねた問いに答えよう」

「あ、覚えてたの? もう流されたのかと思ってたよ」

「大方、私をこのイベントに連れて来た目的だな? その程度、容易に予想が付く」


 バレバレでした。

 ふうとため息交じりに、なぜか木刀を構えた五十嵐さん。


「ゆえに、久能明爽。まずは――私と戦え」

「ホウ……ホホウ?」


 首肯。からの首捻り。フクロウかな?


「いやいや。戦うって、何ゆえに?」

「貴様が勝てば、私の取るに足らない過去を詳らかにしてやる。ずっと気になっていたはずだ。なぜ、こいつはこんなにも意固地なのかと」

「それは否定できないけどさ……えーっと、争いは何も生まないって言うじゃない」


 ボコボコにされそう。痛いのは勘弁して。

 飛んでみろ、ジャンプしてみろ。昔読んだヤンキー漫画を思い出した。


「忸怩たる思い甚だしいが、私は久能明爽にある種の恐れを抱いているのだ。この肌に纏わる悪寒が果たして正しいのか。私はそれを確かめなければなるまい」

「気のせいだって、気のせい! 多分、五十嵐さんは冷え性だねっ」

「なに。貴様の分の得物もちょうど用意されてある。渡りに船とはこのことだな」


 そう言って、五十嵐さんは犯犬秘蔵のコレクションへ手を伸ばした。

 スポーツチャンバラで用いる二振りの小太刀を僕に放り投げる。


「おっとっと」


 どうにかキャッチ成功。硬めのクッションみたいな触り心地である。

 こんなんで、先方とバトルをしろとおっしゃる? はは、ご冗談を。

 もしや、接待試合? やらせ? 八百長? ハンデが欲しいのは僕だけどね。


「五十嵐さん! あなたの剣は、弱い者イジメに使うものじゃないでしょ! 僕みたいな奴を狙うなんて、雑魚狩りマスターかな? 見損なったよ!」


 不平不満の抗議を上げると、五十嵐さんが地面を蹴った。


「ハァッ」


 正眼の構えを解いたと思えば、袈裟斬りを振り下ろしていく。


「うわ~っ!?」


 心中、暴力反対のプラカードを掲げ、僕はタイミングを見計らってバックステップ。

 九死に一生を得るとはこのことか。そうだねっ。

 体勢を整え、先ほどまで立っていた場所へ視線を向ける。


「やはり、見切るか。ただの弱者風情が、今の一撃を避けられるとは思わんがな」


 予想の範囲内と、構え直した五十嵐さん。


「ちょ、待って! ほら、あれだよ。決闘はマズいよ、決闘罪だよ!」

「久能明爽が承諾していないゆえ、決闘にあらず」


 そして、屁理屈である。


「確かにね! じゃあ、暴行罪じゃないかな?」

「フッ、これはただの親善試合だぞ。貴様も存分に実力を発揮しろ」

「やけに強情だねえ。勝負を挑むなら、格上にどうぞ」

「……」


 パートナーが何とも言えない表情を作った。

 しかし、その変化は一瞬の出来事。すぐさま険しい顔つきに戻ってしまう。

 じりじりと後退するも、ここは湖の中心に浮かんだ離れ小島。助けは来ない。


 穏便に解決する手段が閃かない。もはやここまで。相手を攻撃するのは嫌だけど、無益な私闘に踊り出そうとしたちょうどその時。


「えぇ~、久能さん、窮地に陥っちゃうタイプぅ~? ワタシ、つい心配で助け舟出しちゃうなぁ~」


 どこからともなく、声が聞こえた。


「HUKAN先生っ!?」

「ワタシですっ」


 いつの間にやら、僕の視界に万能AIがプカプカ浮かんでいる。


「うんうん、五十嵐さん、弱い者イジメは感心できないなぁ~。一方的に痛めつけられる久能さんが可哀想なんですよ、じ・つ・は」


 反論はないものの、HUKAN先生に舐められるとムカつくね。イラッ。


「……そこを退いてもらおう、教諭。否、所詮立体映像が邪魔になどなるまい。我が集中力を乱す要因にはなり得ないぞ」

「自信満々じゃなぁ~い。それで良いんです」

「納得してるし。どっちの味方ですか」


 冷静に考えて、どっちの味方でもないと思いました。彼奴は自分至上主義。


「ワタシ万能だからぁ~、この試合の審判を務めます。ルールは、一撃決着制。クリーンヒットを先に出した方が勝ちじゃなぁ~い。久能さんでも理解できるルールを敷きました!」

「勝手に仕切り出した! もうこれ、完全に戦う流れにされてる!? HUKAN先生、助け舟を出してくれるのでは?」


 藁にもすがる気持ちだったのに。でも、万能AIに頼っても仕方がなし。


「えぇ~、久能さん、挑戦者を邪険にしちゃうタイプぅ~? もっと懐をビックにしなきゃダメじゃなぁ~い」

「五十嵐さんが挑戦者……? よく分かんないけど、あちら三階級三連覇くらいしてません? そもそも、HUKAN先生のテキトーなルールは拒否されますよ」


 恐る恐る五十嵐さんにお伺いを立てるや。


「一撃決着だな、了承した」

「え、納得したの?」

「然り。久能明爽にこれ以上ごねられても厄介だぞ。私も妥協しよう」

「うんうん、五十嵐さんは大人で助かっちゃうなぁ~」


 僕は、ポカンとうわの空。

 話がまとまった感じやめて! いや、ごねりますよ? 戦いたくないもん!


