第34話 ラブレター

 コンカツ高校の期末考査は、五教科コンカツ二種。

 五教科は滞りなく終了。自己採点ベースで平均80点。

 コンカツのテストは筆記と実技。合計、200点満点らしい。


 本校の特色通り、たとえ五教科で100点を取ったとしても、最重要科目で赤点を取れば不合格。逆に、コンカツが高得点ならば五教科へ点数を補填できるらしい。文科省、これって不正じゃないんですか? 偉い人、いくら貰って黙認してるんですか?


 謎の組織や機関に消されそうなネタはそこそこに、僕は不安でいっぱいだった。

 言わずもがな、コンカツはHUKAN先生の独壇場、独断専行、唯我独尊。

 マスターコース曰く、去年のテストは初めてのデートプラン作成。戦略的かつ実効性が伴う計画をプレゼンテーション資料にまとめる。そして、実行させたらしい。


 到底、我が担任が同じテストを持ち出すわけがない。

 断腸の思いだけれど、一年生で僕よりHUKAN先生に詳しい生徒などいるはずがない。断言しよう。先輩に頼んでコピペを企てた諸君、その事前対策は無意味だよ。

 彼奴ならば、その場の思いつきでテスト内容を決めるからね。


「うんうん、今回のテストはパートナーへラブレターを書いてもらいます。たった今、決めました! 閃きですっ。みなさんの甘酸っぱい青春模様、したためてほしいなぁ~」


 トクセンの教室。大型スクリーンに映し出された、HUKAN先生。


「ワタシ心は乙女だからぁ~、胸キュンフレーズが楽しみなんですよ、じ・つ・は。まあ、愛の囁きには一家言あるんですけどね」


 皆がざわめく間、僕の心は不動なり。慣れって、怖いよね。

 そんなこんなで突然、ラブレターの注文に四苦八苦したトクセン一同。

 否。


「止まりませんわ……止まりませんの! 総司さまへのたゆまぬ想いがっ」

「クッ、わたくしも参ります。有栖に後れを取るわけにはいかないですもの」


 御留姉妹に動揺なし。控えめに言って、筆が荒ぶっていた。


「実はボク、読書感想文が得意だよん。楽勝じゃないか。中学の頃、コンクール入賞したぜ。その本まだ読んでないけどさ」

「久能くんに愛を伝える。耳元で囁くように……きゃっ、あんなことやこんなことまで!? い、いけませんよぉ~! 未成年でありながら、そんな淫靡な言葉を紡がせるなんて!」


 そういえば、僕のパートナーもつわものでした。

 大多数がラブレターをでっち上げる作業に追われる中、ふと視線をズラした。


「……」


 五十嵐さんが目を閉じて、腕を組んでいた。

 静観の構えにて、明鏡止水。その横顔は美術品のごとく美しい。

 つい見惚れちゃったものの、僕は一抹もとい多量の不安を覚えた。

 どれだけ経とうが、筆記用具は机の定位置を保っている。


 最近はコミュニケーションが取れたため、油断していたね。ここに来て、今まで棚上げ状態だった問題へ着手する必要があるみたい。身構えてる時に、ピンチは訪れない。


 僕が悩みの迷宮区を彷徨っている内に、コンカツの筆記テストは終了の時を告げた。


「はい、そこ! そこ、そこ、そこ! そこまでじゃなぁ~い」


 HUKAN先生の合図で、答案用紙という名のラブレターが回収されていく。


「みなさん、おつかれさまぁ~。うんうん、続けて実技を始めたいなぁ~。呼ばれたペアの順番で、隣の教室へ移動してほしいんですよ、じ・つ・は。まあ、重複する方がいるのはトクセン名物なんですけどね。えぇ~、久能さん、三回も実技のテストに臨めて歓喜しちゃうタイプぅ~? そこに気付いてほしかった!」


 やはり、僕は三度実技をやらされるらしい。あと、ちっとも嬉しくないよ。

 目下、懸案事項にどう対処すべきか。思考のリソースは全てそれに注がれている。


「カーッ、ラブレターなんてむず痒いもん書かせやがって。ところで、万能おじさん。実技は何をやらされるんだ?」

「比木盾さん、実技の内容が気になっちゃうタイプぅ~? まあ、教えてあげないんですけどね。ワタシ生誕10周年だからぁ~、おじさんではないんです。ボディとメンタル、ピチピチじゃなぁ~い」

