第35話 気遣い

 赤点の久能、這う這うの体で教室へ舞い戻る。

 ぐったりと机にうな垂れるや、天の声が聞こえた。


「おやおやぁ~? これはこれは、久能くぅ~んじゃあ~りませんかぁ~? 特別選抜クラス、至上初めての赤点マン! トクセン唯一の補習組! なあ、今どんな気持ちだ? コンカツ高校至上唯一のカルテットと対を成す肩書じゃねーか。よ、レコードホルダーッ」

「……なんだ、比木盾君か。道理で、煽り文句に力強さがないわけだ」


 HUKAN先生の放つ怪電波と比べれば、小鳥のさえずりに等しい。

 ちょうど良いBGMだね。ひと眠り、ひと眠り……ZZZ。


「おおいッ!? ガチ寝、やめろ! 人がせっかく心配してやったのに、その態度は何だ! 見損なったぞ、久能! 絶交するか!?」

「もう用件は済んだでしょ。僕、これから忙しくなるから。シッシ」

「ケッ。オメーが赤点をネタとして振れるよう、賑やかしてやったんだぜ? 万能おじさん的に言えば、土台作りだな。もっと俺に感謝したらどうだ、ああん?」


 どうやら、比木盾君流の気遣いらしい。

 この件に関して、イジりOK、ネタ扱いOKとクラスに流布するのが目的か。

 確かに、腫れ物扱いされるよりマシだよ。大変な問題だけど、深刻なメンタルにあらず。


 加納君の場を整えるが発動すれば、おそらくこの件は誰も触れない。厳然たる事実を、皆が目を逸らしてくれるだろう。当事者、そっちの方がしんどいね。


「比木盾君は時々、善人が発揮されるね。その性質がトクセン入りの要因かな?」

「バカめ。俺より人格者なんて、この学校にいねぇっつの」


 そのその是非は、パートナーに決めてもらってください。

 僕がもう一度、机に突っ伏した途端。


「やあ、明爽。期末テストの成績発表、見てきたけどさ」


 加納君、颯爽登場。


「ほんとに、お前は話題性に事欠かないな。すごい奴だよ」

「すごい奴だよっ」


 某比木盾君だと皮肉に感じるが、嫌味のないイケメンの言葉は清らかだった。

 清濁、分れ隔たるのだなあ。併せ呑んだら汚れちゃう。


「加納君、心配で声かけた感じ?」

「いいや、全然」


 頭を振られてしまい、僕はおやと首を傾げた。

 ついに、僕の不甲斐なさに呆れてしまったかな? ハンサムフェイスも三度まで?


「心配は全くしてない。この前のレースで感じた底力でまた乗り切るだろうさ」

「ルール無視して、二位だったけどな。おい、加納。正々堂々勝った奴の余裕か?」


 こら、比木盾君! 事実陳列罪だよ!


「オメーは久能を過大評価してないか? こいつ、平凡界なら一流だぞ」

「なんせ、俺のライバルだからな。困難を経て、強くなる。明爽の成長速度は、傍から見ても目覚ましい。HUKAN先生が熱心になるのも頷ける」


 全く以って、頷けない要素が見受けられたものの聞き間違いだね。そうだよ!

 加納君は、ポジティブに人を上手に乗せる。

 ヨイショと分かっていながら、真のリア充に肯定されるのは嬉しい。


 ――えぇ~、久能さん、承認欲求刺激されちゃうタイプぅ~? ワタシも褒めて伸ばすタイプです!

 視界に見切れた幻覚をスルーして、僕は徐に立ち上がった。


「やる気があるうちに、行動に移るよ。じゃあね」

「あぁ、何かあれば言ってくれ。力になるからな」


 真のリア充に助けを求めれば、解決できるだろう。

 言わずもがな、それでは解決にならないのだけれど。


「何かあれば、俺に相談しやがれ。特別に友人価格にしといてやるぜ」


 真の悪友に助けを求めれば、意外と解決できるかもしれない。

 言わずもがな、それでは根本的な解決にならないのだけれど。

 僕に関心を寄せる友達に内心感謝するや、ブリーフィングへ足を伸ばしていく。

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