第37話 お誘い

 HUKANセンサーによれば、五十嵐さんは中庭にいるらしい。

 校内に設置されたカメラや赤外線探知機を基に、生徒の位置や行動が丸分かり。以前強制インストールされたアプリで使える機能である。コンカツ管理体制の縮図かな?


 我が担任、僕がこれを悪用する想定はしてないのだろうか? 可愛い子の名前を検索して、プライベートをセンテンススプリングしたらどうするつもり?


 いわんや、この使用履歴もまた万能AIにデータ収拾されるわけだが。

 先日、珀さんが木登りに興じた大樹へ近寄っていく。


「セイッ。ハァッ」


 裂ぱくの気合と共に、五十嵐さんは木刀を振り下ろす。

 鋭い眼差し。綺麗な佇まい。腰まで流れるようなポニーテール。

 彼女の素振りは、様になっていた。


「鈍ったものだな、私の剣捌きは。己の衰えに気付かぬとは、なかなかどうしてたるんどる」


 ふうとため息を吐いた、五十嵐さん。

 大樹に背中を預けると、考え込むように目を閉じた。


「原因は、近頃の鍛錬不足か。ふん、以前の私なら考えられ……む?」


 五十嵐さんは、何かの気配を察してすぐさま相対する。


「にゃ~」


 ネコです。おみ足スリスリします。


「なんだ、お前か。たたっ斬るところだったぞ。あまり驚かせてくれるな」


 警戒を解いた五十嵐さんは、破顔するや目線を下げていく。

 ポケットに手を突っ込むと、猫じゃらしが現れた。

 慣れた手つきで猫じゃらしを揺らすほど、ネコちゃんは左右に頭を振るばかり。


「よ~しよしよし。こっちだ、こっち。それ、これがいいのかぁ~、このいやしんぼめ」


 シュッシュとリズムに合わせて、ネコパンチが炸裂する。


「おまえもつよくなりたいのかぁ~、わかるわかるぞぉ~そのきもちぃ~」

「あの~」

「わたしもきょうしゃでありつづけなくてはいかんのだぁ~。このぼくとうにちかってなぁ~。ほれほれぇ~、かわいいくせにつよさまでほっするとは、このよくばりめっ」


 しまいには、ネコちゃんの顎を掻いてやる。


「五十嵐さん、喋り方が溶けちゃってる。できれば、漢字で聞き取れるくらい固めで」

「――ッ!?」


 ハッとした、五十嵐さんが。信じられない光景を目撃したらしい。


「久能明爽、いつの間に!? 貴様の気配、まるで感じなかったぞっ」

「はは、いてもいなくても変わらない存在感だからね……」


 悲しいけど、ネコちゃんより注目度が低いらしい。全然気づかれませんでした。


「我が察知能力を超える気配遮断。隠形の技か……? どれほど研鑽を積めば、その領域に至るというのだ?」


 僕が凹んでいると、五十嵐さんが何やら独り言ちていた。


「フン、私に言伝でもある顔をしているぞ。否、追試は受けん。たとえ除籍処分になろうとも、偽りの恋文を書くよりはマシだ。この学校に身を寄せ、あまつさえ男子たる貴様と共同生活を過ごした。さりとて、愛や恋などまるで焦がれんな」

「追試は一緒に受けてほしいよね。諦めないけど、今回は別の要件があるんだ」


 五十嵐さん、肩透かしを食らった様子で。


「そうか。言ってみろ」

「これを読んで」

「?」


 珀さんに託されたブツを、強情なパートナーへ渡した途端。


「……何、だと……?」


 五十嵐さんは目を見開き、その手を震わせてしまう。


「こーゆーの興味あるよね? 偶然たまたま、チケットが四枚あります」

「クッ、卑劣な罠を仕掛けおって。私を懐柔するつもりか、久能明爽っ」

「別に、追試は取引に使わないよ。単に、一緒に行こうって誘いに来た。でも、五十嵐さんがどうしても嫌なら別の人にチケット譲っちゃうけどね」

「見くびられたものだな、我が精神は鋼。貴様の浅慮極まる策謀に、陥れられる五十嵐澪でないと知れッ」


 そして、イケメンである。


「じゃあ、加納君にあげよう。またね」

「――待て」


 くるりと踵を返した瞬間、肩を強めに掴まれた。おかげで、ターンをキメる。


「久能明爽の仕打ち、実に業腹だな……呆れてものも言えん……行く」

「え、何だって?」


 どこへ行きたいのか、全然聞こえないよー。

 僕の鈍感アピールに、パートナーは悔しそうな表情で。


「……私も同行しよう」

「え、五十嵐さんもトゥゲザーしちゃう? 大丈夫、無理していない!?」


 わざとらしいリアクションに、彼女はヤケクソ気味に答えた。


「あぁ、そうだ! 貴様が誘ったのだからな! 疾く連れて行けっ」


 手渡したブツには、こんなタイトルが記載されていた。

 ――ドッグフェス開催のご案内。


 ワンちゃん大好き五十嵐さん。

 鋼のメンタル、即オチにつき。

 堀田さんと珀さんの予想通りで、僕は少しだけホッとするのだった。

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