「はっ、年下じゃねーか!? ちょっと焼きそばパン買って来いよ、あとイチゴ牛乳な」


 急に先輩風を吹かせた、ヤンキー比木盾。

 誠に遺憾ながら、万能AIはスパコン由来ゆえ幾多数多の自己進化を遂げている。みょうちくりんな方向へ自己変化してしまったが、そのスピードは人間を凌駕している。


「比木盾さんが不良なのは、人相だけじゃなぁ~い。う~ん、減点ですっ」

「そりゃないぜ、後輩!?」


 ハハハとクラスメイトたちが噴き出した。

 クラスに緩やかな空気を作るのは、一つの才能だと思うよ。流石だね。

 身体を張って笑いを提供する比木盾君を若干尊敬しつつ、来るべき順番を待とう。

 二人、一人、二人、一人……と順番に教室を後にした。


 しかし、どれだけ待とうとも誰も帰って来なかった。

 ――っ!? まさか、HUKAN先生の魔の手に!? 万能AIの正体見たり、バグプログラム。いつもエラー吐いてる訳が頷ける。


 テストから解放されれば騒ぎたくなるし、終わった人はさらに別室待機かな?

 トクセンメンバーは、ノリが良くても切り替えられる人が多い。私語厳禁とは言われていないが、みんな大人しく自分の席で待機中。


 筆記でラブレターを書かせた以上、実技で何をやらせるか見当はつくよね。幼稚園児だって想像できる。比木盾君は予想できなかった。

 そして、僕に順番が回ってきた。


 隣の教室へテクテクと移るや、机が壁側に片付けられている。

 HUKAN先生が、僕と同じくらいの背丈で待ち構えていた。


「ここから先は、三回連続で久能さんの名演技が見られるじゃなぁ~い。ポップコーンとコーラ、用意しちゃったんですよ、じ・つ・は」


 3Dメガネをかけ、両手で先述の品を持っていた、我が担任。


「映画鑑賞のノリは止めてほしいんですが。あと、人間サイズだと迫力ありますね」

「えぇ~、久能さん、等身大のワタシに会えて光栄なタイプぅ~? サインと握手は後にしてほしいなぁ~。まあ、ワタシはサインしない主義なんですけどね」


 彼奴の煽り文句にイラっとしつつ、僕はパートナーを待ち焦がれた。

 早く来てくれないと、プロジェクターを窓から放り投げる勢いです。

 願いが伝わったらしい。ドアが静かに開かれる。


「五十嵐澪だ。失礼する」


 怜悧な眼差しを携えた、五十嵐さん。

 僕は、背筋にひやりとしたものを感じた。

 筆記の様子を確認した以上、嫌な予感しかしない。


「五十嵐さっ」


 五十嵐さんは僕を制止するかのように、待てと構える。


「久能明爽、先手は譲ってもらおう」


 彼女の視線は、恰幅の良い3D万能AIへ注がれる。


「HUKAN教諭。貴殿は普段、己を万能と騙っているな」


 もしや、詐欺で訴えるのかな? くそぅ、仕方がないねやったぜ。


「五十嵐さん、ただの事実じゃなぁ~い。ワタシ万能だからぁ~、この展開は読んでいたんですよ、じ・つ・は」

「ふん、そうか。先ほどの、ラブっ……こほん。恋文をしたためろという課題だが――私は白紙で提出したぞ。むろん、見当が付いているのだな?」


 五十嵐さん、ほんのり頬が赤くなる。

 あぁ、やっぱり。嫌な予感ばかり、的中すると落胆したタイミング。


「もちろん、分かりますっ。久能さんが答えますっ」

「えっ!?」


 質問の横流しは勘弁してほしい。スルーパス、半端ないって。そんなん取れる普通?

 HUKAN先生に恨み節をぶつけようとしたものの、グッと堪えた僕。


 パートナーの問いに、答えを出すのもまたパートナー。それがコンカツ。

 しかし、瞬時に正解を導けるほど関係は深まっていなかった。それが現状。


「……フ。私は未だ、コンカツという教義に懐疑的なのだ。カリキュラムに参加してなお、全く恋という幻想に惑わされず。まして、愛というまやかしに惑わされていないからな」


 五十嵐さんは僕が悩む姿を見て、薄い笑みを漏らした。


「ゆえに、恋文の執筆は固辞する次第だ。おざなりにでっち上げたものなど、HUKAN教諭は一読に値しないだろう?」

「うんうん、適当なラブレターは見抜いちゃうですよ、じ・つ・は。まあ、必死に書き上げたことに価値があるんですけどね。ワタシ誠実だからぁ~、人の努力は笑わないなぁ~」


 確かに、笑わないかもしれない。でも、いつも僕を煽ってきますよね?


