第36話 作戦
氷山泊の憩いの場、レストルームへ集まった僕たち。
「赤点を取ってしまった以上、追試をクリアするしかありません。挽回ですっ」
「まあ、澪ちゃんがコンカツを認めない限り、テストを受けないのが問題なんですよん」
我が担任のフレーズに聞こえるのは杞憂かな? まさか、僕が彼奴を意識している?
「……くん。久能くん、聞いていますか?」
「否! 僕とHUKAN先生は水と油! 犬猿の仲! 不倶戴天ッ」
「どちらかと言えば、火に油だよん。燃え盛る関係、炎上ファイアー」
堀田さんがビックリする傍ら、珀さんは知恵の輪を弄んでいた。
と思いきや、スポーツスタッキング(カップを積んだり崩したり)を始めた珀さん。
カップのピラミッドを積み上げ、やがて高速で一つに重ね終えたタイミング。
「ボクとしては、穏便に四人で夏休みを迎えたいぜ。この辺りで、澪ちゃんにはコンカツへの忌避感を克服してもらおうじゃないか」
「わたしもそう思います。澪さんの態度を軟化させる方法……難しいです」
「いや~、それはどうだろうね~。一見、頑固そうな益荒男だよん。でも案外、強めに迫れば手弱女の部分がポロリしちゃってるぜ」
「五十嵐さんは十割女子だからね」
一応、補足。昨今、性差別はすぐ炎上ファイアー。
「確かに、澪さんは男子に負けない力強さが目立ちますが、心根は乙女そのもの!」
こくりと首肯した、堀田さん。
「自己紹介で語っていました。男性が嫌い、色恋沙汰は理解できない、しかし親の懇願に折れてコンカツ高校へ入学……考察するに、ピュアを拗らせただけかも。その原因は直接本人に教えてもらうしかありませんが」
「明爽くん。今すぐ、聞いて来てくれたまえ」
「ジャストなう!?」
珀さんが司令官よろしく、顔の前で両手を組んでいた。
悠長に構えていては事を仕損じるけれど、特攻する段階かな?
「いやいや、五十嵐さんは僕に昔話を披露してくれないよ。この中で断トツ好感度低いし」
「おいおい、彼女は君のパートナーじゃないか。他の誰でもない、君が教えてもらう必要があるよん。しっかりしておくれ」
珀さんはいつもの笑顔を炸裂させた。
「なに、別に難しくないぜ。デッドヒートサバイバルの時みたいにさ、ボクを散々口説いたように、澪ちゃんへ迫れば成功間違いなしだよん」
「語弊があるよっ」
「……久能くん?」
堀田さんが怖い笑顔を炸裂させた。
ヒエッ。
「そうですか、そうですか。わたしたちが心配する中、久能くんはゆのんさんにお熱でしたか……だから、レースも白熱したと。ふふふふふふふ」
「明爽くん、ボクを強引に……離してくれなかったぜ」
身体を抱き寄せ、アンニュイな珀さん。演技派ですか?
「健全なお姫様抱っこね! 珀さんを落とすわけにはいかないでしょ」
「ズルいです! わたしも久能くんにお姫様だっこしてほしいですっ」
なぜか憤慨した、堀田さん。
「するする、堀田さんなら大歓迎だよ! あれ、何の話だっけ?」
「約束ですよ? 絶対やってもらいますからね」
堀田さんがご機嫌で良かったです。
「ナナちゃんを口説いてどうするんだい? 今は、澪ちゃんの本音を引き出す作戦会議だろ? 節操がないぜ、明爽くんは」
「ナンダカナー」
僕は、虚無感に支配される寸でのところで。
「聞きに行くけどさ、無策で突っ込んでもダメそう。昔話に花が咲くような、きっかけかシチュエーションを募りたいね」
二人に目で訴えると、堀田さんが頬っぺたに指を当てた。
「澪さん、久能くんのこと口で言うほど嫌っていないですよ」
「如何に?」
「最初は敵対心があったかもしれません。しかし、あなたは同室問題で彼女に配慮しました。オリエンテーションで秘密を守りました。誠実に接した相手を憎むほど、あの方は狭量な人でしょうか? いいえ、違いますね」
珀さんが先を続けた。
「それに、お風呂で裸の付き合いした仲じゃないか。レースの最中、ボクに負けず劣らずイチャイチャしやがって。このぉーっ」
どっちもハプニング大賞です。
「絶対! 憎からず、だよん。澪ちゃん、そう簡単に認めないだろうけどさ」
ツンデレヒロインじゃあるまいし。幼馴染なら、チョロイン確定でした。
「ふむ、ボクに良い考えがあるぜ」
「その割に、悪そうな顔してるけど」
「細かいこと気にしたら負けだよん。いいかい、明爽くん……」
ゴニョゴニョと僕の耳元で作戦が囁かれる。
「あっ、内緒話ですか! わたしも交ぜてください」
「ナナちゃん、お主も悪よのぉ~」
御代官様が、袖の下に忍ばせていたものを取り出した。
「――っ!? これは、まかさ……っ!」
噛んじゃったのは仕様です。
「これは、良い考えです! 流石、ゆのんさんです」
「いやぁ~、それほどだけどね」
そして、慢心である。
とにかく、僕はまずお堅いパートナーへ良い考えを提案しようと思いました。
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