第39話 迷路

 迷路コーナーへ、ゴールデンレトリバーが乱入した。

 小学生の頃、校庭に犬と猫が同時に紛れ込んだハプニングが懐かしい。そんな喧騒。


 スタッフに事情が伝わっていたらしく、僕たちは裏口からこっそり忍び込む。

 しかし、犯犬はやけに本格仕様な迷路を熟知していた。

 脱出ゲームに倣った謎解きや迷路の仕掛けをすっ飛ばし、追手を置き去りにする。


「ワンッ」

「クッ、ちょこまかと! ちょこざいな!」


 あっちへ逃げたと思えば、そっちへ走っていく。こっちへ曲がると、どっちへ向かう?

 功を急いでしまい、僕たちは幾度となく行き止まりに誘われた。

 そして、ごっつんこ。


「痛っ……おちょくられているぞ、久能明爽っ!」


 しまいには、十字路で再会するや額をぶつけ合う羽目に。


「あのワンちゃん、なかなかの手練れだね。ドッグフェスの主かな?」

「主とあろうものがこそ泥の真似事とは。必ずや、私が成敗してくれるッ」

「現状、手玉に取られてるよ。目もクルクル回って、ちょっとしんどい」


 巨大迷路で振り回された結果、平衡感覚が著しく低下中。頭痛が痛い。


「我々の失策だな。バカ正直に迷路を踏破しようとしたのが間違いだったか」


 五十嵐さんが悔しそうに顎に手を当てた。

 僕は、迷路の壁を見つめる。

 けっして、よじ登れない高さじゃない。掴める部分がある。迷惑行為で再生数を稼ぐ動画配信者のごとき無作法を発揮できれば、犯犬捕獲へ一歩近づくだろう。


「否、皆が楽しむドッグフェスを私情で乱すのは浅はかなり。たとえ、我が愛刀の紛失がスタッフの落ち度だとしても、私は正攻法で賊を捕らえるのみ。貴様も己の評判を貶める行いはしてくれるなよ」

「うーん、分かった。五十嵐さんはそーゆータイプだもんね。愚直に追いかけるよ」

「私の流儀に付き合わせてすまないな」


 小さく頷いた、五十嵐さん。


「え、僕に謝辞!? どうしたのさ! まさか、ぶつかった時、打ち所が悪かった……?」

「ふん、断じて久能明爽を慮ったわけではない。勘違いするなよ? 貴様への態度を軟化しろと、いつも堀田ナナミーナがうるさいからな。他意はないッ」


 何だそうだったのかー、と僕は胸を撫で下ろすばかり。

 これがラブコメならば、五十嵐さんはツンデレに違いない。僕たちが携わっているのはコンカツゆえ、勘違いしません。鈍感系じゃないからね。

 妙に不機嫌そうなパートナーを宥め始めたタイミング。


「木刀を咥えたゴールデンレトリバーが湖の方へ逃げました!」

「あちらの係員には連絡しておきます。至急、向かってくださいっ」


 頭上のスピーカーからアナウンスが響いた。

 五十嵐さんとほぼ同時、アイコンタクト。


「いい加減、振り回されるのは飽き飽きだ。決着を付けるぞ」

「極めて、了解!」


 精神的上官に敬礼するや、僕は迅速に行動を開始していく。

 ――否。

 有名RPGよろしく、しかし回り込まれたっ!

 なんて、つい口走ってしまうほどUターン。壁、壁、行き止まり!


「くっ……出せ……っ!」


 まんまと迷路から抜け出せない、僕たち。

 ここがダンジョンならば、モンスターの餌食になっていたなあ。

 苦笑気味なスタッフにゴールまで誘導してもらって、すこぶる気恥ずかしい。

 肩身が狭い体験を共有し、ある意味絆が深まったよ。傷の舐め合いかな?


「おのれ、ゴールデンッ! 謀ったなぁーっ。もう許さぬぞ、手段は選ばぬと知れッ」


 そして、激おこである。

 一体、先ほどのプロフェッショナルな五十嵐さんはどこへ行ってしまったのか。

 手始めに、僕は本当の迷子を捜さなければならないと思いました。

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