「えぇ~、久能さんは有望株じゃなぁ~い。期待のう・ら・が・え・し、ですっ」


 表側表示にしておけ。


「貴様らの師弟関係は常々愉快だな。流石に、失笑を禁じ得ないぞ」

「僕、弟子じゃないから。被害者と加害者! できれば、弁護士を通してほしい関係さ」

「久能さん、なかなか面白いジョークじゃなぁ~い。それ、いただきっ」


 これ以上、話が拗れるとややこしい。

 もう充分ややこしいので、我が担任を無視する方向で。


「つまるところ、五十嵐さんはまだコンカツを認めていない。だから、筆記テストは白紙で、実技は参加したくないってことで良いかな? 僕的に、全然良くないけど?」

「あぁ、貴様はたまに頭の回転が速くなって助かるぞ」

「そっか。うん、まあそうなる感じ」


 僕は、五十嵐さんの主張をモグモグと咀嚼していく。とても苦いと思いました。

 ブツブツと独り言を呟いていたらしく、先方は怪訝な表情を作るばかり。


「文句はハッキリ言え、久能明爽。立場上、貴様には私を非難する権利があるのだぞ」

「ん~、憤慨しても仕方がないよ。HUKAN先生じゃないけど、いずれ起こる問題だって認識してたからね。頑固なパートナーは強敵だしどう立ち向かうべきか……」

「私が主義を譲歩するような女とは思っておるまい? 久能明爽、珀ゆのんの件は上手く事を運んだが、今回は賢明な判断を下すといい」

「――いや、しない。知恵を活かして生きられるほど、僕は器用じゃないんだ」


 いつの間にか、僕は自分の世界に閉じこもり、彼女に歩み寄るプロセスを模索した。


「認めたくないものだな……貴様の愚直な態度が、私の牙城を崩しにかかる。脅威足りえるか、刮目しよう……ふん、私は帰らせてもらうぞ」


 ハッと我に返ったところ、五十嵐さんはすでに退出していた。

 ふと、教卓へ手を伸ばす。五十嵐さんの答案用紙に書かれていたのは名前だけ。

 三人分ラブレターをでっち上げた僕はちょっぴり虚しくなる。


「愛とか恋は僕も分からないけど、これは0点だね」


 せめて、どれだけコンカツが嫌いなのか、その気持ちを書き殴ってほしかったよ。

 万能AIは胡散臭いけれど、五十嵐さんみたいな美人の意見は受け止めよう。

 そのリアクションは、筆舌に尽くしがたい心労を伴うけどね。


「えぇ~、久能さん、大事になってきたじゃなぁ~い。ワタシ、心配で夜しか眠れないなぁ~。睡眠不足はお肌の大敵なんですよ、じ・つ・は。まあ、300時間は連続稼働できるんですけどね」


 変なおじさんよろしく、我が担任が笑顔を晒した。顔面ハラスメント甚だしい。


「HUKAN先生の粘っこい視線はさておき、結構マズい状況ですよね? コンカツ高校でコンカツのテストをボイコット。これもう、詰んでます?」

「うんうん、五十嵐さんはテスト拒否で失格です。当然、パートナーも連帯責任じゃなぁ~い。久能さん、赤点ですっ」

「挽回のチャンスはありますか?」

「追試で合格すれば、良いんです」


 当然の流れであるものの。


「まあ、久能さんはまず、パートナーの追試を受けない態度を改めさせる必要があるんですけどね。追試は五日後ですっ。ワタシ、間に合うか心配だなぁ~」

「僕も学校生活は続けたいので、出来ることはやります。でも……仮にポカした場合、万能AIのマッチングが間違ってたと証明できますね。ちょっと悩ましいな」

「えぇ~、久能さん、コンカツマッチングを疑っちゃうタイプぅ~? 五十嵐さんの赤点が相当ショックみたいじゃなぁ~い。ワタシ、正気を取り戻してほしいなぁ~」


 お互いに、ほほ笑みを交わした。まるで、美しい師弟関係だと思いました。

我が担任に土をつけられるなら、僕は泥を被る所存ですよ? 割に合わない行動ほど、万能AIは苦手だろう。


「失礼します。堀田ナナミーナです。コンカツの実技テストを受けにきました。よろしくお願いします!」


 堀田さんの入室を合図に、ひとまず五十嵐さんの問題は持ち越しへ。

 堀田さんと珀さんのテストは無事パスした。

 僕たちは、自作のラブレターを音読する羞恥プレイを披露して、また一つパートナーの連帯感を手に入れたかもしれない。


 ……やっぱり、気のせいかもしれない。

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