 僕がわがまま言ってた感じやめて! 試合のルールとか、気にしてなかったから!

 男女平等の精神とは言え、自分より強い女子だとしても叩くのはちょっと……


「まあ、結果は見え見えの分かり切ってることなんですけどね。五十嵐さん、失敗は成功の元なんですよ、じ・つ・は」

「――ッ!? 笑止、我が研鑽の果て。一刀に乗せん」


 五十嵐さんは平静を装いながら、溢れんばかりの激情を募らせていく。


「なぜに、挑発を? 敵愾心が全部、僕に狙いを定めたじゃないですか! 死ぬよ? 僕、ケンカで勝ったことないですし。え、今から入れる保険があるんですか?」

「久能さん、余裕ありそうじゃなぁ~い。ワタシ名指導者だからぁ~、出来ないことはやらないなぁ~。高いプライドをへし折ってあげるのも、成長に繋がります。うんうん、行き詰った人に手を差し伸べられる強さを重視してるんですよ、じ・つ・は」


 我が担任は、思わせぶりな妄言をよくのたまう。

 残念ながら、後半の箇所はなんとなく理解してしまった。


 やれやれと肩をすくめた僕は、深い溜息と共にソフトな握り心地の小太刀を構える。

 鏡を覗けば、さぞや頼りない姿だろう。鬼に棍棒VS農奴にクワほどの差があるね。


「ようやく、その気になったか。久能明爽!」

「五十嵐さんが満足するなら、一撃だけ付き合うよ。まったく、強情なパートナーを持つと大変だなあ。僕じゃ役者不足だってところ、証明しよう」

「えぇ~、久能さん、ポジティブなネガティブシンキングぅ~? 役不足と役者不足の違いをちゃんと覚えてるじゃなぁ~い。ワタシですっ、ワタシが教えました!」


 五十嵐さんを直視した途端、雑音が入らなくなっていた。


「その心眼を待っていたぞ。問答は不要。業を以って、制してみせろ」


 五十嵐さんが木刀を腰に差すや、前傾姿勢を取った。

 明らかに、突進に特化した居合の構え。あるはずのない鞘が見えた。

 気迫が可視化したかのように、彼女の全身から微弱な波動が生じている。


 五十嵐さんとたゆたう陽炎が重なっていく。

 刹那。


「――参るッ」


 踏み出したと思考した途端、彼我の距離は詰められていた。もう逃げられない。

 抜刀。シュパンッと斬り捨てご免。

 抜くと同時に、一刀両断に切り伏せられた!

 ……そんなイメージが脳裏を駆け巡ってしまう。あぁ、無念なり。


「……っ!」


 だが、しかし。

 瞬く間に、僕は想像力を豊かに広げていたのだ。

 逆説的に言えば、迅速な五十嵐さんが何を繰り出したのか、僕はハッキリこの目で捉えていた。


 別に、反射神経を褒められたことはない。武道の心得なんてない。天賦の才もない。

 あるのは一つ、パートナーをもっと見たいという気持ちだけ。


「うぉぉおおおオオオオーーっっ!」


 全力を振り絞り、迎え撃つ。

 襲いかかる木刀一閃の軌跡を、身体を捻って受け流した。

 掻いくぐった! 好機到来っ!


 行きがけの駄賃とばかりに、僕は二振りの小太刀を木刀へ叩きつけてやった。

 すれ違いの攻防は超短期決戦。右足を軸に全身を一回転させ、前方へ飛び移った。

 お互いの位置が入れ替わる形で、僕たちは得物を下げてじっと静止する。


「ぐ……っ」


 ガクリと膝から崩れ落ちた、僕。

 どうやら、必殺の一撃は免れたものの、完全には対応しきれなかったらしい。

 呼吸が苦しいね。審判、酸素スプレーください。


「やはり、この結果に帰結したか」


 五十嵐さんが振り返るや、僕の方へ近寄った。


「……流石、五十嵐さん……やったか!? って、叫ばないようにしたのに、純然たる実力差でやられちゃったよ……」

「フン。冗談は顔だけにしておけ。敗者に憐憫の情など不要。せめて図々しく、堂々と誇ってほしいものだな」

「ん? どゆこと?」


 僕が冗談みたいな顔で固まれば、五十嵐さんは表情を緩めた。


「久能明爽――貴様の勝ちだ。降参しよう」


 間髪入れず、木刀にパキンとヒビが入った。

 ちょうど小太刀で叩いた箇所が折れ曲がり、すぐさま真っ二つに割れてしまう。

 それは、これまでの長期戦を含めた決着の合図だった。

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